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歴史11 戦士ら生望む故に死地なる戦場へ挑む

遠方のドラゴンを視認した瞬間、最初の標的は自分だろうとの予感が翼人族ハーピィの脳裏を過った。


ドラゴンにも有ると思われる五感がどの程度の割合でそれぞれに当てられているかは分からないが、地を駆ける鬼人族オーガ狼人族ワーウルフ吸血人族ヴァンパイアの3種族は、ドラゴンの視点から見たところのラレルの木々が、視覚を遮る隠蓑となる状況だが、空を飛ぶハーピィは他の先遣隊の者達とは違い、嗅覚、聴覚に加えて視覚でも捕捉される位置関係に有る。


両者の体の僅かな揺れ具合で視界がほんの数ミリ単位でズレる内に、ある角度によってドラゴンの頭部の横に付いた宝石の様に美しく無機質で生物然としない瞳と、自身の視線とが交差するのを確かに感じた。


ハーピィの心中で最初に狙われるのは自分だとの意識ビジョンがより明確になる中、少なからずこういう展開を予想していたハーピィが、最初に自分がドラゴンを引き付けてどうにか隙を作り出そうとの腹積りから覚悟と警戒を更に強めるが、衝突の刹那、備えていたハーピィには肩透かしにも、直前で急降下したドラゴンが地を駆ける先遣隊とぶつかり合う。


1人のハーピィより、地上の7人を脅威と認識したからか、それとも純粋に目障りだったのか単なる気紛れ故かはドラゴン自身にしか分からぬが、兎にも角にもフェイントになる形で正面から奇襲を仕掛けたドラゴンだったが、水すら通さぬ油断の無さが急激な動きの変化に対応し、横に飛んで突進を交わす3種族。


「グゥゥ……ギャジャアァァアァ!!」


急降下した勢いのまま地面を抉るドラゴンが、四肢を数度バタつかせてから獲物へと向き直り、爆発的脚力を以って一瞬で距離を詰める。


加勢に入ろうかと逡巡するハーピィだったが、ドラゴンの動きが激しくて最良のタイミングが掴めず、今か今かともどかしい心持ちで空中で待機する中、オーガが巨大なハンマーのヘッドを突き出してドラゴンの一撃を止める光景を、遅れて来た嵐が視界を遮る直前に確認すると、地を目指さんとしていたハーピィは全身を翻し天を目指した。



全力での戦闘持続時間や、状況の変化などを加味すれば単純な話しでは無いが、それでもオーガ1人でドラゴンの足止めが可能なら、ワーウルフとヴァンパイアの加勢も入れば互角以上に戦える筈だ。


とは言え、生半可な攻撃でドラゴンは倒せないだろうし、現状では自身等が多少は有利だと判断できたが、地上の者達に自分1人が加わった所で、それが圧倒的な有利に変化するとも思えない。


同程度の力でぶつかって持久戦で削り勝つよりも、多少の時間を掛けてでも強力な一撃を叩き込んで総合的な戦力が大きく上回った瞬間、一気にドラゴンを叩いた方が最終的な被害は少なくなるとの考えから、今の自分にできる最良の行動がこれだと信じ、両足の鉤爪で握る武器をしっかり保持しつつ、全速力で上空へと向かう。



ハーピィが飛翔を決断するのとほぼ同時に、ワーウルフのランセイが、僅かながらも決定的な隙を突いて、オーガに加勢すべくドラゴンの左前脚に武器を突き立てる。


「ウゥ、ガァアア!!」


「くっ!!」


しかし、ドラゴンは全く怯む様子を見せず、強引に前進を続ける。


「ゴォルルルゥ!ガウッ!バゥ!!」


「むぅぅ!」


力尽くで前に出ようとするドラゴンの凄まじい力にオーガとランセイの体がジリジリと後退しだす。


オーガの食いしばった口の端から小さく唸り声がもれる。


ドラゴンを刺激して目立たぬようラレルの木々を壁にしながら大回りしていた1人のヴァンパイアは、オーガとランセイがあまり長く保ちそうに無いであろう状況に置かれているのを視界の端で認識したが、然れど焦らず、確実に有利となる位置へと移動してから、素早く体勢を万全の形へと持って行き、地を蹴って勢い良く飛び出してドラゴンの右後脚に向かい剣を振るう。


「グギアァァ!?」


ヴァンパイアの一撃で、ドラゴンの体の中でも特に強固な後ろ脚の鱗が剥げて、肉が切れ血が吹き出す。


『今だ!』


意識の外から発生した痛みにドラゴンが怯んだ瞬間、オーガとランセイの少し後ろで機を伺っていたワーウルフのグレントが、前に出てドラゴンの右前脚に武器を突き立てる。


「ガッ!?アガガ!」


更に畳み掛ける苦痛によって、ドラゴンの動きが思わず硬直する。


「ぉおっダアア!!」


その瞬間を見逃さず、ハンマーの平たい面でカチ上げ気味に放ったオーガの重い一撃がドラゴンの顎を撃ち抜く。


「ヴギャアアァァアアアァ!!!」


堪らずに悲鳴を挙げ、四つ足で地面に立つ形になっていたドラゴンの腰から前方が丸々浮き上がる。


突き刺した武器を引き抜こうとしていたランセイとグレントの力と、無意識に上半身を浮き上がらせたドラゴンの力とが加わって、2人のワーウルフの体が後方に退がると、それと入れ替わるようにして3人目のワーウルフと1人のヴァンパイアが前に出る。


上半身が有効な着地点を見つけられずに宙を彷徨うドラゴンの首に、ワーウルフが十字刃の槍を突き刺しヴァンパイアが剣を食い込ませる。


『浅いっ!?いや、硬ぇ!!』


『チィ!振りきれぬ!!』


貫くつもりで突き立てた十字刃の穂先は龍鱗を散らし肉を抉るも骨は貫通せず、首を切り落とす勢いで放った剣撃も堅牢な骨に阻まれ最後まで振り抜く事は適わなかった。


「ガ………!」


ドラゴンが漏れ掛けた小さな苦悶の声を噛み殺すという行為に対し、聴力に優れた3人のヴァンパイアが違和感を覚える中、ドラゴンの次の行動の起点となる最も近くにいた後脚を切りつけたヴァンパイアが注意を叫ぶ。


「ッ!?まずいぞ!!」


次の瞬間、ドラゴンは牙を食い縛りながら強く力を込めて上半身を強引に着地させ、首元に張り付いていたヴァンパイアとワーウルフの体勢が崩れるのを確認した瞬間、地を蹴り後脚から発生した力を全身に波及させ巨体を勢い良く回し、荒れ狂う大蛇の如き尾を振るう。


「危ねぇ!!」


「うぁ!?」


自他共に認める脚力を持つ下半身によっていち早く体勢を立て直したワーウルフが、自身の左サイドにいたヴァンパイアを、既の所で左腕で押し退けるが、その行動により逃げ遅れたワーウルフの左肩に強烈な尻尾の一撃が炸裂する。


「がぁ!!ッは!うぅ!!」


勢いよく宙に投げ出され、嵐による大雨で土と言うよりは泥と表現すべき状態になった地面の上を滅茶苦茶に転げ回るワーウルフの体は、ラレルの木に背中から激突したところでようやく水平にのし掛かる重力から逃れる事となった。


「ハァァアア!!」


大外に回り込みもせず、怯んだ際にも深追いはせず、ドラゴンの斜め前で身構えていたヴァンパイアが飛び掛かって尻尾へと剣を振り下ろすが、ドラゴンが稲光の如く素早い動きで上に跳んでその一撃を躱し、大きく後方に退がって、ハーピィ以外の先遣隊を視界内に捉える位置に移動して、威嚇とも雄叫びとも取れる鳴き声をあげる。


「ワーウルフ!!」


「馬鹿野郎!戦闘中だぞ!!」


「ッ!」


自分を庇う事によって直撃を受けたワーウルフへとヴァンパイアが駆け寄ろうとするが、怪我を負ったワーウルフがその行動を諫めると、ヴァンパイアは走り掛けた足を止め、素早く振り返って地面に転がる自分の武器と、ワーウルフの武器とを拾い、右手で自分の武器を構えてドラゴンから目を離すまいと身構えつつ、左手でワーウルフの武器を確保しながら、後方へと発破をかける。


「いつまで寝ているつもりだ!役に立つのか立たないのかハッキリしろ!武器の性能確認という当初の目的は果たした!使えぬようなら生き餌として捨て置くぞ!」


「へへ…理解わかっているじゃねぇか。見栄で先遣隊に名乗り出た訳じゃ無いみたいだな」


蹌踉めきながらも立ち上がったワーウルフが、武器を手に取るべくヴァンパイアへと近付く。


「当然だ。いいから早くしろ」


戦場は過酷で残酷だ。敵が強ければ強いほどそれは際立つ。


いま優先すべきは傷の舐め合いなどでは断じてなく、新たな傷を自身等に刻まんとする宿敵の排除。


ドラゴンの排除の為に最優先すべき事項は、とにかく生き残る事であり、次点では戦力の確保だ。


まずはせいぞんほんのうにしたがい、尚且つ、あわよくば感情も重視したい戦士達は、ワーウルフがまだ戦える事実に、ドラゴンと接触した瞬間から、ここに来て初めて、ほんの僅かに安堵した。


ひとり離れていたヴァンパイアが、ドラゴンを睨みながら後退する最中、2人分の武器を手にしたヴァンパイアからワーウルフが武器を取ったところで、後退するヴァンパイアに合わせて皆が前進し、合流して戦力が集中したところで守りを固める。


「ハッハァー!見ろよ奴の前脚を!肉が抉れて骨が顔を出してやがる!ざまぁねぇぜ!」


調子良く明るい声を出すランセイに対し、合流したばかりのヴァンパイアが、一応の注意を呼び掛ける。


「油断するなよ。おそらくは体力のほんの一欠片を削っただけだ」


「そうだな。確かに目的は果たしたが、このまま背を向けても後ろから襲われるだけだ」


グレントがヴァンパイアの言葉を肯定しつつ、今後の動きを確認する。


「退くつもりは無い。ドラゴンを殺す」


「それが最良か」


ワーウルフに武器を手渡したヴァンパイアが、鼻息荒く唸るオーガへ相槌を打ちながら、左手で近くの小枝を拾う。


「私が先陣を切ろう。合図に続いてくれ」


小枝を小さく上に投げてはすぐに掴んでの手遊びを繰り返していたヴァンパイアは、言い終えるなり、その小枝をドラゴンに放り投げ、すぐさま走り出す。


「ギ?」


鼻先に向かって投げられた小枝は攻撃手段としては嫌がらせにもならないが、挑発手段との観点で捉えるならば、一斉攻撃の合図の副次効果としては充分すぎる効果を発揮した。


「シャアアァ!!」


人が耳元で喚く羽虫を叩き潰さんとするかの様に、ドラゴンが右前脚を振るってヴァンパイアを迎え撃つが、それを読んでいたヴァンパイアは空中へと飛び上がり、勢いよく空振ったドラゴンの右肩を駆け上って、2対4枚の翼の根本へと剣を降す。


「ギガッ!!!オォオォオオオ!!!」


翼の1枚を切り落とされたドラゴンが闇雲に暴れ回ると、背に立つヴァンパイアは安定感を保つ為にうつ伏せに寝転び、右手で武器を、左手でドラゴンの翼をしっかりと掴みながら、振り落とされぬよう踏ん張る。


後続の先遣隊がヴァンパイアに続こうとするが、デタラメで非効率な動きながらも、規則性が読めず激しく動き回っては尻尾や前脚で地を裂き周囲の木々を薙倒すドラゴンの動きに安易に近付けずにいる中、密着するヴァンパイアは、非効率な動き故に訪れた無駄な動きの間隙を縫って、寝転んだ姿勢のまま水平に剣を振るう。


「ギェェエ!!ジュララララァ!!!」


しかし、体勢が悪かった為にダメージは与えたが切断には至らず、ドラゴンが残る3枚の翼で、1部分を切り落とされているとは思えない淀みない動きで羽ばたく。


「させるかよ!!」


既にある程度の高さまで飛んでいたドラゴンへ3人のワーウルフが飛び掛かって腹部へと武器を突き立てる。


悲鳴と共にドラゴンの高度が下がる。


「フンっ!」


高度が下がるのを感じたヴァンパイアが立ち上がり、袈裟斬りでドラゴンの傷付いた翼を切り飛ばす。


「ッ!!グゥゥ!!」


『強い。この獲物等はただの雑魚じゃない』


心の内に生じた想いから、地へと叩き落とされたドラゴンが最初に取った行動は、痛みからの避難などでは無く、己の腹から飛び退いたワーウルフ達に対する素早い反撃だった。


ドラゴンが左前脚を振るうと、片腕を負傷したワーウルフとグレントが背後に退くが、自身の立ち位置から回避は困難だと判断したランセイが、武器を構えて攻撃を受け止める。


「ヴッ!!ぐぐぅううぅ!」


辛うじて攻撃を止めるがドラゴンの圧は暴力的で、全身で踏ん張っても左前脚を抑えるのがやっとの中、続け様に振るわれた右前脚の一撃が、ランセイの加勢に入ろうとした1人のヴァンパイアを弾き飛ばし、死を予感して武器を手放し退避しようとしたランセイの胴体を、恐るべき膂力と速度を以って粉砕する。


「コイツっ!!」


背に乗るヴァンパイアが剣を突き立てようとするが、四つ足で地面を蹴ってラレルの木に自身の背中をぶつけようとするドラゴンの動きに対応すべく、攻撃の手を止め背中から飛び降りる。


「くそっ!」


着地した地面の泥が跳ね、ランセイの体を濡らす。


偶然、近くに着地したヴァンパイアが横目でランセイの様子を確認するが、ランセイは既に事切れていた。


「うぅおおぉおぉおぁおおお!!!」


雄叫びを挙げ巨大ハンマーを掲げながら走り出すオーガに、先程ひときわ重い一撃を食らわされたドラゴンが思わず恐怖し、正面から迫るオーガから距離を取ろうと横に跳びかけるが、避難しようとした先に回り込んでいたグレントがドラゴンの右目を貫き、もうひとりのワーウルフが、骨が露出したドラゴンの右前脚を更に深く抉る。


「ギィヤアァアァアア!!!」


吹き飛ばされたヴァンパイアとランセイの側に立つヴァンパイアの2人とは別のヴァンパイアが、蹌踉めくドラゴンの、左前脚の傷口へと剣を打ち込み骨を断つ。


「どりゃああぁ!!」


オーガが気合の咆哮と共に、ハンマーの尖った面でドラゴンの左頬を打ち抜く。


「ゲ……ガハッ!!」


数本の牙が折れ血が飛び散る。


首の切り傷と刺し傷からも血が噴出してドラゴンが後ろへと退がっていくが、数歩さがったところで動きが止まり、残った左目を血走らせながら先遣隊を睨む。


「なんて生命力!まだ倒れんか!」


オーガが声を荒げる。


「これでまだ幼体だと言うから恐れ入る。だが」


「オウ!動かなくなるまでブチのめすだけよ!」


再び両手で武器を強く握りしめ前に出たヴァンパイアの言葉の先を、負傷したワーウルフが続ける。



驚きの念こそあれど、断じて弱気になる事は無かった。


仲間をひとり失ったが戦況は依然有利だ。

この調子で行けば確実に勝てる。

先遣隊の皆が息を合わせ前に出ようとする。



しかし、ドラゴンの異変を感知したグレントが皆に静止の声を飛ばす。


「待て!なにか様子がおかしいぞ!」


ドラゴンが妙に落ち着いた様子で、自身の左右の前脚を確認する。


右前脚は穿たれた穴から止め処なく血が滴り、赤い液体の隙間からは向こうの景色が見えて、左前脚は皮一枚で辛うじて繋がっており、攻撃を受けずとも嵐による突風で今にも飛んでいきそうな状態だった。


視界の届かぬあちこちからも痛みが疼くドラゴンは、自身の前脚の状態を一通り確認してから、改めて、残った左目で先遣隊を睨む。


「シュルルル……シャアアァァアァァ」


静かな吐息と共に、ドラゴンの全身から黒い煙りのようなものが立ち昇る。


陽炎のように揺らめくそれは、ドラゴンが化物たる由縁を顕しているかの様な現象だった。


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