歴史16 戦いの跡で 前
リーダーの鉄工人族が渋々エルヴィーグとステラの外出を認めて武器の作成に取り掛かった頃から少しだけ時は遡る。
先遣隊とドラゴンとの戦いが終了して30時間程経った外界。嵐に阻まれて視認できないが、本来なら沈みゆく夕焼けが朝の終わりと夜の始まりを空色の対比によって告げる黄昏時。
人影が、激しい戦いが止んでから間もない様子のラレルの森を確認している。
倒壊した何本ものラレルの木々が不規則に散らばる空間の中、初めて見る鈍い輝きを放つ白色の物体から、できるだけ自身の体を遠ざけつつ、木の枝で恐る恐る突いてみる。
『……………』
反応は無い。ならばともう少し強く突くが、やはり動かない。
木の枝を適当に自身の足元に捨て、左手では木製の棍棒を構えながら、右腕を伸ばし、右手の人差し指でトントンと謎の物体を突く。
『………死んでいる……?いや、生き物じゃない…か?何かの道具?武器?』
少し離れた位置から匂いを嗅いでみるが、これといった異臭もしない。
慎重に接触範囲と接触時間を伸ばしていくと、その用途こそは理解できなかったが、どうやら何かの道具である事は理解できた。
鋭く尖った部分は避けて、丸っこい持ちやすそうな部位をゆっくりと握り、徐々に力を強めていく。
どうやら問題はなさそうだ。おそらく、いま自分が握っている箇所がこの道具の把手なのだろう。との考えに至った人影が、右手を動かし、手にした道具を様々な角度から眺める。
白い部分の平べったい角度、鋭利な角度。
円柱の把手。
左手に持った棍棒を、近くのラレルの木に立て掛けてから、白く平べったい部分を左手の五指で撫でた後、拳で軽く叩く。
『硬い…薄っぺらいのにかなりの強度だ。植物では無いな。石……とも違う。動物の骨とかでもなさそうだ…何で出来ているんだ?』
一通り平たい面を確認してから、右手を自身の胸の高さまで持っていき、近くで鋭利な面を見下ろす形を取り、慎重に、繊細な動きで、上側の鋭利な面に指を添える。
『っ!』
指先に小さくも鋭い痛みが発生する。
極めて慎重な動きであったにも関わらず、指先が切れて血が滲み出している。
『…………トゲや牙と同じ理屈か。よく切れるが、打撃力はどの程度のものか』
指先に負った怪我によって核心に近づく。
平たい面は割と雑に扱っても何とも無かったが、鋭利な面は微かな接触で皮膚が裂けた。
『ここで敵を倒すのか?』
鋭利な面を敵に打つけるのだと推測した人物は、手近に有ったラレルの木に向けて腕を振る。
打ち付ける雨音と吹き抜ける風音に混じって、ゴッ、と幹を破壊する音が発生する。
今ので確信した。これは武器だ。
敵を倒す為の、戦いの道具だ。
無造作に片手で振っただけなのに、太い幹の三分の一程度の深さまで武器が食い込んでいる。
その気になれば一撃で切り倒せそうだ。
圧倒的な威力に、便利さよりもむしろ恐怖すら感じる。
だが、上手く使いこなせば非常に強力な代物には違いない。
『なんて殺傷能力。凄い武器だ。これなら子供の力でも鬼人族に通用するだろう。下手すりゃドラゴンにも…………製作者は誰だ?同族とは考えにくいが………ドワーフ…か?近くに居るんだろうか』
いずれにせよ情報が欲しい。
未知の物体の正体が一応は分かった事と、今後の方針が定まった事との両方から、男は後方に振り返って呼び掛ける。
「2人とも、こっちに来てくれ」
男が呼び掛けると、少し離れたラレルの陰から2人の人物が顔を出す。
顔を出した人物の内の1人は身長170センチ程の女性だ。
植物の葉やツタを編んで作成した緑色を主とした衣服で首元から上と両手以外の肌を隠し、丈夫な動物の皮を腐らないよう薬草で包んでからツタで縛って出来た靴で足を保護し、背中には植物で作った大きな食料袋を背負い、左手には木を削って鋭く尖らせた長さ80センチ程の棒を持っている。
流麗な金髪と鮮やかな翡翠色の瞳が美しい女性だが、ただひとつ、喉の大きな傷痕だけが、美しさの中に痛ましさを際立たせていた。
もうひとりの人物は身長140センチ程の男の子で、同じく植物を編んで作った衣服で胴体部と股の部分を覆っているが、足は裸足のままであった。
普段なら地形が及ぼす戦闘への微妙な影響を肌で学ぶ為に、成人する迄あえて靴を履かないだけだが、ドラゴンが出現してからは、長い目で見るよりもまずは靴を履いて足の保護を優先すべきだと3人の間で意見が一致したものの、ドラゴンの影響によって目まぐるしく変化する日々を生き抜くのが精一杯で靴の作成までには手が回らず、結局は裸足で生活している。
靴以外はできる範囲で一応の装備を整えており、遠距離への攻撃手段でかつ気を散らせる為の石が複数個入った袋を左右に3つずつ、小さな食料袋を左側の腰に1つ、それに加え、半日程水に漬ければいちおう食用にもなるが、破裂した際に強烈な悪臭を放つ、握り拳大の紫色の果実コーダルが2つ入った袋を、右側の腰に1つ吊るしている。
右手には、適当な太さの木の棒の先に、植物のツタで尖った石を取り付けた長さ70センチ程の石槍を握る。
髪は栗色の短髪で瞳は青く、その佇まいは少しだけ背伸びをした様子だ。
「カイン!預かっといてくれ!」
立て掛けていた棍棒を手に取るなり男が雑な動きでそれを放り投げると、カインと言う名前の少年が、慌ててそれを左手で受け取る。
「重いよ。アダンが持っててくれよ」
木製とは言え、成人男性の太腿並みに太く、自身の身長の半分以上もある長さ100センチ程の、複雑に繊維が絡まり密集した棍棒の重さにカインがぼやく。
カインの瞳に映し出される黒いモジャモジャヘアーとボリュームのある口髭が特徴的な身長190センチ程の筋肉質な男アダンは、唯一、衣服として身に付けた自身の腰蓑に左手を当てながら、太い眉と眉の間に皺を寄せ、黒い瞳でカインを睨む。
「ダメだ。お前も見てたろ。俺はこいつの管理で手一杯だよ」
「……」
女性が、草葉を指で弾くような規模の小さい呼吸音を鳴らし、左手の木槍を立てた状態で動かしながら、右手を差し出す。
石槍を自分が預かると言う彼女なりの意思表示だ。
「やめろイヴリス。場合によっちゃあ両手で異なる武器を扱う場面もあるんだ。ただ持つだけで文句を垂れるようじゃあ男は務まらねぇよ」
「うるさいなぁ〜。分かったよ。持てば良いんだろ持てば」
2人の様子に、イヴリスがやれやれと言った具合にひとつ溜息を落としてから、アダンに向き直り、左手の木槍で地面にツタが絡まったようなマークをぐしゃぐしゃと描く。
諸説あるが、後に惑星パンドラに於ける文字の原型と伝えられる事になる、声を失った彼女の独特な質問方法だった。
「倒壊したラレルの木は何本か根元から折れている。そして見た事も無い武器。ここで何かがあったのは間違い無い。しばらく辺りを探索してみよう」
アダンが質問に答えると、イヴリスが首を縦に振って了承の相槌を返す。
「どこから調べるの?」
カインの言葉に、アダンが少しだけ腰を左に捻り、左手の人差し指で行先を示す。
「あっちだ。何かが一直線に進むようにラレルの木を薙ぎ倒しているのが分かるか?」
「それは分かるけど、まさか向こうを探索するとか言わないよな?」
カインが顔を青ざめさせながらアダンの表情を確認する。
「そのつもりだが?なにか問題あるか?」
「はぁ!?マジで言ってるの!?あの先にヤバイ奴がいたらどうすんだよ!」
一直線に走り抜けるかのようにラレルの木を薙ぎ倒せる生物など、ドラゴンや大型のオーガぐらいしか思い当たらない。
自身の知る常識と照らし合わせた結果、カインが不用意にあの先に進むのを拒むのはあまりにも当然の反応だった。
「う〜ん、子供にしちゃあ悪くない観察力だが、結論を急ぎすぎだな。もう少し近くによってみよう」
考えを見透かしたかの様にアダンが言い切る。
カインにはアダンが言い切る理由などは分からないが、少し近寄るぐらいならと歩を進める。
アダンが先頭、続いてカイン、後ろがイヴリスとなる形で、一直線に貫かれたようなラレルの木の、最初の1本の側に寄る。
折れて真っ二つになったラレルの、地面に落ちた上部と、根元は地面に立ったままの下部とを観察すると、細かい部分は少しばかり形が崩れているものの、それらの断面図がほとんど同じ形で合わさるのが確認できる。
「うん。どうやら強風で流されてたりはしないな」
普通に、一番近くにある物同士が、元は1本の木である事を確認したアダンが満足気に頷く。
「それがどうしたんだよ」
答えを待ちきれないカインがアダンを急かすと、アダンは右手の武器を伸ばし、折れた木の下半分となる地面に根を張るラレルの天辺中央部分を突く。
「ここと」
アダンが数歩移動し、地面に落ちたラレルの上半分の、根元の中央部分を突く。
「こことが一番大きく抉れている。ラレルの木のちょうど中央に掛かった衝撃が切っ掛けになってこいつは折れちまったんだ。かなりの衝撃だったろうが、サイズそのものは大きくない。ドラゴンが走り抜けたんならもっと派手にぶっ壊れているだろうし、オーガは単純な事しか考えられないが無駄な事はしない。ドラゴンやオーガが一直線にあっちへ向かったとは考えづらい」
「じゃあ、なにが……」
「そこまでは分からない。分からないが、ある程度は予想が付く。ドラゴンに打つかって何かが吹き飛んで行ったか、ドラゴンの脅威に殴り合う拘りを捨て飛び道具を扱い出したオーガが威力を試す為に大きな石とかを投げてみたか……」
そこまで言って、アダンが右手の武器をガシャガシャと動かす。
「こいつの飛び道具版みたいなのかが有るか……だ。パッと思いつくのはこんなところか。勿論、所詮は予想だし、全く別の何かが有るかも知れない」
「だからそれを確かめに行く…か」
合点がいった様子でカインが呟く。
「正解!分かったらお前は後ろを見張ってろ。先に進むぞ」
アダンの合図によって再び3人が進み出す。
アダンを先頭に、アダンから3歩分程離れた後ろにイヴリス、アダンから5歩分程離れた後ろをカインが歩く形で前に向かう。
嵐で視覚と聴覚と嗅覚が制限された空間を進む内に、3本目の折れたラレルの根元部分を通り過ぎた瞬間、横たわるラレルの陰に見えたものに、アダンが素早く2歩下がって武器を構える。
両手で武器を構えながらアダンが下がるのを確認したイヴリスとカインが慌てて近くの木の陰に跳ぶ。
『まずいな。こんな近くにオーガが隠れていたとは』
一瞬しか見えなかったが、今のはオーガに間違い無い。
ドラゴンの出現によって餌の取れなくなったオーガが奇襲を覚えたのか、はたまた寝ているだけか、それとも死んでいるのかは分からないが、とにかく確認しない限り安心はできない。
ドラゴン程ではないが、オーガが敵に回れば相当な脅威となる。
「聞いてくれ。戦うつもりは無い。ただこの先に行きたいだけだ。腹が減ってるなら食料を分けてもいい。通してくれないか」
すぐそこで身構えている相手に聞こえる声量で、かと言って寝ている相手を起こさないよう大声にならない程度には抑えつつ、言葉を投げ掛ける。
『……………………………』
しばらく待つが返事は来ない。
「おーい?オーガぁ?」
再び呼び掛けても反応は無い。
横たわるラレルから距離を取りつつ、根を張るラレルをすぐに盾にできるよう位置取りながら、先程のオーガが視認できる場所へ移動する。
「……………」
全貌を確認してみれば、首の骨が折れているのであろう異様な角度に曲がっていた。
左腕は肘から先が無くなっていて、右の裏腿と、右の脇腹からは何本か骨が飛び出している。
「…イヴリス!カイン!とりあえずは大丈夫だ!」
2人がアダンのすぐ側に寄って、オーガの様子を確認する。
「惨い……ドラゴンがやったのかな」
「おそらく…な………」
顔を顰めながら質問するカインに相槌を打ちつつ、アダンがオーガの死体へと歩み寄り、体温を確認すべく肌に手を当てる。
「………………」
体表が冷え切っているのを確認してすぐ、体内の熱をも確認すべく、肋骨の飛び出た脇腹の傷口に腕を突き入れる。
「中まで冷え切っている」
アダンの言葉に、イヴリスとカインがほんの僅かに安堵する。
嵐に晒された死体が通常以上の速度で冷えるのは道理だが、それでも筋肉量の多いオーガの、しかも体の中となれば暫くはある程度の温度を保っているだろう。
それが中まで冷え切っている程度に時間が経ったのならば、このオーガを殺した相手がすぐ側にいる可能性は低い。
もちろん油断できる状況では無く、3人は依然として周囲への警戒心を保ってはいるが、それでも死体の確認によって、必要以上の精神的消耗は抑える事ができた。
「…………先に進もう…」
脇腹から腕を抜き、地面に溜まった泥水の、比較的に上澄み部分となる水溜りで血を洗い落としてから、アダンが束の間の沈黙を静かに破った。
探索を続ける内に、離れた所の地面に横たわる人影が見えてきた。
ハッキリ見える距離まで近づくと、人影の正体は吸血人族で、頭頂部から胸の辺りまでに掛けて左半身を失った姿は、泥の中に埋まった部分まで視認せずとも既に事切れているのは明らかだ。
息絶えたヴァンパイアの横を通り過ぎ、未だに続く折れたラレルの先へ行くと、最後の1本となる折れた木のすぐ向かいのラレルの木に、凭れ掛かる形になる2人目のヴァンパイアを発見した。
「…」
2人目のヴァンパイアを発見するなり、アダンが無言で左腕をやや後方に動かしながら水平に伸ばす。
合図にイヴリスとカインが足を止めるのを後ろ目で確認してから、アダンが慎重に前へ出る。
一見した感じでは致命に至る傷は負っておらず、純人族と吸血人族と言う互いの種族柄、高確率で敵となり得る強い警戒心と、会話のできそうな相手がいると言う期待との両方を持ちながら近づく。
ヴァンパイアは両目を閉じたまま動く気配を見せないが油断はできない。
「おい、生きてるかヴァンパイア」
お互いに、ギリギリ手が届かない位置で声を掛ける。
「生きてるなら話しがしたい。できる範囲でアンタの要望に答えるから、ここで何が有ったのか知っている事を教えて欲しい」
アダンの言葉に、少しの間をおいてから、虫の鳴くような声でヴァンパイアが喋りだした。
「……誰かいるのか…?」
「っ!」
ヴァンパイアが反応すると、アダンの表情に明るさと真剣さが増していく。
目が見開き、声量が上がる。
「生きてたか!聞かせてくれ!ここで一体なにが起きたんだ!?」
「…ドラ…ゴン」
やはりと言うか、ドラゴンが関わってくるようだ。
その先を聞こうとアダンが話しに集中する。
「つ…通用した……武器…ドラゴンは…ころ…せる……みんなに知らせないと…早く……みんな……きたに……」
そこまで言ったところで、言葉が途絶えた。
「きたに?…北にか!?皆って誰だ!?答えてくれヴァンパイア!……おい…ヴァンパイア?」
返事を急かすが反応は無い。
ヴァンパイアが黙りこくり、何度か呼んでも応答しなくなると、アダンは側に寄って、呼び掛けながらヴァンパイアの頬をペシペシと叩く。
反応は無いが、近くで聞いてみれば呼吸はしている。
『死んではいない。気絶しただけか。だいぶ弱っているみたいだが……』
気を失ったヴァンパイアの体を確認してみると、下腹と背中に大きな打撃痕を発見した。
多数の擦過傷も負ってはいるが、それらの規模の小ささを鑑みるに、やはり腹と背中に掛かった衝撃がこのヴァンパイアに大きなダメージを与えているのだろう。
「イヴリス、石槍と棍棒を預かってやれ。カイン、武器を預かってろ。慎重に扱うんだぞ。それとコーダルの実をひとつくれ」
アダンが一方的に指示を飛ばしながら、武器を地面に置き、ヴァンパイアを背負いだす。
「ちょ、ちょっと待てよ!そいつをどうするだよ!」
ヴァンパイアと言う種族は、ヒューマンを弱くて手頃な糧と見下す傾向に有る。
そんな相手を前に、武器を置き、背中を向ける行動を取るアダンに対し、カインが声を荒げる。
「こいつから詳しく話しを聞きたい。とりあえず、さっき言っていた北を目指しながら落ち着ける場所を探そう。そこで話せる程度に回復するまで介抱する」
「嘘だろ!?無理だし危ないよ!襲われるかも知れないだろ!早く降ろせって!」
「見ての通りだいぶ弱っているし、いざとなれば武器がある。とはいえ、あまり露骨に敵意を向けたら話し合いは難しい。だからコーダルを出せって言ってんだ。早くしろ、弱った体を嵐に晒してたら体力を消耗する一方だぞ」
「う〜分かったよ。言うとおりにすれば良いんだろ」
多少の無茶や失敗もあるにはあるが、アダンの指示はいつも的確で、ほとんどの場合が最善だと思われる結果を出している。
危険を感じつつも、カインは渋々と指示に従う。
イヴリスもカインから石槍と棍棒を預かったところで、3人は北に進路を取って進み出す。




