蛮勇
「長きに渡る洞窟生活による生態の変化。科学の進歩による運動量減少に伴う体力の低下。確かに、人類が失ったモノもある」
レツヒはケーキをもごもごと飲み込みながら、器用に会話を続ける。
「しかし、人類はそれを補って余り有る進化を果たした。今いったように科学は進んだが、ここ150年の進歩は特に凄い。金剛石やミスリル銀を初めとする新鉱石の発見。これらの鉱石を今の技術で加工した武器は伝承で語られる物とは比較にならないほど強力だ。種族毎の特製にしてもそうだ。ひとつひとつはオリジナルのソレに及ばないだろうが、様々な血が混じる中でエルフの視力やヴァンパイアの聴覚を同時に併せ持つ者。ハーピィの空間把握能力やワーウルフの脚力を同時に併せ持つ人種も少数ながら誕生した。戦う為のワザである武術も編み出されたし、種族毎の特製を色濃く受け継いだ者がそれらの力を活かしつつ武術を使った時の強さと言ったら、それだけで基礎体力に優れるご先祖達の戦力を上回る事も珍しくねぇ。分かるか?いくらドラゴンが強かろうがコレは…」ケーキを食べ終えたレツヒは言いながらコーヒーを手に取り、一口で半分近く飲みこむ。
「ング、ぷぁー!………勝てる勝負なんだよ。分かったらドラゴンの棲家に俺達を連れてけ。報酬はケチらねぇぜ。この仕事にはそれだけの大金が掛かってるんだ」
「断る」
レツヒの言葉を一蹴したサーシャが、灰皿にタバコをぐりぐりと押し付け鎮火させてから続ける。
「リスクがでかすぎる。アンタらの中ではそれなりの勝算があるのかも知れねぇが、ドラゴンを甘く見過ぎだ」
「お、オイオイ別にサーシャさんには大した危険もないだろう?俺はただ道案内をしてくれって言ってるだけだ。何も一緒になって戦えって言ってる訳じゃないんだぜ?」
『チッ!なかなか用心深い。この女、どこまで気付いてやがる?』
『負けそうになったら報酬も無いとか言ってむりやり共闘させるか最悪コッチを囮にする事ぐらいは読めてるんだよ。面倒くせぇ。この場で再起不能にしてやろうか』
腹を探り合いながら、ひとまずは相槌を返す。
「とにかく、その話はお断りだ。誰かに恵んでやれる程の額はねぇが、自分が食っていく分の金には困って無いし万が一にも危ない橋は渡りたく無いんでね。第一今は落ち着いてるにしてもヘタに刺激してドラゴンと人類の戦争が再開したらどうするつもりだよ。ココには他の大陸みたいにホーリツとか言うクソ面倒クセェ決まり事は存在しないが、それでも侵しちゃならねぇ不文律ってモンが有るだろうがよ」
「不文律…ねぇ……」
レツヒがコーヒーを飲んで、言葉に詰まっている訳で無いよう見せかけながら、頭の中で言葉を纏めて行く。
『バカじゃ無いなら無いなりのやり方も有るんだよ。どれ、ここらで一度クギを刺してみるか』
「身なりは小綺麗に整えて来たつもりだが、俺たちゃ貧乏人だ。そのクセ気が短く、オマケに我が強い。好きでも無い奴の元で好きでも無い仕事をチマチマやるのは性に合わねぇ。そうして燻ってる中、修羅場を一回乗り切るだけで本物の自由を掴めるチャンスが巡って来たんだ。ハッキリ言うが不文律なんてもんに縛られてコレを活かさない手はねぇ。身勝手を承知で改めて依頼しよう。ドラゴンの棲家を教えてくれ。もちろん金以外の条件を言ってくれても構わない。俺達に可能な範囲ならどんな手段を使ってでも叶えるつもりだ。どんな手段でも……な」
『ッ!コイツ!』
レツヒの言葉尻に対し、サーシャの警戒心が最大限に高まる。
暗に脅しを掛けているとも取れる言葉の繰り返しに声のトーン、微かな愛想笑いを含みつつも鋭い目付きに視線の位置、椅子に座りつつも僅かに上がる重心、隣にいるツゲレも、目線は合わせず何も喋らないが真剣な表情のまま僅かに重心が上がる。
レツヒらの雰囲気からサーシャが感じ取った強烈なソレは、良く言えば覚悟。悪く言えば欲望。いずれにせよ、どれほど突っ走るつもりかは分からないが、少なくとも退く気は無いだろう。例えばの話だが、ここで自分が力尽くで拒否すると言ったところで、とても聞き入れるとは思えない。
『サーシャは気付いたみたいだな。ジャスフィアの方は……うっすら不穏な空気を感じているって程度か?断定はできないが、思っていたよりも鈍いな。とりあえず現状では理想的な反応ってところか』
レツヒとツゲレがしているように、サーシャもまた、素早く立ち上がれるよう下半身に力を込めながら言葉を返す。
「………仮にドラゴンを倒せたとして、戦争も起こらなかったとする。だが、秩序を壊しかねない行動を取ったとかの名目でパンドラ軍に目を付けられたらどうするつもりだ」
「そりゃ意味も無く死ぬのは避けてぇが、チャンスに付いてまわるリスクに怯えて守りに入る程の上等な人生でも無いんでな。仮定の話は止めにしようぜ。ひとつ確かな事は、この件には命を賭ける価値が有る程の金が絡んでいるって事だ。俺達にとっては、だがな」
「……………………………」
あからさまに睨み付けたりはしないが、レツヒとサーシャが鋭い視線を交わし合ったまま10秒ほど無言の時間が流れる。
「まぁ、いきなりやって来てその日の内に答えを決めろって急かされても困るわな。今日はこの辺でお暇するよ。明日、昼飯を終えた頃にまたやって来るから、その時に返事を聞かせてくれ」
咄嗟の動きに対応できる程度には身構えつつも、幾分か緊張と力を抜いたレツヒとツゲレが、礼儀うんぬんとは関係なく単なる貧乏性によって、温くなった残りのコーヒーを飲み干してから、静かに席を立つ。
「いきなりお邪魔して悪かったですね。しかも美味い飯まで頂いて。礼と言うにはつまらないものですが……」
立ち上がったツゲレが、地べたに置いていた背負いリュックを右手で持ち上げ、机には乗せず宙に浮かせたまま左手で中身を探る。
『………』
サーシャが自分の体中に仕込んだ大型ナイフの位置を意識しながらその動きを眺めつつ、ゆるやかな動作で席を立つと、つられてジャスフィアも立ち上がる。
「と、あったあった」
リュックの中から探していた物を手に取ったツゲレがサーシャの方に向かって歩き始めると、レツヒも一緒に動く。
「受け取ってください」
サーシャが警戒しつつも、縦10センチ横5センチ程の箱を受け取る。
「あ?んだこりゃ?」
「風の噂で愛煙家だと聞いていたモノでね、お気に召すか分かりませんが、ほんの気持ちって事で貰っといてください」
サーシャが怪訝な表情で箱を確認すると〈ディープ・ダーク・トレジャー〉との文字が目に入って来た。
「世界一高いタバコか?ありがたく無くは無ぇが、こんなもん渡されても反対が賛成にはならねぇぞ」
「イヤイヤとんでもない。それとは関係無く、本当にただの気持ちですって」
『毒やら小型の監視カメラやら入ってねぇだろうな…まぁいい。調べてそれらしいもんが出てきたらハッキリと潰す口実ができる』
サーシャとツゲレが会話する横で、ジャスフィアがレツヒに話しかける。
「お前ら、本気なのかよ」
「ふふ、遊びに見えるか?」
「………外まで見送るよ」
ジャスフィアが前を、サーシャが1番後ろを歩く形で、4人は玄関に向かう。
「ジャスフィアの旦那、今日は世話になりました。明日またお邪魔になりますが、よろしくお願いしますよ」
「あぁ。いちおう時間は空けとくようにするよ」
玄関から数歩出たところでツゲレがジャスフィアの気を引いてる内に、レツヒが後方に移動し、壁に背を預けるサーシャの肩に手を乗せ耳元で囁く。
「アンタの飯、マジで美味かったぜ。明日はもっと良いネタを喰わせてくれよ」
「っ!」
サーシャが勢いよく腕を振り払うと、レツヒは悪びれもせずそのまま外に歩いて行き、片手をヒラヒラさせる雑な挨拶をしながら、振り向かずに去って行く。
「へへ、それじゃあ今日のところはこの辺で」
ツゲレがぺこぺことお辞儀してから、小走りでレツヒの後に付いて行く。
レツヒとツゲレが去って行き、気配も完全に消えた辺りで、サーシャがドアを閉めて鍵を掛ける。
「……悪いサーシャ。まさかこんな面倒な事になるとは」
「まったくだ!軽率すぎんぞ…と言いたい所だが、それは私も同じだ。なってしまったもんは仕方ねぇ。とりあえず、なるべく面倒が残らない形で断る方法を考えるぞ」
「あぁ」
長い廊下を歩きながら、ジャスフィアがサーシャに質問する。
「なぁサーシャ、俺は実際に会った事が無いから分からねぇんだけど、ドラゴンってのはやっぱりそれだけ危険な存在なのか?」
「ん?あ〜………………」
ジャスフィアの質問にサーシャが言い淀む。
今回の件には、サーシャとしてはジャスフィアになるべく関わって欲しく無い理由が有るからだ。
どう答えればジャスフィアが関わる可能性を薄めれるだろうかとサーシャは考える。
「サーシャ?」
言葉を返すのが遅すぎた。
これ以上の時間は掛けられない。
コレが最善の答えなのかは分からないが、とりあえずはそれらしい方向に誘導できると思われる相槌を返す。
「いやまぁ…ぶっちゃけて言うが、単純に面倒くさかったから大袈裟に脅して止めようとしただけだ。危険には違いないが、そこまでヤバい存在ではねぇ」
「…そうか」
少し遅れて、ジャスフィアも相槌を返す。
さすがに不自然だっただろうかとの思いがサーシャの中に浮かぶ。
『サーシャの様子がおかしい……気がする。アイツら全然聞き入れる様子が無かったし、どうやって断るか悩んでいるんだろうな。それに、どうしようもないって程では無さそうだが、ドラゴンが強敵って事に変わりはないようだし、サーシャの身に危険が及ばないよう俺がなんとかしないと』
『ッ、あぁ〜くそっ間違えた!こいつが実際のドラゴンの脅威を知らねぇんなら幾らでも誤魔化しようが有ったのに、一緒に考えるとか言うんじゃなかった。しまったなぁ〜今さら1人で考えるって言い出すのも不自然だしどうしたものか…』




