歴史2 三歩進んで大きく躓く
生活圏であり避難場所となる地下室作成の為に、小鬼人族と耳長人族を始めとした者達は朝から粉塵塗れになって、鉱山内の岩肌を掘り進めていた。
ドラゴンを倒しうる武器を造る為に素材となる鉱石を探し求める多数の鉄工人族は鉱山内で各々分かれて鉱石採掘に取り組み、ドワーフのリーダーと鬼人族の2人組もまた、リーダーのドワーフの指示のもとオーガが一心不乱に硬い岩盤を掘り進めていた。
「おいオーガ!手当たり次第に掘ればいいもんじゃないぞ!力任せに掘り進めて貴重な鉱石ごと壊したらシャレにならない!」
今に至るまで何度かドワーフ達が採掘しようとはしたものの、岩盤の強度から作業が捗らずに後回しにしていた箇所の壁を、採掘用のハンマー片手にガンガンと掘り進めていたオーガに対し、リーダーのドワーフが注意を飛ばす。
「なにを言っている。この程度で壊れるコウセキとやらでドラゴンを倒せるものか。少なくとも、このハンマーに俺の力を込めてなお壊れないコウセキがなければ話にならん」
「馬鹿野郎!ただ硬ければ良いってもんじゃないんだ!鉱石の持つ性質を理解して適切な加工方法を加えれば一気に強度が跳ね上がる事だってあるんだよ!これだから素人ってのは……」
ドワーフが呆れた様子で苛立ちまじりの短い溜息を吐く。
「馬鹿野郎だと?」
ドワーフの注意を聞き流していたオーガが、聞き捨てならない言葉を聞いて作業の手をピタリと止める。
「貸せ!」
作業の手を止めたオーガの手から強引にハンマーを取り返したドワーフが、オーガを横目で睨みながらハンマーを振りかぶる。
「いいかよーく見とけ!鉱石採掘ってのは奥に掘り進めるんじゃなくて手前の壁を削るように、寸止め気味に進めるんだよ!こんなふうにな!」
ドワーフがハンマーを振り下ろすが、タダでさえ硬い岩盤は、必要以上に鉱石を傷付けまいと力加減して振ったハンマーではヒビすら入らなかった。
「フン、貧弱が」
小馬鹿にしたようにオーガが鼻を鳴らす。
「……な…な〜に、今のはあくまで心構えを教えただけだ…今度こそ本番だ…ハンマーはこうやって使うんだよ!」
ドワーフがハンマーを振り下ろす角度には充分気を付けつつ、力一杯に振り抜くが、岩盤には僅かなヒビが入っただけだ。このペースでは武器を造る所か目新しい鉱石の採掘だけで膨大な時間がかかる。ドラゴン撃破など夢のまた夢だ。
「フン、貧弱が。要は皮を剥ぐように手前からやればいいのだろう?もういい貸せ、俺がやる」
ゴブリンの手からハンマーを奪い返したオーガが、枯れ木の表面でも剥ぎ取るかのように、硬い岩盤の表面を削っていく。
「グゥゥ!ドワーフやって80年、腕力が得意分野のオーガ相手とは言え、今日入ったばかりの素人に壁掘りで負けるとは……」
両手と両膝を地面に置いて肩を震わすドワーフに向かって、オーガが声を荒げる。
「なにを遊んでいる!キチョウナカコウホウデキョウドがなんとかかんとか言うコウセキとやらを見つけるんだろう!俺にはどれがどれだか区別がつかん!ちゃんと見張っていろ!」
「っとと!わかったわかった!そんなに怒鳴らないでも聞こえているわい!」
オーガに急かされたドワーフが慌てて立ち上がりオーガの手元へと視線を集中させる。
「まったく、俺が若い頃は教わる側が教える側に怒鳴り声をあげるだなんて考えられなかったぞ」
「知らんな。強いものが弱いものから奪う。俺が知っているのはそれだけだ」
オーガの言葉を聞いたドワーフは目を丸くさせ、一呼吸おいてから思ったままの言葉を口にした。
「そいつは悲しいな」
「かなしい?なにがどう悲しいんだ?」
「いや、大した事じゃない。気にしないで続けてくれ」
「?」
オーガの返答に、年老いたドワーフは、およそ鉱石採取には必要でない労力と時間を割かれる事を感じ取った。
種族が違えば価値観も違う。所詮はドラゴンを倒すまでの一時的な同盟に過ぎない仲同士、過度な干渉は必要ないと考えたドワーフは、鉱石採取の手を止めないよう計らった。
鉱石採取の方はいまいち捗らなかったが、地下室作成の作業は概ね順調に進んでいた。
穴掘りは抜群に上手いが、人付き合いは不得意な気弱なゴブリンの指示を、今は亡きエルフの集落でリーダーを務めていたエルフが他の者に伝え、先頭に立つゴブリンとエルフをサポートするよう父親に言いつけられたドワーフが2人を上手くサポートしていた。
吸血人族と、蛇人族の比較的腕力の強い種族が指示通りに穴を掘り進め、脚力に優れた狼人族やエルフが掘り返した岩や土等を、台車に乗せて邪魔にならない場所へと運んでいく。
腕力、脚力、持久力にも優れるオーガは作業の進行度合いに応じて穴掘り作業と運搬作業を行き来した。
疲労が溜まった者は精吸魔人族のマッサージで筋肉疲労を癒し、筋肉疲労を癒す作業を、サキュバスにマッサージを習った下半身が蜘蛛の半蜘蛛人族が多脚で手伝う。
各種族が己の特性を上手く活かしあい、知識ある者の目から見れば、およそ半日ほどで地下室作成の目処が立った。
今のペースで進めれば、遅くとも2ヶ月後には地下室が完成する。
文句の付けようがない程に順調だった。
しかしそれは、作業の進行度合いだけに目を向けた場合の話に限る。
「ひぃぃ…ぶひひぃ……ゼェ…はぁ…」
数人の太った者達が絞り出すような荒い呼吸を繰り返す。
横に大きな巨体に反し瞬発的な動きは得意だが、持久力はまるでない猪人族は穴を掘る作業も、掘り返した岩や土を持ち出す作業にも不向きだった。
「邪魔だよアンタ!大した腕力もないくせに下手に手出ししないでおくれ!」
「え?でも僕だけサボる訳には…」
「こちらはいいから邪魔な岩を片付けてくれ。狭くてかなわん」
穴を掘ればラミアに怒られヴァンパイアに他所へ行けと言われ
「おい、遅いしスペースの取り過ぎだ。お前に運搬作業は向いてない。マッサージでも手伝ってこい」
「チッ!」
「は、はい……」
運搬作業に回ればエルフにまたも狭いだなんだの言われ、ワーウルフには舌打ちされ
「イダダダ!ばか!力かけ過ぎだ!」
「ご、ごめん。これぐらいですか?」
「いや、今度は弱過ぎる」
「じゃあこれぐらい?」
「いでぇー!わざとやってんのかてめぇ!!」
「ご、ごめんなさい!」
マッサージは大不評。
「あ、そこのオーガさんマッサージはどうですか?」
オークは考えた。中途半端に強すぎる自身の力なら、サキュバスやアラクネの力ではいくら押してもびくともしないオーガにマッサージができるのではと。
「オーガがこの程度の作業で疲れると思ってるのか?そこらの軟弱者と一緒にするな」
冷めた目で拒絶心を隠そうともしない言葉を吐き捨てられたオークは、ただ黙って俯く事しか出来なかった。
「はぁはぁ……くっ!うぅぅうぅ」
鉱山内での作業に不向きな種族はオークの他にも存在した。
五指を備えた両腕の代わりに翼の生えた翼人族では穴を掘る事も出来ず、天井の低い鉱山ではろくに飛ぶ事もできない。
運搬作業を行おうにも、羽ばたくスペースがない為に普段は手の代わりとなる脚部で台車を押す事もできず、岩を運ぼうにも脚の鉤爪で岩を掴んだままピョンピョンと飛び跳ねる慣れない動きで一気に疲労が蓄積し、少しでも前進する力を補おうと両翼で両脇の壁を、後ろに押し出すように力を込めると、運搬作業を行う者達から羽が邪魔だとのブーイング。
マッサージしようにも鉤爪が鋭過ぎて背中から血を流す者が続出。
「作業の邪魔をするな!」
あっちでもこっちでも戦力にならなかったハーピィはオークと同じく隅っこの方で落ち込んでいた。
「よし皆んな、そろそろ飯にしよう」
サブリーダーのエルフが号令をかけるとほぼ同時に、空間内に悲鳴が響き渡る。
「ウギャアァァあぁ!!」
「なんだ!?どうした!!」
サブリーダーのエルフが慌てて悲鳴の方向に向かうと、ヴァンパイアがラミアの首筋に噛み付いていた。
「なっ!?なにをしている!?やめろ!」
エルフがラミアからヴァンパイアを引き剥がして睨み付けると、ヴァンパイアは驚いた様子でエルフに視線を合わせた。
「なんだ?どうかしたのか?」
「どうかしたのかじゃないだろう!?なにをやっているんだお前は!」
「なにって、食事だが?いま君が飯にしようと言ったではないか?」
何を慌てる事があるのか全く理解していない様子で返答するヴァンパイアにエルフは『しまった!』と自身の言葉を思い返していた。
ヴァンパイアは他の種族の血を食料としている。
たったいま行われた吸血行為は敵対心や悪気ゆえの行為では無く、他者の命を奪わずとも行える気軽な食事以外の何物でもないのだ。
多くの種族が同時に生活する場所でエルフの常識が通用しないであろう事は予想できていたが、日常の何気ない一言ですら失言となり争い事の種をまくハメになりかねないのは予想外だった。
「部外者はどいていな。その腐れヴァンパイアはぶちのめす」
「腐れヴァンパイア…だと?」
吸血されたラミアが蛇の下半身を勢いよくくねらせ、尻尾で壁や地面を試し打つ。
ラミアの言動にヴァンパイアも敵意を醸し出した。
「待て落ち着け!今のはちょっとしたお互いの認識のズレだ!落ち着いて話し合うんだ!」
「おいおい、どうでもいいけど飯はまだかよ」
エルフがラミアとヴァンパイアを抑えようとするなか、ワーウルフが空腹を主張すると、他の者もそれに続いて飯にしようと騒ぎ出す。
「飯は今持ってくる!いいから落ち着け!間違っても隣の奴を取って食おうなんて考えるなよ!?」
「へぇ〜持ってきてくれるんだってよ。狩をしなくても飯にありつけるのは有り難いなぁ」
「ウフフ、そうですわねぇ。どんな素敵な方なのかしら」
ワーウルフが隣のサキュバスに話しかけると、サキュバスが艶かしい動作で舌をチラつかせる。
「鳥の卵はないのかい?」
「なんでもいいからお腹一杯たべたいなぁ〜」
「肉を食わせろ」
「活きの良い川魚が欲しい!」
「たまには腐った肉以外も食べたい」
「果物はあるの?」
吸血されたラミアとは別のラミアが好物の名を口にしたのを皮切りに、続いてオーク、オーガ、ハーピィ、ゴブリン、アラクネが自身達の好物を主張し、所望する。
この様子では量の限られた味気ない保存食を持ってきた途端にどうなることやらと、ドワーフで唯一の穴掘り係の男は頭を痛めた。