表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/41

先生の部屋

「少々お待ちを。タオルを取ってきます」

 先生の家のタオルは、ふっくらとして、陽だまりの匂いがする。洗濯槽に冷たい服を放り込み、湯船に体を沈めると、手足にぬるま湯の熱さが沁みた。まだ、何も分からない。家に戻った後、どうするべきなのか。母さんに会ったとき、何と言うべきなのか。私が上がって来た時にも、私の服は熱風に揉まれていた。乾燥が終わるには、もう少し時間が必要だ。ネル織のラップコートを身につけ、私は風呂場を後にした。

「コート、大きすぎませんでしたか?」

 リビングは薄暗いけれども、研究室と同じ、コーヒーの香りがする。ソファーの上で膝を抱え、私は灰色の空を見やった。

「大きいけど……こうしてうずまっていると、少しほっとします」

 先生からマグカップを受け取り、私は優しくコーヒーに息を吹きかけた。光の襞がカップの中を滑り、淡い湯気は空に解けてゆく。手のひらから伝わる静かな温もりを確かめ、コーヒーを少し口にした。

「これが潮時でしょうか。まだ前金にも手は付けていませんし、今ならまだ引き返せます」

 今までの苦労が不意になったというのに、私は胸をなで下ろしていた。このまま実験を続けていたら、取り返しのつかない結末を迎えていたかもしれない。

「実験が明るみに出るようなことになれば、その時点で何もかもがお終いです」

 だが――肩の荷が下りると、別の不安が這いあがって来た。翔にどう伝えるのか、まだ何も考えていない。翔はとうの昔に、この実験に憑りつかれていた。母が作った鳥籠の中に漸く差し込んだ光を、私が取り上げてしまったとしたら。翔はもう二度と、私のことを信じてはくれないだろう。

「こんなことになるなら、初めから何もしなければよかった」

 そうすれば避けられた筈だ。翔を無駄に傷つけることも、先生に奪われることも。溜息をつき、冷めたコーヒーを飲み干すと、後には苦味だけが残った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ