歴史6 物質的前進と精神的前進
穴掘り班が生活する空間の中でも比較的広い場所の中、目の覚めた鉄工人族のガジンが、自身の頭部の辺りを片手で探る。
寝相でひっくり返さぬよう、横幅を長くして重心を低くした安定感バツグンの砂時計を手に取り目元へと動かす。
砂の目減り具合と体内時計による二重の確認を行い、この様子なら誤って砂時計をひっくり返した事はないだろうと確信する。
直に日が昇る。
そろそろ起きて作業を行う時間だ。
上半身だけ起き上がり、大きく背を伸ばしながら欠伸まじりの深呼吸を行う。
更に一呼吸置いてから、両手をパンパンと2度叩きながら声をあげる。
「起きろー朝だぞー」
ガジンの言葉に反応した周りの者がもぞもぞと体を動かしながら起き出し、初めにガジンの声を聞いて起きた者が、更に周りの者へと朝である事を知らせていく。
いの一番に目を覚ましたガジンは起床してすぐにせかせかと動き出す。
ガジンが向かったのは、穴掘り班の軸となる、先頭で穴を掘る者達の作業場所だ。
群れをなして大きな塊を作り、作業場所をそのまま寝床とする蛇人族達へとガジンが声をかけると、起き出したラミアの塊の中から数人の精吸魔人族が現れる。
体温調節の苦手なラミア達が、常にある程度の体温を保ち、なおかつ他者との接触にほとんど拒否感を示さないサキュバスで暖をとっていたのだ。
起き出したラミアがまだ本調子でない体で這いずりそれぞれの持ち場に着こうとする中、サキュバスはマッサージ係としての持ち場となる先頭集団からもっとも後方の比較的広い空間に向かって行く。
数人のサキュバスと入れ替わるようにしてリーダーの小鬼人族と、サブリーダーの耳長人族がやって来ると、サブリーダーのエルフの掛け声のもと作業が始まる。
24時間体制で見張りを行う翼人族とそれに随伴する猪人族の1日のスケジュールは別枠として、鉱山内で共同生活を送る彼等の起床時間、休憩時間、就寝時間はそれなりにキッチリと決められているが、作業の開始時間は意外と適当だ。
眠る場所の関係や他種族間の生態の違い、個体差による体力や体調の違いもある為、常に足並みを揃えるのは流石に難しい。
強引に揃えようとしても軋轢が生じかねない為に、メリットとデメリットの釣り合いが取れていないのだ。
とはいえ、一部の者が動いている最中に他の一部の者が正当な理由も無くあからさまにサボるのもそれはそれで問題となる為に、せめて起床時間くらいはキッチリと決められている。
ラミア達がスコップで土塊を掘り出し、素手で岩をどけて、持ち上げられない大きな岩はハンマーで細かく砕いて、それらを自身の後方に適当に置いていくと、しばらくして運搬役の狼人族が台車を押して歩いて来る。
先頭の穴掘り係が土塊や岩を掘り起こさないと手持ち無沙汰となる運搬役のワーウルフが、ラミア達の昨晩の保存食の缶と水を入れる筒を片付けるが、それでも手が余ってしまった別のワーウルフが、同族同士で今日はどちらが多く運べるか勝負だなんだと談笑しあう。
ワーウルフに少し遅れて、夜行性のヴァンパイアが崩れた生活周期と戦いながら鈍い動きでやって来ると、吸血事件の当人となるラミアがヴァンパイアを睨みつけ、ヴァンパイアが睨み返してから作業に入るのがいつもの流れだったのだが、睨まれたヴァンパイアは、難しい表情でラミアから視線を逸らし、人差し指でポリポリと頭を掻いてから持ち場へ座り込む。
肩透かしをくらったラミアが作業するヴァンパイアの背中に向かい、口を開きかけるが、たまたまガジンと目の合ったラミアは、不機嫌な顔でバッと振り返り、砕かずとも持ち上げられる大きさの岩に鬱憤をぶつけるかのようにハンマーを振り下ろし、戦闘時のような素早い動きで腰を切って割れた岩を後方に片付けていく。
作業開始時の手持ち無沙汰を避ける為に、皆が寝ていた場所に転がる缶と筒を片付け終えたエルフ達がやって来ると、まだ慌てて運ぶ量ではないものの、いつもより明らかに早いペースで溜まっている岩や土塊を視認する。
エルフ達が穴掘り係の方へ目をやると、眉間にシワを寄せながら他より明らかに力強く素早い動きで地面を掘るラミアに気付いた為に、なんとなく現状を察知したエルフ達は、競争の為にある程度の運ぶ量が溜まってから同時にスタートすると言っているワーウルフ達をよそ目に、黙って適当なペースで岩を運び出した。
エルフが岩を運び出して少ししてから、この日は作業場への到着はいちばん遅くなった鬼人族とゴブリンが顔を出す。
先に作業を始めていたヴァンパイアとラミア達は、自分の掘っている場所が比較的、地盤の柔らかい箇所へと到達したと感じると、後から来たゴブリンへと席を譲り、場所を移動して地盤の硬い箇所を掘り進んでいく。
始めの頃はリーダーとサブリーダーとガジンの3人だけでは目の届ききらない穴掘り作業の手解きを他種族に行なっていたゴブリン達だが、先頭に立つヴァンパイアとラミアが作業に慣れて来るにつれて、腕力に優れない為に徐々に出番が減りつつあった。
運動能力の低いゴブリンの生活様式は、自分は強敵に見つからないようにしつつ、獲物に隙ができる瞬間を伺う隠密行動が常となる。
身を隠す手段として主に地中に潜むゴブリンだが、平時で穴を掘る場所は鉱山のような地面の硬い場所などでは無く、湿地帯など地面の柔らかい場所なのだ。
丈夫な内臓と免疫機能を持つゴブリンは、他の生物が好まない腐肉や泥水を糧とする。
地盤の緩い湿地帯では体重の重い生物は泥に足をとらわれる為に、環境に適応したゴブリンの体は小さく体重は軽い。
体の小ささ故に腕力も高が知れている。
ゴブリンに限った話しではないが、ドラゴンによって住処を追われた者達は鉱山という環境にそれほど適応していない為に、普段の調子で活動する事が難しい。
とはいえ、腕力は振るわないが穴掘りの技術そのものは高い。ゴブリン達は無駄のない慣れた手付きでここが見せ場だとばかりに場所を譲ってもらった比較的やわらかい地面を掘り進む。
ヴァンパイアとラミアとゴブリンの3種族が穴を掘りつつも、あくまで作業はまだ始まったばかり。まだまだ急いで運ぶような量は溜まっていない為に、穴掘り作業へと参加したオーガが、ヴァンパイアやラミアの腕力ではハンマーで細かく砕かなければとてもじゃないが持ち上げられない岩を軽々と持ち上げ、いちばん近くにいたワーウルフの、グレントの台車へとその岩を降ろす。
「ぐおっ!1発目からコレはなかなかハードだぜ!」
「ワーウルフには荷が重すぎたか?細かく砕いた方が良かったか?」
他種族から見れば仏頂面の堅物には違いないが、同種族の中ではいちばん柔らかい性格のオーガが初めて他種族への冗談を言うと、グレントは少しムッとした表情で全身に力を込める。
「ぬ…舐めんなよ。調子が出ないとほんのすこしだけ重いが、俺が本気になればこのぐらい」
一応まっすぐ進んでいるが、なんとなく頼り無い様子でグレントが台車を押していく。
「………冗談だったのだが」
ぼそりとオーガが漏らすと、その場にいた同種族以外の全員が心中で『オーガって冗談いうんだ』と小さく驚いた。
グレントが台車を押していく先の空間では、自身の背丈より少し小さいくらいの細長いリュックを背負った老齢のドワーフがエルフを呼び止めていた。
「おい、おい。そこのエルフ、アンタだアンタ」
「どうかしたのか?」
呼び止められたエルフがドワーフの側に歩み寄る。
「ガジンを…あ〜、いつもアンタらと作業しているドワーフを呼んできてくれ、親父が呼んでいるって言ってな」
「分かった、ここで待っててくれ」
エルフの伝言を聞いたガジンが小走りで父の元へとやって来る。
「どうした親父?」
「なるべく急ぎでハーピィ以外の先遣隊の皆を呼んでこい」
父のドワーフが命令するが、ガジンはその場で数秒静止して父の顔を見つめていた。
「親父、顔色が悪いぞ。働き過ぎじゃないのか」
ガジンが心配するのも当然だった。明らかに父の顔色が悪い。徹夜で働いたとか、工房の暑さでやられたとかいう程度を越えている。意識はあって自分の足で立ってはいるものの、疲労が溜まりに溜まっているのは一目瞭然だった。
「うるせぇ!いいから早く呼んでこい!やるべき事は山程あんだ!きびきび動けきびきびと!」
「わかったわかった。まったく、すぐ怒鳴るんだから」
怒鳴られたガジンが面倒そうに溜息を吐きながら来た道を戻り、先遣隊のワーウルフとヴァンパイアをそれぞれ3人ずつ、オーガを1人連れて、ガジンが父の前にまた歩いてくる。
「よし、さっそく始めよう」
「なにをすればいいんだ?」
オーガがドワーフに質問する。
「オーガはちょっと待っててくれ。え〜と、アンタから始めようか」
ドワーフがいちばん近くにいたヴァンパイアを指差す。
「掌を上に、こっちに両手を伸ばして」
言われた通りに、ヴァンパイアが老齢のドワーフに向けて両手を伸ばす。
「ちょっと体に触るぞ」
一言ことわってから、ドワーフがヴァンパイアの両手を自身の手で揉みながら、すこしずつ胴体へと向かって行く。
「少しくすぐったいんだが」
「必要な事だからやっている。我慢してくれ」
ヴァンパイアの両腕をひととおり揉むと、次は胴体、そして両足を揉み終える。
「よし、次はこれを持ってくれ」
ドワーフがリュックから取り出した1メートル程の棒をヴァンパイアが受け取る。
「アンタはここで待機な。他の皆は彼から離れて。ガジンはこっちに来い」
棒を持ったヴァンパイアから皆が距離を離し、父の横に並んだガジンと、父のドワーフも、ヴァンパイアから離れて行く。
「すっぽ抜けないようにしっかり握りながら、それを適当に振り回してくれ」
「こうか?」
手に持つ棒をヴァンパイアが縦へ横へと振り回す。
「俺が良いというまで続けて」
「承知した」
棒を縦へ横へ斜めへと振り回す。
「前にも突き出して」
言われた通りに棒を前に突き出す。
「振り返ったりもしてくれ」
体を回転させ、色々な角度へと棒を振り回し続ける。
「何をしているのか分かるか」
ヴァンパイアが棒を振り回しているさなか父に質問されたガジンが、少しの間を置いてから答えを返す。
「彼に合った武器を作る為に、体のサイズの確認、そして腕力や体の動き方を確認している」
「正解だ」
何かを作る際、個人に対しての測定を行うのはガジンが初めて目にする作業だった。
性格は個々によって違うが、ドワーフは個人による体格の違いがほとんどない。
鉱山や洞窟で生活するドワーフは、狭い場所で動ける為の低い背と、硬い壁の中から資源を掘り出す為の筋力を備え、皆一様にずんぐりむっくりとした体型をしている。
その為、ドワーフが扱う道具は、個々の測定の手間を省く為にあらかじめ規格が定められているが、ドワーフと他種族の体格が違うのは当たり前だ。
ある程度の作業に必要な道具は現状で揃っているし、工房で武器を作る父がわざわざ出向いて来た事といい、初めて見る光景ではあるものの何をしているのかを推察できる要素はいくらでもある。
「よし、そろそろ良いだろう」
しばらくしたところで老齢のドワーフの止めの合図が上がった。
「棒を返して、次はこれを持ち上げてくれ」
ドワーフがリュックの中から取り出して地面に置いた把手つきの縦横30センチ程の四角い物体を、ヴァンパイアが手に取る。
「ぅん!?サイズの割には重いな」
しゃがみ込んでから重りを両手で膝の辺りまで持ち上げるヴァンパイアが不思議そうな声を上げる。
「もっと前に突き出しつつ上に持ち上げてくれ」
「ぬぅぅぅぅ!」
ヴァンパイアが顔をしかめながら自身の胸の辺りまで重りを持ち上げる。
「そのまま左右、斜めにも振って」
「ぐ、フンッ!ムンッ!」
普段は青白い顔を、全身で力んで赤くさせながら重りを振り回す。
「完了だ。お疲れさん」
「ぶはぁっ!ハァッ!こんな無駄に疲れる事になんの意味があるんだ」
「それぞれに最適な形で武器を作る為の必要な作業だ」
「これがか?関係があるようには思えないぞ」
「俺が穴掘りはアンタらに任せてるように、アンタらは武器作りは俺に任せとけば良い。はい次」
ヴァンパイアに続いて別のヴァンパイア、3人目のヴァンパイアと続き、ワーウルフ、オーガが腕力測定を行う。
ヴァンパイアとワーウルフに大きな差はなかったが、重りを片手で持ちながらあらゆる角度での動きを行っても対して疲れた様子を見せないオーガは流石と言うべきだ。
「邪魔したな。もういいぞ、作業の方に戻ってくれ」
体のサイズと体力の測定を終えた老齢のドワーフは、鉱山の出入り口へと向かい、どのハーピィが先遣隊なのかを聞き出してから体のサイズの測定、特に鉤爪の部分を念入りに測定し、棒は渡さず重りだけ持たせ飛び回らせてから確認作業を終える。
確認作業を終えると、採掘班のオーガと、オーガの手元を確認するドワーフのモブワフの元へ足を運ぶ。
「おぅオーガ、遅くなったな」
「待ちくたびれたぞ」
ドワーフが話しかけると、振り返ったオーガが少しだけ明るい表情で返事を返す。
「ちゃんと持って来たんだろうな」
「あったりまえよ」
ドワーフが細長いリュックの、小さい横ポケットから布切れを取り出す。
「なんだいそれ?」
モブワフが質問すると老齢のドワーフがモブワフに振り返る。
「あ〜、まぁアレだ。コイツは今まで、皆が寝ている時間帯とかにも働いてたからその分の飯だよ。他の皆には、特にドワーフ以外には絶対に内緒だぞ」
みな味気ない保存食で空腹を誤魔化している現状では、いくら頑張っているとはいえ1人だけ肉を食べる者がいては不満の声が挙がりかねない。比較的に理性的なドワーフならまだしも、野性の本能が色濃い他の種族に知られては面倒となる。
「大丈夫だよ。これでも口は硬いからね」
モブワフはいまいち頼りないが口の硬さは確かなものだ。長い付き合いで性格を知っている老齢のドワーフは、早く作業に戻る事と、肉を楽しみにしているオーガの事とを考え、モブワフを他所へ向かわせる手間よりも、用事を済ませる速度を優先した。
「付け加えて言うとコイツは昨日からずっと働き通しだ。飯を食い終えたら少しだけ仮眠を取らす。昼休憩になったらまた起こしてやれ」
モブワフに説明しながら布切れをオーガに手渡すと、オーガが布切れをいそいそと開く。
「む、なにを見ている。作業は中断だ。向こうに行っていろ」
「はは、ごめんごめん」
注意されたモブワフが申し訳なさそうに小さく笑ってその場を後にする。
「おいおい、そんな邪険にすることはないだろう」
「あいつは嫌いだ。必要以上に俺に合わせようとしている気がする。そこにいないみたいで気持ち悪い。しかし、確かに存在はしている。目障りだ、飯が不味くなる」
「ああ、そういえばオーガは他者の顔色を伺うのは嫌うんだっけか。そいつは悪いことをした、気遣いができるモブワフを付けたつもりが逆効果だったか」
「そう思うんならアイツじゃなくてお前が見張ってろ」
「悪くないお誘いだがそりゃ無理だ。俺は忙しい。後で他のドワーフを付けさせる。とりあえず今日だけ我慢してくれ」
「フンッ」
まだモブワフと作業しなければならないのかと知ったオーガが、剥ぎ取った布切れを地面に叩きつける。
「ん?なんだこれは?肉……か?」
布の中から姿を現した自身の手の平に乗る物体を眺めながら、オーガが間の抜けた声を漏らす。
「干し肉だ。丸呑みにするなよ、少しずつ齧るんだ」
「味気ないぞ」
「しばらく噛み続けてろ、徐々に味が出てくる」
初めて見る物体だ。鉱山に辿り着いた初日に振る舞われた焼肉と、普段から見慣れた生肉以外の形の肉に、半信半疑になりながらもしばらく噛み続ける。
「む?うまい、うまいぞ!」
「だろ!」
目を開いて嬉しそうな声を上げるオーガに、ドワーフがにっこりと微笑む。
「強いものが弱いものから奪う。自然の摂理だ。それ自体は否定しないが、本能とは別のところにある行動が今までに無かった発見をもたらす事もある。知識を深めるってのは良いことだろう」
「知識をふかめる?どういう意味だ?」
「簡単に言うとなにかを知るって事だ」
「知ったら干し肉が食えるようになるのか?」
「そうだとも、また暇な時にでも作り方を教えてやるよ」
強力な肉体と乱暴な性格を併せ持つオーガだが、こうして話していると、ただの子供に思えてくる。
ドラゴン出現以前はパンドラ最強の乱暴者と恐られていたオーガだが、彼等はただ自然の掟に従って生きているだけで、その本質は悪ではないのかもしれない。
少なくとも、この場における2人の間では、初日の会話で産まれた心の壁という線引きは徐々に曖昧になっていた。




