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歴史19 今は止まりて君を想う

ゼヴァンが穴掘り班の者達へ集合の合図を掛けると、遠巻で円形になっていた他の者達はその隊列のまま、ゼヴァンと、彼の近くに立つリィン、猪人族オーク、3人の純人族ヒューマンとを中心にする形で近くへ集まりだす。



緊張感と真面目な空気ゆえに会話は最小限の声が良く通る空間の中で、ゼヴァンが短く喉を鳴らしてから口を開いた。


「アァ〜ゴホン。まず最初に正直に言ってしまうが、たったいま出会ったばかりの彼等を、俺は全面的には信用できない。が、彼等と話し合った結果、共にドラゴンに立ち向かう者同士で一定の信用は置けるとも思った。それに、彼等には仲間を助けてもらった恩も有る。で、だ……それらと彼等の申し出とを引っくるめて、俺は彼等を鉱山に迎え入れるべきだとの結論に至った。戸惑う声も出るかも知れないが、なにか意見がある者はこの場で遠慮せずに言ってくれ」


その言葉に多少のざわめきが起こり、ざわつき出してから10秒程のところで、1人の耳長人族エルフが片手を上げた。


「おう、なんだエルフ」


ゼヴァンが言葉を促すと、手を上げていたエルフが喋りだす。


「副リーダーにひとつ確認したい。副リーダーの意見も、彼と同じものなのだろうか」


エルフの言葉に、穴掘り班の副リーダーであるリィンが答える。


「あぁ、ほとんど同じ見解だ。失礼を承知で正直に言うと、私も出会ったばかりである彼等の全部が全部は信用できないが、少なくとも敵意は感じられないし、利害関係も一致している。仲間の命も救ってもらった。ドラゴンを倒す為に力を合わせる事はもちろん、これから少しずつでも信頼関係を築き合って、共に仲間として歩んで行ければ幸いだと思う」


「オウ!いい考えだと思うぜぇ!」「流石は副リーダーだ」「まぁ良いんじゃない?人手が多いに越した事はないでしょ」


リィンの言葉に多くの狼人族ワーフルフ吸血人族ヴァンパイア半蜘蛛人族アラクネが賛成の声を挙げ始めると、比較的に思慮深いエルフや、隠密行動に従事する生態ゆえ警戒心の強い小鬼人族ゴブリンも、別に自分の考えを放棄する訳では無いものの、信頼の置けるリーダーや多くの仲間が賛成の意を示していた為に、声を大にしてまで反対意見を述べる必要も無いかと沈黙を保ち続けた。


「オイッ!」


しかし、半数以上の者が賛成意見を述べる中、明らかに苛立ちの感情を伴った声色でひとりの鬼人族オーガが声を挙げると、やわらいでいた空気がいきなり固くなり、声を挙げたオーガに皆の視線が集まる。


「どうしたぁ?」


親が子供の粗相に呆れるような心境で、ゼヴァンがオーガに質問する。


「お前と副リーダーが認めたならばその3人を鉱山に迎え入れる事に文句は無い。仲間の命を救ってくれた事にも礼は言おう。ありがとう。だが勘違いしないよう先に言っておくが、俺はヒューマンと言う種族をまったく認めてはいない!体は弱いし、その弱さを補う為に使う道具もドワーフが作る物ほどではないだろう。お前らみたいな奴がでかい顔したら承知はしないぞ」


「……右に同じく」

「ケッ!」


オーガの発言に、他の数人のオーガや、片耳の偏屈そうなワーフルフが乗っかる。


彼等の態度に、ゼヴァンは若干うなだれて溜息を吐いた。


「すまないな。彼等は実力主義者なんだ。一応、程々にするよう言ってはおくが、認めさせるまではあの調子だと思う」


リィンがフォローを入れようとするが、アダンは特に気分を害した様子も無くそれに応える。


「大丈夫だよ。あそこまで顕著じゃないが、俺達ヒューマンにもそういった部分は有る。彼等の言ってる事も分かるさ。足手まといにならない程度には働くつもりだ。ただ…」


そこまで言ったところで、アダンがイヴリスとカインをチラッと見やる。


「女子供にオーガみたいに重い物を持ち上げろとか、ワーフルフみたいに走り回れって言われると流石に困るな」


「いや、その辺は彼等も意外としっかりしている。あんまりめちゃくちゃは言わないさ。仮に言ったのならばその時は私が叱っておく」


リィンの口から叱るという言葉が出ると、オーガ達が苦虫を噛み潰したような表情になったり、片耳のワーフルフが露骨に自分達から視線を逸らしたりの反応を見せる。


このエルフにはあんまり逆らわない方が良さそうだ。

アダンの中でリィンは頼もしくも恐ろしい人物だとの認識が成される。


「そ、そうか…なら助かる」



『……………………』

オーガ達の無遠慮な物言いによって話しがややこしくなるかと思ったゼヴァンだったが、ヒューマン達の反応とリィンのフォローを見る限り特に問題も無く進められそうだと判断して話しを続ける。


「あ〜、誰か他に話しておきたい事はあるか?」


ゼヴァンが再び皆へ声を掛けると、背中に大きな傷痕のあるラミアが手を挙げた。


「流れの中で持っているだけなのは分かるけど、そろそろ武器を手離してくれないか?いま出会ったばかりの相手が対ドラゴン用の武器を持って仲間に接近していると、どうしても色々と考えちまうんでね」


表情にこそ出さないものの、ラミアの言葉にアダン達の緊張感が一気に高まる。


全面的な意味で相手方を信用できないと言うのなら、それはアダン達も同じだ。


有るようには思えないが、万が一彼等が敵意を有していた場合、現状況で武器を手放す事は命を手放す事と同意だ。

自分ひとりの命じゃない。イヴリスとカインの命も掛かっている。



しかし



しかし、人類で結託しあわなければ、自分達の住む世界はいずれドラゴンに滅ぼされる。


短い間で色々と考えたアダンは、話し合った印象からして現状で一番信用のできるリィンへと視線を向ける。


「………」


視線に気付いたリィンは、アダンとしっかり目を合わせてから、無言のままコクリと小さく頷いた。


『……まぁ、信じるしかないか』


アダンが静かに武器を地面に置くと、イヴリスとカインもそれに続く。


数秒間、アダン達に緊張の沈黙が漂う。



「…賢い奴は好きだよ。仲間にいれば心強い」


武器を降ろせと言い出したラミアの言葉に、張り詰めた空気が一気に弛緩して、アダンが苦笑まじりの相槌を返す。


「へへ…どうも」




「ん?今のどういう意味?アンタ分かる?」


ラミアとヒューマンとのやり取りが理解できなかったアラクネが、賛成派でかつオーガの中で一番やわらかい性格の者に質問する。


「なんだ?そんな事も分からんのか?今のやりとりはお互い騙し討ちは無しで行こうと言う意味だ。弱い奴は強い奴が考えなくて良いような面倒くさい事まで考えようとする場合が有るからな」「うん?………あ、あ〜なるほど。他の種族が私達アラクネの巣を警戒するのと一緒か」「まぁ、だいたいそんな感じだな」「へぇ〜オーガって馬鹿なイメージがあったけど意外と賢いんだ」「オーガは馬鹿じゃない。面倒くさい事を考えようとしないだけだ」



あぁ、大声でそれを言っちゃうのか。

ラミアとヒューマンの掛け合いを理解していたほぼ全員が同様の思いを抱いたが、止める暇もなくオーガとアラクネが全部ぶっちゃけてしまった。


案の定、何人かのワーウルフやアラクネが自分達を信用していないのかと理不尽かつ不機嫌に騒ぎ立てるが、他の者達が慌てて、相手にその気が有ればお互いに死傷者が出るのだから慎重になるのはごく自然な事だと宥めた為に、大きな問題には至らず収集が付いた。


「他には無いかぁ?遠慮せずに意見を出せとは言ったが、やたらと問題になるような発言や直接手を出すような事だけは控えてくれよ。ドラゴンを倒す為にやるべき事はまだまだあるんだ。大前提として俺達は協力し合わなければならないんだからな協力!」


ゼヴァンが苛立たしげにヒゲを掻きながら、協力と言う言葉を強調しつつ最後まで皆の意見を聞こうとする。


「次、いいだろうか」

前置きを挟みながら片手を上げたヴァンパイアに、ゼヴァンが続きを促す。


「はい、そこのヴァンパイア」


皆の注意が自分に集まったところで、ヴァンパイアは本題に入った。


「ヒューマンよ、そろそろ聞かせてほしい。先遣隊の身に何があったのか、他に生き残りはいなかったのか、お前達の知っている事をぜんぶ教えてくれ」


「あぁ、その事については、まず俺の方から説明させてもらう」


ヴァンパイアの質問に対し、アダン達ではなくゼヴァンが反応する。


「結論から言おう。彼等はドラゴンに武器が通用するのを証明してくれた。大きな代償と引き換えにな」


神妙な顔で勿体つけるゼヴァンの物言いに、武器が通用したという事よりも、代償という言葉に反応した者の方が多かった。


「大きな代償?」「なんだよ…死んだのか…?」「ちょっと…やめなよそう言うの」




「………隠していても仕方ないからハッキリ言おう。残念な事だが……ただひとり帰還したヴァンパイア以外は、みんな死んだ」


『ッ!』


ゼヴァンが告げる残酷な真実に、エルヴィーグの全身がビクンと小さく跳ねる。



「はぁ!?マジかよオイ!」「クソ!覚悟はしていたが……」「そんな…本当に死んじゃったの?」他の皆も、明らかに気落ちしたり、泣き出しそうになったり、難しい顔でただ黙っていたりの反応を見せる。


「…………………………………………………………」


ゼヴァンが少し長い間を置いてから話しを続ける。


「敢えて持つ意味の無い希望を持たせるわけじゃないが、現場にいなかった俺や、新参者である彼等の言葉だけでは納得しきれない部分があるだろう。詳しい話しは、帰ってきたヴァンパイアが目覚めた時に、彼の口から直接聞かせてもらおう。俺からは以上だ」


ゼヴァンが説明を終えると、空間内に重い沈黙が漂う。


アダンはその空気を変に刺激しないよう、声色に気をつけながら一つだけ付け加えた。


「目覚めたヴァンパイアが皆に説明する時には、俺の方からも改めて説明させてもらうが、今すぐ詳しい話しを聞きたい者がいるなら後で俺のところに来てくれ。知っている範囲でぜんぶ説明する。以上だ」



「そうか……了解した」


先遣隊の様子を質問したヴァンパイアが、どこか気まずそうに相槌を返した。


「まぁ、とりあえずと言うか…この話しは一旦とめておく。他には何か有るか?」


それ以上は、誰も何も言わなかった為、今のが最後の確認となった。


この場における自分の仕事が終わったゼヴァンは、アダン達が地面に置いた武器を回収し、後の事をリィンに頼んでから、円の中心から外側へと歩いていく。


円を抜け切ったところでゼヴァンはガジンとエルヴィーグの2人に目線を合わせてから「しっかりな」と言い残し、通路の奥に消えていった。




「みんな、聞いてくれ」


ひとこと呼びかけ、皆の意識が再び円の中心に集まった所でリィンが続ける。


「今の話しでショックを受けた者も多いだろう。それぞれ個人差はあるだろうが意識を持ち直す為の時間が必要だ。だいぶ早いが今日の作業は終了にする。各自てきとうに休んでくれ」



リィンの合図によって、次第に円形が崩れていく。


その場が解散されるなり、およそ半数の者達が「詳しい話しを聞かせろ」とアダン達に詰め寄る。


他の者達は、遠巻きにそれを観察していたり、適当に寝転んで寝ようとしたり、何処かへ移動したり、近くの者と話したりし始める。



「ちょっと、席を外します」


エルヴィーグがボソッともらしてから人気ひとけの無い方に向かっていく。


ガジンが反射的に声を掛けようとするが、掛ける言葉に詰まっていると、背中に傷痕のあるラミアが、後の事は自分に任せるようガジンに伝える。


「いいよ、私が見とく」



言い終えるなり、ラミアがエルヴィーグに追い付いて、その横を歩く。


「………なんですか?」


「なにって…アンタを慰めてやろうと思ってさ」


「……余計なお世話です。少しひとりにしてください」


「アンタがひとりになりたいと思ってるように、私はアンタを慰めてやりたいと思ってるのさ。気に食わないのなら振り切るなり力尽くで従わせるなり何でも良いから私を納得させてみな」


「……もういいです…勝手にしてください…」


「ハイハイ、そうさせてもらうよ」




するべき事も、特にしたい事も無い状態でその場に取り残されたガジンが茫然と上を向き天井を眺める。


『出る幕が無いな』





良くも悪くも、その後にこれといった出来事は無かった。



ひとりのワーウルフが言い放った「そう暗くなるな!ドラゴンに武器が通用するのが分かったのは大きな前進だろう!」との言葉が救いではあったが、それでも少し鬱屈なまま時間が過ぎ、夜の帳が下りて1日が終了した。



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