小屋に入ってゆく先生を見てしまう
その夜私は、妙に懐かしい夢を見た。夢の中の私はまだ子供で、うたた寝をしている。静かな蘭の香りと、涼しげなウィンドチャイムの音色。起き上がって庭先に目を向けると、男の人が手を振り、私の名前を呼ぶ。
目の前に暗い天井を見つけたとき、私はいつのどこにいるのか、すっかり見失ってしまった。ウィンドチャイムの音が聞こえる。薄暗い部屋の中、青白い光に揺れるカーテンを掻き分け、私は窓の外を確かめた。
夜空の底に沈む、静かな月。時計も夜中の一時を表示している。私は喉の渇きを覚え台所に向かう途中で、先生がまだ起きていることに気づいた。部屋の中で、確かに食器の音がしたのだ。
私達が寝付いた後も、先生は毎晩データを分析したり、実験のプランを練っている。私は何の力にもなれないけれど、先生のためにせめて夜食を持って行くことにした。
確かまだ冷凍うどんは開けていない筈だ。鍋にお湯を張り、強火にかけながら具を探すと、冷麺に使った残りのちくわが出てきた。換気扇と鍋の他には、虫の声しか聞こえない。ウィンドチャイムの音は、いつの間にか止んだようだ。
静けさを破ったのは、他でもない、先生の足音だった。二階から、硬い足音がゆっくりと降りてくる。私は深く息を吸って先生が現れるのを待ったが、意地悪な足音は素通りして玄関から出ていった。
あの人のことだ。扉の前で待ち伏せしていないとも限らない。私は火を止め、玄関の明かりを点けずにひっそりと扉を開けた。まさか本当に、出かけていったというのだろうか。表には夜が広がるばかりで、先生の姿はない。
私は思わず裸足のままポーチから飛び出し、そして見つけてしまったのだった。
自ら禁じた小屋の中へと、入ってゆく先生の後ろ姿を。
先生が入った後、小屋には黄色い明かりが灯り、その明かりが消えた後も先生は戻ってこなかった。そこで何が行われているのか、決して考えてはいけない。あてのない秘密で賄えばこそ、麗らかな夢を見続けていられるのだから。うどんとちくわをしまい、鍋を片付けると、私はいそいそとベッドに戻ったのだった。




