闘いの記憶 巡る命
運命を決する時が来た。
鉱山に集まる生き残った者達は皆、年齢や性別や種族の違いに関わらず、一様に戦士の顔付きに成っていた。
「皆、準備は良いな?」
「オウッ!!」
ゼヴァンの合図に、他の者達がそれぞれの武器を手にしながら応える。
「よし、出発しよう」
短く言葉を交わし、外へ向かう。
アダンの提案した作戦を実行に移す為、まずは森を目指す必要がある。
アダンとゼヴァンとクロムを先頭に、そのすぐ後ろには大きな荷物を持ったドワーフとアラクネそれぞれ5人ずつ、片耳のソルヴァと陽気なシグのワーウルフ2人、同族の中ではひときわ体の大きなガーテラと随一の飛行能力を誇るクレアのハーピィ2人、もっとも重要な役割を担う先頭の者達を重点的に守るため、隊の中では最強の戦力となる採掘班のオーガ、アルグを中心に5人のオーガが固まり、後はそれぞれの長所を持つ各種族が一定の感覚で点在して、最後尾はオーガの中でいちばん柔らかい性格のゼインが殿を務める形で、基本的には3列と成って目的地へと進む。
燦々と輝く心地良い朝の陽射しが幾分か精神を和らげるが、それでも彼等には微塵の油断も無い。
しばらく進み、荒地を抜け、やがて森へと到着した。
戦友の亡骸が何処かで眠るこの地にて、みな想う事はあれど、今はその感情を心の片隅へと追いやる。
ひとまずは無事に森へと着いたものの、ここから更に、ある程度ひらけた場所へ向かわなければならない。
向かう先は、先遣隊と子どものドラゴンとの戦闘で複数の木が倒壊して、幾らか広くなった空間。
当然、不測の事態に備えて常に周囲への警戒は忘れないが、一同は奇しくも先遣隊が戦った場所での決戦の始まりを予感しながら、クロムとアダンの案内に従って進軍を続ける。
不規則な間隔で、自然にできたモノでは無いであろう破壊痕が点々と現れ始め、それらが目に見えて増えてきた辺りで、程なくして目的地へ辿り着いた。
戦闘の中心部となった場所は幾つものラレルの木が倒壊して、確かにちょっとした広場のようになっている。
しかし、大人数が円滑に動き回る為の事を考えると、少しばかり広さが足りない。
地形を手早く確認してから、アダンが口を開く。
「皆、改めて周辺の確認を頼む。もうすこし広さがほしいところだが、木を倒すにもけっこうな物音が出てしまうからな」
アダンの言葉を聞くと、先頭にいたハーピィとワーウルフとヴァンパイアとが頷き、ガーテラとクレアは、他のハーピィがやっていたように、ラレルの木の頂上付近まで跳び上がり、枝葉の陰から空を覗き辺りの様子を確認する。
「私の認識できる範囲では、周囲にドラゴンのモノらしき音は聞こえないな」
「こっちもだ、近くにドラゴンの匂いはねぇ」「今のところはな」
聴覚で周辺を確認したクロムが、異常が無い事を知らせ、続いて嗅覚で周辺を確認したシグとソルヴァも同じ意見を発した。
背中合わせの状態で枝葉の陰から慎重に辺りを確認した2人のハーピィは、一瞬だけ、小さく木の頂上から顔を出して遠くまでを確認した後地面に降りる。
「地平線の先までドラゴンの姿は見当たらないわ」
「こちらも同じくな」
現状の見える範囲では安全を確認したクレアの言葉にガーテラが続く。
不測の事態が絶対に無いと断定はできないものの、一応の可能な範囲で安全を確認した言葉を聞くと、アダンが小さく頷く。
「よし、ゼヴァンさん、指揮を頼む」
ゼヴァンがこくりと頷き、指揮に取り掛かる。
「皆、少しばかり大きな音が出ちまうが、まずは戦闘の場を整えよう。始めはワーウルフとヴァンパイアとハーピィだ。3人1組になって作業範囲の外側で円形になる形で周囲の見張りを継続。見張りに集中している際、間違っても切り倒した木などに巻き込まれぬよう充分な距離を取れ。1組に付き1人のドワーフが付いて作業範囲がどの程度のモノか教えてやれ。そんで手の空いたドワーフはすぐに作業の方に戻って来い。エルフとアラクネは今の内に木に登っといてくれ。ユーリリ、ガジン、リィン、アダン、作業指揮の補佐を頼む。見張りが位置に着き次第はじめるぞ」
起動力に優れるハーピィやワーフルフの殆どは見張りに向かう為、次点で身軽なエルフや、強靭な糸を出すことのできるアラクネ達がまずは木の頂上付近まで登る。
エルフの準備完了に少し遅れ、頂上付近に糸を巻き付けたアラクネが地に降りたところで木を切り倒す下準備ができた。
少しだけ待機時間を挟んだところで、始めに見張り役に付いて行った人数分のドワーフが本隊に戻って来て、彼等全員の口から準備完了の言葉を聞き終えるなり、ゼヴァンを始めとしたまとめ役の者達の指示によって、自分達が動けるだけの空間を確保する作業を開始する。
ヨロイを体に装着したラミアや、獣の爪に似せた事からそのままツメと名付けられた武器を付けたゴブリンとカインが、その武器で木の根元を削りながら、アラクネが糸を引っ張ったり、1本の木ごとに3人登っているエルフが体重を掛けつつ木を揺さぶったりして、角度を調整しながら木を倒す。
「行くぞ!せー、のっ!」
木が切り倒される度に待機していた者達が素早く駆け寄っては、倒れた木が邪魔にならぬよう、息を合わせながら端へと退けて行く。
広場となる空間の中心から、円を広げていくように伐採を繰り返すが、広場の中にも25メートル毎の間隔で点在させるように木を残しながら作業を行う。
「次はあっちだ急げ急げ!アラクネ達は奥の木で準備してくれ!」
ただ木に登るだけのエルフと、木に登り、糸を巻き付けてから地面に降りるアラクネとではどうしてもアラクネの方が時間が掛かってしまう。
時間差を無くす為、現状で邪魔になっている木にはエルフを向かわせ、アラクネには次に切り倒す奥の木で準備するよう、ゼヴァンらが指示を飛ばす。
エルフとアラクネが角度を調整しながら木を切り倒し、それを端へと退けるのが一連の流れだとして、それを8セット繰り返し、同じ作業を全員で後5セットも行えば充分な広さが確保できるとなった段階で、切り倒す木の角度を調整する作業はエルフ達に任せ、アラクネは罠を張る作業へと移行する。
列を成していた際、5人のドワーフと5人のアラクネが抱えていた荷物をアラクネ達が拡げると、ソレ単体でも強靭かつ柔軟な拘束具となるアラクネの糸を何重にも束ねて編んだ指程の太さの糸が袋の中から顔を出す。
アラクネが2人1組となって、それぞれがドラゴンを拘束する為の特製の糸の端を持ち、25メートル間隔で点在させていた木と木の間に拡げていき、特製の糸の端に通常の糸を絡ませ、通常の糸を木の幹に括り付ける。
直径100メートル程まで空間を広げる作業と、広場の中に点在する木々の間それぞれの上部の方に10本ずつの特製の糸を設置する作業とがほぼ同時に完了した。
最後に、広場と、その先の森の一部となる木々にも罠を張る中、ゼヴァンとユーリリが、ドワーフ達に見張りの者達を呼び戻してくるよう指示を出す。
見張りの者達が帰ってきたところで、戦いに向ける準備は全て完了した。
次は愈々、ドラゴンとの決戦に臨む段階だ。
誰に合図される訳でも無く自発的にアラクネとオークが木の近くに移動し、他のハーピィ達が己の武器を地面に置き素早く飛び立てるよう準備する中ガーテラは木の頂上付近の枝葉から周囲の確認を行い、エルフ達は矢を番え、他の者達も、いつでも戦えるよう姿勢と精神を整える。
「よし、始めるぞ」
「おう!やってやろうぜ!」
念の為アダンが確認の意を含んだ合図を掛けると、言葉を返したり、力強く頷いたり、己の手にした武器を一瞬だけ掲げたりして皆が呼応する。
「失礼するわよっ、と」
意志を確かめ合ってから、一呼吸分程の間が空いたところで、クレアが作戦を始めようと小さく羽ばたいてソルヴァの頭上へ移動し、両脚の爪を食い込ませぬよう注意しつつ、可能な範囲で力強くソルヴァの両肩を掴む。
「頼んだぞ、張り切りすぎんなよ!」
「ああ任せとけ」
ソルヴァがシグに相槌を返してから、両手でクレアの両脚を掴み、飛び立つよう合図する。
「行ってくれ」
「周囲は問題ない。いつでも行けるぞ」
ソルヴァの合図を聞くと、ガーテラがクレアに空へ出ても大丈夫と告げる。
「よし!それじゃあ行くわよ!」
他の者達も準備が完了している中、2人からの合図を受けたクレアが一息に飛び上がる。
空へ出て、音を遮る物が無くなったところで、ソルヴァは短く息を吸い込む。
「ウゥォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォゥゥ」
ドラゴンを誘き寄せるため遠くに吠える。
狙うは見張りの者達が頻繁に目撃すると言っていた成体のドラゴン。
あくまで可能性を減らす程度の事だが、必要以上のドラゴンまで呼び寄せぬよう、声量を調節しながら吠えるソルヴァだったが、暫く待機時間を挟んだところで、良い意味でも悪い意味でも反応は無かった。
ならばと先程より幾分か大きな声で2度目の遠吠えを行う。
緊張の時間が流れ、何人かが手にする武器を改めて力強く握り締めるが、未だドラゴンからの反応は無い。
「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォゥゥ」
更に声量を増やしながら3度目の遠吠えを行う。
これまでのように、暫く待機時間を挟んだところで、ソレは返って来た。
「ギィオ"オ"オ"オ"ア"オ"ォ"ア"ア"ァ!!」
人族とも、動物とも違う。
肉体を持った災害が、地の底から大陸を引き裂くような轟音。
相当の覚悟が無くば、本能的に全身を竦めるような、凝縮された殺意の如き咆哮。
しかし、緊張感こそ高まったものの、戦士達が恐怖を抱く事は無かった。
やるべき事はやった。
後はただ、生きるか死ぬかだけだ。
彼等はむしろ、戦意を高揚させながらドラゴンの接近を待ち望む。
『ドラゴンを呼び出す事には成功。次が一番の難所だが………』
古いドワーフの言葉で【激しく戦う】の意味を持つヴァンパイアと同様の武器、剣を強く握り締めながら、厳しい表情で待機するアダンと同じく、ギリギリまでドラゴンを引きつけるクレアとソルヴァ、そして最難関の連携に臨むエルフ達とハーピィ達の緊張感が、他の者達以上に高まっていく。
緊張感が高まる中でも、それと同時に、それ以上に深く集中する。
毛ほどのミスも犯さず
確実に事を成すよう深く
深く
深くーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「………今だッ!!」
ソルヴァを掴んだクレアが地に降りようとする瞬間、ガーテラの号令で一斉に他のハーピィ達が飛び立つ。
殆ど同じ規模の羽音が同一のタイミングで発生して音が重なり増幅する様は、巨大な一羽の鳥の雄大な羽撃きにも似て、その巨鳥が換羽を迎えて羽を撒き散らすかのようにハーピィ達が空中を飛び交い特製の糸を覆い隠す隙間から、まるで予め定められていたかの如く、エルフ達の放った矢が正確無比にすり抜けて行っては、その全てがドラゴンに突き刺さった。
『ッ!?』
飛び交うハーピィ達に注視する中、予想外の攻撃を受けたドラゴンに一瞬の戸惑いが生じる。
しかし、いずれにせよドラゴンの取る行動は変わらない。
壊し、殺し、喰らう。
暴虐なる衝動のままに。
「…オ"ォ"!!」
ドラゴンは戸惑いによって僅かに緩んだ速度をすぐに戻し、眼下のハーピィ達に向かって急降下する。
『ッ!』
緩やかに舞いながらタイミングを窺っていたハーピィ達が急加速して攻撃を躱す。
ハーピィ達が退いた先に現れた見慣れぬ白い物体をドラゴンが本能的に警戒したのも束の間、己の強大な力と質量で生じた勢いを殺し切る前に、木々の間に張り巡らされた特製の糸10本の内5本がドラゴンの体に絡み付き、その巨体が地に堕ちる。
「ア"ア"ガァァッ!!?」
「行くぞぉッ!!!」
「オオオオオっ!!!」
アダンの掛け声と共に主力となる者達が飛び出す。
ワーウルフがその機動力を以ってドラゴンの前後の両脚に武器を突き立て、意識が四肢へと逸れたところでオーガの強烈な打撃が頭部や胴体を打ち抜き、決定的な隙が生じている内にアダンが尻尾を切り飛ばし、ヴァンパイアがドラゴンの両目を潰し、両耳と四枚の翼を切り飛ばす。
可能ならば嗅覚も殺すつもりだったが、特製の糸が大きく動きを阻害しているものの口への拘束は不完全で、ドラゴンが無闇矢鱈に宙空への噛み付きを繰り返して暴れ続ける為、上顎の先端に有る鼻だけはまだ潰せそうになかった。
「続けえぇぇ!!!」
それでも相当なダメージを与えているのは確実だ。
一陣の活躍で他の者も動きやすくなった所でゼヴァンが号令を掛ける。
機動力こそ劣るものの、接近戦ではオーガに次いで強力なラミアを筆頭に、ドワーフ・ゴブリン・カイン・そしてゼヴァン自身が前に出て、更にダメージを上乗せしていく。
ドラゴンの突進を避けてからすぐに列を成していたハーピィ達は、二陣がドラゴンと接触した時点で高度を落とし、一瞬だけ地上スレスレを滑るように飛ぶと、その一瞬で全員が己の武器を掴む。
武器を拾う他の者達の列にクレアも合流したところで、ハーピィ達は再び上空へ向かう。
エルフとサキュバスとイヴリスも二陣がドラゴンと接触した時点で移動を始め、ドラゴンの前後左右10メートルほど離れた位置にサキュバスが2人ずつ立ち、残りは広間の端ギリギリの場所まで円形に広がって行った。
「ガゥア……ォオ"ッグオ!!」
猛攻を受けながらも、ようやく糸の拘束を力尽くで解いたドラゴンが、自身の体を起こそうと四つ脚に力を込める。
「出番よ!!私に続きなさい!!」
攻撃のタイミングを伺っていたアラクネがそうはさせまいと、オークに合図を掛けつつ木から飛び降りる。
それぞれの木々から飛び降りたアラクネが、切断力と引き換えに貫通力を高めた細長い剣をドラゴンの背中に突き刺し、オークは棒状の先の方に半月型の刃が据えられた【乗し掛かる斬撃】を意味する武器オノでドラゴンの皮膚を切り裂く。
「グァオッ!!ックッガガァア"アア!!!」
体勢を立て直し掛けたドラゴンの巨体が再び地に伏せられる。
嗅覚まで奪われては完全に勝ち目が無くなる事を理解しているのか、ドラゴンは大きな隙を晒しながらも、鼻先だけは切られまいと激しく踠く中、やがては体勢を立て直し、先遣隊の中で唯一生き残ったクロムの報告通り、全力を出す前兆だと考えられている黒煙を発し出す。
「退がれぇ!!!無理に深追いをするなあっ!!」
大声で警告するクロムに従い、他の者がドラゴンから離れ始める。
「退け退けッ!!」
他の者も互いに声を掛けながら一時的に距離を置こうとするが、ドラゴンの正面にいたゴブリンと、頭部の付近にいたオークがそれぞれ1人ずつ逃げ遅れそうになる。
『っ!!』
ドラゴンの正面にいた2人のサキュバスがすかさず逃げ遅れそうになるゴブリンとオークにムチを振るい、瞬間的に縛り上げては勢いよく引っ張り救出する。
アダンの作戦通り、攻撃より防御を重点的に意識するサキュバス達が己の役割通りに動く中、逃げ遅れる者を救うと同時に自身達も回避行動を取る。
素早く行動しても尚ドラゴンの全速力での突進から逃げ切る事ができない位置関係に一瞬だけ陥ったが、大外で円形になっていたサキュバスがまたも器用にムチを使いこなし、ドラゴンに轢かれそうになるサキュバスを更に救出しながら、自分達も横に飛んで迫りくるドラゴンを躱す。
「ゴル"ル"ゥゥ!!?」
強大な破壊力を有しながらも、あくまでも眼前の敵を対象に繰り出された突進は、奥にある障害物まで打ち砕く事は叶わず、ラレルの木にぶつかって瞬間的に動きの鈍ったドラゴンに、周囲のエルフ達が距離を空けつつ矢を打ち込む。
ドラゴンにあからさまな隙ができていて、尚且つ他の者の動きをヘタに阻害してしまう心配も無い中、サキュバス達も一時的に攻撃役に廻ってムチを叩き付ける。
「オ"!オ"オ"アア!!」
数瞬だけ怯んだドラゴンが再び攻撃に移るべく素早く反転するが、ドラゴンの反転とほぼ同時にリィンが矢を止める指示を他の者に出しては、次の瞬間、空から急降下したハーピィ達が重力をも加えた強烈な一撃を次々に叩き込み、最後に落ちて来たガーテラがドラゴンの鼻先を抉り潰す。
「ッッ!!?……ガ………」
「行けえええええええええぇぇ!!!」
アダンの掛け声と共に、大外で待機するリィン達以外の全員がドラゴンに駆け寄る。
攻防を続ける中でドラゴンの全身から立ち昇る不気味な黒煙がやがては止まり、殺意を孕んだ断末魔と怒号が交錯する嵐の如き空間は、首の骨ごと肉を叩き斬る鈍く大きな音で終焉を迎えた。
「…………………………………………………………」
乱れた息遣いだけが静かに繰り返される時間が暫く流れたのち、大いなる歓喜が込められた勝利の雄叫びが挙がった。
「ウオッ!!ゥオオオオォォオおおおおおおオォおオおおオおおォオオおお!!!!!」
「ッはは…おい皆、あんまりはしゃぎ過ぎると他のドラゴンに聞こえるかも」
「オイ!!!やったなアダン!!!スゲェよ!!マジですげぇよ!!お前の作戦でドラゴンを倒しちまったぜ!!!」
言いかけるアダンに駆け寄って来たシグが、勢いよく肩に手を当ててから大声で燥ぐ。
「おぉ、ありがとよシグ。けどまぁ俺はキッカケを作っただけだよ。コイツは皆んなの勝利だ」
「それでもお前の力による働きは大きい!見事だアダン!」
シグに続いてマルーカも明るい声でアダンを賞賛する。
予想できていた事ではあるが暫くは騒ぎも収まらないだろう。
ドラゴンが暴れた期間は永く、深い暗闇だったのだ。
アダン自身、常に冷静であるよう努めてはいるが、漸く射し込んだ光に胸と感情が昂っているのも事実だ。
空間内にはまだまだ特製糸の罠も残っているし、今ぐらいは何も考えずに騒いでしまうのも有りかも知れない。
流石に最後の一線となる部分では気を張りつつも、アダンは周囲への注意喚起を敢えて取り止めようと考えた。
「やれやれ、気持ちは分かるがみんな騒ぎ過ぎじゃねぇか」
ぼそりとゼヴァンが呟くと近くに来たリィンが相槌を返した。
「彼等は戦士だ。間が悪く2匹目、3匹目が来たら一瞬で気持ちを切り替えるさ」
「ン…それならまぁ、別にいいけどよ」
「やりましたよ…グレント……」
空を見上げながら、半ば無意識にその言葉を漏らすエルヴィーグの背中を、メギアが優しく叩く。
「オイ!やったなソルヴァ!!」
長髪のエルフ、フランが明るい声で話し掛けると、ソルヴァはなんとも言えない表情で振り向く。
「あぁ?気安く人の名を…」
「イェー!見事な声量調整だったぞ!」
フランが明るく騒ぎながら強引に手を近付けると、ソルヴァも反射的におずおずと片手を差し出し、思わずハイタッチに応える。
『少しだけでも、お前達の無念を晴らせただろうか』
息絶えたドラゴンを漠然と眺めながら、クロムは亡き先遣隊の事を想う。
明るい達成感に包まれる者。
郷愁にも似たある種の喪失感を感じる者。
どのように勝利の味を噛み締めるかはそれぞれで違ったが、ひとつだけ確かな事は、この日、人類は自由への大きな一歩を踏み出した。
しかし、ドラゴンは強かった。
「ドラゴンが攻めてきたぞぉぉぉ!!!」
「ヤバいぞ!!!天井が崩れて何人か生き埋めに!!!」「早く助けろ!!!」
戦いの中、時にはドラゴンから拠点に攻め込んで来る事も有った。
知能に優れた個体が悉く罠を躱したり、戦闘能力が高く、作戦通りに動けても苦戦を免れない個体もいれば、時には大型のドラゴンが10頭同時に表れた事も有った。
発見される度に拠点を移しては武器や道具の改良を繰り返しつつ、再び戦いを挑む人類と、ドラゴンの戦いの歴史は長きに渡り、洞窟や地下に造った狭い空間での生活を続ける中、限られた食糧で体力を維持する必要も有ってオーガの巨体は通常の人族と同程度にまで縮み、植物と距離を置く内に花の声を聞くエルフの耳は退化し、大地を自在に駆け巡るワーウルフの脚力は徐々に衰えて行った。
本来の強みを失いつつ有る者もいたが、全員がそうだった訳では無い。
とりわけ、ヒューマンとサキュバスは雑食性で、瞬間的な力こそ弱いものの持久力に優れ、その特製は長期的な戦いに向いていた。
初めの方こそ極めて珍しい事でしか無かったが、ヒューマンとサキュバスは生態的に年中発情期でも有った為に、共に暮らす中で異種族間同士の恋愛も増えて行き、主に片割れがヒューマンやサキュバスで有る事を多くして、様々な種族の血を受け継ぐ者が世代毎に増えて行った。
雑食性で持久力が高く、様々な人族の間に生まれた混血児達は後に人間と呼ばれた。
人族とドラゴンとの戦いが始まって凡そ800年。
本来の機能を色濃く残す者を指す血族と言う言葉と、人間と言う言葉が生まれ始める時期、遂に人類のしぶとさに根負けしたのか、ドラゴンが意味も無く人族を襲う事はなくなり、人々は再び太陽の前に出ることを許された。




