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アキラがいない

 母が何と言おうと、本当のことを、本当の気持ちを確かめるには、先生に訊く以外の手立てはない。しくしくと傷むお腹にクロワッサンを押し込んで、私は夏休みのギムナへと出かけた。

 この時間なら、先生は研究室にいる筈だ。不意打ちを仕掛けようとした、私の当ては見事に外れた。ギムナには休暇の届け出があったそうで、私からメッセージを送っても返事がない。

 思い当たるのは、三方にある別荘くらいのものだ。私達が泊まった時の片付けか、それとも次の実験のための準備か。いずれも連絡が付かない理由にはならないということも、しかし、私には分かっていた。

 夜には島根の方から、台風が来るという。先生を追いかけることは諦め、私は連絡を待つことにした。何も手を打てないまま、胸騒ぎだけが鈍色の空に広がってゆく。三人と一匹が期待に胸を躍らせていた、あの頃に帰りたい。帰り道に拾った水上タクシーの上で、私はそんなことばかり考えていた。

 私には秘密でも、翔には何か知らされているかもしれない。家に着くが早いか、私は翔の部屋に向かった。

「アキラ、今、暇?」

 ノックの音を吸い込んだきり、中から返事は返って来ない。大方、ゲームから手が離せないのだろう。一旦戻りかけてから、私は私は足を止めた。部屋の中に渦巻く静けさの切っ先が、ドアを貫き、私の背中に触れている。

「アキラ!」

 クルミ材のドアは、拍子抜けするほど簡単に開いた。隠す物など、初めから何もなかったかのように。実際部屋に駆け込んで私が見つけられたのは、空に向かって開け放たれた窓と、その下に転がった一本の靴べらだけだった。

 私は急いで水路に引き返し、水上タクシーを拾った。あの窓が面しているのは、翔を運び出すのに使った裏路地だ。翔が見下ろした先には先生がいたに違いない。私はマップで気山という駅を見つけ、そこからタクシーを飛ばすことに決めた。

 電鉄の駅があるのは、北の乗り替え場だ。目的地を設定すると、水上タクシーは勢いよく漏斗から水を吐き出した。場合によっては、帰りは台風で電車が止まってしまうかもしれない。ケラチンに覆われた滑らかなシートに寝そべり、私は重たい空を仰いだ。

 私が駅に着いた時点で、台風の影響は出始めていた。電車は休み休みにしか走らず、駅のロータリーには中々タクシーが現れず。漸く捕まえたタクシーの運転手にも訝しがられる有様だ。

「水月湖ですか? 何もない所ですよ?」

 台風の一時を孤立した別荘で過ごしたいなんて、何という物好きだろう。

「別荘の雨戸が閉まってるか、どうしても気になって」

 用意してきた言い訳は、いざ口にしてみると余りに頼りなかった。

「ご家族は? 誰も止めなかったんですか」

 私以外は、皆出払っているんです。運転手のおじさんは私を説得しようとしたが、繰り返し頼み込むと渋々車を出してくれた。

 まだ昼過ぎだというのに、岸辺の林道は分厚い闇に包まれていた。道幅は車一台分しかなく、水際と山際はすぐそこだ。おじさんの言う通り、既に私は命を粗末にしているのかもしれない。

「ここで停めて下さい」

 おじさんは手伝いを申し出たが、私は手前の梅林で待っていてもらうようにお願いした。

「死なないでくださいよ。寝覚めが悪いですから」

 私はおじさんにお礼を言うと、別荘に向かってゆっくりと歩き出した。この砂利道の先に、確かめなければならない答えがある。

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