お夜食と初潜入
「えっと、それはとっても危険じゃないかな?」
「アサシンのスキルを試してみたい。」
「いや、だからって、いきなり実践しなくても。」
私とエレインの話に割って入ったのはウォルフだった。
「ちょっと資料を覗いてくるだけで、戦うわけじゃない。隠密行動がとれるのは実証済みだから連れていっても問題ない。何事も経験だ。」
「感知で敵もわかるし、マッピングで召喚された部屋までの道は覚えてる。」
――なんてこと。方向音痴の露ちゃんがあのダンジョンを攻略してるの?異世界スキルってすごいのね。
ちょっと、いや、かなり心配だったけれど、エレインを信じてウォルフに託すことにした。いや、違う。ウォルフを信じてエレインを託した。
ちびちゃんズを寝かせ、寝る気のないリンネットをベッドに押し込むと、私はトラヴィスにキッチンを使う許可を得た。
――きっと帰ってきたときにはお腹減ってるだろうし、お菓子よりは軽食がいいよね?主食の肉は必須?……よし決めた!
私は材料を準備して気合いを入れて夜食を作り始めた。
小麦粉に砂糖と塩を入れてよく混ぜる。そこに牛乳と卵を入れてダマがなくなるまでひたすら混ぜていく。
――うっ、腕が死にそう。切実にハンドミキサーが欲しい……。と思ったらやってきたでござるよ。
私はクラウスを呼び止め代わってもらい、横から牛乳を少しずつ加えていき、牛乳を入れ終わったら溶かしバターを入れる。
さすが偉丈夫、混ぜるスピードが落ちない。キレイに混ざったらそのまましばらく置いておく。
次はオーク肉を出してもらい薄く切っていく。その間にお湯を沸かしてホウレン草を茹でて小さめに刻んで水気を切る。
お肉をお酒と塩と柑橘系の絞り汁で軽く揉んで、下拵えは終了した。
後はエレイン達が帰って来たら焼くだけなので、クラウスにお礼を言って一緒に居間に戻った。
御園夫妻も部屋に戻ったようで、居間ではトラヴィスとマルセロが帰国の準備について話をしていた。
国境門で身分証の提示を求められるが、私たちには身分証がない。
身分証は最初に作った国で住民登録されるため、ここで作るとパルド王国の国民になってしまう。それを聞いて私は思わず立ち上がる。
「この国の国民になるのは絶対に嫌です!」
「それがわかっているから、話し合いをしているんですよ。とにかく国境門を通る方法を考えましょう。」
マルセロに言われ、私は一度深呼吸をしてからゆっくりと座った。
いろいろ考えてはみたが良い案が出ないまま時間が過ぎ、城へ行った三人が帰ってきた。
私はクラウスに手伝いを頼みキッチンへ向かう。
予め準備しておいたお茶を入れクラウスに運んでもらい、クレープの生地を焼きながら同時にお肉も焼いていく。
焼き上がったクレープ生地にお肉とホウレン草とチーズを乗せ、春巻きのように包んでいけば、皆がいる部屋へ運ぶ間に余熱でチーズもトロトロになる。
「やった!途中でお腹鳴りそうで大変だったんだよね。」
こちらの心配をよそに、エレインはクレープに飛び付いた。
皆が食べる様子をしばし眺め反応を見るが、美味しいと喜んでくれたので、私も食べてみる。
――確かに美味しいんだけど、やっぱりなんか物足りない。胡椒とマヨネーズが欲しいな。マヨネーズはクラウスさんに頼めばできるよね。
クレープを食べながらウォルフの報告が始まる。
「エレインの感知で人が近づくのがわかるんで、やりやすかったぞ。」
ウォルフは私が心配していただろうと、最初にエレインの活躍を教えてくれた。
「やはり奴隷たちを召喚に使ったのは間違いない。各国から集めてざっと二百人ってところだ。聖女に関しては上級五人中級三人だ。中でも上級の一人は特別寵愛を受けているようだったな。」
――夜の蝶に落ちたな……。
「上級が五人か……これは帰国を急いだ方がよさそうだな。」
「今回召喚された聖女に特級はいなかったんですね。」
マルセロがホッと安堵の息を吐く。
「あのー、特級聖女は召喚されていますよ。」
私の言葉にマルセロの顔が一転強ばる。ウォルフは資料にはそんな記述はなかったと声を荒げた。
「資料には載っていません。特級聖女はシノさんですから。因みに私は聖母です。」
私の発言に皆が凍りついたように微動だにしない。ただ一人エレインはクレープを堪能していた。
「聖母と言ったら、伝説と言われるぐらい昔に存在していたと聞きますが、詳しい資料も残っていないんですよ!」
「なぜ特級聖女と伝説の聖母を追い出すんだ?理解できない。」
――そんなこと私に言われてもわかるわけがない。
「私たちは鑑定をする前に追い出されたので……。でも、鑑定前に追い出されたのはある意味良かったですよね。あんな人たちに利用されるなんて真っ平ですから。」
「ボスは利用される前に国ごと滅ぼすね。」
エレインがクレープを食べながら、毒を吐く。
――まあ、確かにね。ってまだ食べてんの?
「魔力無限の意味がわかった。」
ウォルフが納得の表情で頷く。続けてトラヴィスから質問がくる。
「鑑定していないのになぜわかる?」
「転移者のスキルの一つだと思いますが、私たちは自分のステータスを見ることができます。タカさんは賢者。シノさんが特級聖女。私が聖母でエレインがアサシン。リンネットは特級魔導師です。ミランダがビーストマスター、イレーヌは特に記述はありませんでした。」
「あれほど幼いのにスキル持ちなのか。それにしても賢者に特級魔導師まで追い出すとは……。」
「ただのバカ。」
――露ちゃんちょっと黙ってー。
夜も遅いし、少し情報を整理したいと言われ、その日は解散した。私は調理器具や食器を洗浄魔術でキレイにしてから部屋に戻りふかふかのお布団で眠った。