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歴史5 先遣隊結成

蛇人族ラミア吸血人族ヴァンパイアとの間に心理的な壁があること以外、穴掘り作業は順調だった。サブリーダーの耳長人族エルフが上手く皆をまとめているし、一応のリーダーである人付き合いが苦手で気弱な小鬼人族ゴブリンも、少しずつだが自分で他者に指示を出せるようになりつつあった。


ドラゴンを倒す共通の目的もあってか、皆が皆まじめに動いているし、争い事も驚くほどに少ない。有るには有るが、争うにしてもほとんどが小さな事であり、誰かが介入せずともすぐに解決する。


ヴァンパイアとラミアはいまだに冷戦状態だが、それは吸血事件の当事者同士に限った話であり、他のヴァンパイアとラミアは口数こそ少ないが特に不仲という訳でも無かった。


『この分ならしばらく離れてても問題はなさそうだ』


穴掘り班で唯一の鉄工人族ドワーフである男は、作業中の、自身の役割がなくなるタイミングを見て、見張りに着く翼人族ハーピィと、ハーピィに随伴する猪人族オークの様子を見に行こうと動く。


ドワーフが、現在の自分達の作業場から片道20分程の距離がある鉱山の出入り口に向かっていると、前方に見える曲がり角の奥からガツガツと蹄を鳴らす音が聞こえて来る。


なにやら慌てている様子だ。

音に集中すると、バフーバフーと荒々しい呼吸音も聞こえて来る。

おそらく前方から走ってくるのはオークだろう。


この様子だと、曲がり角を勢いよく曲がってなお走り続けるオークの巨体に弾き飛ばされる事を想定したドワーフは、曲がり角から自身の距離を離し、声をあげて自分の存在を知らす。


「止まれ!曲がり角を走ってまがろうとするな!」


「えっ!?」


聞き覚えのある声を曲がり角の向こうから聞いたオークが急ブレーキをかける。


「わわっ!?」

瞬間的に、強引に速度を落としたオークが体のバランスを崩す。つんのめった足は自身の体重と速度に耐えきれず、反射的に後ろに衝撃を逃そうとするが、その反射によって体は宙に投げ出され、丸っこい体が落としきれなかった勢いそのままに前方へとゴロゴロと転がり、壁に激突したところでようやく勢いが落ち着いた。


「あ痛ててて……」


「オイオイ大丈夫か?」


仰向けの体勢で自身の頭部をさするオークの顔をドワーフが呆れ半分、心配半分の表情で覗き込む。


「あ!ドワーフ!大変だよ!ドラゴンが出たんだ!」


当然、驚きはあったが、オークの慌てた様子から大方の予想はついていた。ハーピィの方も、見張りの方はともかく、それ以外は全面的に信用した訳ではないのだが、オークはさらに頼りない。


仮に見張りについていたのがドワーフやエルフだったのなら、慌てようから察するに一刻を争う事態だろうと思っていただろうが、相手はオークなのだ。


おそらく、ドラゴンを発見したのは事実なのだろうが、必要以上に興奮しているだけの可能性も否めない。


まずは落ち着いて状況の確認を行うべきだろう。


「すぐ近くにドラゴンが現れたのか?」


「い、いや!近くじゃない!けどドラゴンが!ドラゴンが!」


近くに現れた訳では無いのなら腰を据えて話し込む時間すら無い事は無いだろう。


「落ち着け。まずは落ち着いて、順を追って説明してくれ。それがいちばん早くて確実に相手に説明する方法なんだ」


まずはオークを落ち着かせ、順を追って説明するように言い聞かせる。


「う、うん。わかった。まずは落ち着くんだね?それで順を追って……え〜どこから話そうか……」


ドワーフの言葉で落ち着きを取り戻したオークが、遠方に子供のドラゴンが現れた事と、そのドラゴンがまだ自分達には気付いていないだろうと言う事を説明した。




「〜と言う訳だよ」


「なるほど……子供のドラゴンか」


オークの言葉を聞いたドワーフが、両腕を組みながら、神妙な面持ちで眉間にしわを寄せる。


オークの話しを聞く限り、緊急を要する事態では無さそうだ。


急を要する事態ではないが、ドラゴンの出現を告げれば、皆が少なからず動揺する事態が起きるかも知れない。作業の手も止まるだろう。


狭い鉱山内とは言え、大人数が持ち場を行き来すればそれだけで時間のロスは発生する。


後1時間もすれば本日の作業は終了するのだ。

皆に報告するのは、作業音が止まって声が通りやすく、移動時間のロスも無くなる晩飯時で良いだろう。


そう考えたドワーフは、皆には自分が説明する事と、見張りを続ける事とをオークに告げる。


『オヤジには今の内に伝えとくか』


オークが持ち場に戻って行くのを確認したドワーフは、硬い岩盤を鬼人族オーガと共に掘り進んでいるであろう老齢のドワーフの元へ向かう。


1箇所に固まる穴掘り班と違い、採掘班は複数の箇所で分かれて作業している。その為、ひとりひとりに説明して回るだけでも相当の時間を要する為に、採掘班のリーダーに、皆が一堂に集まるタイミングで説明してもらうのが、やはり1番手っ取り早い。


若いドワーフが小走りで、自身の父親であり、実質的に全体のリーダーであるドワーフのいるであろう硬い岩盤の場所へと向かう。


「オヤジ!報告したい事がある!」


若いドワーフが、自身から見てオーガの手前に立つ、後ろ姿のドワーフへと声を掛ける。


「んん?」


しかし、振り返ったドワーフは父親ではなかった。


「おぉガジン。どうかした?リーダーは工房だよ」


「モブワフさん?え?工房?」


振り返ったドワーフの男モブワフが、若いドワーフ、ガジンに、父親の居場所を知らせる。


モブワフの言葉を聞いたガジンが、言葉の違和感の正体をハッキリと頭で理解する前に、眼前の黄色い壁が、父親が工房に入った答えを示していた。


「これは、繋ぎ石!?こんなにたくさん!」


「すごいよね、このオーガさんが硬い岩盤を掘ってくれたおかげだよ」


「なるほどこれは……宝の山だな」


「なにを無駄話しをしている」


2人の会話を聞いていたオーガが、不機嫌そうな表情で振り返る。


「ガジンとか言ったか?お前はここに無駄話をしに来たのか?そっちのドワーフは父親ではないのだろう?用事だけ済ませてサッサと仕事に戻れ」


「う」


振り返って睨み付けるオーガにガジンが思わず気圧される。言葉の乱暴さと気の短さはともかく確かに正論ではある。


正論で怒るオーガは、オーガ本来の威圧感のある顔と肉体とが相まってかなりの迫力だった。


「わ、わかったよ」


ガジンが来た道を戻って行くのを、モブワフがなんとなく見つめていると、オーガが「なにを余所見しているんだ!」と怒鳴りつける。


オーガに怒鳴りつけられたモブワフは慌てて振り返り、へこへこと愛想笑いを浮かべながら謝る。


「チッ!」


なにが気に食わないのか、オーガは異様に不機嫌な様子で作業を続けていた。


『こっちのオーガは怖ぇなぁ。個体差なのか、自身の作業がドラゴン撃破に直結しているモチベーションの違いからかは分からないが、穴掘り班のオーガと違って取り付く島も無い感じだ』


来た道を戻りながら、ガジンが報告の段取りを考える。


皆に上手く報告してもらうにはモブワフではいまいち頼りない。できる事はできるのだろうが、近くにはやたら不機嫌な様子のオーガもいるし、あの場所に戻る気にはなれない。複数箇所に別れる採掘班の作業場所は把握しているが、どこに誰がいるのかまでは把握していない。


父親もいちど工房に入れば、緊急事態でも無い限りはひと段落つくまで工房からは出てこない。


逆に外側から誰かが入って邪魔する事も極端に嫌っている。


穴掘り班への報告を済ませた後、採掘班への報告も自分が行おうと考えたガジンは、自身の本来の持ち場に戻った。


「すまん。思ったより時間が掛かった」


穴掘り班の先頭で作業を行う集団であるヴァンパイア達とラミア達。その両種族へと指示を出すリーダーのゴブリンと、サブリーダーのエルフの元へと戻ったガジンが、サブリーダーのエルフに話しかける。


「別に構わないが、確かに遅かったな。何かあったのか?」


「晩飯時に説明する。急を要する訳じゃないが、話さない訳には行かないんでな」


ガジンの言葉にエルフは少し間を置いてから、手短に了解の返事を返した。


やはりエルフは察しが良く理性的で助かる。


何があったのか気になるであろうヴァンパイアとラミアがしきりにガジンの方へと視線を送っていたが、サブリーダーのエルフが厳し過ぎず、かといってヌル過ぎもしない言葉と声色で作業に集中するよう呼び掛けると、ヴァンパイアとラミアは、渋々といった具合に穴掘り作業に徹する。


そして作業終了の時間が訪れた。


作業道具の紛失を防ぐ為に、各々が適当に数カ所に集める。


鉱山内でも比較的ひろい場所へと、ガジンが大きな背負いリュックに保存食と水を持って来て、それを各自が手に取ってから適当に気に入った場所で飲み食いするのがいつもの流れだが、今日に限っては、食料を手に取った者へと、話しがあるのでその場で待機してくれとガジンが伝える。


穴掘り班全員がいちどに集まるには狭苦しい空間で、ガジンに向かって座り込む型でざわめく中、最後の者がガジンから食料を受け取り座り込んだところで、ガジンが口を開いた。


「皆、少し静かにしてくれ。大事な話しがあるんだ」


ガジンの言葉に、空間内のざわめきが静まる。


「伝えときたい事が2つある。まずひとつめは、武器の元となる鉱石が大量に見つかった。今リーダーのドワーフが武器を作っているところだ。作る量と質によっては完成がいつになるのか詳しくは分からないが、そう遠くはないはずだ」


「ブキとやらが完成するのか!?」

「それでドラゴンを倒せるんだな!?」


再び皆が騒ぎだすが、武器が完成してもドラゴンを倒せるとは限らない事と、まだ話しが終わっていないから静かにしてくれとの意を伝えると、しばらくして空間内の興奮が収まり出した。


「確かに武器が完成すれば今よりは戦えるだろう。だが、それでドラゴンを倒せるとは限らない。当然だが、ドラゴンに武器を突き立てる前にこちらが倒されては意味がないし、作った武器がドラゴンの強靭な体にどこまで通用するのかはやってみないと分からないんだ」


「そうか…そうだよなぁ……」


大多数の者が分かりやすく意気消沈したところで、ガジンは武器の話しを切り上げた。




「で、2つめの話しなんだが、落ち着いて聞いてほしい。結果だけを先に言うと不必要な動揺を招いてしまうから、まずは遠回しに説明する。見張りからの報告があった。遠くに見えた相手はまだ子供で、こちらに気付いた様子は無かったみたいだ。だから今すぐにどうこうって訳じゃない」


ガジンの言葉に、ある者は察し、ある者はなんのことかと顔をしかめる。


「念を押すが落ち着いてくれよ。で、その相手ってのが、ドラゴンってわけだ」


前振りを置いていたために、多少のざわめきはあったが騒ぎ立てたりパニックを起こす者はいなかった。


とりあえずは上手く伝える事ができたと内心ホッとするガジンへと、近くのゴブリンが疑問の声を掛ける。


「武器の話しは分かる。ドラゴンを倒せるかはまだ分からないけど、前に進んだ気になるからやる気も上がる。けどなんで遠くにいたドラゴンの事をわざわざ言うんだ?慌てて対応する事じゃないし言う必要があるのか?」


「一応、警戒しといてくれって言いたいのもあるが、なにより信頼関係が崩れるのを防ぐためだ」


「信頼関係?」


「ああそうだ。ドラゴンを発見したとして、緊急性がないからと放置しているところへ、ある日突然の襲撃があったらどうなる?まず間違いなく、なんの為の見張りだとか、なんで黙っていたんだとの声があがる。狭い鉱山内で互いの仲が崩壊すれば俺達は終わりだ。一致団結しても勝てないドラゴン相手にバラバラで挑んでは余計に勝ち目がなくなる。必要以上に仲良くする事を強要はできないが、お互いの信頼関係が崩れる可能性はできるだけ潰しとかないとな。だから、血を吸ったヴァンパイアと吸われたラミアともなるべく早く仲直りしといてくれよ」


いきなり注意されたヴァンパイアとラミアがギクリと姿勢を正す。


「っと……ちょっと説教くさくなってしまった…まぁなんだ、とりあえずは伝えたぞ、って事で、話は終わりだ。後は適当に飯を食って明日に備えてくれ」


ガジンがボリボリとドワーフ特有の長いヒゲを掻いてから席を立とうと腰をあげる。


「待てドワーフ。これはチャンスだ」


立ち上がったガジンに続き、皆も席を立とうとしかけたところで、ひとりのオーガがガジンを呼び止める。


「チャン…ス…?なんだオーガ?なにがチャンスなんだ?」


立ち上がったガジンが再び座り込んで、声を上げたオーガに視線を向ける。


席を立ちかけた者もみな、ある者は体ごと、ある者は首だけ動かして、オーガに注目する。


「認めたくないが確かに俺達はドラゴンに敵わなかった。しかしそれは成体のドラゴンに限った話だ。子供のドラゴンには勝てるかもしれない。武器の強さも確かめれる。ちょうど良い相手だ」



オーガの言葉に、多くの者が感心の声や賞賛の声をあげる。


『言われてみれば確かに。正論も正論、ど正論じゃないか。なんで気付かなかった』


空間内の盛り上がりは意識の遠くに放り出し、ガジンがオーガの言葉を心中で噛み締める。


しかし、彼等は大いに盛り上がっているが大人数でどやどやと動き回ればいいものでも無い。


大人数の分の武器を一気に用意はできないだろうし、闇雲に集まり過ぎても全体の動きが乱れるだけ。鉱山内での作業もまだまだ残っている。これから先に行われるのは武器の性能確認であって決戦ではないのだ。


「お、おいアンタら!」


とりあえずは騒ぎを静めようとガジンが声を呼び掛けようとするが、それをかき消す声量で狼人族ワーウルフのグレントがはしゃぐ。


「となれば先遣隊を決めなきゃなぁ!まずはこの俺!ワーウルフのグレントに任せてもらおう!ドラゴンの匂いを嗅ぎとって持ち前の素早さで奴の喉元に武器をぶっ刺してやる!」


「おいおい、お前だけに良いカッコさせるかよ」


グレントに続き、2人のワーウルフが立ち上がる。


「私達も行くとしよう。索敵や情報収集は手下のコウモリにやらせているのだが、この鉱山内にコウモリがいない以上は自分でやるしかなさそうなんでな」


ワーウルフ達に続き、吸血事件の当人を含む3人のヴァンパイアが立ち上がる。


「ん?どうかしたのか?」


立ち上がったヴァンパイアを、ひとりのワーウルフがしばらく凝視してから、口を開いた。


「ヴァンパイアの事はあんまり詳しくないけどさあ、お前らって強いの?」


野生の世界ではともすれば命の奪い合いすら起こり得る疑問の声に、ヴァンパイアが紳士的な対応で答える。


「心配せずとも、自信がなければ進んで行こうとはしない」


「センケンタイ?サクテキ?ジョウホウシュう……?」


意見を提案したオーガがいまいち理解していない様子で、ワーウルフの言葉とヴァンパイアの言葉を、繰り返す。


「分かりやすく言えば足手まといのいない状態で敵を見つけて接触するって意味だ。無論、倒しきれそうならそのまま倒すつもりだ。ドラゴンに慈悲を掛けてやる理由は無かろう」


「フッ、なるほどな」


ヴァンパイアの言葉にオーガが立ち上がる。


「足手まといと言われたまま引き下がる事はできんな」


意見を提案したオーガが立ち上がるのに続いて他のオーガも立ち上がる。


「少し待ってくれ、鉱山内の作業もあるんだ。オーガ全員に抜けられるのは困る」


サブリーダーのエルフがオーガ達に話しかけると、オーガ達が不服そうな顔でエルフを睨むが、いちばん最初に立ち上がったオーガが他のオーガに早い者勝ちだと一喝すると、最初のオーガ以外は不機嫌な顔でその場にどかりと座り込んだ。


「はぁ……」


「大丈夫?俺の飯ちょっと食べる?」


「いや…大丈夫だよ。ありがとう」


纏め役として気苦労が絶えないエルフを、穴掘り班のリーダーのゴブリンが元気付ける。


「さーて、とりあえずはこんなところか?」


グレントがメンバーを確認すると、ヴァンパイアがメンバーの追加を提案する。


「いや、ドラゴンは空を飛ぶ。念の為にハーピィにも同行してもらおう」


「ハーピィか。ついて来るかなぁ?」


「強引に連れ出せばいいだろ」


「力尽くで連れ出せないのならハーピィって種族は臆病者しかいないのかと言って挑発してやればよかろう」


疑問の声を漏らすグレントにオーガが強引な提案を出し、ヴァンパイアが続いて案を出す。


「とりあえずハーピィの事は一旦置いとくとして、なぁドワーフ、リーダーに早く武器を作れって伝えてくれよ。早くしないとせっかくの獲物が遠くに逃げていってしまうかもしれない」


グレントの言葉を聞いたところでようやくガジンは理解した。


『俺が気付かなかったんじゃない。こいつらの気付きが俺より早いんだ。考えてみれば当たり前か。獲物を狩る事に関しては彼等の方が専門なんだ』


となれば自分のやるべき事はただひとつ、彼等の後押しに他ならない。


「分かった!すぐに伝えて来る!」


ガジンは大急ぎで工房へと向かった。


穴掘り班から採掘班の仕事場へと向かう道中で道をそれ、邪魔者が入らないように隠していた通路への入り口を手で押して、複雑に枝分かれした迷路を最短距離で進む。


壁の行き止まりに配置された、滑車に吊りさげられた板の上に乗り、鎖の上部に備え付けられていた手袋を両手にはめて手動で鎖を動かし、自身の乗った板を下降させる。


しばらく板が下降していくにつれ、全身に伸し掛かるような暑さがまとわりついて来る。


慣れたドワーフでも長時間の活動はできない温度の空間へと板が到達すると、板から降りて前進し、頑丈な鉄の扉へカギを差し込む。


扉を開くと、空間の奥に、巨体のオーガひとりが楽々寝転べそうな台座がまず目に入る。

台座の他には山積みの炭や、茶色い液体の入った水槽や透明な液体の入った水槽。大中小さまざまなサイズのハンマーやヘラやら玉箸。小さな箒。小型のドラゴンならすっぽりと入りそうな大きな炉などが目に入るが、いちばん特徴的なのは、空間の最奥には真っ赤なマグマが流れている事だ。


武器制作に励むリーダーのドワーフは、分厚い手袋を何重にも重ねた状態で柄の長い大きなスコップを手にして、落下の可能性を減らす手摺りに腹をもたれさせながらマグマを掬い取り、急いで体全身を半回転させ黒い水槽の中に溶岩を流し込んでいる最中だった。



「親父!1分だけ時間をくれ!」


「あぁー!?」


ガジンの呼び掛けに気がつくと、父のドワーフは血相を変えて怒鳴り出した。


「馬鹿野郎ガジンてめぇ!!あれほど作業中の工房に入るなって言ったのにまだ分からねぇか!!」


分かっていた事だ。怒られる事は百も承知だったが、皆が真剣に前に進もうとするなか、自分だけが気まずいからなどといって立ち止まっている事はできなかった。


「急ぎなんだ!用件だけ伝えたらすぐに出ていく!」


「チッ、さっさと言えさっさと」


実のところは父も理解していた。ガジンはもう子供じゃない。そんなガジンが、何度も繰り返し口煩く入ってくるなと叩き込んだ筈の作業中の工房に入って来たのにはそれなりの理由があるからだ。つい先ほど怒鳴ったばかりだが、大して怒っているわけでもない。半分以上が生活様式から来る単なる癖による言動だ。


「他はいいからまずはワーウルフとヴァンパイア3人分ずつと、オーガとハーピィ1人ずつの武器を作ってくれ!なるべく急いで、なるべく上質な状態で頼む!ああそれと、遠方に子供のドラゴンが現れた。こちらにはまだ気付いていない様子だ」


「ああ分かった、最速で最上質のヤツを作ってやる。5日待てと伝えとけ」


ガジンの言葉だけ聞くと、父は振り返って、たったいまマグマを入れた水槽の上に小さな水槽を浮かべてそれを留め具で固定し、その中へ大量の鉄と繋ぎ石を入れていく。


「え」


予想だにしない呆気ない反応に、思わずガジンがその場で立ち尽くす。


「どうした?まだなんかあるのか?」


鉄と繋ぎ石を、大きな玉箸でゴロゴロと混ぜ合わせながら父が質問する。


「いや…理由を聞かないのかと思って」


「まぁ、なんとなく予想で分かる部分もあるが、とにかく必要な事だから伝えたんだろ?お前も半人前じゃないんだ。いちいち聞き直すだけ時間の無駄だ。これ以上用がないんなら早く持ち場に戻りな」


思わぬ父の言葉に心中で感動しながら、ガジンは工房を後にし、少しだけ軽やかな足取りで、採掘班の皆が集まる広場へと向かって現状を説明してから穴掘り班の集まる広場へと戻り必要な日数を伝える。


その時点で既に就寝時間は過ぎていたが、ガジンは続けて見張りをするハーピィとオークの元へと向かい、常に落ち着いた様子の体の大きなハーピィに現状を説明して先遣隊に加わってもらう約束を取り付ける。


ようやく寝床へ入ってからも胸の高鳴りからしばらくは眠りにつけなかった。

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