龍の骨格
獣脚類には長大な尾があるが、鳥類には軽い尾羽しか付いていない。その分重心は骨盤よりも前方に移動し、腰を後ろに突き出した不自然な姿勢で支えられている。強引に体を持ち上げるための筋肉と骨格は、飛ぶために軽く作られた鳥の身体において、最大の重量物だ。
「下世話な喩え方をするなら、鳥は常に空気椅子に座っていると考えてみて下さい」
先生は肩をすくめ、軽くウィンクしてみせた。学生たちが相手なら、空気椅子はなじみ深く、ユーモラスな表現だったのかもしれない。翔が今思い描いているのが、足を震わせながら耐える鳥ではなく、本当に空気でできた最新式の椅子だったとしても。
「鳥の腿肉が大きくなるわけですね」
怒ることも悼むことも叶わず、笑うことができないならば、せめて翔から目を背け、平静を装うことが私の負った務めだろう。
「前脚を追加して四点で体を支えることができれば、むしろ骨盤と後脚を大幅に軽量化する余地が生まれます」
それきり先生の講釈は、さっぱり頭に入ってこなくなった。当の翔が屈託なく質問を繰り返しているのだから、感傷的と言われても仕方ない。先生は重心の支持について長々と話し続けたけれど、分かったのは前脚が後ろ脚より長くなるということだけだ。
「次の打ち合わせまでに、ホメオボックスの基本構造を決めておきます」
私が始めた筈の話を、いつの間にか翔と先生が進めている。一杯だけ手つかずの温くなったコーヒーを、私はいそいそと飲み干した。
「先生はすごいね。まるで魔法使いみたいだ」
研究室からの帰り道、翔はいつになく熱弁を揮った。乾いた五月の日差しを受け、輝く水路。艶やかなキチン質の土手に照り返しの光が揺れている。私は車椅子から片手を放し、青いシャツの腋を確かめた。
「うん。私には思いつかないようなことだって、先生には朝飯前みたい。今日のお話も難しくて、ついていくのが大変だったなぁ」
大変どころか、ついていける気がしない。元々は、人間の身体を遠隔操作するのが目標だったのだ。それを翔も先生も、嬉々としていらない課題を次々に付け加え、無理難題に仕立て上げてしまった。本当に先生には、ゴールまでの道筋が見えているのだろうか。