肉憎に苦~maxim the Heart ~
男は疲弊していた。自身の仲間達であるチーム、踊るイノシシの者達が標的であるジャスフィアによって全員のされてしまった為、その後始末に追われていたからだ。
パンドラでは行政が発達しておらず、道端で倒れようが死のうが全ては自己責任。電話一本で駆けつけてくれる救急隊のようなものは存在するが、その手のサービスに頼ろうものなら命を守ってやったとの名目で莫大な報酬金を請求される。
リーダーであるミートテックが管理する踊るイノシシ共通の財布はデブの大食い集団であるが故の多大な食費によって常に金欠気味。
当然、救急隊に頼る訳にもいかず、チームの中で唯一、動ける状態にある男モブノデブンは、過食によって必要以上の脂肪と、ダンスによってそこそこの筋肉を搭載した巨大な肉の塊を引きずって、都市部のシットから南へ移動し、スラム街のカネナイヒモジーの一画にある拠点への往復を、倒れた仲間の回数分だけ繰り返していた。
「ひぃ…ひぃぃ…もうダメ……ちょっと休憩」
ジャスフィアとミートテックの喧嘩によって生活を乱されたパンドラの住民達の非難の声や石ころ空きカン等のケチな遠距離攻撃に耐えつつ、やたらと体重の重い仲間達の運送作業を終えて、やっとの思いでスラム街の一画にある荒ら屋に帰ったモブノデブンは、脂肪によって圧迫された声帯から弱々しい声をもらしながら今にも抜けそうな木製の床にへたり込む。
乱れた呼吸が整い、滝のような汗が引いたところでモブノデブンが「運動したらお腹が空いちゃった」との言い訳じみた独り言を呟きつつ、かろうじて機能を維持している今にも壊れそうなボロボロの冷蔵庫を開き、『食べるな!』との注意書きの紙が貼られた仲間のサブノデブンのクッキー缶を手に取る。
「そこまでだ!」
「ブヒィッ!?」
突如として、どこからともなく響いた怒声にモブノデブンが驚き飛び跳ねる。
警戒態勢に入ったモブノデブンが素早く首を振って辺りを見回すが声の主らしき者の姿は見当たらない。
「な、何者だ!姿をあらわせ!」
「こっちだ馬鹿物……」
声を荒げるモブノデブンとは対照的に、子供に言って聞かすような落ち着きのある声でミートテックが返答する。
「み、ミートテック様!お目覚めでしたか!?」
「たったいま、な」
返答したミートテックは、寝転んだ姿勢のまま腹を波打たせ腰をくねらせながら両手を揺らしはじめる。
激闘の後遺症によってまだ立ち上がる事はできない。しばらくは療養が必要だろう。しかしリハビリならできる。何者も、己の信念に確固たる自信を持つミートテックの心を折る事はできない。勝負に負けて身体はボロボロになってしまっているが、彼の心は既に、次なる闘いへ向けて雄々しく足を踏み出していた。
「モブノデブン。今すぐそのクッキー缶をあるべき場所へ戻すのだ」
「ウ!いや!違いますミートテック様!これは誤解なんです!俺はただ冷蔵庫の中を整理しようとしただけであって別に変な意味でサブノデブンのクッキー缶を手にしているわけでは」
なんとか誤魔化そうとしたモブノデブンの言い訳を「言うな」のひとことでミートテックが鎮める。
「なにもいうなモブノデブン。生きていれば腹が減る。貴様の行おうとした行為を誰が咎められようか」
「み、ミートテック様……だけど…だけどおれは……俺はいま!」
見苦しく言い逃れようとした自分のなんと情けないことか。モブノデブンは己の行為を恥いる他なかった。
「なにもいうなと言った筈だ。責められるべきは私だ。敵に負けて依頼を果たせないどころか後始末まで貴様ひとりに任せるハメになってしまった。かわいい部下が腹を空かせているのは全て私の至らなさが招いた結果だ」
嗚呼我等がミートテック。名実ともに踊るイノシシのリーダーである彼の言葉に感動したモブノデブンは嗚咽を漏らしながら素直にクッキー缶をあるべき場所へと返す。
「すびばぜんでしたミートテック様…俺が間違っていまじだ……」
ボロボロと大粒の涙を零しながら、仰向けに寝るミートテックへと頭を下げ謝罪する。
「泣くなモブノデブン…と、言いたいところだが、流石に仲間の食料に手を出しかけた事実は心苦しかろう。そこで貴様にひとつ使命を与えよう。食料に関する失態は食料で取り返すのだ」
ごそごそとまさぐった懐の財布からとりだした数枚の札をミートテックがモブノデブンへと差し出す。
「え…ミートテック様、これは?」
モブノデブンは困惑した。今月分の生活費が毎月のように崖っぷちなのは踊るイノシシ内では周知の事実。たった今ミートテックが懐に隠し持っていた財布から取り出したほんのりと生温かいお札は、安易に消費していい代物でないことは容易に想像できたからだ。
「いまいちど都市へ戻りいつもの食べ放題の店へと入店するのだ。この前ゴミ捨て場で拾った旅行用バッグに、詰まるだけのタッパーを詰め込んでな」
「ッ!?ミートテック様それは……」
驚きがモブノデブンの困惑を更に加速させる。
誇り高きデブにとって皿に盛られた料理をその場で食い切らないのは恥ずべき大罪。おまけに食べ放題の店で一度手に取った料理をその場で食べきらないだけに飽き足らず盗っ人紛いのタッパー詰めがバレたら店員さんとの乱闘は避けられない。
ミートテックの真意や如何に!?
「いや、すまない。ひとつ謝罪しておく。貴様の罪悪感につけ込んだ言い回しをしたのは悪かった。私もまだまだだな……いいかモブノデブン。ハッキリ言って踊るイノシシの現在の財政状況はかなりマズイ。しかも仲間達は私を含めてこの有様。皆がいち早く怪我を治して働くためにも栄養が必要だ。タッパー詰めは我等の流儀に反するが背に腹は変えられん。本質の理解の仕方はいつも私が先頭に立って見せてきたつもりだ。ここまで言えば分かるだろう?」
「ミートテック様!」
食料泥棒?否!これは聖戦!踊るイノシシの再起を賭けた誇り高き天王山の決戦。
賽は投げられた。
敬愛してやまないリーダーから託された重要な役割。マグマの如く煮え滾った激情は仲間のデブの運送作業で引き起こされた筋肉痛などでは止まらない。
「分かりましたミートテック様!全てこのモブノデブンにお任せください!」
「その意気だモブノデブン。店員さんには見つからないようになるべく目立たない席に座るのだぞ…本質を見極めるのだ…後は頼んだ……ぞ……」
言い終えたミートテックはガクリと首を脱力させ眠ってしまった。まだまだ激闘の疲れが残っているのだろう。戦士に束の間の休息が訪れる。
「ミートテックさまあぁぁぁ!!!」
自身とミートテックの間に漂う空気に感化されたモブノデブンが絶叫する。その絶叫には託された使命に対する自身の奮起と、若干の悪ノリが混ざっていた。
「……ひとつ伝え忘れていた。モブノデブンよ、いつもの店に行く前に依頼主への結果を報告するのだ…失敗を報告するのは気が引けるだろうが高跳びする訳にも行くまい……今度こそ本当に…ガクッ…」
言い終えたミートテックが今度こそ本当に眠りに落ちる。
「ミートテックさまあぁぁぁ!!!」
託された使命は必要度的にも肩の荷的にも重い。重要なる重責。事が始まる直前に屋台でおでんをつまみ食いするんじゃなかったとの後悔も後の祭り。泣き言をいっても始まらない。嫌な事はさっさと終わらせて美味い飯にありつこう。その気になったモブノデブンの行動は早かった。
まずは依頼主への標的捕獲の失敗の報告。スラム街の一画でも特に荒れた極貧地帯。通称メシハミッカニイチドに足を踏み入れていた。
家と言うよりは壁と屋根と表現すべき、紙資源と布と木端だけでできたオブジェ。その内のひとつへと、破れ掛けた布を手で退けて中へと頭を出す。
「し、失礼しまーす」
モブノデブンが中を覗くと、2人の男の姿が見えた。手前に見える人物は子供のように背が低い紫色の短髪のおっさん顔の男だった。よれよれの白いタンクトップから覗く枯れ木のように痩躯の見るからにひ弱であろう男ツゲレは、底意地の悪そうな表情でモブノデブンを睨みつけている。
暗い部屋の奥にいる人影は、一見するとその体の逞しさが分かりづらいが、よくよく見るとピッチリとサイズの合った黒いタンクトップから露わになる浅黒い腕には幾つもの筋肉の筋が隆起していた。この家の主である男レツヒは、来客には見向きもせず、手元からカチカチと音を立ててゲームに熱中している。
「あぁん?なんだぁアンタァ?」ネットリとした口調でツゲレが顔を上下させながらモブノデブンへと距離を詰めて威圧する。
「え?いや、自分はその……」敵意を示されたモブノデブンが相槌を返そうと口元をもごもごさせる。
『うぅ…こ、こんなときどうすれば…えっと…えっと……』
焦るモブノデブンの脳裏に浮かぶのは『良いかモブノデブン。挨拶は大事なり。初対面の相手には必ず自分から名乗って話しかけた目的を説明するのだ。これ世渡りの鉄則なり』本質を見抜く男ミートテック。
自身と同じスラム街出身とは思えない教養を持つ尊敬する男の言葉がまさしく金言だったのは、自己紹介を終えたモブノデブンに対するツゲレの対応の変化からして明らかだった。
「オーオー!あんた踊るイノシシの者かい!まぁまぁ中に入って座りな!今お茶でも出すからさあ!」
先程までの敵意もどこへやら、ツゲレは分かりやすい愛想笑いを浮かべてモブノデブンを室内へ案内する。
ツゲレが電気を付けて室内の全貌が明らかになると、モブノデブンの丸い瞳が驚きで更に丸くなる。
崩壊寸前の外観に反して室内は意外にも小綺麗にされていた。貧乏さは隠し切れていない剥き出しの釘や種類の不揃いな材質の板などの手作り感溢れる手法だが、頑丈さに対する補強もバッチリだ。フックや釣り針やハンガー等の壁に掛けられた小道具にぶら下がる数々の品は、日常品から戦闘用の物まで様々であり、ゲーム機やテレビは新品同然。たったいまツゲレがまんじゅうと青色のジュースを取り出した冷蔵庫もまた新品同様だった。
スラム街の、それも更に極貧地帯のメシハミッカニイチドにはあまりにも不向きな豪華さは、レツヒとツゲレの生活における要領の良さ、早い話が実力の高さを物語っていた。
「さぁさぁ、遠慮せずに食ってくれよ」
ツゲレの言葉とともに小綺麗な皿に乗せられたまんじゅうと、ヒビひとつないコップに入ったジュースがモブノデブンへと差し出される。
「頂きます!」
手の届く距離へ食器が近づくと同時にモブノデブンがジュースを飲みまんじゅうを食らう。
「おかわりください!」
僅か3秒でコップ1杯のジュースとまんじゅう3つを平らげる。
「ハハハ、いいさいいさ、好きなだけ食べて飲んでくれ」
モブノデブンがおかわりするたびにツゲレがせかせかと立って座ってを繰り返してまんじゅうとジュースを持ち運ぶ間もレツヒは無言でゲーム画面にだけ集中し続けている。
「うまい!うまいうまいうまいうまい!!」
ツゲレは往復する手間を省く為に冷蔵庫そのものを客人の前に持っていき、モブノデブンは遠慮のカケラもなく食欲のままに冷蔵庫の中の食料を食らっていた。
「なぁモブノデブンさん。そろそろ聞かせてくれよ。ジャスフィアは今どこにいるんだい?」
「バクバクモグモグ!ジャスフィア?うぅ〜ん、わかりません!バクバクモグモグ!」
口の中の物も飲み込み切らないまま、モブノデブンが生返事する。
「は?」
「だからぁバクバク。わかりません!モグモグ」
「ちょっと待てぇぇぇいい!!」
怒鳴り声と共にツゲレが冷蔵庫の背面をもってモブノデブンから引き剥がす。
「あぁ〜なにするんですか〜まだまだ全然足りません〜」
モブノデブンが座った姿勢のまま四足歩行気味の動きで開きっぱなしの冷蔵庫へと前進するが、ツゲレは勢いよく冷蔵庫を閉めてモブノデブンの顔の前に自身の顔を近付けて睨みあげる。
「飯はこの辺にして、まずは依頼した仕事の結果について聞かせてもらおうか?アァン!?」凄むツゲレの顔には敵意の中に怒りのアクセントもが加わっていた。モブノデブンは口の中の食料と緊張の生唾を同時に飲み込んだ。
「え、えぇっと〜まずはどこから話したらいいのかー」
緊張感と要領の悪さが相まってダラダラと無駄な周り道を繰り返す分かりづらい説明が始まった。
「〜〜と、言うわけでありますハイ」
上手く言葉を纏めれば5分で済むような説明を、およそ20分も掛けて聞かされたツゲレの表情筋がピクピクと痙攣する。
「つ…つまりこう言う訳だな……お前ら踊るイノシシは俺達兄弟の依頼を勘違いした上、標的のジャスフィアに喧嘩を売ってボコボコにされて帰ってきた訳だ……」
レツヒとツゲレが踊るイノシシに依頼した内容は大まかに7つの段階に分けられる。
1段階。踊るイノシシがジャスフィアを見つける。
2段階。ジャスフィア発見を兄弟に報告する。
3段階。兄弟が現場に急行する。
4段階。踊るイノシシがジャスフィアに喧嘩を売る。
5段階。頃合いを見てレツヒとツゲレがジャスフィアに加勢する。
6段階。協力して踊るイノシシをやっつけてジャスフィアに恩を売る。
7段階。ジャスフィアに擦り寄って美味しい思いをする。
お粗末な計画も踊るイノシシの、正確には人の話を聞かない男ミートテックの勘違いによって全ては水の泡。これではツゲレが怒るのも無理はない。
「ふざけんなバカヤロー!!!」
ツゲレが手にした冷蔵庫をモブノデブンへとぶん投げる。
「ブヒィィィィ!?」
鼻っ先に冷蔵庫の角が激突したモブノデブンが堪らず仰向けに転がる。
冷蔵庫の中身が散乱して、部屋の中がぐちゃぐちゃに汚れる。
「痛ダダ!?ハがぁ!!鼻がああぁぁ!?」
衝撃で一瞬気絶したモブノデブンが、痛みによってすぐにまた目を覚まし、うつ伏せに丸まるように体勢を変えて両手で鼻を抑える。
「なにが痛いだよ豚野郎ぉ!!お前らのしょうもない勘違いのせいで俺達がどれほどの損害を被ったかが分かるか!?分からないだろぉ!?分からないからそんな馬鹿な真似ができるんだろこのグズ共が!何が踊るイノシシだ役立たず集団!!死ね!死んでしまえ!この!くのっ!」
うつ伏せで丸まるモブノデブンの背中を、罵声と共にツゲレが幾度となく踏み付ける。
「ヒィィ!?や、やめて〜!」
「やめて欲しけりゃ死ね!死んで詫びろグズが!グズグズグズグズグズが!グズグズ!死ね!死ね死ね死ね死ねオラァ!オラァ!!」
醜き言葉に醜き行動。
ツゲレの下劣な品性が馬脚を露わした。
「うぅぅぅ……な…舐めるなぶひぃ!!」
温厚でノロマなモブノデブンも流石に切れた。
反撃を試みるモブノデブンの放った全力のパンチをツゲレは軽々と躱す。
「ふ、なんだそりゃ!?」
「ブキキィ!!」「あ…」
しかし、2度目のパンチがツゲレの顔面をモロに打ち抜く。
部屋の端から端へとツゲレの貧相な体が大きく吹っ飛び壁に激突すると、フックやハンガーに掛けられた部屋の物が落下して室内が更なる惨状へと変貌する。
レツヒは死闘を繰り広げる両者をガン無視し、落下したフライパンに頭を叩かれても相変わらず黙々とゲームを続けている。その背中にはそこはかとなく大物感すら漂っていた。
「くうぅ!舐めやがってモブキャラのデブ風情が〜!このツゲレ様を怒らせるとどうなるか、その身に刻んでや」言いかけたツゲレへと、重量感満点のモブノデブンのタックルが炸裂する。
「俺の名前はモブノデブンだブヒィ!」
「ボブン!」
肉の鎧に押し倒されたツゲレがモブノデブンの肩が密着する口から悲鳴を漏らす。
「ぐわああぁ!こいつ意外と強っ!兄者っ!助けてくれ兄者あぁ!!」
「ちょっと待てツゲレ!もうちょっとでラスボスを倒せそうなんだ!」
「ゲームなんかしてる場合かよ兄者!兄者あぁぁぁぁぁ」
「くたばれブヒ!このこの!動けるデブの戦闘力を思い知るがいいブヒィ!!」
「うボッ!フガ!!」
ツゲレとモブノデブンの死闘が佳境に入る中、レツヒのゲームもまた佳境の最中だった。
「よっしゃあぁ!ついにラスボスを倒したゼェ!このゲームはたったいまこのレツヒ様の前に平伏した!クリアしたゲームは昂るテンションのままに破壊するのが俺の悪癖!エンディングは飛ばす!てか見れない!壊しちゃうから!今助けるぞ弟よぉぉ!!」
馬鹿にデカい馬鹿みたいな独り言を有言実行しながらゲームカセットを殴って破壊したレツヒが勢いよく立ち上がる。
「おい豚野郎こっち向けい!!」
目の前の相手に夢中でレツヒの事など意識下になかったモブノデブンが、耳元に聞こえた声に反応して思わず単純な条件反射で振り返る。
「ゴブハッ!!」
レツヒの強烈なパンチが炸裂するとモブノデブンの巨体が勢いよく水平に飛び、室内から室外へと放り出された体が地面に一直線の不細工な道を描き出す。
「このレツヒ様の強さをその目に刻んだか弟よ!洒落で自宅警備員を名乗っていないぜ!まぁ、俺様の本業は獲物を狩るハンターだけどよぉ!」
「その決め台詞は聞き飽きたよ兄者。てゆうかさっき壊したゲーム裏面あるよ」
「なにぃ!?知ってたならなぜ言わん弟よ!?俺の悪癖はお前も知ってるだろが!」
「嫌と言うほど知ってるよ兄者!いい加減そのラスボス倒したらカセット壊す癖なおせよな!物は大切にしろって何度も言ってんだろ!」
「ヌウゥ……こうなったら仕方ない…今やっつけた相手からクリア報酬を頂戴して新しいカセットを買おう。見ぐるみ剥げば何かしら金になるだろう」
ツゲレとの口喧嘩を終えたレツヒが、数週間ぶりに外出してモブノデブンへと歩み寄る。
「今日は曇りか。これなら久しぶりの紫外線も眩しくはねぇなぁ」
レツヒが目に掛けていたサングラスを親指で額へ押しやると緩いウェーブの掛かった紫色のスパイキーヘアの前髪がサングラスで小さく寝る。
彼の吊り目気味な紫色の瞳は獲物のモブノデブンを余裕の表情で見下ろしていた。
手入れしていない無精髭が多少汚らしいが、レツヒの顔は弟のツゲレとは似つかず、なかなか精悍な顔立ちだ。
レツヒが筋肉質で堂々とした体躯の割には、卑劣さの滲み出るなれた手付きでモブノデブンの懐を物色する。
「お、結構持ってんじゃんおデブちゃん。コイツはクリア報酬としていただいとくぜぇ」
『大事なお金が……みんながお腹を…かせて…るのに…ミ…テ…さま……ごめん…な…さ……』
抵抗したくとも体は言うことを聞かない。
モブノデブンの意識は緩慢に闇に溶けていった。
「ゲームクリアー!と、言いたいところだが、これじゃあヌルゲーすぎるぜ。なぁ弟よ?次は協力プレイで高難易度ミッションをクリアしようぜ?ゲームの王道…怪物退治のミッションをよぉぉ」