歴史14 迷う感じょう
「駄目だ!!」
1日の作業が始まる少し前、息子である鉄工人族のガジンに揺り起こされた父は、ガジンのすぐ後ろにいた精吸魔人族のエルヴィーグから相談があると言われた為、他の者達を起こさないよう注意しつつ距離を離し、その先でエルヴィーグから先遣隊の捜索を許可してくれと申し出されたのだが、声を大にしてバッサリと彼女の意見を切り捨てた。
「そんな!?ど、どうして駄目なんですか!!」
予想を大きく上回る強烈な拒否感に、早くも道を絶たれた気持ちになったエルヴィーグが感情的に声を荒げる。
「どうしてもこうしてもあるか!危険すぎる!許可できるわけ無いだろう!」
「隊の中に大事な人がいるんです!彼を!グレントを探しに行かせてください!!危険は承知の上です!」
「危険は承知の上だぁ?バカ言うな!お前はなんにも分かっちゃいねぇ!良く聞けお嬢ちゃん。俺が危険だって言ってるのはお前の身を案じてる訳じゃなく全体の統率が乱れるのを防ぐ為に言ってんだ!誰かが勝手な真似をすれば他の誰かがそれを真似する。真似した奴を注意すればなぜアイツだけ許されるんだとか不公平だと言った声が挙がる。そうなれば指示を出す者と受ける者に軋轢が生じ、意思の疎通が円滑に行かなくなって輪が乱れる。自ら進んで輪を乱すような奴を俺は仲間だと認めねぇ。個人の意地より皆の命だ!それでも聞かずに勝手な真似をするようならお前も!そのグレントって奴も!ここに居場所は無いものと思え!」
「なっ!?なんでグレントまで!私はともかく!グレントまで追い出すのはおかしいでしょう!!」
「親父!いくらなんでもそりゃ横暴だ!」
エルヴィーグ同様、言葉尻を聞き捨てならなかったガジンが声を荒げる。
「うるせぇうるせぇ!!とにかく!外に出るのは絶対に認めないからな!今はあいつらを信じて大人しく待っていろ!その為の先遣隊だろ!」
「ッ!…………………」
ドワーフの言葉に反射的に反論しかけるが、次の言葉が出てこなかったエルヴィーグは、悔しそうに沈黙した。
ガジンとエルヴィーグが黙ったのを確認したドワーフは、少し間を置き、一息ついて頭の熱を冷ましてから、先程よりは幾分か柔らかい声色で語り掛ける。
「……さっきのは俺の言い方が悪かったのかもしれんが、お前さんがどうなっても良いと言ってる訳じゃない。統率うんぬんを抜きにしても外は危険だ。他の皆はもちろんだが、お前さん個人の為にも止めているんだ」
『………?私の為?………私の為だと言うのなら、どうして外に出してくれないんですか………私は今すぐグレントの無事を確かめたいのに……どうしてそれを分かってくれないのですか……!』
心中に浮かんだ想いを懸命に噛み殺す。
余計なお世話だと怒鳴りたい衝動に駆られる。
両手と口をきつく食い縛り、感情に理性で蓋をするエルヴィーグは、自身の瞳に微かな涙が浮かぶのを感じた。
「…………………………………………」
本人は隠しているつもりだが、よほど鈍い者でも無い限り丸分かりだ。
返答を待ちながら反応を観察するドワーフは、エルヴィーグの様子を見兼ねて更に言葉を続ける。
「確かに心配だろうし、なかなか割り切れないかもしれないが、仕事ありきの生活だ。先遣隊には先遣隊の、お前にはお前の仕事がある。己の役目を全うするんだ」
ドワーフに説き伏せられたエルヴィーグは、焦りや怒りといった感情の矛先を失った結果、掌に薄っすらと血が滲むほど全力で拳を握りしめ、程なくして筋肉疲労によりフッと力が抜けた後、無言のまま踵を返し、来た道を1人で戻って行った。
残ったガジンと父は、しばらくその場で立ち尽くす形になる。
しかし、このままボサッとしていても時間を無駄にするだけだろう。
指示を仰ぎたいとか、頑固者がと言ってやりたいとか、良く止めてくれたとか、心中で様々な感情の行き交うガジンが、複雑な表情で父に視線を向ける。
「なんでぇ」
ガジンの視線に気付いた父が無愛想な声色で問い掛ける。
「……別に、なんでもないよ」
これ以上この場にいても仕方ないと思ったガジンが振り返り、穴掘り班の場所へと歩きだすと、父は無言でその後ろ姿を眺め続ける。
「………………………」
エルヴィーグとの口論の中で怒鳴るのを止めた辺りから、周囲の言動に反応しつつも、ある事を考えていたドワーフは、現在進行形で考え事を続けており、ガジンの姿が視界から消える位置に移動する前に考えが纏まると、立ち去っていくガジンの背中に声を掛けた。
「ガジン!」
いきなり呼び止められたガジンが、多少の驚きが混じった怪訝な表情で振り返る。
父が手招きでこっちに来いとの合図を送ると、なんとも言えない表情のままガジンがそれに従う。
父の手招きは手の届く場所まで来いとの意味合いが強い。
いつの間にか知識として染み付いていたそれに沿って手の届く距離まで近付くと、父は最小限の動きで素早く周囲を見回し、誰もいない事を確認してからガジンに耳打ちする。
「……えっ!?」
追加の仕事を耳打ちで告げられたガジンが分かりやすく驚きの声を上げる。
「問題あるか?どうしても忙しいってんなら無理強いはしないが」
いずれ必要な事だが、優先順位で言えば今すぐでなくとも構わない。
目の前の仕事が疎かになるぐらいならと、父が珍しく譲歩の意を示す。
「いや、その辺は大丈夫だがどうして急に………」
「フン、今みたいに隙間時間があるくらいなら少しずつでもやるべき事をやった方が良いに決まってんだろ」
父は分かり切った事をわざわざ言わすなとでも言いたげな態度で鼻を鳴らしてから、間髪入れずに注意を促す。
「良いかガジン。その時が来れば俺も確認するが、中途半端な仕事はするなよ。3センチ以上の誤差があれば拳骨が飛ぶと思っとけ」
父が念を押すが、仕事に不備があれば拳骨を食らわされるのはいつもの事だと言葉を聞き流したガジンが再び質問する。
「親父、まさかとは思うが…彼女の外出を認めるつもりなのか?」
「フンッ!」 「あ痛ッ!?」
質問を受けた父がガジンの頭を殴り付ける。
「さっきの流れで俺が外出を許可すると思うか?無駄口を叩いてる暇があるなら今すぐ仕事に取り掛かれ」
「〜つつ……殴る事ないだろクソオヤジめ…」
拳骨を受けたガジンが、ジンジンと痛む頭頂部をさすりつつ、わざと相手に聞こえる声量でぶつくさと文句を垂らしながら穴掘り班の方へ戻って行く。
ガジンが作業場に戻ると、体内時計でなんとなく起き出す時間だと感じたのか、既に何人かの者が起き出し、寝ぼけた様子で辺りを見回す者や、元気良く準備運動を行ってる者がいた。
『ヤバっ!』
他の者の様子を見て、確信に近い気持ちを抱きつつそれを砂時計によって確認すると、やはり既に落ちきっていた砂が、普段の起床時間を過ぎていた事実を知らせる。
「悪い!遅くなった!」
基本的には個々で作業を行う採掘班はその限りではないが、穴掘り班はガジンの合図が無ければ仕事が始まらない。
既に起き出している者達に手短に謝罪してから、すぐさま他の者に朝を告げる。
目を覚まし、ぞろぞろと大人数が自身の定位置に着こうと移動する中、エルヴィーグは少し離れた場所から、なんとも言えない表情でガジンに視線を送っていて、それに気が付いたガジンが、エルヴィーグに気遣いの言葉を掛ける。
「その……なんて言ったらいいか………すまない…俺にはどうしようも無さそうだ…………ゆっくり話し合いたい所だが作業がある。俺もすぐに向かうが、アンタはどうする?心の整理が難しそうなら少しだけ休んどくか?皆には俺の方から伝えておくから」
「………………いえ……」
「そ、そうか?」
エルヴィーグは伏し目がちになりながら小さな声で相槌を返すなり、そそくさと自身の定位置に向かう。
『自分が嫌になる。本当は謝るべきなのに、謝罪の言葉すら出てこないなんて……………」
自分のせいで遅れたのに、言い訳ひとつせずに、素早く確実に仕事を熟すガジン。
ガジンに限らず、他の者だって与えられた役目を全うしようとしている。
それに比べて自分は右往左往するばかり。
それが良くない事だとは分かっている。
グレントの身が心配だが、今は自分の仕事に集中すべきだとも思ってはいる。
しかし、なかなか割り切れた物では無い。
エルヴィーグの心の迷いはマッサージをする動きにも表れてしまい、間に3人挟んだ先の場所にて何故かガジンにマッサージのやり方を教えているサキュバスに、あれは悪い例だとダメ出しを受けたり、マッサージが終わると不満足な態度で去って行く耳長人族や、単刀直入に文句を垂らす狼人族によって、相手にも良くない印象を与えてしまっていた事実を突きつけられる。
「体調でも悪いの?疲れてるのならマッサージしてあげよっか?」
エルヴィーグのすぐ隣で、背中に大きな傷痕のある蛇人族をマッサージしている半蜘蛛人族が、エルヴィーグを気遣う様子を見せる。
「い、いえ…別に疲れてる訳では……」
遠慮して断るエルヴィーグの返答に被せ気味に、気遣いの声を掛けたアラクネからマッサージを受けているラミアが喋りだす。
「彼氏の事が心配なんだろ。色にボケるのは構わないけど、もう少しドラゴンとの戦いに向けた今の行動にも集中して欲しいもんだ」
「な…なんでその事を……まさか……」
ラミアがピンポイントで不調の原因を言い当てた事によって、考えにくい事ではあるが、もしかしたらガジンが言いふらしたのではとの考えに至り、サキュバスから習ったマッサージを他の者に実践しているガジンにエルヴィーグが疑いの眼差しを向けると、疑いの眼差しに気付いたガジンが慌てて首を左右に振りそれを否定する。
「……この件とドワーフにどういう関係があるのかは知らないけど、今までのアンタの様子を見ていれば大方の予想は付くよ。たまたま目に付く場面が多かったんでね」
うつ伏せのまま横目でエルヴィーグの行動を確認していたラミアが呆れた声色で説明する。
「そ、そうですか……」
またもガジンに迷惑をかけてしまい、落ち込むエルヴィーグにラミアが言葉を続ける。
「アンタ甘いんじゃないかい?大事な人が怪我をしているかも知れない。それがどうしたって言うんだい。もしかしたら死んでいるかも知れない。それが手を抜いて良い理由になるのか」
「ちょっと…そんな言い方……」
前振りが無かった訳ではないが、やや不意打ち気味に厳しい物言いを浴びせられたエルヴィーグがショックの大きさに返す言葉を失う中、アラクネが制止の声を掛けようとする。
「私達ラミアはさ、子育てやら果物採取やらの細かい事は男がやって、デカイ獲物は女が狩に行くんだよ」
聞いてもいないのに自身等の生活様式を語りだしたラミアに対し、若干、戸惑いつつもアラクネが質問する。
「はい?知っているけど…それがどうしたのよ」
「私の母さんもそうだった。狩に行く時は必ず父さんに、後の事は頼んだよって言ってた。父さんはいつも、何か思い詰めた様な表情でそれに応えていた」
「うんうん、それで?」
体はうつ伏せのまま、交差させた両腕に頭だけ横向きで寝そべる形になって、視線をエルヴィーグの方に向けたラミアが、アラクネが相槌を打つのと、エルヴィーグも、相槌は無いものの話を聞き入れる様子なのを確認する。
「ある朝いつもの様に狩に向かった母さんが戻らなくなった。今までならどれだけ遅くても次の日の夕暮れには帰って来てたのに、幾ら待っても、なんど陽が昇り降りしても、母さんは帰って来なかった」
結末を悟ったアラクネが、物憂げな声で呟く。
「それって………」
「うん、後で母さんの友達だったラミアから聞かされたんだけど、密林の奥深い所で母さんが死んでるのを発見したって。初めは信じられなかったし、信じたくなかった。だけど、やっぱり母さんは帰って来なくって、それを受け入れられるまで私は毎日の様に泣いてたよ。父さんは母さんを探そうとする私を止めて、いつもの調子で生活していて、子供心ながらに冷たい奴だと思っていたら、私が夜眠っている時に声を押し殺して啜り泣いていた。あの時は意味が分からなかったけど、今になって考えてみれば、あれは父さんの心の強さだったと思う」
ラミアの言葉に、エルヴィーグが難しい顔で質問する。
「………心の強さ?」
「私を守ってくれていたのは勿論、まだ幼かった私に、必要以上の動揺を与えないよう耐えていたんだろうね。本当は自分だって何日も引き摺るほど悲しんでいたのに、殊勝なことさ………って、だいぶ遠回りになった気がするけど…要は私が言いたいのはさ、互いに支え合うのと凭れ合うのは似ているようで全くの別物だって事。戦場へ向かう側はもちろん、待つ側にも覚悟は必要だよ」
話しを終えたラミアは暫く目線をエルヴィーグに合わし続けていたが、それに耐えられなくなったのか、エルヴィーグはどことなく後ろめたい表情のまま静かに顔を下に向けて視線を逸らした。
周りにいた者達は何を思ったのか、暫くは誰も言葉を発さず、黙々と目の前の仕事を熟していた。
「…………語り過ぎたね。私はそろそろ作業に戻るよ。マッサージ、ありがとね」
ラミアの話しを聞いたエルヴィーグは、少しずつではあるが、目に見えて本来の動きを取り戻していった。
昼休憩の時間になると、その時間である程度の心の整理を行い、昼休憩が終わってからは程なくして本調子になると、そのまま最後まで仕事をやり切った。
しかし、仕事に集中している内は良かったものの、夜になって他にする用事も無くなればアレやコレやと気が滅入る考え事ばかりしてしまう。
これでは駄目だと食事だけ済ませてさっさと眠ってしまうが、半ば強引に早く寝た事と逸る気持ちによって普段よりも朝早くに目が覚めてしまい、まだ他の者達が眠る空間の中で、未だグレントの帰って来ない事実に、心細くなって、恐ろしくなる。
静寂が一層それらの感情を駆り立てる。
ふとした瞬間に、孤独と恐怖に呑み込まれそうになってしまう。
「……………………………………はぁ………」
エルヴィーグは、すっかり参った様子で、ため息を吐いて壁に持たれ掛かる。
『待つ側にも覚悟は必要だよ』
『己の役目を全うするんだ』
『良く考えて行動しろ』
脳内に、自分へ注意を促した者達の言葉が思い浮かぶ。
「………………私……間違ってるのかな………」
項垂れ、自分の額辺りを片手で押さえながら疑問をもらす。
暫く考えこんだまま動かずにいると、女性の声と思われるものが耳に入ってきた。
「ねぇ」
「?」
エルヴィーグが頭を上げると、目の前には、初日の食事休憩の時に吸血人族に血を吸われてあーだこーだと騒いでいたラミアが立っていた。
「貴女は確か…ステラ…さん」
「うん、ちょっと良いかな」




