歴史18 この感情を何と呼ぼう
穴掘り班の者達の間で響めきが起こっていた。
早ければ半日ほどで帰ってくる筈だった先遣隊だったが、2日半近く経って漸く帰ってきたかと思えば、それが8人いた内のたった1人で、しかも関係の無い筈の純人族に背負われてのボロボロになっての帰還だった。
他の者が持っていた筈の武器をヒューマンが手にしているのも気掛かりだ。
重傷の吸血人族に処置を施すべく鉄工人族のガジンが急いで鉱山の奥に向かって行くと、この場の代表として耳長人族のリィンが、鉱山の中へ3人のヒューマンを案内してきた猪人族とそのオークの隣に並ぶヒューマン達と向かって話し合っている。
ヒューマンに必要以上の圧力を与えない事と、万が一にもヒューマンが良からぬ行動を取らないようにとをリィンが考慮した結果、離れた所で円の形になって話し合いを観察する事になった他の者達は、主に焦燥や不安と言った感情によって困惑する声や動きを見せていた。
一緒に生活して他の種族が悪い奴でない事は理解したが、ヒューマンとはどんな奴等なのか。
肉体的には弱い事と、その弱さを補う為に道具を作ったり使ったりする事と、色んな種類の物を食べる事ぐらいしか分からない。
動けない仲間を運んできてくれたとは言え、よく分からない相手、もうすこし言ってしまえば得体の知れない輩が、過程はどうあれ対ドラゴン用の武器を手に持った状態で自分達の生活圏に足を踏み入れて来たのだ。
『少しでも変な動きを見せたら殺してやる』
全員がヒューマンに敵対心を持っている訳では無いが、中にはそう考えて身構えている者も何人かいた。
ヒューマンのアダン、イヴリス、カインも、あまり歓迎されていない空気を薄々と感じ取っており、空間内に緊張感が漂う。
そこから少しだけ奥まった場所では、鉱山全体のリーダーとなるドワーフのゼヴァンと、ドワーフのユーリリ、蛇人族のステラ、精吸魔人族のエルヴィーグの計4人が、穴掘り班の方向へ向かって進んでいた。
「オウ!こっちだユーリリ!」
道中、分かれ道に立っていたドワーフが、自身から見て先頭を歩いてくるユーリリに声を掛ける。
声を掛けたドワーフは、重傷を負いつつも帰還した先遣隊の者が運ばれた場所へとユーリリを案内するつもりだったのだが、何故だかユーリリの後ろに付いてくるラミアとサキュバスに疑問の言葉を漏らす。
「ん?なんでサキュバスとラミアがこっちにいるんだ?」
ゼヴァンとステラとエルヴィーグがギクリと肩を強張らせる。
人目に付かぬようゼヴァンの背負いバッグに武器を戻しているとは言え、採掘班の所に穴掘り班の者がいては何をしているかとの質問をされるのもまぁ当然だろう。
「気にするな!大した事じゃない!」
ユーリリが相変わらずの大声で大雑把に返事すると、ドワーフが4人の事をジッと見つめる。
「……………………」
4人の事を見つめ出してから3秒程の所で、ドワーフが僅かに顔を顰める。
『なんでぇ、俺には内緒かよ』
説明も無い事にちょっとだけ腹が立ったものの、ゼヴァンとユーリリの2人ならまぁ、くだらない真似はしないだろうとの結論に至った。
「……そうか」
ドワーフが一歩退がり道を譲る姿勢になって、枝分かれした通路の内1つを右手で指差す。
「向こうの仮眠室だ。俺はもうすこしココにいるから、なにか手が要りそうなら呼んでくれ」
「りょ〜かいぃ!」
適当に相槌を打ちながら、ドワーフが示した方向にユーリリが歩いていく。
「ふ〜」
とりあえずはユーリリの強引な誤魔化しが効いた事に対し、ゼヴァンが声を殺しながら長いため息を吐く。
ため息を吐き終えてから、小さく振り返って後ろを見てみると、仮眠室にいるという言葉が先遣隊の者であるかを断定しかねていたステラとエルヴィーグが視線と雰囲気で質問していた為、ゼヴァンはユーリリの向かっていった方向をクイクイと親指で指し示す。
2人がユーリリの後に付いて行くのを確認するなり、疑いの眼差しを掛けられない内にとゼヴァンがそそくさ立ち去る。
「あの、仮眠室って…」
道中にいたドワーフの姿が見えなくなった辺りで、答えを待ち切れないエルヴィーグがユーリリに質問する。
「すぐ近くだ!最短ルートで200歩も歩かない内に見えてくる!」
ユーリリは振り返る事なく、ズンズンと歩を進めながら答えた。
「そうですか」
その距離は彼女の心境で言えば近くなのか、それとも遠かったのか、エルヴィーグがなんとも言えない声色で呟く。
「……大事な人なんだな!」
「え、な…なんで」
「俺だって伊達に長生きしてねぇよ!さっきの場面を見たってのもあるけどな!まぁ……アレだ!人生ってのは良いことも有るし悪い事も有る!大事なのは必ず待っている結果に対して自分がどう動くか、鉱石採掘と同じだ!壁の向こうに何が有るかは知らんが、生きてる限りは自分がここだと思った所を掘り続けるしかねぇんだよ!」
「はぁ、鉱石採掘と同じ…ですか」
エルヴィーグに続き、ステラも相槌を返す。
「結構上手いこと言うのね、ぜんぜん口下手じゃ無いじゃん」
「口下手だからこそ予め気の利いた言葉を用意しとくんだよ!まぁ今みたいに言ってれば大抵の奴は適当に納得してくれる!」
「けど実際のところ案外まとを射てるかも、ねぇ?」
ステラが同意を求めてみるが、エルヴィーグは煮え切らない様子だ。
「う〜ん、確かに一理ありますけど……」
「おう、そろそろ到着するぜ」
話し込んでいる内に仮眠室に着いたようだ。
通路の行き止まりにある空間の中には10人分の布団が敷かれており、その空間の更に奥の方で、帰還した先遣隊の者を介抱しているドワーフの後ろ姿が見えた。
「調子はどうだガジン!」
ユーリリの声に反応したガジンが振り返って立ち上がる。
「ユーリリさん…応急処置は済ませた。後は」
ガジンが立ちがった事により奥にいた者の顔が見えると、ステラが言い掛けるガジンを横切って床に臥すヴァンパイアへと駆け寄る。
「………生きててよかった……」
安堵の息を漏らしてから、ステラがそっと、ヴァンパイアの上半身に抱き付く。
「済ませたが…なんだ?」
ステラの行動に気を取られていたガジンは、ユーリリの質問に答えようと話しを戻す。
「え?あぁ…応急処置は済ませた。後は彼の体力次第だ。まず大丈夫だとは思うが、うわごとで死ぬだなんだと繰り返しているのが気掛かりでな……」
「おいおい縁起でもねぇな」
ガジンの言う通り、ヴァンパイアは虫の鳴くような声で「……し…しを……し…」と呻いている。
「し?……血か!?」
ヴァンパイアのうわごとに対し、ガジンとは違う解釈に至ったステラは、比較的痛みの少ない自身の前腕を爪で薄く切り付け、血が滲み出た所でそれをヴァンパイアの口元に近付ける。
ヴァンパイアが貪るように血を吸うとステラの表情が痛みに歪むが、程なくして満足したのか、ヴァンパイアはひとこと「美味かった…」と呟き、安らかな寝息をたて始めた。
「ドワーフ、こいつの世話は私に任せてもらえないかな」
「あ、あぁ、そりゃあもちろん、確かにアンタに任せた方が良さそうだ」
自分と違ってアッサリとうわごとの意味を理解したステラの提案にガジンが慌てて肯定の意を示す。
「ただ…」
付け加えるように一言もらしてから、ガジンが視線を動かすと、それに気付いたユーリリが視線を合わせる。
「彼女ひとりじゃあ勝手が分からない部分があるだろう。ユーリリさん、後は頼めるかな?俺はそろそろ戻らないと」
「あぁ!任せとけ!」
ユーリリが二つ返事でそれに応える。
「じゃあ、後はよろしく」
ユーリリとステラに挨拶してから、ガジンはその場を後にする。
穴掘り班の所へ向かって歩きだすと、いつのまにか仮眠室から先に出ていたエルヴィーグが、通路の壁に背を凭れさせて落ち込んだ表情で立ち尽くしていた。
「おう、一緒に戻るか?」
ガジンが声を掛けると、エルヴィーグは一瞬だけ振り向くが、すぐにまた顔ごと視線を下に落としてから、暗い声で喋りだす。
「ガジンさん、私、分からないんです。誰かを好きになったのは初めてだから………先遣隊のヴァンパイアが帰って来たこと自体は良い事なのに、帰って来たのがグレントじゃなかった事に対してガッカリしている…………コレは普通ですか?それとも、私の心が汚いのでしょうか?」
「…………………………………………………………」
エルヴィーグの質問に、ガジンは長い間を置いてから答えた。
「……当たり前の事を言うが、俺達は神じゃ無い。人だ」
「………どういう意味ですか…」
「なにもかも思い通りになる訳じゃ無いって意味だ」
ガジンの答えには、色々な意味が含まれているように思えた。
確かに、アレもコレもと思い通りにはならない。
ユーリリの話しでは3人の余所者とやらがヴァンパイアと一緒に鉱山の中に入って来たようだが、先程のヴァンパイアの様子を見るに、自身の足で歩いて戻って来た訳では無いだろう。
ただでさえ望みの薄い現状で、担ぎ込まれて来た者がたった1人だけと言うのは、恐らくそういう事だ。
ヴァンパイアと、外から来た者とに話しを聞いてみるまで断定はできないものの、いい加減に踏ん切りをつける時が近付いているのかも知れない。
「…分かりました。そろそろ戻りましょう」
その後、ガジンとエルヴィーグは無言のまま歩き続けた。
2人が穴掘り班の皆がいる空間へ着くと丁度、ゼヴァンと、リィンと、3人のヒューマンとの間で話しが纏まったところだった。
今後の展開を話し合う為、遠巻きに円陣を組んでいた者達を近くに寄せようと、声と手招きとで皆を呼ぶゼヴァンは、ガジンにも目線を合わせ、顎を小さく上下させる。
「俺達も呼ばれている。とりあえず円に混ざろう」




