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浜辺に悶える

 お父さんに呼ばれて、私はいつものように林の中を歩き出した。

「帰ったら、愛紗に見せたいものがあるんだ」

 やがて梅林に辿り着くと、私達は来た道を引き返した。南の島の珍しい花や、美しい鳥を集めた小さな楽園に。

 温室の下には、お父さんの秘密基地があった。普段私は入れてもらえないお父さんの仕事場に、その見せたいものがあるという。

 下から昇ってくる熱くて乾いた風。突き当りの扉を開けると、そこはもうお父さんの秘密基地だ。赤い光にいくつもの水槽が輝き、机の上ではコンピュータが息巻いている。

「ご覧、愛紗の弟だ」

 お父さんは私を抱き上げ、水槽の中を見せてくれた。お父さんと私の姿が、水槽に映り込む。

 浮かんでいるのは、身体を丸めた痩せっぽっちのひよこだ。黒々とした目は、真っ暗な空を見つめている。この子は眠っているのだろうか、起きているのだろうか。それとも、夢を見ているのだろうか。

「あなたもそこから出たいの?」

 私は水槽に手をつき、ひよこに尋ねた。体をぴくぴくと動かすだけでひよこは何も答えない。目が覚めたら、たくさん可愛がってあげよう。私の弟になって、良かったと思えるように。

 ねえ。呼びかけようよして、私はあることに気付いた。

「この子の名前は?」

 なんと呼んであげればよいのだろう。私が振り返ると、お父さんはひよこを見やった。

「まだ、決まってないんだ……名前を付けてやってくれるかい?」

 私の瞳が、ひよこと重なった。

「カケル――私、カケルがいい」

 元気で、自由で……どこまでも飛んでいけるから。ひよこを見つめながら、私は声を張り上げた。

「カケルか……いい名前だね」

 ときめきを抱えて、水槽の中で眠り続ける翔。その暗く虚ろな目が、突然大きく広がった。

「僕は姉さんのペットじゃない」

 おびただしい敵意が水槽を震わせ、コンクリートの床を突き上げた。宙に投げだされ、飛沫を上げる私の身体。

「どうしてなの? アキラ、私はずっとあなたのために――」

 亀裂から黒く濁った水が噴き出し、赤い地下室が鉄の匂いで満たされてゆく。血だ。指を擦り合わせて、私は初めてその正体を知った。

 赤黒く染まったワンピースは、重く、冷たく、悍ましい。姿のない雷に暗雲が揺れる中、私は灼けた砂浜をひた走った。

「無駄だよ……僕は生まれ変わる」

 俄かにのしかかる眩暈。暑いはずなのに、冷や汗が止まらない。鈍く、重い痛みに足を取られ、私はとうとう膝をついた。

 なぜ、今になって。歯をかたかたと鳴らしながら、私はお腹を抱え、呻きを洩らした。体をへし折り、押し潰そうと、体中の筋肉がいきり立っている。

 いつになれば、私は殺してもらえるのだろうか。恐る恐る息を吸おうとしたその時、留めの一撃がこめかみの血管を伝って来た。

 砂を巻き上げ、膝の周りに尾を引く、波。鷲掴みにした内臓を引き裂きながら、赤い海へと戻ってゆく。私は砂浜に頭を突き立て、喉が擦り切れ、肺の中が空になるまで獣じみた叫び声を吐き出し続けた。

 胴体が締め付けられる。腹筋が荒々しくのたうつ。血みどろのスープを、搾り出そうとして。硬い塊がずるりと滑る感触に、散らばりかけていた意識が凍り付いた。慈悲を乞う言葉が喉を詰まらせ、一滴の嗚咽さえ出てこない。私がなす術なく震えている間に、細く柔らかい筋が千切れる、痛ましい音が責め苦を終わらせた。

 嘘だ。大切にすると、誓ったというのに。誓った通り、大切にしてきたというのに。一体誰がそんな報いを私に与えるというのだろう。痛みが消え、息が繋がっても、私はしばらく身動き出来なかった。暗く、冷たく、計り知れない沈黙の後、やがて私を動かしたのは、恐ろしさ自体だったのかもしれない。

 私は砂浜に手をつき、ゆっくりと体を起こした。赤い空と海の間に、岬の黒い稜線が見える。

『もうあの人に会ってはだめ』

 体重を踵に預けた途端、余りにも簡単に尻餅をついてしまった。投げだされた脚の間、私の目の前に答えが転がっている。

『カケルだけではない。今にアキラも失うことになる』

 恐る恐る目線を下げ、私はとうとうそれを見つけた。白身が混じった血だまりの真ん中に、ひよこが静かに横たわっている。

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