歴史13 幼稚で純粋な覚悟
鉄工人族のガジンが衣服の内側に取り付けた砂時計で時間を確認すると、もうじき陽の落ちる時間帯だった。
朝発った先遣隊はまだ戻らない。
標的のドラゴンがなかなか見つからないのか、それとも彼等の身に良からぬ事が起きたのか。
いずれにせよ結構な時間が掛かっている。
ドラゴンの打破を志ざす者としても、友の帰りを待つ者としても、待たされる立場としては、先遣隊が帰還する明確な時間も分からない中で、今か今かとその時を待ちわびる気持ちに駆られる。
一番早くに先遣隊の帰りを確認できる鉱山の出入り口に行って様子を見たいと思うものの、指示を出す立場の者があまり自分勝手に動いていては示しがつかない。
適当に理由を付けてこの場を離れるのは容易だが、元来の生真面目さ故に、そういった行動は真面目に働いている他の者達に失礼だとの結論に至ったガジンは、サラサラと上方から下方に砂の流れ落ちていく時計を、気難しい表情でしばし睨み続ける。
「ドワーフ、そっちもちゃんと見張っててくれなきゃ」
声のした方向に慌てて振り向くと、背の低いドワーフよりも、更に背の低い小鬼人族が、ガジンを見上げていた。
「気持ちは分かる。けど、俺達は俺達の仕事に集中しないと」
穴掘りの技術は別として、それ以外はお飾り同然だった引っ込み思案なリーダーのゴブリンも、道を示すべき者としての言動がだいぶ板に付いてきた。
「………すまん。そのとおりだな」
注意を受けたガジンが砂時計を胸元に仕舞い込む。
精神的には普段よりも長く感じられたが、実際にはたいした時間も掛からぬ内に、落ち切った砂時計がその日の作業終了を告げる。
作業が終了すれば、ガジンが鉱山の奥の方へ穴掘り班の食料を取りに向かう。
その間に各々が手近な場所へと作業道具を集め、それをサブリーダーの耳長人族が見張り、リーダーのゴブリンは、離れた場所で待機しているマッサージ係に作業の終了を伝えに行く。
通常なら特に片付ける道具も持たない為に、リーダーの作業終了の合図を聞けば皆が待機する比較的に広い空間へと移動する精吸魔人族と半蜘蛛人族だが、先遣隊のメンバーである狼人族のグレントの帰りを今か今かと待ちわびるサキュバスのエルヴィーグは、リーダーのゴブリンから作業の終了を聞かされるなり脇目も振らず鉱山の出入り口へと向かって走り出す。
壁に張り付いていた翼人族と地面に伏せていた猪人族の間を走り抜けてエルヴィーグが外に出れば、朝から吹き荒れていた嵐が、未だ止む事なく夜の暗闇の中で断続的な突風と雷雨の音を轟かせていた。
「グレントは………先遣隊は、まだ戻らないのですか?」
祈るように絞り出されたエルヴィーグの言葉に、ハーピィが同じく外に歩み出てから、どこか申し訳なさそうな物悲しい声色で返す。
「確かに遅いけど、この嵐じゃあねぇ……」
ただでさえ光源に乏しい夜の世界、その上、殴り付けるような雨風が不規則に視界を遮る現状では、いかに視力に優れたハーピィと言えど本来の調子で見張りを続ける事は不可能だ。
「先遣隊の中に、大事な人がいるの?」
ハーピィとエルヴィーグの少し後ろで2人の様子を見ていた猪人族がエルヴィーグへと近づき声を掛ける。
オークに反応したエルヴィーグが、小さく振り向いて目線を合わせる。
「君がここで待っていても皆の帰りが早くなる訳じゃないよ。明日も作業があるんでしょ?早く寝た方が良いんじゃないかな」
「…………………………」
オークの言葉を聞いたエルヴィーグは、物憂げな表情で美しい顔を伏せてから、すぐにまた、前方に向き直って、遠い目で夜の帳を眺める。
『アレ!?無視!?』
言葉が返ってこなかった事にショックを受けるオークの頭部と肩に、ハーピィが羽を被せるようにして少し後ろの方に誘導し、小声で注意を促す。
「バカッ!余計なこと言わないの!」
「え?え?僕なにか変なこと言っちゃった?」
「シッ!いいから今は黙ってて!」
オークを黙らせてから、ハーピィが上半身を後方に捻ってエルヴィーグの様子を伺いだすと、少し遅れて、それに追従するかのようにオークが同じ動作を行う。
聞こえているのかいないのか、エルヴィーグは2人に背中を向けたまま、憂いを帯びた表情で外の世界へ目を向け続ける。
「……………………………」
同族はもちろん、様々な他種族とも番いと成り得る極めて特徴的な生態を持つサキュバスだが、番いとなる相手に対し、サキュバスが愛情を抱く事は意外にも少ない。
サキュバスはオークと同じく雑食性で、食料となる固形や液体の物質から摂取するエネルギーでの活動も一応は可能なものの、それらの変換効率はかなり悪く、主たるエネルギー源は他者の精気。厳密には、他者が肉体か精神か或いはその両方に充足感を感じた際に発生する幸福ホルモン。
達成感による昂りや充実感を伴ったリラックス等によって体内で発生した幸福ホルモンが微かに外界に溢れ出した時、口からそれを吸収する。
敵として立ちはだかり敗者の全てを奪うのではなく、味方として取り入り勝者から分け前を頂くサキュバスは、他者との長期間の接触が必要な為に高いコミニュケーション能力と造形美、多くの他者を魅了する特殊なフェロモンとを進化の過程で獲得し、それらを持って、糧になり得る相手へ取り入ろうと積極的に行動する。
如何にも他人任せで危うく思える生態だが、単純な肉体強度は純人族やゴブリンと並んで最弱のサキュバスが、ヒューマンやドワーフの様に道具等に頼らず、ゴブリンの様に隠密行動に従事せずとも今日まで生き抜いてきた事実に焦点を当てれば、その進化形態は一種の完成形と言える。
初日にサキュバスのエルヴィーグが狼人族のグレントに接触したのも、生存能力として進化した他者に取り入る為の行動ゆえであり、それは鳥が空を飛ぶ事や蜘蛛が巣を張る事と同義で愛情とイコールでは無く、生き延び食料を得る手段のひとつに過ぎない。
しかし、極稀にだが、番いとなる相手に愛情を覚えるサキュバスが存在する。
それは進化の道中で起こる変化なのか、それとも生物としての欠陥なのかは神のみぞ知るところだが、大多数のサキュバスが必要な量の食料を確保する能力を無くした番いを瞬時に見限ってより優秀な相手を探しに行く中で、エルヴィーグは共同生活を送る内に、いつしか本当にグレントへの愛情を抱いていた。
初めての経験に戸惑いはあるものの、己の胸騒ぎの原因が愛情によるものだと悟っていたエルヴィーグの心中は、今はただ一刻も早いグレントの帰りを祈るばかりだった。
「…………グレント…」
エルヴィーグの口から零れ落ちた待ち人の名が嵐の風切音に飲み込まれてから、呼吸にして五つ分程の間を置いて、鉱山の中から僅かに反響を伴って聞こえてきたエルフの声が外の者達の耳へと入る。
「ずいぶん時間が掛かっていると思ったら、やっぱりそういう事だったか」
声に反応した3人が鉱山の出入り口に振り返ると、左手に1人分の食料を手にしたサブリーダーのエルフが立っていた。
「久しぶりだな」
ハーピィとオークに向き合う形になったエルフが右手を小さく挙げて挨拶すると、オークが右手を斜め上方に挙げてひらひらとさせ挨拶を返す。
「久しぶり〜」
暢気で愛想の良い挨拶を返すオークとは対照的に、ハーピィは難しい顔で、静かにエルフから目線を逸らす。
「………?」
奥歯に物が挟まったようなハーピィの反応が気になったエルフは、小さく挙げていた右手と目線とを僅かに下げてから少し考え込むと、もしかするとハーピィは、穴掘り作業に貢献できずに配置を変えられた事が気がかりになっているのではと思い、そう考えると先程の自分の挨拶は皮肉を含んだ物言いになってしまっていたのではないかとの連想に至った。
「えっと……他意は無かったんだが」
控えめに苦笑いながら、遠慮気味な声色で声を掛ける。
「………そうなの?」
エルフの言葉によって拒絶心は消えたものの、僅かに猜疑心の残ったハーピィが緩やかな動作で目線を戻し、本意を確かめようと相槌を返す。
「ドワーフから話しは聞いてるよ。こうしてお前達が見張っているから私達は作業に専念できるんだ。確かに穴掘りは苦手かも知れないが、それでも私にお前達を軽んじる腹積りなど微塵もない。むしろ敬意を持っているつもりだ」
「そ、そうなんだ。それならまぁ、いいけど…さ……」
エルフの言葉を聞いたハーピィが鉤爪を握ったり開いたりする。ハーピィと言う種族柄とかには特に関係の無い彼女特有の照れ隠しの所作と共に返って来た相槌に、エルフが小さく頷く。
「また折を見てゆっくり話そう。素っ気ない物言いかも知れないが、今回は当初の予定を優先させてもらうよ」
ハーピィと合わせていた目線を、言い終えるなり奥のエルヴィーグへと移すと、それに気付いたエルヴィーグが、不安げな表情のままエルフへと歩み寄る。
「リィンさん……私は……」
必要最低限の声で会話のできる距離まで近付いたエルヴィーグが、歯切れ悪く言葉をもらす。
「私が来た理由は分かっているみたいだな。中に戻るぞ。明日も作業が待っている」
「っ!けど!!…………けど……」
心の内を隠しきれず一瞬だけ乱れたエルヴィーグの声が、すぐにまた静かになり、言葉が途切れたタイミングで、エルフのリィンが説き進める。
「不安になるのは分かる。お前の立場を思えば尚更な。しかし、感情のままに行動する事が正しい結果を齎すとは限らない。ここで待っていれば彼等の帰りが早まるのか?寝不足から来る疲労で普段通り仕事を熟せなかったらどうする?先遣隊が返って来た時に、お前達が心配で仕事に集中できなかったとでも言うつもりか?良く考えて行動しろ」
声を荒げるどころか、口調そのものは寧ろ柔らかい物だった。しかし、正論が耳に痛い。
本人にその気は無いのだろうが責められているような気分になってしまう。
とは言え、リィンがわざわざ自身の睡眠時間を削ってまで、こうして自分の身を気遣っているのも事実だ。
それぞれ得手不得手こそあれど、同族同士ならともかく他種族同士が生活する空間でサブリーダーとして広く深く周りに気を配る彼女はある意味いちばん大変な立場に有ると言える。
しばし考え込んだエルヴィーグは、やがて観念したように、脱力して静かに両目を閉じ深く息を吐いてから、リィンへと頭を下げる。
「ごめんなさい。手間を掛けさせました」
頭を下げるエルヴィーグの手に、リィンの温かい手の体温がほんのりと伝わり、それとほぼ同時に冷んやりとした円筒状の物を手渡される感触が伝わる。
予期せぬ感触の正体にはすぐに気付いたものの、予想外の行動に反射的に頭が上がる。
「分かってくれたのならそれで良い。明日も早いぞ。さぁ、中に戻ろう」
「……はい」
リィンの言葉に、エルヴィーグが渋々と承諾の相槌を打つ。
「じゃあ、私達はこれで」
リィンがハーピィとオークの2人に簡単な別れの挨拶を済ますと、エルヴィーグも振り返って軽く会釈をする。
「うん、おやすみ」
「……おやすみ」
ハーピィが返事して、オークが少しだけ遅れてそれに続くと、リィンがオークの反応の遅れに多少の違和感を覚える。
実は現時点でオークは少しだけ不機嫌になっていて、その心境が表情に僅かに滲み出ていたのだが、比較的に自身等エルフと顔の造形が近しいハーピィの表情の機微には気付けても、そうでないオークの表情の機微はリィンには分からなかった。
『考えすぎ……かな………』
多少の違和感はあるものの、つい先程は普通に挨拶を交わしたオークがこの短時間で不機嫌になるような場面は無かった筈だし、少なくともリィンの視点から見たオークの表情は普段通りのものだった。
ようやく寝床に就けるとの想いもあってから、返事が少し遅れた事ぐらい取り立てて突っ込む必要も無いかとの考えに至ったリィンは、振り返って穴掘り班の活動する区画を目指し、エルヴィーグも後ろからそれに付いて行く。
「…………どうしたの?急に不機嫌になっちゃって」
中に戻っていったリィンとエルヴィーグの気配が消えたところで、ハーピィがオークに声を掛ける。
「………だって……納得いかないよ。結局のところ言ってる事は変わらないのに、なんで僕の時は無視だったの?エルフの言う事は聞くくせにさ」
ハーピィの質問を受けたオークがぶつぶつと文句を垂らす。
「あ〜……」
オークの愚痴を聞いたハーピィが、脳内で言葉を纏める間に、話しを聞いている意思表示の相槌を鳴らす。
「言葉って意外と難しいのよ。同じ相手に同じ言葉を掛けるにしても、お互いの関係は勿論、話しかけるタイミングだったり微妙な声色だったり声の抑揚とかさ、身振り手振りのジェスチャーが必要になる時もあるし余計になる時もある。単純に自分の主張を押し通したいんなら相手の都合なんか気にする必要は無いんだけど、相手を慰めたり説得したりするのなら相手の反応を窺うのがなにより大事なの。相手の反応を観察しながら敢えて突き放したり、根気よく付き合ってやったりと言った具合にね」
「え?そんなに大層なモノなの?流石に難しく考え過ぎじゃない?」
「ま、その辺は見張りながらにでもおいおい教えたげるわよ。とりあえず中に入りましょう」
いまいち腑に落ちない様子で問いかけるオークに対し、まずは定位置へ着くようにとハーピィが促す。
オークとハーピィが足を数歩進めて鉱山の出入り口に戻り、ハーピィは壁に、オークは地面に張り付く形になって再び嵐の中に焦点を向ける。
2人が定位置に付いて見張りを再開する頃、穴掘り班の区画にはまだ遠い位置を歩くリィンとエルヴィーグ。
無言で歩き続けていた2人だったが、しばらくした所で前を歩くリィンの背中に、エルヴィーグが遠慮気味に声を掛ける。
「あの…リィンさん……」
「なんだ?」
前を向きながら歩き続けるリィンが、後ろへと言葉を返す。
「……………いえ…なんでもありません………」
「私で良ければ相談に乗るぞ」
リィンの提案に、心の琴線が僅かに揺れる。
しかし、様々な感情が心の揺らめきを押し殺す。
「………すいません……忘れてください……」
「……分かった。聞かなかった事にする」
会話の途切れたリィンとエルヴィーグは、再び無言のまま寝床を目指す。
最低限の灯りを頼りにしばらく歩き続けると、自身の片手を頭部へ適当に添えて横向きに眠る1人の鬼人族の姿が見えてきた。
1日の疲れと薄暗闇によって、距離感と位置関係を把握する能力があまり働いていない状況にあった2人だが、ひとり離れた場所で眠るオーガの姿が目印となって、今の自分達の位置を把握する事ができた。
普段ならば団体行動を取らないオーガが不慣れ故に他の者達から距離を取った場所で眠ってはいるが、開始時間が来たらなるべく早く作業場へ向かう必要がある為、離れる距離は高が知れている。
穴掘り班の皆が適当に雑魚寝する空間は目と鼻の先だ。
誤ってオーガを起こさぬよう歩く速度と音量を落とした状態のまま少しして適当な広間に辿り着くと、リィンがひそひそ声で就寝の挨拶を掛ける。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
色々と気疲れして普段以上に疲労の溜まったリィンとエルヴィーグがようやく深い眠りに落ちる頃、まだ交代時間には遠い見張りのオークとハーピィは、分厚い黒雲で月の光が遮られる嵐が支配する暗闇を眺め続けていた。
「今更だけど、コレ、嵐が凄すぎてあんまり意味ない気が……」
見張りの必要性を見いだせない現状にあるオークが、げんなりした様子で声をもらす。
「確かに労力の割に得られる情報は少ないけど、それが手を抜いて良いに理由にはならないでしょ。それに、雨風の弱るタイミングと雷が光るタイミングが上手く被ればちょっとだけ遠くの様子も見える。ほんの一瞬だけだけど………」
「…………………………………………………………」
結局、見張りの交代時間が来るまで嵐は治まらなかった。
平常時であれば、後1時間もしない内に昇る筈の太陽が拝めないのは、微塵も勢いの衰えない嵐の様子からして明らかだった。
『うぅ…まだ目がチカチカする』
交代して寝床に就いたハーピィとオークが、瞼に焼き付いた雷の残光に苛まれつつも、やがては眠りに落ちる頃、既に起き出していたエルヴィーグは、穴掘り班のまとめ役のひとりであるガジンのすぐ側で座り込み、砂時計の動きを目で追っていた。
何度か見聞きはしていたものの、砂時計の動きを意識的に追い掛けるのは初めてだった。
初めはどういった仕組みなのか全く分からなかったが、延々と同じような動きを繰り返す内に上方にあった細かい粒が徐々に下方に溜まって行くのを見ていると、これ自体には太陽の様に眩しい光で朝を知らせたり、夜鳴き虫の様に音で夜を知らせたりといった類いの仕掛けが存在しないのは、流れ続ける砂の他には見る箇所も触る箇所も無い事から理解できる。
砂時計が単なる時間の指針であり、上方の砂の全てが下方に落ちた事でその時間が来た事を確認するので有ろう事は、もうじき作業が始まるのだろうと感覚的に理解させる体内時計からも推測できた。
グレント達が出て行ってから丸1日が経とうとしている。
仲間の、それも意中の相手が命掛けの場へと赴いているのだから、待たされる側としては非常に心苦しい。
砂時計の動きを見る限り、作業開始まで大した時間は無い。
作業が始まってしまえば休憩時間までは持ち場を離れるのが難しくなる為に、ガジンには悪いと思いつつも、作業が始まる前に相談を聞いてもらおうとエルヴィーグが揺り起こす動きをとろうとした瞬間、偶然なのか、それとも微かな気配に反応したのかは計り兼ねるが、ガジンがもぞもぞと細かい寝返りを打った後すぐさま目を覚ます。
「ぅぅ〜ん」
寝ぼけた状態にある為に、半分も瞼の開いていない瞳で、ぼ〜と天井を眺めながら自身の枕元を左手で確認する行動を取ったガジンが手で触れた感触の違和感に、首を傾けて視線を移す。
モヤが掛かったように薄ぼけた視界の先に、誰かの体の一部らしきものを確認したガジンが目線を上げると、エルヴィーグとバッチリ目が合った。
「っ!?」
慌ててガジンがエルヴィーグの膝から手を離し、両手で地面を押し上げるようにして上半身だけ後退りする。
「ガジンさん。お願いします。私に彼等を探す為の時間をください」
エルヴィーグのそれは、落ち着きと諦めが入り混ざったかのような、複雑ながらも覚悟を決めた声色だった。
「あぁ〜待て待て、少しで良いから待ってくれ」
寝覚めでいきなり大事な話しを持ちかけられたガジンが、左の掌で自身の顔を簡単にマッサージしながら、右の掌を相手に向けて待ての合図を送る。
エルヴィーグがこくりと頷く。
ガジンは上半身を大きく背伸びさせながら、あくび混じりの深い息を吐き、5秒ほど砂時計を眺めながら上半身を左右に捻る軽いストレッチを行う。
「待たせたな。少し場所を変えよう」
他の者達はまだ眠りの中にある為に、場所を変えてから改めて話し合う。
ガジンは危険だの全体の動きを乱してはならないだの皆だって仲間が心配だのとエルヴィーグに言い聞かせるが、エルヴィーグはグレントと自分の間柄を説明し、勝手な行動を取るのが良く無い事だと知っているからこそ、こうして相談している気持ちを汲み取ってくれと押しの姿勢で話す。
「うぅ〜ん」
問答の中ガジンが唸り声をもらす。
「難しいな………正直に言うが俺には判断しかねる問題だ。案内するからリーダーに相談してみるか」
「お願いします」
この状況で言うリーダーとはガジンの父親の事だ。
鉱山の、実質全体のリーダーとなるドワーフの元へ行こうと提案したガジンの後にエルヴィーグが付いて行く。
『ごめんなさいリィンさん。私は、どうしてもグレントが心配なんです』
睡眠時間を削って自分を連れ戻し、相談に乗るとまで言ってくれたリィンに内緒で捜索を申し出る裏切り同然の行為に罪悪感が湧くが、それでもエルヴィーグに引き返すつもりは無かった。




