歴史15 私は私だ
まだ他の者達が眠る朝早くから、蛇人族のステラが、精吸魔人族のエルヴィーグに声を掛ける。
2人はまず落ち着ける場所に移動し、それから、会話の為に向かい合う形になっていた。
「えっと、話って…」
本来なら寝ている筈の時間に、難しい顔で話し掛けて来たステラに対し、少し緊張した様子でエルヴィーグが話しだす。
「本題に入る前にふたつ質問が有るんだけど、アンタと仲良くしてた狼人族が先遣隊として出ていったよね。彼の帰りが遅い事をどう思う?」
「え……」
ステラの言葉に、なにか裏があるのではとエルヴィーグが疑いを抱く。
恥ずかしい話しだが、グレントが出ていってからの自分の言動は、周囲には知られたくない物ばかり。
非難されるかもしれない。
ステラがどこまで知っているのかは分からないが、なにかの鎌を掛けられているのかもしれない。
「…ど…どうしたんですかいきなり」
歯切れの悪い態度を見せるエルヴィーグに対し、このままではまず間違い無く話しが長引くだろうと思ったステラは、質問を取り止めて本題に入った。
「………ごめん、やっぱりまどろっこしいのはナシにして単刀直入に言うわね。これだけ帰りが遅いんだもの、たぶん先遣隊に良くない事が起こっている。それで、個人的に色々と思う所があって様子見に…とゆうか、手助けしに行きたいと思うの。けど、1人の状態でドラゴンと遭遇したらどうしようも無くなるから、ちょっとでも自分が生き残る確率を上げる為にアンタに手伝ってほしいの。無理にとは言わないけど」
予想外の言葉に驚いて、少し遅れて内容を理解したエルヴィーグが真意を問う。
「先遣隊の手助け?なんでまた」
「まぁ、そうなるわね。順を追って話すわ。まず最初に確認しておくけど、先遣隊の中に私と接点があった吸血人族がいたのは分かるかしら?」
ステラの言うヴァンパイアとは、初日に起きた吸血事件でああでも無いこうでも無いと騒ぎ立て、その後に、ラミア同士で力強さに感じるものは有っただとか他種族間の恋愛がどうだとかの話題になっていたヴァンパイアの事だろう。
確認の言葉に、エルヴィーグが適当な答えを返す。
「まぁ、なんとなくは」
「分かってるのなら話しが早いわ。もちろん他の皆も助けたいけど、私はアイツを優先的に助けたい。ただ、これだけは勘違いされないように言っておくけど、私は別にあのヴァンパイアとは恋仲でもなんでもないからね。良い?」
あのヴァンパイアを好きだなんだとラミア同士でなにやら騒いでいる様子を遠目から確認していたエルヴィーグは、ステラが自身に纏わる恋の話しが嫌いなのを知っている。
そういう話題に抵抗が無いどころか、むしろ嬉々として話すサキュバスからすれば随分と変わった考えの持ち主だなと思うが、話しが拗れても面倒なので手短に了承の返事をする。
「わ、分かりました」
しかし、恋仲に無いのならなぜ危険を冒してまで助けようとするのだろうか。
心中に生じた疑問がどうしても気になって、エルヴィーグが質問する。
「でも、恋仲じゃないのならなんで命を掛けてまで助けようとするのですか?失礼な言い方かも知れませんが、私の目からはステラさんとあの方がそれほど親しかったようにも見えませんでしたが」
「いや、実際に聞いたわけじゃ無いんだけど、どうもアイツ、私と揉めてる間はなにかと集中できていなかったぽいんだよね。単なる私の思い過ごしかも知れないけど、そうでなくとも、武器の練習期間中にわざわざ謝りに来たしさ……てな訳でまぁ…私が足を引っ張った可能性があるままでもしもの事があれば後味が悪いのよね。それに、アイツの事は好きじゃないけど嫌いでもないしね」
「…はぁ、そうなんですか」
どう考えても一定以上の好感度が有るように思えてしまうのだが敢えては言うまい。
そんなエルヴィーグの心境を読んだかのように、ステラが話しを続ける。
「もちろんそれだけじゃ無いわ。このまま先遣隊が帰ってこなかったら、武器の性能確認って言う当初の目的が果たせなくなって、ドラゴン撃破に大きな遅れが出ると思う。そうなったら多分みんなも精神的にしんどいし、気分が落ち込めば体の動きも鈍る」
確かに理屈は通っているが、どうもステラの話しは先遣隊の身に良く無い事が起きている前提で進んでいる気がする。
その事について、エルヴィーグが率直な意見を求める。
「ひとつ確認なんですが、ステラさんは先遣隊が目的を果たせない状況に有ると思いますか?」
複雑な表情で質問するエルヴィーグに対し、ステラは呼吸2つ分程の間を開けてから、心の底にある僅かな動揺を体現するかのように、片手で後ろ髪を弄りながら目線を横に逸らしつつ応える。
「………これだけ帰りが遅いんだもの…ハッキリ言ってかなり厳しいと思う。あんまり言葉にしたくは無いんだけど、何人かが大怪我を負っていたり、死んでる可能性も低くはないかも……」
ステラの予想も、エルヴィーグの予想と概ね同じようだ。
確かに、スムーズに事が進んだならば、初日の陽が落ちる前にはみんな帰ってきている筈だ。
半日が丸1日に伸びるだけならばギリギリ誤差の範囲とも言えようが、丸2日経って誰ひとり帰って来ないとなると流石に心配になる。
ただでさえ嵐が吹き荒れていて不確定要素が大きい状況なのだ。
現状問題、先遣隊の身に何かしらの問題が起きている可能性は高い。
「そう…ですよね……」
少なくとも、狩や戦闘に関してはサキュバスである自身よりもラミアのステラの方が専門だろう。
ステラの発した忌憚のない意見に、落ち込んだ様子で相槌を打つ。
「……でもまぁ、実際のところは確認してみないと分からない。その様子だとアンタも仲が良かったワーフルフの事が心配なんじゃない?ここで話しが戻るんだけど、もし探しに行くつもりが有るのなら、協力し合うつもりがないかを聞きに来たの」
改めて協力を申し出るステラが目線の位置を戻すと、それに合わせてエルヴィーグも視線を合わせるが、目を合わせてから5秒ほどで、エルヴィーグが静かに、緩やかに視線を下げる。
「それは勿論、一緒に行きたいですよ。一緒に行きたいけど………」
一緒に行きたいとは言葉に出しつつも、なにかに後ろ髪を引かれるエルヴィーグに対し、ステラが次の言葉を急かす。
「けど、なに?ドラゴンが怖いの?足手まといになりそうなら置いてくけど」
「そ、そういう訳では!…いや、確かにドラゴンは怖いですけど、危険は覚悟の上です。ドラゴンの脅威に怯んでいる訳では無いのですが…」
「じゃあどうして」
納得の行かない様子で投げ掛けられたステラの質問に、長い一呼吸分の間を置いてから、エルヴィーグが答える。
「止められたんですよ。色んな人に」
「止められた?」
「はい、実は私、ステラさんにこの話を持ちかけられる前から色々と動いていたんですよ……正確には、動いていたって言うか彼の事が心配であたふたしていただけなんですけど、それでまぁ、周りは私の行動に反対だったんですが、どうしても我慢できずにリーダーの鉄工人族に直談判しに行ったんです。けど、当然と言うか、やっぱりそれも受け入れてもらえなくて……個人が勝手に行動すれば全体の規律が乱れるって怒られたし、それでも強硬するなら私はもちろんグレントも鉱山に居場所は無いと思えって言われて…」
エルヴィーグの説明を聞いたステラが、両腕を組みながら鼻を鳴らす。
「ふ〜ん。なるほどね……それで?アンタはもう外に出るのを諦めたわけ?」
「はい…ごめんなさい中々言い出せなくて…ステラさんの出鼻を挫くような真似をしたくなくて」
エルヴィーグが外に出ない理由を喋ると、ステラは少しだけ冷めた目で、呆れた感情の滲み出る声で話を区切った。
「あぁ……そういう感じ……イイわよ別に、私ひとりで行くから…こちらこそ邪魔して悪かったわね」
「え!?」
振り向いてその場を立ち去ろうとするステラの左手を慌てて掴み呼び止める。
「ちょちょっ!ちょっと待ってくださいステラさん!」
「な、なによ」
先程まで大人しかったエルヴィーグが、急に積極的な態度をとった事に驚き、比較的やわらかい動きではあるが、ステラが反射的に自身の腕を下方に引くようにして手を振り払う。
「い、いや、今ひとりで行くって、もしかして外に出るつもりですか?私の話ちゃんと聞いてました?」
先程の会話で生返事などはしていない。ステラが、若干めんどくさそうに、エルヴィーグから見て半身の姿勢のまま言葉を返す。
「ちゃんと聞いていたわよ」
「じゃあなんで…外に行こうとしても、リーダーに…止められるだけですよ………」
尻すぼみになる言葉が、後半になるに連れて悲しみや諦めの色を帯びだすのを感じたステラは、改めて正面に向き直り、少しの間を置いてから喋り出した。
「……利害関係が一致しているだけとは言え、私達がドワーフの世話になっているのは事実。基本的に向こうの立場が上なのも、好き勝手に動く奴がいれば規律が乱れる可能性が高まるのも分かってはいる。ある程度は向こうの言い分を聞かなきゃいけないのもね。
けど、今回に限っては大人しく従うつもりは無いわ。先遣隊は命を掛けているし、今から取る私の行動は、先遣隊のヴァンパイアの足を引っ張ったままでいたくないと言う、誇りを掛けている。命や誇りといった取り返しがつかない物を無視してまで私は他人に従いたく無い。それで居場所が無くなるんならそれまでよ。私は私。私が行きたいと思ったから行く。それだけよ」
ステラの返事に、キョトンとした様子で、心に引っ掛かった単文を繰り返す。
「私は…私……?」
「まったく、その様子だとやっぱり分かっていなかったみたいね。良いかサキュバス?当たり前の事すぎて偶に忘れてる奴がいるけど、自分の行動を決めるのは自分しかいないんだ。周りの敵や味方が、善意や意地悪によってあーだこーだ言うけど、周りの意見に頼るあまり自分の本音を見失ったり押し殺したりするのは馬鹿や弱虫のする事だ。例え相手が大恩人だろうと、恐ろしい難敵だろうと、自分がどう動くかの最終決定権は自分だけに有る。私はリーダーのドワーフに止められようが無視して先遣隊を探しに行く。さっきも言ったように、今回の件は私の誇りが掛かっているからね」
ステラの言葉を聞くとエルヴィーグは呆気にとられた様子で、目を大きく見開いたままその場で固まる。
「……まぁ、アレよ。そういう事だから…私はもう行くわ。アンタも自分を押し殺すあまり、爆発したり潰れたりしない程度には気を付けなさい」
苛立ち。呆れ。善意。
様々な感情から口を衝いて出た説教を終えると、エルヴィーグに背を向け、ステラが歩き出そうとする。
「…ステラさん」
進み出して2秒程の所で、その背中に声を掛ける。
「何度も呼び止めて悪いのですが、少しだけ…少しだけ考える時間をくれませんか?」
エルヴィーグの申し出に対し、ステラは、壁に背を凭れさせて簡単な休憩を取る形で答えた。
「1人より2人の方が成功率は高まる。アンタにその気があるのなら歓迎するわ。ただ時間が惜しい。作業が始まるまでに決まらないようだったら放って行くわ」
「ステラさん……!ありがとうございます」
「べ、別に礼なんかいらないわよ。イイから早くして」
改まった態度で礼を言われたステラが気恥ずかしそうにそっぽを向く。
半分は照れ隠し、半分は本意から出たであろう言葉に従い、エルヴィーグが考えを纏めようとする。
考えを整理する脳内に、背中に大きな傷を負ったラミアと、全体のリーダーとなるドワーフと、穴掘り班のサブリーダーであるリィンの言葉が浮かぶ。
確かに、彼等の言っていた事は正しい。
正しいし、確実に前に進む為には彼等の言う道を行くべきなのだろうが、やはり自分はグレントを助けたい。
グレント本人がそれを望んでいるとは限らないし、湧き上がる衝動に、ステラの言う誇りなんて高尚な物は内在していないかも知れない。
しかし、それでも自分の大切な何かが掛かっている事は確信できる。
ただ、一つだけ気掛かりがある。
「やっぱりひとつ気になるんですが、上手くいった所で、間接的にとは言え私達に勝手な行動を取らせた要因のグレントやヴァンパイアの居場所が無くなるんじゃないですか?」
「嘘も使いようよ。そん時はアイツらとは合流できず道中で私達が死んだ事にして出て行けば良いだけでしょ。そうすれば、少なずともアイツらが責められる事はないでしょ」
あっけらかんと言い切るステラに対して、ある違和感が浮かび上がる。
自分が足を引っ張った可能性が拭いきれないまま死なれたら後味が悪いと言うのは分かる。しかし、自分の命を掛けている上に、その後の事が保証されていない状況で、それなりに好きなだけの誰かを助けようとするのは流石に人が良すぎるのでは無いか。
「確かにそうかも知れませんが、別に恋仲でも無いのなら何故そこまで……ステラさんは、死ぬのが怖くないんですか」
必要な質問でも無いが確かに気になる所だろう。
質問を受けたステラが、どこか遠い目で答える。
「そりゃあ、死ぬのは怖いし嫌だけど、それ以上に、自分の意思を押し殺して死んだように生きるのが嫌なだけ…………あんまり人に話したく無いんだけど、私には兄がいたの。でも、兄は過去に、私を庇ったせいで死んだ。私はもう、自分のせいで仲間が死ぬのは嫌なの」
「ご、ごめんなさい。無粋な質問でした」
「私が勝手に答えただけよ。それより、そろそろ答えは決まったの?」
単に話しを逸らしたかった気持ちも有るが、体感時間的にも、もうじき作業が始まりそうだ。他の者に見つかれば説明が面倒なのもあったし、ステラが話しを本題に戻そうとすると、エルヴィーグが頷いてそれに答える。
「ステラさんのお陰で気掛かりが解消できました。私は、グレントを助けに行きます。それが私の答えです」
本心から出たであろうエルヴィーグの言葉に、難しい表情を浮かべていたステラの顔が、少しだけ優しく明るいモノに変化する。
「分かったわ。一緒に行きましょう」
憑き物が取れたかのように、小さくではあるがエルヴィーグも微笑む。
「はい。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくね。さっそく出発…と、行きたいけど、その前に最低限の筋だけ通してから行きましょ」
「そうですね。道は覚えているので案内しますね」
最後に、リーダーのドワーフには一言だけ伝えておこうと、道案内するエルヴィーグを先頭に2人は穴掘り班の方へ向かった。
道中で、「できる限り協力はするが、共倒れはごめんだから、トラブルが起きて助けようが無いと思ったら片方を放って進む事も想定しよう」と今後における互いの動きの確認を終えてから、改めて自己紹介をし合うと、程なくして2人は穴掘り班の皆が眠る空間に辿り着いた。
他の皆はまだ眠っていたのだが、リーダーのドワーフだけは既に起き出しており、座った姿勢のまま小さく両肩を回してストレッチを行なっていた。
エルヴィーグとステラの2人に気が付いたドワーフは、ピタリとストレッチの動きを止め、自身から見て手前にいたエルヴィーグを睨み付ける。
睨まれたエルヴィーグが一瞬たじろいだ顔色になるが、瞬きの合間も訪れぬ内にすぐに気持ちを立て直し、強い意志の籠もった眼差しでドワーフに視線を合わせ続ける。
「……………………」
無言でエルヴィーグを睨むドワーフは、前を向いたまま目線だけを動かして、奥にいるステラにも鋭い視線を浴びせる。
ステラもエルヴィーグ同様の眼差しでそれに応えると、ドワーフは静かで短い溜息を吐いてから、人差し指だけ伸ばした片手を、枝分かれした道の1つに向けてクイクイと小さく振る。
それを移動の合間だと理解した2人がコクリと頷き、合図された枝道へ移動すると、徐に立ち上がったドワーフも後に続き、枝道に入ってから少し進んだ所で、改めてドワーフと2人が向き直った。
「一応聞くが、何しに来たんだ」
ドワーフは険しい表情を浮かべながら、重く刺々しい声で喋りだす。
「お別れと、お礼を言いに参りました」
「お別れとお礼だぁ〜?」
ドワーフが訝しげに唸る。
「はい。私達は、今日限りでこの鉱山を出ていきます。今までお世話になりました」
「っ…………」
エルヴィーグが深々と頭を下げると、言葉に詰まったドワーフは、難しい顔でそれを眺める。
短い間を置いてから、頭を上げたエルヴィーグが再びドワーフと視線を合わせ、静かに一呼吸した後に別れの挨拶を告げる。
「それでは」
もういちど小さく頭を下げてから歩きだしたエルヴィーグが、ドワーフを横切って3歩すすんだ所で、ドワーフがその背中に声を掛けた。
「ここを出て行ってどうするつもりだ」
ピタリと足を止めたエルヴィーグが、振り返りもせず無言のまま立ち尽くす。
「まさかとは思うが先遣隊の所に行くつもりか?俺は許可しないと言ったよな?連帯責任として、先遣隊の居場所がなくなるとも言ったよな?」
叱責にも似た質問に、背中を向けたまま返答する。
「私達が先遣隊と共に帰ったのなら言い訳しようもありませんが、先遣隊の皆さんだけが帰ってきた場合、道中で私達と先遣隊が合流した証拠を突き止める方法なんて、鉱山に篭りきりのアナタには有りませんよね」
「なんだと?」
「止めても無駄ですよ。もう決めましたので」
問答を切り上げ、エルヴィーグが再び歩きだす。
「あっ!?お、おい!」
呼び止めようとするドワーフの声を聞き流し、エルヴィーグは前に進んで行く。
続けて言葉を発しようとするが、ステラが後ろから声を掛けると、一瞬だけ意識が後ろに向いてドワーフが言い淀む。
「まぁ、そういう事だから……今までありがとう。さよなら」
言い終えるなり、ステラがドワーフを横切ってエルヴィーグの後を追う。
「そういう事って…お、おい、待てよ。なぁ!待てよお前ら!止まれって!」
繰り返される制止の声にも構わず2人が進んでいく様に、このまま普通に呼び止めても意味が無いと気付いたドワーフは、『相手の出方次第では…』と、考えていたもうひとつの答えを口にした。
「あぁもう分かった!条件付きだが外出を認める!認めるから取り敢えず止まれ!とにかく俺の話を聞け!」
そこまで言ったところで漸く2人が立ち止まって振り返ると、ドワーフが手招きで2人を呼び戻そうとする。
「もうすこしこっちに来い!他の奴等に聞こえたらどうするんだまったく!」
明らかに苛立ってはいるが、不思議とどこか優しさが垣間見える声色で呼ぶドワーフに対し、少しだけ怪訝な表情を浮かべつつも2人が引き返す。
「どういう事?急に認めるとか言って……」
声を張らずとも会話できる位置まで近づくなりステラが質問を投げ掛ける。
「言って聞くようなら止めるつもりだったが、自分の命と意地の両方を掛けてまで進む奴は止められねぇよ。俺は俺なりの最善を選んでいたつもりだが、先遣隊を探しに行くのが本当にお前達にとっての最善だと言うんなら力を貸そう。さっきも言ったように、条件付きだがな」
2人が互いの反応を確認し合ってから次の言葉を決めようと、何秒か顔を見合わせた後、再びドワーフに向き直り、エルヴィーグが真意を尋ねる。
「本当に、良いんですか?それに、条件って?」
質問を受けたドワーフは、雰囲気や態度と言った曖昧な物で表現するには余りにも物足りない、頑として冷厳な主張を始めた。
「あぁ。まずは昼休憩までだ。昼休憩までは、どうしても外出を待ってもらう事になる」
2人はその言葉を聞くと、負の感情よりも先ず、不可解な面持ちを浮かべる。
ドワーフが続けて口を開いた際には、彼の雰囲気は幾分か柔らかい物になっていた。
「もちろんこれには相応の理由がある。ひとつ質問だが、お前らの班のドワーフがいきなりマッサージ係の仕事を始めたのは分かるか?」
まずはエルヴィーグが、続いてステラが相槌を返す。
「それはまぁ、間近で見ていましたので」
「私も、なんとなくは分かるけど」
2人が答えると、ドワーフは両腕を軽く組んで、小さく頷いてから、ガジンのマッサージの意味を説明しだした。
「実はあの時から、お前らみたいな主張をしだす奴が出た場合を想定して、それぞれに最適な武器を作る為あいつに種族毎の平均的な体格を調べさせていた。許可も無しに色々調べられるのは良い気がしないだろうが、事が事だから勝手に測らせてもらったぜ。ラミアとサキュバスに合った武器も既に型はできている。後はお前たち本人の体格を測定して最終調整を加えれば武器は完成する。その為に昼休憩まで待ってくれって話だ。これは今の俺にできる最大限の協力であり、最大限の譲歩だ」
ドワーフの言葉を聞くと、2人は一瞬だけ互いの顔を見合わせてから、すぐに目線を適当な位置に下げて、答えを思案する。
ドワーフの提案に乗れば待ち時間が増える事になる。それに加え、武器がドラゴンにどこまで通用するかは分からない。
しかし、削って尖らせた鉱石が、僅かな力でオーガの頑強な拳に傷を付けた事や、日々の作業などによって、ドワーフの作る道具の実用性は証明されている。
武器を身に付ければ、戦力が大幅に強化される事だけは確実だろう。
戦力が強化できれば2人そろって無駄死にと言う最悪の結果に至る可能性も大きく減らせるし、ドワーフの提案に乗った上でうまく事が運べば、先遣隊や他の皆と別れずに暮らす事もできる。
ステラとエルヴィーグは本気で命を掛けてはいるが、中途半端に生き残って過酷な生活を強いられるリスクや、無意味に死んでいくリスクはできるだけ遠ざけたい。
人の生態や道理も兼ね備えてはいるが、基本的に野生生物である彼等は、意識的であれ無意識的であれ、命の使い方に敏感で誠実だ。
無理に格好を付けると言っても限度は有る。
素直にドワーフの提案に乗った方が賢明だろうと考えたステラが、改めてドワーフに助力を得られるのかを確認する。
「……本当に、良いの?」
「気乗りはしないがな。俺は別にお前達の邪魔をしたいわけじゃない。少しでもお前達に付いて回る危険を減らしたいだけだ」
ドワーフの返事に感心と喜びを抱いたステラは、頭を下げて純粋な感謝を述べる。
「ドワーフ………ありがとう。世話を掛けるわ」
「まったくだバカヤロウ。んで?そっちのサキュバスはどうすんだ?」
ドワーフが呆れた様子でため息を吐いてから、エルヴィーグへと視線を移す。
「私からも、お願いします」
エルヴィーグが、忍びない気持ちと、多大な感謝の気持ちから最敬礼を行う。
「フン…分かったよ。とりあえず、測定が済んだらお前達は作業に戻れ。そんで昼休憩にまた俺のとこに来い。なるべく他の奴には怪しまれないように注意しろよ。説明が面倒だし、規律を乱しかねない行動には違いないんだからな」




