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歴史25 決戦前夜

朝の全体練習を終え、昼食を済まし、各々が明日の決戦に備える為の自由時間に入ってから数時間後。


空高く有る太陽が緩やかに傾き始める頃、ヴァンパイアのクロムは慌ただしい様子で仮眠室へと向かっていた。



「すまない!遅くなった!」


部屋に入って相手の姿を確認するなり、想定していた時間よりも遅くなった事を謝る。


仮眠室に1人佇むステラは、呼び掛けに気付くと、古いドワーフの言葉で【覆う力】を意味するヨロイと言う名の武器を地面に置いてから振り返る。


「ん…あぁ、大丈夫よ。武器を観察してたからそんなに暇じゃなかったし」


「そ、そうか?」


ステラの言葉に、クロムが遠慮気味な相槌を打つ。


「とは言え確かに遅かったね。オーク達には上手く心構えを教えれたの?」


結構な時間を取らせた事をまだ自分の中で気にしつつも、とりあえずは質問に答える。


「あ、あぁ…まぁ……余裕と油断の違いを伝えるのに苦労したが、近くにいたハーピィが食べ物に例えて説明してくれたおかげでなんとかなったよ」


「へー、オークには食べ物で例えた方が伝わりやすいんだ?」


「どうやらそうみたいだ。初めから知っていれば説明が楽になったんだが……うむ…人に自分の気持ちを伝えるのは難しいな」


「あ〜まぁその辺はね…うん」



いちど会話が途切れたところで、思い出したようにクロムが適当な足元へと武器を置く。



両者共に腰を据えて話し合える体勢にはなったが、そこから少しだけ沈黙の時間が流れた。



相応に大事な話なのだろう次の言葉を切り出すべきか躊躇っている様子のクロムだったが、ステラがあえて何も言わず真面目な表情で待機していると、程無くして意を決したクロムが本題に入る。


「で…だ……その…そろそろ本題に入っても良いだろうか?」


「う、うん…別にいいけど、緊張しすぎ。こっちまで肩に力はいっちゃうじゃない」


「ぉっと、すまん。もうすこし気楽に行くか、うん」


半ば自分に言い聞かすように返事をしてから、呼吸のタイミングを整える為に喉をならして、一瞬だけ間を置いたのちにクロムが話し始める。


「その…いちおう確認だが、現状で私達が最優先すべきはドラゴンとの決戦に集中する事だよな」


確認の言葉にステラが頷く。


「え?あ、あぁ、うん、そうね。それがどうかしたの?」


「あぁ〜、なんというかだな……その…今の時点でそれより先の話をするのは気が急き過ぎだろうか?」


「え…どうだろ…それより先の話、ねぇ……」


少し考え込んでから、ステラが質問に答える。



「別にそんな事は無いんじゃない?やるべき事をやってるんなら明日の話をしようが、もっと先の話をしようがソイツの自由だと思うけど」


答えを聞くと、明るいような強張ったような、複雑な表情でクロムが言葉を続ける。


「そ、そうか。じゃあ、だな…その…君はこの戦いが終わった後どうするかとか決めているのか?」


「私?う〜ん、そうねぇ……細かいところまでハッキリとは考えてないけど、ドラゴンとの戦いが終わったらとりあえずは外に出るかな。今の生活もそれなりに楽しかったりはするけど、いつまでもドワーフの世話になるわけには行かないし、外の方が色んな刺激が有るし」


「なぁ、その外に行くと言う話」

「ん?なに?」


「君さえ良ければなんだが、ふ、2人で一緒に行かないか?」

「え………」



ステラが言葉を詰まらせると、2人の間に再び無言の時間が流れる。



「……え〜と、それはその……どういう意図があってなの?」


しばらく経った所でステラが、答える前に真意を尋ねようとすると、質問を受けたクロムは、何か熱が篭った眼でステラをジッと見つめる。


「えっ?な、なに?」


不意に力強い眼差しで見つめられたステラは落ち着かない様子で言葉をもらした。


「そうだな。本題に入ると言っておきながらこれでは回りくど過ぎるな………ハッキリ言おう!私は君に惚れている!ドラゴンとの戦いが終わったら、伴侶として共に暮らしてくれ!」


「え………」


一瞬、何かの冗談か聞き間違えだと思った。


しかし、クロムの表情は、それが本気である事を表していた。



「えぇぇ!!?」



思わず驚きの声を挙げたステラは、動揺しながら、どうしてその結論に至ったのかと疑問を漏らす。



「な、なんでそんな……惚れたって言われても……」


言葉が明確な物にはなっていなかったが、質問の意図を察したクロムは、赤らんだ硬い表情のままそれに答えた。


「……思い返せば、君には助けられっぱなしだな」


まだ平常時の心持ちに戻りきれていないステラは思わず声を跳ねさせながら、クロムの言葉を咀嚼のため反射的に繰り返す。


「うぇっ?助けられっぱなし!?」


「あぁ…仲間に対して許可も取らず吸血行為に及んでしまったり、種族の誇りと言う名の我儘で吸血それを謝らなかったりした私の未熟さを、君は許すと言ってくれた。それどころか、頑張れと声を掛けてくれた。ドラゴンとの戦闘で負った怪我の看病までさせてしまったりと、君にはなにかと世話になりっぱなしだ」


ステラからすれば許しただの頑張れと励ましただのなんて事は大袈裟だ。

確かに本心から言った言葉には違いないのだが、半分は会話の流れで出ただけのような言葉に過ぎない。


頭と両手をぶんぶんと振りながら、大した事はしていないと主張する。


「ぃ…イヤイヤ大袈裟だって!私は別に普通にしているだけだし!それに怪我の看病はなんとなく放っておけなかったから私が勝手にやっただけだし!」


「普通にしているだけのつもりかも知れないが、君の心は清らかだ。言葉で上手く説明するのは難しいが…私はそれをとても美しいと思う」


「イヤっそんな………え〜…………」


あくまでも真っ直ぐな眼差しで自分を褒めてくるクロムへの反応に困ったステラは、照れくさそうに、持て余した片手で自身の髪を弄る。


「それにだな…その………私は君の心だけに惚れた訳ではなくて、いや、当然心もそうなのだが、君は容姿も美しい。女性的で…すごく可憐だ」


「なっあっ!?ちょっ…ちょっと待って!分かっ!…わ分かったからやめて!……ほ…褒め過ぎだって………本気で……恥ずいから……」



消え入りそうな声量と懇願に近い声色でステラがやめるよう促すと、クロムがハッとした様子で答える。


「あっ!いやっ!気持ちが昂ってつい……すまない、困らせるつもりは無かったのだが……」


「う、うん………」


恥ずかしさと気まずさから2人とも目線を背けて黙り込む。


先程あった物よりも長い沈黙の中、いちはやく言葉と気持ちの整理を終えるクロムだったが、ここで自分が喋っては言葉を畳み掛ける形になってしまうと考え、いつまで経ってもステラが反応を返さない限りは静かにしていようと思いつつ暫く待機していると、やがて落ち着いたステラが、少し伏し目がちになりながらも視線を戻して、静かに口を開く。



「……………正直に言って、私は今の時点ではアンタの事を異性として特別に好きな訳じゃない。言い訳に聞こえるだろうけど、やっぱり私達って種族が違うから、そういう形での恋愛の勝手が想像できないの。でも決して嫌いじゃ無いわ。それに、先遣隊として最前線に出たアンタの事を尊敬してるし、真面目な性格で信用できるとも思っている。だから、少しずつ距離を縮めて行きたいと思う。それでも良いって言ってくれるんなら……その…な、名前を教えてほしいんだけど」



確かに、同族同士でも告白してすぐに親交が深まるとは限らない。他種族なら尚更だろう。

それに、拒否されなかっただけ重畳だ。


クロムが柔らかく微笑みながら、ステラの言葉に応える。


「…分かった。私の名はクロムだ」


クロムが応えると、ステラは幾分か緊張の緩んだ様子で自分の名を名乗った。


「…ありがとう。私の名前はステラよ。改めてよろしくね、クロム」


「あぁ、よろしくなステラ」


こそばゆい感覚だが、こうして互いの名を呼び合ったのは前に進んだ証拠だ。


けっこう気恥ずかしいものの、先程よりかはだいぶ柔らかくなった空気の中、ステラが自分の内にある想いを綴る。



「クロム…明日の戦い、絶対に死なないでね」


「死なないさ。生きて君を守ると約束する」



やがて陽が沈み、辺りに暗色が広がっては、少し遅れてやって来た真円の満月が夜の世界を淡黄蘗うすきはだに染めてゆく。



落ち切った陽とは対照的に鉱山の中は活気ある空気で満ちており、ゼヴァンが皆に対して本当にドラゴンと戦う覚悟があるかの最終確認を行う場では、反応こそそれぞれで微妙に違ったものの、皆が明確な意志を持ってドラゴンとの戦いに賛成した。




「おう!調子はどうだ!?」


簡単な集会を終えてから夜の食事を行う中、他の者達の輪から少し外れた場所で保存食を食べる採掘班のオーガへと、ゼヴァンが声を掛ける。


「誰に言っている。戦いに関しては俺はいつでも絶好調だ。そう言うお前はどうなのだ」


ゼヴァンの呼び掛けに気がつくと、オーガは怪訝そうな表情で言葉を返す。



「無理矢理にでも慣れとかなきゃいけねぇからな、あの後はまとめ役の奴等や、たまたま寝付けないでいた奴に付き合ってもらいながら夜通し練習よ。とりあえずは不安が無くなる程度には仕上げたぜ」


「寝ずにやったのか?練習するなら声を掛ければ付き合ってやったものの……」


「お前あの後すぐに寝てただろ」


図星を突かれて短く呻き声を漏らしたオーガは、ムキになって少しだけ声量と重心を上げる。


「ぬ……お、起こせばよかろう!」


「ん?起こせば手伝ってくれたのか?随分と協力的じゃねぇか」


揶揄い半分にゼヴァンが言うと、オーガは僅かな間を置いてから、体の重心を下げ、静かに返した。



「……お前達には……特にお前には世話になっているからな」


オーガの性格はだいたい把握しているつもりだったが、予期せぬタイミングで真面目な返答が出て来た為に、ゼヴァンは若干の浮つきが有る軽い雑談気分を、慌てて相応のモノに切り替える。


「お…オォ…気持ちは嬉しいが、そう一方的に世話になっているとか考えなくても良いんだぞ。偶々ドラゴンを倒すって目的が一致しているだけなんだし、俺達だってお前や他の皆に色々と助けてもらってる訳なんだからな」


「イヤ、それでもお前には色々教えてもらっているからな。やってもらった事は返す。明日の決戦も、明らかな足手まといになるようなら捨て置くが、俺のできる範囲でなら守ってやる。だからまぁ………そう言う事だっ!」


一方的に言い終えるなり、オーガはまだ半分以上残っていた保存食を一息に飲み込んでは素早く席を立って人気ひとけの無い方に歩いていく。


「フン…お前が絡んでくるから喋り疲れた。俺はもう寝る」


「あっ…お、おい!」


ゼヴァンが呼び掛けるが、オーガが立ち止まる様子も見せず歩き去っていくと、ゼヴァンは自身の長い髭を数回掻きながらその後ろ姿を見送る。



『……やれやれ、良くも悪くもガキなんだから………』



ゼヴァンはオーガと別れた後、それぞれ順番にアダン、ガジン、ユーリリと顔を合わせ、簡単な会話を終えてから寝床に就いた。


ゼヴァンが寝息を立て始める頃には夜もだいぶ深まっており、大半の者が眠りに落ちる中、長髪のエルフは、一定間隔で配置された就寝時用の小さな明かりを頼りに他の者達から離れた空間を歩いていた。




『ん、いたいた』


通路の奥に片耳のワーウルフを見つけたエルフが声を掛けようと思った矢先に、片耳のワーウルフのすぐ近くから姿を見せたシグが大きな声を挙げる。


「お」「オォ〜!!やっと見つけたぜソルヴァ!」



『っ!?』


予期せぬタイミングで他の者が現れた事と、現在の時間帯に相応しく無い声量の両方に意識の虚を衝かれて驚いたエルフは、思わず掛け声を詰まらせながら反射的に物陰へと隠れる。


「…シグか…なんの用だ」


座り込んだまま片耳のワーウルフが相槌を返すと、シグは明るい声色で喋りだす。


「いやぁ、いよいよドラゴンとの決戦だなぁ!ちょっと緊張しちまうけど、それ以上にワクワクするよなぁ!」



「フッ、馬鹿か。遊びじゃねぇんだぞ」



シグの言葉に、ソルヴァと言う名のワーウルフが小さく笑う。



「分かってるつぅの!けどよぉ!最初は勝ち目なんか無いように思えたドラゴンを、ようやくぶっ殺せるところまで来たと思えばアレだよな!」


「アレ?」


「アレだよアレ!こういう時なんつぅだっけか?え〜と………あぁそうだ!感慨深いってやつだ!!」


「まだ殺せると決まった訳じゃねぇ。作戦通りに動けなきゃ話にならねぇだろ」


「それだよ!それそれ!その事を言いに来たんだ!明日の作戦、まず最初にお前が上手くやらなきゃ始まらねぇからな!しくじるんじゃねぇぞ!」


「任せとけ。お前の出番が無いよう上手くやる。最初の手柄は俺が貰うことになるな」


「いいよ。最初に出番が無いなら後で活躍するだけだ」


「いちおう言っとくが先走って突出し過ぎるなよ。なるべく全体に足並みを合わせなければ駄目だからな」


「分かってるって!まずは連携第一だ!」


「そうだな。分かってるなら向こう行ってろ。俺は静かな場所で集中力を高めとくからよ」


「おう!んじゃまた明日な!」


「ああ」


シグが去り、10秒程経ったところで、ソルヴァがエルフに声を掛ける。


「おい、なにコソコソ隠れてるんだ」


びっくりして肩を小さく跳ねさせたあと、エルフが若干、気まずそうにソルヴァの前に顔を出す。


「や、すまん。別に他意は無いんだが、なんか反射的に隠れてしまった。しかもお前の名前まで聞いてしまった…」


怪訝な表情でソルヴァが用件を問う。


「……別になんでも良いが、なんの用だ」


「あ、あぁ…隣いいか?」


「……好きにしろ」


ソルヴァがそっぽを向いて無愛想に返すと、エルフは少しだけ距離を離して横に座り込む。


彼女が座る際、地面に付いた長い髪が、サァァと風に揺れる青草に似た微かな音を鳴らす。


「さっきのワーウルフ、シグと言ったか。彼とは仲が良さそうだな?」


「ん…あ〜、アイツか。アイツはまぁ、良くも悪くもバカだからな。本当の意味で信用している訳じゃねぇが、たぶん悪い奴では無いとは思っている。暇潰しの話し相手として付き合うぐらいなら警戒する必要も無いかと思ってな」


「そうか……」


ソルヴァが答えると、エルフは前を向いたまま難しい表情で相槌を打つ。


「……で?たまたま鉢合わせただけのシグは別として、本題はなんだ本題は?」



ソルヴァが本題を急かすと、横に座った体勢になってから初めて、2人は目線を合わせる。


「あぁいや、明日の作戦、まずはお前が要になるなと思ってな」


「フン、信用ならないってか?」


ソルヴァは言いながら、すぐにまた目線を外し、不機嫌な表情で漫然と正面の壁を眺めだす。



「誰もそんな事は言っていない」


「……じゃあなんだよ?」


「いや、緊張していないかと思ってな。仮にしているとしたら、なんとか力になれればと思って声を掛けたんだが……ほら、お前って友達いなさそうだし」


「おまっ……急に遠慮なしでぶっ込んできやがるな……」


気分を害した、と言うよりは、純粋に驚き呆れた様子で怪訝な目線を送る。


「イヤすまない。あえて突っ込む事で硬い空気を壊せないかと思ったんだが、気分を害しただろうか」


エルフはかなり苦々しい気まずそうな愛想笑いを浮かべながら機嫌を訊ねる。


「イヤまぁ……事実だし別に怒ってはいねぇけどよ…お前って結構へんな所あるんだな」


「い、いや、さっきのは場の空気を読み違えただけで別に普段から今みたいなズレた事ばかり言ってる訳じゃないんだぞ」


『割とムキになっている辺りますます怪しいな……』



少し話しが脱線しかけたが、一応は本題を確認し終えたところでソルヴァは答えた。



「……まぁなんでもいいけどよ……とりあえず、手助け云々とか余計なお世話はいらねぇよ。ガキじゃあるまいし」


「…あぁ〜………そうか…余計なお世話だったか」


余計なお世話との言葉が返って来ると、なんだかんだ言いつつも基本的にはわりかし明るかったエルフの表情に陰りが落ちる。




そこから暫しの間なんとも言えない沈黙の時間が流れたのち、ソルヴァは居心地が悪そうに、どこか自分を責める様子で自身の後頭部辺りをガリガリ掻きつつ、徐に口を開いた。


「もう話す事はねぇだろ?用が済んだんならどっか行け。心配せずとも俺は口だけ達者なクソとは違う。自分の役目はキッチリこなす。その事を明日、言葉じゃなく結果で示してやるよ」



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