温室に近づいてはいけない
翌朝洗濯物を干しているとき、私はまたウィンドチャイムの音を耳にした。コオロギの声に混じって、時折流れる鐘の和音。温室に目をやると、青い鳥が鉄枠の上に留まっている。私のあげた微かな歓声に気づいたのだろう。鳥は私を見つめ返し、瞬く間に茂みの奥へと消えていった。
私は余韻を味わいながら残った温室をもう一度見下ろし、その中に小屋があることに気づいた。温室で使う道具をしまっておくための物置だろうか。けれどもその割には、岸辺の方に小さなテラスが突き出していたりする。小屋の正体がどうしても気になり、私は先生の言いつけを破った。
二人が練習に使うホイッスルの音が、時折岸辺から聞こえてくる。私はコテージの玄関から、堂々と温室に近づいた。この温室にも、先生の思い出が眠っているのだろうか。こうして下から見上げていると、残された鉄枠が鳥籠に見えてくる。
私は息を整え、割れた窓から温室に忍び込んだ。ススキと枯れ木の間に佇む水色の小屋。入り口には柱に囲まれた円いポーチがあり、そこに安楽椅子が置かれている。奥の扉は、鍵がなくても開くのだろうか。
うっかりを踏みつける度に、ガラスが漏らす悲痛な呻き。スニーカーの厚い底が突き破られるわけはないけど、いちいち心臓に絡みつく音だ。埃を被ったポーチに辿り着き、真鍮のドアノブを握ったそのとき、私は後ろから呼び止められた。
「各木さん、何をしているんですか」
危ないから近づかないようにと、言った筈でしょう。先生を振り返ったきり、私は動けなくなってしまった。
「ご、ごめんなさい――」
人の家を勝手に探るなんて、卑しい娘だと思われただろうか。後じさる私を、先生は慌てて宥めすかした。
「別に何が悪いということではありません。ただ、風が吹くと上からガラスが降ってきたりもしますし……」
先生はわざわざ私を迎えに来て、温室の外に出るまで、私の頭を庇ってくれた。
「知りたかったんです。先生のことが……傍にいても、私には何も理解できてないんじゃないかって」
ちゃんと寄り添えるようになりたかったと私が小声で言い訳すると、先生はありがとうと言ってくれた。




