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盗作令嬢

作者: 坂口ひろき



「フランチェスカ・ミッドベルクよ。貴様との婚約を破棄させて貰う!」


 有力貴族の令息や令嬢が一堂に会する王太子主催の晩餐会にて、王太子であるケビンから、ミッドベルク侯爵の令嬢フランチェスカへの一方的な婚約破棄が通告された。


 大勢の注目を集める中で、フランチェスカが口を開いた。


「……理由をお聞かせ頂けますか?」


「ふん。ならば教えてやろう。貴様はここにいる伯爵令嬢クラリッサの素晴らしい絵画を盗作した。貴族としてあるまじき行いだ!」


 王太子の傍らにいつの間にか現れた少女、伯爵令嬢のクラリッサは怯えた表情でフランチェスカを見ている。


「はあ……」


 フランチェスカは呆れたように溜息を吐いた。

 フランチェスカとクラリッサは、共に18歳。

 魔法の才能が豊かな貴族の令嬢が通う、王立魔法女学院の同級生である。


「まさかとは思いますが、殿下。あの下らない噂を信じてしまわれたのですか?」


「下らないとは失礼ですわ!  殿下、フランチェスカ様は魔法を使ってわたくしの作品を間違いなく盗作しました!」


 数日前、王立魔法女学院である事件が起きた。

 その日に、美術の授業でクラリッサが発表する予定であった作品である絵画が紛失したと騒いだのだ。

 そして、フランチェスカが発表した絵画が紛失した絵画と全く同じものだとクラリッサが証言したのである。


 フランチェスカの得意とする魔法は『複製魔法』

 生物以外のあらゆる物を複製する、王国でも扱える者はフランチェスカしかいない魔法だ。


 クラリッサは、フランチェスカが複製魔法で自分の絵画を複製したと主張したのだ。


 当然フランチェスカは否定した。

 目撃者などが居なかったためにその場は流れたが、噂は否応なしに若い貴族の間に広まり、フランチェスカは『盗作令嬢(とうさくれいじょう)』と陰で呼ばれるようになってしまった。


「何の証拠もない話ですし、そもそも私が複製魔法を使っても元になった物は消えたりしません。なぜクラリッサさんの絵画が消えたのです」


「きっと、別の魔法で燃やして証拠を隠滅したのよ! 殿下、信じてくださいませ」


 クラリッサは涙目になって王太子の腕にすがり付いた。

 ケビンは顔を緩ませてクラリッサの頭を撫でる。


「おお、可哀想なクラリッサ。おいフランチェスカ! 今のうちに認めれば婚約破棄だけで済ませてやる! これ以上否認するようならば罪人として処罰することになるぞ! 」


「お話になりませんね。もう結構です。婚約解消は了解しましたので自邸に帰って両親に報告いたします」


 呆れた顔で踵を返して出口に向かおうとするフランチェスカを、ケビンが呼び止める。


「待て! それは罪を認めたということか?」


「やってもいない罪など認めるわけないでしょう。ですがこの場所には殿下に媚を売る方々しかいらっしゃいませんので、話し合うだけ無駄というもの。ご自分が正しいとお思いならば、後で国王陛下にでも訴えてくださいませ」


 フランチェスカが周囲の貴族令嬢や令息たちを見渡すと、気まずそうに目を逸らしたり、逆に睨み付けてきたりと様々な反応をしたが、ここに味方は居ないのは確かなようだった。


「良いだろう。そんなに罪人になりたいならば去れ! クラリッサを苛めたことを一族共々後悔するが良い! 爵位も財産も没収して一族郎党全員農奴にしてやるからな!」

 

 叫ぶケビンを無視し、フランチェスカは何も言わずに退出して行った。

 クラリッサは上目遣いでケビンに言う。


「殿下、怖かったです……」


「安心しろ。君を信じている。フランチェスカなどミッドベルク侯爵家ごと滅ぼしてやろう。それに複製魔法などというケチな魔法しか使えぬ盗作令嬢とうさくれいじょうよりも、美しい炎魔法を使いこなす君の方が王太子の妃に相応しい」


「嬉しいですわ! あんな人の家、是非とも滅ぼしてくださいませ」


 見つめ合うケビンとクラリッサに対して、取り巻きの若い貴族たちから盛大な拍手が送られた。





 ミッドベルク侯爵家の邸宅に戻ったフランチェスカは、早速両親に晩餐会での顛末を報告した。


「そうか。残念だがフランチェスカと我が家を侮辱されては許すことはできないな」


 父のミッドベルク侯爵は口惜しそうに呟いた。


「良かったじゃない。これでフランチェスカも望まぬ相手と結婚せずに済むんですもの。私達と王家を繋ぐための務めとはいえ、あの婚約者の王太子は余りに愚劣でフランチェスカが可哀そうでしたわ」


「お父様、お母様。申し訳ございません」


 謝るフランチェスカに、父は優しそうに言う。


「気にすることはない。あのような王太子を自由にさせているような国ならば、いずれこうなっていただろう。荷物をまとめなさい。故郷に帰るぞ」





 その頃、王宮ではケビンが父である国王と会っていた。


「というわけなのです、父上! どうかフランチェスカとミッドベルク侯爵家に裁きを!」


 ケビンから事情を聞いた国王の顔面は蒼白になり、大量に発汗していた。


「お、お前……何をしたかわかっておるのか!」


「父上? 今日は体調が良くないようですね。医者を呼びましょうか」


「大馬鹿者! 全部お前のせいであろうが! ミッドベルク侯爵家を侮辱するなど、絶対にやってはならんことだ! あの家を敵に回さぬようにと何度も言ってきたではないか! わしが苦労してフランチェスカ嬢をお前の婚約者にしたというのに!」


 猛烈に怒る国王を前に、ケビンは思い出した。

 確かに、ミッドベルク侯爵家は貴族の中でも特に重要な家だから丁重に扱うようにと幼い頃から言われていた。

 しかし、いつの間にか忘れていたのだ。


「で、ですが所詮は侯爵家! 我が王家と比べれば遥かに格下ではないですか!」


「もう黙れ! 早く行くぞ! おい、馬車を用意しろ!」


 国王は立ち上がり、従者に指示を飛ばした。 


「父上! どこへ行かれるのですか!?」


「ミッドベルク侯爵家に謝罪に行くに決まっておるであろう!」





 数時間後、ミッドベルク侯爵家の邸宅の前には多くの馬車が停められ、門の前は押しかけた貴族たちで混み合っていた。

 邸宅は、王都全体を見渡せる小高い丘の上にある。


「侯爵閣下! どうか私の娘をお許しくださいませ!」


「フランチェスカ様! 我が愚息は反省しております! ご慈悲を!」


 門前に集まった貴族は口々にフランチェスカやミッドベルク侯爵への謝罪を述べていた。

 彼らの傍らには息子や娘もいて、皆が絶望的な顔をしていた。

 親に殴られて顔を腫らした令息や、叱責されて泣いたことで目が赤くなっている令嬢の姿も見える。

 晩餐会でフランチェスカに味方しなかった者たちだ。


 その中に、一際大きく豪華な馬車が到着し、国王と王太子ケビンが降り立った。


「者共! どけ! わしが先に侯爵に謝るのだ!」


 国王が前をふさぐ貴族たちに怒鳴るが、誰も反応しない。


「おい! 国王陛下の御前であるぞ!」


 ケビンも怒鳴ると、前にいた貴族の1人が物凄い形相で言い返した。


「王太子殿下! 貴方が馬鹿なことをしたせいでこうなったのですぞ!」


 国王が顔を赤くして言い返す。


「何だと貴様! 確かにケビンは馬鹿だが、貴様らが子供を厳しく教育しておらんからケビンを誰も諌めずにこうなったのだ!」


 言い争いを聞きつけ、別の貴族たちも集まってきた。


「お言葉ですが! そもそも我らの子供世代に真実を伝えないようにすると決めたのは国王陛下ではありませんか!」


「そうです! 陛下には責任をとって頂きたい!」


「国王と王太子の首を差し出せばミッドベルク侯もお許しになるかもしれん!」


「ふざけるな貴様ら! 反逆罪だぞ!」


 国王と貴族らの口論が激しくなり、国王は激昂した貴族らに取り囲まれ、ケビンからは見えなくなった。

 恐ろしくなったケビンは国王が襲われている隙に離れ、物陰に隠れた。


 一方、門前で騒ぎが起きる中、ミッドベルク侯爵夫妻と使用人たちは邸宅の裏口から出発していたのだった。


「お父様、お母様。お気をつけて。私もすぐに向かいます」


 フランチェスカは両親を見送り、門前に向かった。


 門前では貴族と国王の諍いが貴族同士の乱闘に発展していた。


「おお、フランチェスカ様だ!」


 貴族の誰かが現れたフランチェスカに気が付き、乱闘が一旦収まった。


「フランチェスカ様! 国王は我々が討ち取りました! どうかお許しを!」


 貴族の1人が、国王の死体を指差した。


 フランチェスカは貴族たちに言う。


「私とミッドベルク侯爵家はこの国を去ります。後は皆様方でお好きなようにこの国を治めて下さいませ。今から私の複製魔法を解除します」


 フランチェスカが右手を自らの胸に当てて短い呪文を唱える。

 すると、王都全体が淡い光に包まれた。

 

 隠れながらその様子を見ていたケビンは衝撃を受ける。

 この場所からでも良く見える豪奢な王宮、その周りに建つ貴族の邸宅が次々と消滅していく。

 さらに、自分が身につけていた高価な指輪や宝石も消えていった。

 

 数秒後には、煌びやかだった王都が変わり果てた姿になった。

 王都にある王族と貴族の邸宅はすべて消え去り、残されたのは平民の簡素な住宅だけだ。


「ああ、もう終わりだ!」


 ケビンと同じように豪華な装飾品を失った貴族たちは打ちひしがれ、その場にへたり込んだ。

 ケビンは状況がまるで理解できず、居ても立っても居られなくなり隠れるのをやめてフランチェスカの前に姿を現した。


「フランチェスカ! 貴様は一体何者なのだ! この国に何をした!」


「あら、殿下。私は貴方が散々馬鹿にしていた複製魔法を解除しただけですが?」


 フランチェスカは当然のように答える。


「ま、まさか……そんな……」


「王都の王宮や邸宅は全て、13年前に私の複製魔法で西にある隣国の建造物を複製して作ったのです。ついでに豪華な服飾品も。国王陛下や親世代の貴族たちは秘密にしていたようですが」


 ケビンは戦慄した。

 5歳の時にこの様な強力な魔法を扱い、しかも13年間も維持してきたというのか。

 フランチェスカの魔力はケビンの想像を絶するものだった。


「なぜ貴様は……いや、我々の親世代はそんなことをしたのだ!」


「この王都から海を挟んで東には魔族が支配する大陸があります。西の隣国は、魔族が侵攻してきた際の防衛拠点として、何もなかったこの地に国を作り出したのです。没落していた下級貴族をこの地に派遣し、王族や有力貴族として特権を与える代わりに魔族が侵攻してきたら真っ先に戦う義務を与えました」


「で、では父上は国王にさせてもらっただけの元没落貴族ということか……!」


 ケビンは知りたくない事実を知って今にも倒れそうになった。


「ええ。そして私の父は王族と貴族の監視役として、この地に来ました。その役目も終え、今頃は平民たちと共に隣国への帰路に就いていることでしょう。平民にはこの地に住んで働く代わりに税金の免除と、役目が終わったら隣国に移住する権利が与えられていますから」


「わ、わかった! 貴様がすごい魔導士であることはわかった! 盗作の件は謝る! だから再び婚約して、一緒に隣国に連れて行ってくれ!」


 ケビンはフランチェスカにすがりつくように迫った。

 

「申し訳ございませんが、実は隣国にいる私の幼馴染の『本物の王子』から何度も求婚の手紙を頂いておりまして。今までは貴方という婚約者がいるので断っていましたが、婚約を破棄された今、そちらとの婚約を前向きに考えたいと思っております」


「そ、そんな! 見捨てないでくれ!」


 フランチェスカはケビンを無視して背を向けて去っていく。


「では、お元気で」


「ま、待てっ!」


 追いかけようとした瞬間、ケビンの足元から炎が立ち上った。

 

「ぎゃあああああああ!」


 炎はケビンを飲み込み、一瞬で燃やし尽くした。


「この魔法は……」


 フランチェスカが振り返って見ると、クラリッサが炎の前に立っていた。

 

「フランチェスカ! 貴女のせいで、わたくしの人生は全部台無しよ! 家も宝石も服も消えた!」


 クラリッサが身に纏っているのは庶民が着るような質素な麻の服だった。

 豪華なドレスとアクセサリーで着飾っていた可愛らしい令嬢の面影はすっかりなくなり、激高した顔でフランチェスカを睨みつけていた。


「逆恨みされても困ります。そもそもクラリッサさんが私が盗作したなんて騒ぐからこうなったのではないですか」


「うるさい! 死ね!」


 クラリッサが両手の掌をフランチェスカに向けて、最大出力の炎魔法を放った。

 フランチェスカは複製魔法で一瞬で炎を複製して受け止めた。

 まったく同じ炎魔法同士がぶつかり合ったが、魔力の差でフランチェスカの炎の勢いが上回り、クラリッサに迫った。


「きゃあああ!」


 クラリッサが悲鳴を上げて倒れた。

 軽い火傷を負っているが生きている。


「自らに炎耐性を付与していたようですね。さすがは炎魔法の使い手です」


「くそっ! 私の魔法まで盗作したわね……殺すならとっととやりなさい。貴女の顔も見たくないし声も聞きたくない」


 クラリッサが倒れたままフランチェスカを睨みつけ、言い放った。


「私は人の物を複製することしかできない盗作令嬢とうさくれいじょうですので、貴女を殺すような魔法は使えません。死にたいならご自分でどうぞ」


 フランチェスカはそう言い残し、一瞬にして栄華が消え去ったこの地を後にしたのだった。








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[良い点] 国という体裁をとった前線基地みたいなものだってこと、宗主国の監視役がいて現在の生活はその家がなければ続かないという次代に伝えるべき最重要案件を隠した時点でこの結末は決まってたんだろうなと思…
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