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もう一度水月湖に向かう

 私達は二人について、水上タクシーに乗り込んだ。家の周辺では事件当時の聞き込みが始まり、福井県警にも捜索班を編成してもらっているところだという。多奈に実験の概要を訪ねられ、記憶を頼りに答える内に、水上タクシーは乗り替え場に着いていた。

「俄かには信じがたいですね。ギムナジウムの設備には履歴が残っていませんでした」

 停留所を出ると、土手から駐車場が見渡せた。階段の前には、既にパトカーが待機している。

「別荘の地下に実験室があるんです。電気式の機材が沢山あって……」

 若い頃に使ってた機材を、払い下げてもらったのではないか。憶測を語ると、多奈は足を止め、私を振り返った。

「その可能性は低いです。彼が在籍していたのは、軽傘のギムナジウムですから」

 完全自給都市の生体工学科が、電気式の設備を使うはずがない。頷きながら聞いていられるのは、しかし、そこまでだった。

「機材を持ち込んだとしたら、あなた達のお父様ではありませんか?」

 同じ結論だ。

「え? でも、それはどこが――」

 先生ではないと自分で言っておきながら、なぜその結論に至るのだろう。私の戸惑いを無視して、多奈は話をどんどん進めた。

「生体機器が導入されたのは、お父様が金沢大学に勤めていらした頃です。その際、電気式の機器が不要になったのでしょう」

 話が繋がらないうちに、次々と目新しいピースが増えてゆく。

「待って下さい、それじゃまるで――」 

 私が慌てて多奈を止めようとした時、下から男の人の声がした。

「岸上さん、何してるんですか? 早くして下さい!」

 桑島さんに応える前に多奈が寄越した、短い眼差し。けれどもそれは、郁美の返事に遮られてしまった。

「はーい、今行きまーす!」

 私達を抱えるようにして、郁美は促した。

「とりあえず、乗っちゃおうよ。別荘に着くまでは、やることもないんだしさ」

 そう言われると、言い返せることが何もない。私達はパトカーに乗り込み、それから事実を確かめ合った。


「岸上さんの話を伺っていると、先生とお父さんが別々にいるような気がしてくるのですが」

 私がおずおずと尋ねると、なぜか多奈の方が目を円くした。

「薬師寺慧が自分の父親だとお考えだったのですか」

 母が隠しているのだから、知りようがないではないか。私は言い訳したが、考えてみれば多奈の話もおかしい。そもそもあの別荘は、先生の家のものなのだ。それが一時だけ家の別荘になり、また先生の手元に戻ったとでもいうのだろうか。

「それに……あれは絶対に先生でした」

 思い出の中で、私の名前を呼んでくれたのは。私の手をつないで、林に連れて行ってくれたのは。私を抱え上げ、優しく語りかけてくれたのは。

 あれが先生でなかったとしたら、一体他の誰だというのだろう。記憶に焼き付いた印象と、今更のように明かされた事実。せめぎ合う矛盾の隙間を、多奈の明かした答えは、いとも容易くすり抜けた。

「お父様は既に亡くなっています。シアトルで、活動家に撃たれて……」

 それに。多奈は付け加えた。

「ご存命なら、既に六十歳を超えています。亡くなった時は四十過ぎで……丁度今の薬師寺と同じ年頃ですか」

 母の話は本当だったのだ。私は席に沈み、覚束ない理屈で尋ねた。

「でも、それなら……先生は一体誰だって言うんですか」

 空っぽの頭から、それ以上の言葉は出てこない。冷ややかな眼差しがミラー越しに私を見つめ、瞬きを繰り返している。長く躊躇った末、多奈は溜息を洩らした。母と結婚する前、お父さんは別の女性と結婚し、間に息子を一人設けていた。

「それが薬師寺です」

 明かされてしまえば、酷く月並みな話だ。知ったところで、悠長な感想しか浮かんでこない。

「お父さん、意外と若くなかったんだなぁ」

 父はずっと、一番の目標だった。あの儚げな眼差しの先に、私が見失ったお父さんがいたというのか。放心した私の代わりに、郁美は話を繋ごうとした。

「その、一人目の……薬Tのお母さんは、どうなったわけ?」

 プライバシーに関わるので、それ以上は話せないらしい。さほど興味があるわけでもなく、私は顔を背け、窓の外を眺めた。あの日と同じ眩しい緑が、高速道路の脇を流れてゆく。ただ、窓に映る私の顔だけが、今に近づきつつあるのは始まりでなく終わりなのだと、静かに物語っていた。

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