歴史23 戦意の再確認
作戦という単語の意味を知らぬ者も何人か居たが、昨夜の内にアダンから作戦の意味と、ドラゴンを倒す作戦の内容を聞いていた為に、アダンが提案した作戦を成功させるのにどういう行動が必要であるかは既に皆が理解していた。
しかし、基本的な勝算こそ高いものの、大博打としての一面も有る為その作戦を実行に移すには相応の覚悟も求められる。
全員の答えを聞く必要と、答えを出すに至るまでの思考期間とが必要な為、本日の穴掘り作業は朝から休みとなっていた。
アダンは朝一からガジンの案内で採掘班の方へと出向き、予めゼヴァンが広間に集めておいた採掘班の者達にもドラゴンを倒す為の作戦と、その作戦にはどういった道具が必要なのかを説明するが、具体的にドラゴンを倒す話しを聞いたドワーフ達の表情には、希望や喜びと言った明るい感情よりも寧ろ暗い色が強く浮かんでいた。
いよいよドラゴンとの決戦が近くなっている事を感じ取って緊張しているのだろう。
元来ドワーフは好戦的な種族では無い。
彼等にも考える時間が必要だった。
アダンとガジンは、就寝時間前にまた様子を見に来ると言い残し、一旦は穴掘り班の方へと戻っていく。
「…………………………………………………………」
アダンとガジンが去った後も、大多数のドワーフは難しい顔のまま黙りこくっていた。
オーガは初めの方こそ大人しく待機していたものの、いつまで経ってもドワーフ達が動き出さない事に違和感を感じると、手近にいたドワーフのモブワフへと声を掛ける。
「おい……おい」
考え込むモブワフの耳には、聞こえている筈のオーガの声が遠くで流れていたのだが、自分の名前が出た事で漸く呼ばれている事に気が付いた。
「おい!えっと……モブワフだっけか?お前だお前!」
モブワフは上半身をビクッと一瞬跳ねさせた後、立ち上がってオーガの方へと近寄る。
周りのドワーフも少しだけ反応したが、自分の事では無いのを確認すると、皆すぐにまた、眉を歪めながら目を瞑ったり、俯いたりしながら思考に集中しだす。
「なに?」
オーガのすぐ隣に来たモブワフが、立ったまま用件を確認する。
「教えろ、なぜ他のドワーフは動こうとしない?」
無意識の内に多少なりとも空気を読んでいるのか、オーガは普段よりちいさめの声で、周りのドワーフへの違和感をモブワフに質問する。
「なぜって…そりゃ悩んでいるからだよ」
「なやむ?何を悩む事があると言うのだ?」
「さっきヒューマンが言っていた作戦を実行に移すのかどうかに悩んでいるの」
「ん?意味が分からんぞ?実行すれば良いじゃないか。成功すればドラゴンを殺せるんだぞ?」
「………あのね、失敗すれば死ぬかも知れないでしょ」
大事な命が掛かっている当たり前の事実すら分からないのかと思うあまり、モブワフが呆れた様子で返すが、オーガは特に気にした様子も見せず、なにかを思案するように自身の顎に片手を当てる。
「…………う〜む…つまりはアレか?お前達は死を恐れていると言う訳か?」
「仲間が怪我しないか気になったり、失敗そのものが嫌だったり、死ぬ事だけを恐れている訳じゃ無いけど大体そういう認識で合ってるよ」
モブワフが答えると、オーガは食い気味に、大声で言い返した。
「くだらん!!何を悩む事があるんだ!生き物なんていずれ皆死ぬ!ならば危険だろうが何だろうが生きたいように生きるだけだ!少しでも可能性が有ると言うなら俺は闘うぞ!!」
予期せぬ大声にびっくりした何人かの者が反射的に身を縮めた後、一斉にオーガの方へ振り向く。
「ちょっ、声が大き過ぎるよオーガ!皆が考え事に集中できないでしょ!」
モブワフが慌てて注意するが、オーガは聞き入れようともしない。
「知るか!恐れるぐらいなら引き篭もっていろ!やる気の無い奴が戦場に出ても邪魔になるだけだ!」
「オーガよ、それは違うぞ」
オーガの反応を確認する為に物陰に隠れていたゼヴァンが、オーガが騒ぎだしたタイミングで姿を現す。
「む!?どこに隠れていたんだお前は!?違うとはなんだ!?俺が何か間違っているとでも」ゼヴァンは言い掛けるオーガの頬をつねり、それを引っ張りながら歩いて行く。
「こっちに来い!」
「ひ痛"痛"!なんだ!?離ふぇドワーふュ!」
頬をつねって引っ張られるオーガが反射的に立ち上がり、2人は通路の奥へ入って行く。
「ひ、ひいかげんに離せ!!」
ちょうど他のドワーフ達が完全に見えなくなった所で、我慢の限界に達したオーガがゼヴァンの手を乱暴に払う。
「うぉっ!?」
身構えていたつもりだったが、オーガの力が強すぎた為、払われた手に痛みが走る。
ゼヴァンは払われた右腕を軽く摩った後、改めてオーガに向き直る。
「……オーガよ、お前に1つ話しておく事がある」
「あ?話し?」
オーガは苛立たしげに自身の頬を荒く摩りながらゼヴァンを睨み付ける。
「あぁ、色々と事情があって俺はお前達の手伝いができなくなった!だからドラゴンを倒す武器はお前が造れ!武器製作は採掘なんかとは比べ物にならないぐらい難しい!どのぐらい難しいかと言うと他のドワーフでも手が出せない程だ!しかも鉱石は数に限りが有るから、失敗しました次からは気を付けますじゃあ通らねぇぞ!けどまぁお前ならたぶん大丈夫だ!造り方ぐらいは教えてやる!時間がないから昼休憩までに全部覚えろよ!とりあえず今から作業場に行くぞ!」
一方的に言い終えるなりズンズンと歩いて行こうとするゼヴァンの両肩を、オーガは両手で掴み、必死の勢いで食い止めようとする。
「待て待て待て待て!!!何を言っている!!?事情とはなんだ!!?他のドワーフでも無理な武器造りを俺にやれだと!!?しかも昼までに失敗せず全部できるようになれ!!??急にめちゃくちゃな事ばかり言うな!!少し待てドワーフ!!」
オーガが何とかして止めようとすると、ゼヴァンは足を止めて、顔だけ振り返る。
「なんだ?嫌なのか?」
「嫌に決まっている!!どれもこれも俺には無理だ!!なんだというのだ突然!?」
オーガが激しく訴え掛けるが、ゼヴァンは相変わらず、素っ気ない態度で話し続ける。
「嫌って言う事はアレか?つまりは恐れている訳か?」
オーガはたじろいだ様子で、視線を横に逸らしながら答える。
「……べ、別に恐れていると言う程では無い!!」
「恐れていないって事は少なからずやる気は有るわけだよな。やる気が有るんならたぶん大丈夫だ。とにかく作業場に向かうぞ」
「待て!!俺が悪かった!!認める!!俺は恐れている!!恐れているから待ってくれ!!」
オーガの懇願にゼヴァンは呼吸2つ分程の間を置いた後、小さく長い溜息を吐いてから言葉を返した。
「………ふぅ〜……分かっただろ。お前の言っていたのはこういう事だ」
どこか余所余所しく半ば独り言気味だった声が、ここに来て漸く自分に向けられた事を感じ取ったオーガは、慌てつつも少しだけ謙虚さも混じった控えめな態度でゼヴァンに質問する。
「む?こ、こういう事とは?」
「戦闘は苦手だが物作りは得意なドワーフの俺が、戦闘は得意だが物作りは苦手なオーガのお前にそうしたように、相手の意見も聞かずに自分の考えを押し付けようとしたって事だ!」
「うっ……そ、それは…………しかし、俺は戦うなと言っただけで無理に戦えと言ったわけでは…」
「進めたか止めたかの問題じゃない。相手の立場も顧みず自分の立場だけで一方的に言いたい事を言っただけってのが駄目だと言っている。いいかオーガ?相手が納得していないのに強引に自分の意見を通せば、遅かれ早かれ必ず問題が発生する。必ずだ」
ゼヴァンの忠告に対し、オーガは気まずそうに黙り込む。
「確かに、目的を達成するにはそれ相応の物を捧げる覚悟が必要って事は俺にも分かる。たとえ必要な場面でも、慎重になり過ぎる余り何時迄も動けずにいるなら、命も貴重な鉱石も宝の持ち腐れになってしまうからな。とは言え事前に考える時間は必要だ。一応の期限として就寝時間までは考えるって取り決めだったよな?武器は俺が作る事になっていた取り決めを急に変更されかけてお前が困ったように、お前の身勝手で考える時間すら奪われかけたアイツらの事を考えろ」
ゼヴァンが言い終えると、オーガは口を噤んだ状態で固まっており、少し経ったところで視線を伏せて両腕を組む動きを見せては、またも黙り込んで動きを止める。
「………………………………………考えてみて良く分かった。俺の身勝手でアイツらに迷惑を掛けた。すまない、お前の言う通りだ」
オーガは長い沈黙を終えると、落ち込んだ様子でゼヴァンに頭を下げた。
「おう、分かれば良いんだ分かれば。だが、謝る相手は俺じゃ無いだろ?ほら、皆の所に戻りな」
「う、うむ」
オーガは言われた通り皆の所に戻ってから、空間内の者達へと声を掛ける。
「みんな!少しだけ俺の話を聞いてくれ!」
ドワーフ達の視線が自分に向けられたのを確認すると、オーガは一呼吸置いてから、勢いよく頭を下げて謝りだす。
「すまない!さっきは俺が悪かった!そ、その……本当にすまなかった!」
元から喋りが得意では無い事と、慣れない状況による緊張とが合わさって思うように言葉が出て来なかったが、なんとか誠意は伝わったらしく、ドワーフ達はオーガに「もう気にしていない」だの「頭を上げろ」と言った声を投げ掛ける。
落ち着ける状況になったところで採掘班の者達が改めて考えに集中する一方、穴掘り班のマルーカは、カジツトリの決着後にアダンから聞かされた言葉を思い返していた。
『必要以上に怪我をさせない決まり事だったり、鉱山内が狭かったりで戦いにくかっただろう。連携ってやつは実戦の場で纏まった動きを取る事だが、作戦って奴は実戦が始まる前から自分が少しでも有利になるよう持っていく事だ。普通に戦えばまず勝てないオーガやワーフルフ相手に俺達ヒューマンが勝てたのは、連携はもちろん作戦があったからこそだ。この場の皆が上手く連携を取って作戦通りに動けばドラゴンにも勝つのも不可能じゃない』
作戦と言う、目的へ進む為に明確な意識を持つ行為をこれまでの人生では知らなかった。
正面突破とは違う小細工程度の概念なら知ってはいたが、小細工は弱者や卑怯者だけが縋る戦士の誇りから外れた行為だと嫌厭していた。
しかし、ドラゴンの出現によって勇気と無謀の違いを知り、時としてそれらが必要な事も理解した。
『確かに、不慣れが有ったとは言えカジツトリの際は思った以上に動きにくかった。実際に始まる前からあそこまで考えていたのは驚きだ。肉体的には弱い筈のヒューマンが今日まで生き残ってこれた理由がわかった気がする。上手くいけば本当にドラゴンを殺せそうだ』
平常時なら群れを成さないオーガにとっては不思議な話しだが、始めは生きる手段の1つに過ぎなかった周りの者も今では大切な存在になっている。
正面突破以外の細かい方法への嫌悪感そのものが完全に消え去った訳では無いが、力の弱い者なりの工夫への感心と、ドラゴン相手にこれ以上は望めないであろう充分な勝機、周りの者に対する情と恩義から、マルーカの心は決まっていた。
『………………………………………………………』
マルーカは静かに、神妙な顔をして考え込む他の者達を見渡す。
『……しかし、アダンの言った方法だと人数が必要だ。果たして何人が覚悟を決めるか…………』
「あれ?メギア姉ぇは?」
ラミアは体温調節が苦手な為、太陽の光が届かない鉱山の中で体を動かさない間は、掘り続ける穴の先端となる奥まった場所で互いに塊り合って暖を取る事が多い。
現時点でも多くのラミアが例に漏れず穴の先端部で塊って暖を取る中、その内の1人が、背中に大きな傷痕がある姉御肌のラミア、メギアの居場所を近くの者へと訊ねていた。
「ん、そういえば姿が見えないね」
質問を受けた者が、たったいま気付いた様子で周りへと視線を動かす。
「あ〜なんか大分前にフラ〜っと歩いて行ったよ。どこに向かったのかは知らないけど」
他の者が答えると、質問したラミアは少し残念そうな様子で言葉をもらした。
「むぅ、作戦に乗るべきか相談しようと思っていたのに」
「ば〜か、自分の命が掛かってんだからそれぐらい自分で考えな」「そうそう」
周りの者達が、メギアの名を出したラミアへと自分で考えるよう促す。
「う……そ、それぐらい分かっているし…そ…相談って言うか、ほとんど雑談のつもりだったし……」
一方メギアは、人気の無い空間にエルヴィーグを呼び出していた。
少しだけ距離を空けて隣に座り合う形になる中、真面目な緊張を保ちつつもある程度やわらかい表情のメギアが、適当に前方を向きながら話を切り出す。
「悪いね呼び出して。余計なお世話だろうけど、どうしてもアンタの事が気になってね」
数秒の間が空いてから、エルヴィーグが顔を向けると、メギアもそれに視線を合わせる。
互いの視線が合ったところで、エルヴィーグが口を開いた。
「……私は作戦に賛成するつもりです」
真剣で硬いエルヴィーグの表情に釣られ、少しばかり難しくなった顔のメギアが質問する。
「ずいぶん早い決断だね。夜まで考える時間はあるんだよ?いちおう聞かせてもらうが、アンタ死に場所を求めてなんかはいないよね?」
「正直、いままでは仇を討ちたいって気持ちばかりだったし、その為なら刺し違えても良いとさえ思っていました。けど、今は仇を討ちたいのと同じぐらい、お世話になった人や他の皆を助けたいと思っている……メギアさんの御陰で進むべき道が見えたんです。大した活躍はできないかも知れませんが、少しでも戦力になりたい。私は、生きる為に戦います」
エルヴィーグの言葉に、メギアは目をぱちくりさせて、少しの間を開けてから相槌を返した。
「そう…なんだ……うん、良い答えじゃないかな。私はあんまり関係ないと思うけど…」
気恥ずかしい様子で言葉に詰まったメギアは小さく視線を逸らすが、すぐにまた目を合わせて話を続ける。
「まぁ…仇討ち自体を否定するつもりは無いし、むしろ個人的には賛同するけど、憎しみだけに囚われていたら他に大切な何かが有ってもそれに気付かなくなっちまうからね。でも今の言葉からは強い決意を感じた。気に入った答えだったからこう言う訳じゃないけど、自分の意志で決めたのなら私はもう余計な口を挟まないでおくよ」
小さく、しかし心の底から出た笑顔で、エルヴィーグの表情が和らいだ。
「はい。ありがとう、メギアさん」




