歴史8 誇りか誠意か
先遣隊のメンバーである鬼人族、狼人族、吸血人族の3種族は、ガジンから渡された模造刀を手にし訓練に励んでいた。
3日後に向けてのこの行動が、最終的にはドラゴン討伐へと繋がっていくのだ。
真面目に取り組むのは至極当然。
そんな事は誰から教えられる事もなく理解している。
理解しているのだが、現状ただひとり、模造刀を振るいながらも他所事ばかり考えて集中力が疎かになっている者がいた。
『煩わしい。今はアイツの事なんか考えている場合じゃないだろう。なのになぜ……くそ!』
散漫な意識で練習用の武器を振るうヴァンパイアの脳裏には、初日に食事だと告げられた際に、駄目だと知らずに血を吸ってしまった蛇人族の事がしきりに浮かんでは消えてを繰り返していた。
『確かにあの後すぐに保存食が出てきた事を考えれば吸血する必要は無かった。しかし、ヴァンパイアが血を吸ってなにが悪いと言うのだ!多少の苦痛はあるかも知れんが別に命を奪うわけでもなし、そもそも、悪いのは油断していたラミアの方ではないか!』
心中で自分の主張を宣言して正当性を再確認し、この件は済んだものだと言い聞かせて模造刀を振るうが、心の器の奥底に力尽くで押し込んで蓋をした筈の感情が、どうしても頻りに漏れ出してくる。
『いや!違う違う!これまで通りなら私の主張は間違っていない!しかし今は打倒ドラゴンを誓い合った仲間ではないか!仲間をただの食事扱いするのは違うだろう!吸血しなくても保存食があるのだし、血を吸わなければならない状態にあったとしてもせめて断りをいれるのが最低限の礼儀というものだろう』
分かっている。経緯はどうであれ、自分は加害者でラミアは被害者なのだ。それは分かっているのだが、プライドが邪魔をする。
本当は彼女に謝りたい。しかし、吸血行為の否定は吸血人族という種族そのものの否定に繋がる。
一時は適当に表面上だけ取り繕って謝る事も考えたが、例え嘘とはいえ自身の生き方の否定と、延いては相手への軽視とすら捉えられかねない行為は、流石に命を舐め過ぎだと気付いた為に自重した。
『しかし困った。謝りたいし、謝りたくない。どちらも本気でそう思う。こんな感覚は初めてだ。戦闘時にこの感情が悪影響を及ぼさないとも言い切れないし今の内にこのモヤモヤを解消しておきたい。いっそのこと思い切って謝るか?いや、しかしそれではヴァンパイアとしてのプライドが……それとも開き直って血を吸いたいから血を吸っただけだと言い張るか?いやいやそれでは仲間への敬意と言うものが………ああ!!いったい私はどうすれば!』
頭を抱えて身悶えるヴァンパイアを、怪訝な表情の横目で見流しながらどこかへと歩いていくオーガに対し、どこへいくのかとの質問をワーウルフが投げ掛けると、狭くて満足に武器が振るえないから練習にならないと答えたオーガは鉱山の出入り口へと向かって行った。
オーガが鉱山の出入り口へと向かうと、ガジンが先遣隊の翼人族に練習用の武器の説明を行なっている最中だった。
「〜〜って感じで、上空から急降下してその針で相手を貫く。とうぜん威力も考えつつ、普段の動きを損なわないように重さを調整したつもりだが、持ってみた感想を聞かせてくれ」
説明を聞いたハーピィは、ガジンから自身の足元に置かれた練習用の武器へと視線を映す。
ハーピィの5本の鉤爪で掴みやすいよう五角形の形に加工されたやや平たい物体は、滑りづらいように少しのデコボコがあり、物体の裏面には、鋭く長い針が備えられていた。
使い勝手を確かめようと脚の鉤爪で武器を持ったハーピィがその場で小さく羽ばたくと、鉱山の出入り口へと繋がる坂道のすぐ横の崖へと急降下し、ドラゴンに発見されづらいように低空飛行でしばらく飛び回ってから、ガジンの元へとまた羽ばたいて戻って来る。
「うん、良い感じだと思う。これなら問題は無いよ」
「そいつは良かった」
ハーピィの答えを聞いてから、ガジンはオーガの方へと振り返った。
「どうしたオーガ。やはり中だと狭かったか」
「ああ、鉱山内ではこいつを満足に振るえない」
オーガが片手で持った巨大なハンマーをぶらぶらと揺らす。
「それなら一緒に練習しよう。1人も2人も同じだろ」
他の者が見張っているとは言え外で練習していては大なり小なりドラゴンに発見される可能性が高くなるが、鉱山内では本来の状況を想定して動けないオーガとハーピィはどうしても外で練習する形になる。
3日後に予定するドラゴンとの接触が決戦で無く武器の性能確認とはいえ、全く練習しない訳にもいかない。
ハーピィの提案にガジンも賛成の意を示した。
「まぁ、断る理由は無いな」
ハーピィの提案に沿ったオーガが、鉱山の出入り口から見てすぐ目の前の坂道を歩いて下ろうとすると、ハーピィが羽ばたいてオーガのすぐ横に引っ付く。
『なぜ付いてくる。さっきみたいに飛び降りて先に練習してればいいだろう』頭に浮かんだ疑問を投げかけるよりも早く、ハーピィがオーガに喋り掛ける。
「なぁ、オーガは普段どんなものを食べているんだ?」
なぜ今そんな事を聞くのか。それが対ドラゴンの練習とどう関係があるのか。
疑問に疑問が重なるが、突っ込んで会話が長引いても面倒くさい。さっさと答えてさっさと話を区切ろうと思ったオーガが素直に質問に答える。
「動物の肉か魚だな。どちらかというと肉の方が好きだ。気は進まないが、肉も魚も無いとなったら言語の通じる相手の肉を食う事もあるな」
「気が進まないのは何故だ?肉体的な問題か?それとも精神的な問題か?」
『まだ会話が続くのか、しかもドラゴンに関係なさそうな会話が』と思いつつも、今度こそ会話の途切れる流れが見えた気がした為に質問に答える。
「両方だ。単純に不味いし腹が痛くなるし、言葉の通じる相手を食うのは何故だか分からんがダメな気がする。肉体的にも精神的にも、飢え死にするよりはマシと言うだけだ」
「なるほどな。それじゃあ次はオーガの好む暇潰しの方法を教えてくれないか?」
まだ会話は途切れない。あくまで気がしただけだった。
「オイ」
「なんだ?」
「この会話がドラゴンとの戦いにどう関係するんだ?」
「なにも関係ないが?」
「ならばなぜこんな会話を続ける」
「何故って…私…というかハーピィと言う種族全体が会話が好きだからだ」
「オーガは会話が嫌いだ。他の奴は知らんが少なくとも俺は好かん。普段から喋る相手がいない為に、そういうのに慣れていないのか無駄に体力を消耗するんだ」
「………………………」
「いまから武器の使い方を練習するんだ。遊んでいる暇は無い。必要最低限以外の事は喋らせるな」
「…………そ…そうか……済まなかったな…付き合わせてしまって……」
「分かれば良い」
言葉も動作も尻すぼみになっていくハーピィには気付かず、オーガはずんずんと足を進める。
しかし、しばらくしてすぐ横にあった筈の羽音が無くなったのに気が付いたオーガが後ろを振り返る。
「どうした?腹でも痛いのか?」
オーガの視線の先には、背を丸めて頭をうな垂れながら座り込むハーピィの姿が見えた。
「……いや…ちょっとショックと言うか思うところがあって………えっと…あれだ。このままじゃあ練習に集中できなさそうだから考えを整理してから練習に向かうよ……先に行っててくれ」
「?よく分からんが、早くしろよ」
会話が嫌いだと伝えただけで現状のハーピィほど落ち込むという概念はオーガには無かった。
変に気を使うハーピィの言葉に疑問を抱かず表面通りに捉えたままに練習へと向かうオーガ。
その場で座り込むハーピィはただただショックだった。というか普通に悲しかった。ハーピィが他の種族以上に話し好きなのはいちおう自覚はしていたのだが、それでも先程のようにあからさまに会話を否定されたのは初めてだった。
ハーピィと言う種族そのものとまでは言い過ぎだが、ハーピィの生活様式のほとんどを否定された気がする。
オーガに悪気が無かったのであろう事は予測できるが、それでもハイそうですかと安易に納得する事はできない。
ハーピィの意識が価値観の違いから生じた精神的な問題に集中する最中、鉱山内のとある男もまた、相変わらずソレに苛まれ続けていた。
『皆が作業を切り上げて戻って来る…もう昼時だと言うのにほとんど…ていうか全く練習にならなかった』
そう、吸血事件のヴァンパイアである。
「お、それが練習用の武器ってやつ?」
「カッケーじゃん。見せて見せて」
朝の作業を終え、比較的広い空間に集まって来た者達がヴァンパイアの手にする武器に興味を示すが、考え込むヴァンパイアは周りに気付かない。
『駄目だ、このままでは駄目だ!例え失敗に終わろうとも、この問題を片付けないかぎり時間だけが無駄に過ぎて行く……いい加減ハッキリさせなければ!』
「むん!」
「うわ!?」
ラミアの事にのみ意識が集中するヴァンパイアにはほとんど周りが見えておらず、半ば以上無意識に自身の周りに群がる者を押し除け、遠目に見えるラミアへと一直線に早歩きで迫る。
「なんだ?」
「さぁ?」
その場に取り残された者達がもらす疑問の声も、耳では聞こえるものの意識下ではすぐに遠くへと霧散していく。
「おい!」
ヴァンパイアの呼び掛けに対し、ガジンから昼食を受け取ろうと並んでいた者達の、ラミアを含む何人かが振り返る。
「話がある!少しだけ付き合ってくれ!」
ヴァンパイアが言い終えると、ラミアが複雑な表情で列から抜けだす。
「周りが気になる。場所を変えるよ」
「こちらとしてもその方が助かる」
しばらく歩き、ひとけの無い適当な場所に移動してから、互いに向き合う形になる。
「それで?話しってなに?」
「すまなかった!!」
腕を組み、そっぽを向きながらラミアが切り出そうとすると、ラミアの声に被るようなタイミングでヴァンパイアが謝罪をする。
お互いにタイミングがずれて次の言葉を言い淀むが、少しだけ立ち直りの早かったラミアが、腕組みを解き片手でポリポリと頭を掻いてぎこちない返事をする。
「あ…あ〜、血を吸った事だよね?別にいいよアレはもう…」
「い、いや違う!吸血した事を謝っている訳ではない!」
ラミアの答えを、頭を下げたままヴァンパイアが否定する。
「は?じゃあなにを…」
「突然の吸血、驚いただろうし痛みもあっただろう。君が嫌な思いをしたであろう事は想像に難く無い。しかし!吸血人族が吸血行為を否定する事はできない!自分でも勝手な言い分だと思う。だから、だからせめて!謝れない事を謝りたい!すまない!この通りだ!」
「………ふ…ふふふふ」
ラミアから生じた笑い声という予想外の反応に、ヴァンパイアが思わず、素早い動作で視線を上げる。
「ああごめんごめん、馬鹿にしている訳じゃないんだけど、なんだか可笑しくてさ。傲慢なんだか謙虚なんだか、ヴァンパイアの謝り方は変わっているね」
「……吸血行為に後ろめたい感情を抱いたのは初めてだから勝手が分からない。適切な謝罪の方法があると言うのなら教えてくれ」
ヴァンパイアが困った様子で相槌を返す。
「もう謝らなくて良いって。実を言うと次の日にはもう気にして無かったんだ。だけど、いちど揉めてからどうやって接したら良いのかなんだか分かんなくなっちゃってさ。ほら、私達、種族も性別も違うし……だからアンタの事を拒絶する態度ばかり取っちゃって…私こそ、その…なんて言うか……ごめんなさい」
畏った様子で姿勢を正してからラミアが頭を下げかけるが、ヴァンパイアが両肩を掴んで慌ててラミアの謝罪を止める。
「待て!君が頭を下げる必要はない!原因は私にあるのだから!」
対応に驚いたラミアが、緊張で体を僅かに強張らせているのに気が付くと、ヴァンパイアは慌てて肩から手を離す。
「あぁ済まない!他意は無いのだ他意は!」
「優しいんだね」
落ち着きの無い様子でドタバタするヴァンパイアには、ほとんど聞き取れない声量でラミアが小さく呟く。
「ん?何か言ったか?」
「別に……そんな事より、アンタ確か先遣隊に立候補してたよね。精精頑張りなよ」




