本物の身体を作ってくれた
翔が目を覚ました後、二人は延々とはしゃぎ続けた。星が昇るまで翔を飛ばし続け、それが終わると今度はバーベキュー。私の記憶が正しければ、花火も二パック買った筈だ。
「炭まで買いこむなんて。上手くいかなかったら、どうするつもりだったんですか?」
ため息交じりに尋ねると、先生はしれっと答えてみせた。
「その時は、必勝祈願ということにします。多少は奮発するべきでしょう。これが最後の夜なんですから」
絶対今、聞かれてから考えたに違いない。
「先生のふてぶてしさは、是非私も見習いたいものです」
中途半端な憎まれ口は、先生を付け上がらせただけだった。
「いいんですよ。好きなだけ甘えても」
結構です。私は先生を振って、空いた場所にタマネギを並べた。炭がだいぶ減っているけど、今なら最後にぎりぎり焼き上がるだろう。私は額の汗をぬぐい、翔の様子を確かめた。
翔はカルビを焼きながら、時折翔に与えている。ひっくり返した肉から火柱が上がり、行天した翔の顔を照らし出した。
「大丈夫?」
翔はおずおずと頷いたが、脂の出す煙はとにかく焦げ臭い。私は顔の前を払い、翔に尋ねた。
「カケルにあげるのもいいけど、アキラもちゃんと食べてる?」
翔は首を伸ばして、差し出されたカルビをついばんだ。
「僕はもう食べたよ……それに今日は、カケルがすごく頑張ってくれたから」
翔はバーベキューを始めてからこちら、肉ばかり食べ続けている。確かにあれだけ酷使されたら、さぞかしお腹も減ることだろう。私は息を整え、翔に微笑みかけた。
「良かったね、アキラ……びっくりしちゃった。あんなに遠くまで飛んでいけるなんて」
雨上がりの空を、対岸に向かって飛び去る翔。小さな影は記憶の上に、黒々と焼き付いている。
「僕も、びっくりした。風が吹いた途端にどんどん地面が遠ざかって、世界が縮んだように見えたんだ」
今はもう、星が散らばるだけの空に、翔はどんな光景を想い描いているのだろう。怖くなかったか尋ねると、翔は小さく頷いた。
「怖かった。遠くに飛ばされたまま、戻って来れなくなったらどうしようって……」
けど、すぐに分かったんだ。嫌に明るい翔の言葉が、私の肩に降りかかった。
「本当はそれって、どこでも飛んで行けるってことだったんだ。だからほら、あっという間に戻って来れたでしょ?」
分かっていた筈なのに、私に出来たことといえば、曖昧な相槌を打つことだけだった。
「先生は凄いよ。神様は僕をこんな風にしか作れなかったけれど、先生は本物の身体を作ってくれた……」
当の先生はいつの間にか、岸辺に屈みこんでいた。蚊取り線香の缶の中で、小さな蝋燭が燃えている。
「そろそろ花火を始めましょう」
金ばさみで掴んだ炭を、先生はグリルに返した。詮無い音を立てて熾火の破片が舞い上がり、静かな夜に溶けてゆく。
「これは、どっちが前なんですか?」
初めての花火に、目を輝かせる翔。屈託のない笑顔が手持ち花火の色に染まるのを、私はぼんやりと眺めていた。




