異世界飯と情報共有
食事はクラウスとロベルトが作ってくれると言うので、私たちは部屋に戻り荷を解くことにした。
そうは言っても突然の召喚で荷物なんてほとんどないのだが。
私は空き部屋の一つを作業場として使わせてもらい、仕事道具を広げていく。その中からミランダとイレーヌに合うサイズの服を出した。
私の仕事は服や装飾品を作ること。
元々子どもたちの服やカバンを作ることが好きで、そこからガラス細工、レジン、革細工などあらゆる手芸に手を出し、果てはシャンプーや化粧品から殺虫剤に至るまで手作りと名のつく物は大概挑戦し、できた物が家に溢れると、友人に押し付けたりバザーに出していた。
その友人の中の一人が居候させてもらうはずだった佳南で、彼女は私の作る物を気に入ってくれていた。
ハンドメイドアプリやマルシェを利用することも提案してくれたが、私はそういうことが苦手だ。
めんどくさいとブーたれていたら、いきなりハンドメイドショップを立ち上げて、私同様作るのは好きだけど、その他の手間はちょっと……という人の作品を委託販売の形で売るようになり、佳南のお陰で私は家にこもったまま収入を得て、子どもたちを育てることができた。
――かなぶん心配してるかな?本当なら今頃お祝いピザパーティーしているはずだったのにな。
友人を思い出し感傷に浸っていると、バタバタと足音が聞こえてきてバン!と豪快にドアが開き、「おかぁたんごはんで~つ。」と元気な声が響いた。
食卓には豪快に焼かれたオークの肉とサラダとゆで卵とスープが並んでいた。
――ええっと……主食は……肉?見た目は美味しそうだけど、油断は禁物。飯マズは異世界あるあるの定番だからね。
先ずは小さめに切ったお肉を口に入れてみる。不味いという程ではなかった。お肉は旨味もたっぷりでしっかり火が通っていても柔らかかった。
ちょっと残念だったのは味付けが塩のみ。肉もサラダも卵も塩のみ。スープに至ってはアク取りしてない。
これが男の料理ってヤツなんだろうか。
飯マズと言うよりも、食文化が発展していないんだと思う。化学調味料に慣れてしまった口には塩味だけでは物足りない。
そしてこれはお決まりだね。米が欲しい。
食後は皆が揃ったので、お互いの情報を公開、交換する場がもうけられた。
館の洗浄中に戻ってきた黒髪の男性はトラヴィス。今回の任務のリーダーをしているそうだ。そしてもう一人がマルセロ。魔導師団に所属していて館に防御の魔術をかけた人だが、帰ってきたら大量の洗濯物がキレイになっていたと涙目で感謝された。
彼らは最近パルド王国の商人が奴隷を大勢買っていることや、冒険者が誘拐未遂で何人も捕らえらえていることで、パルド王国が何のために人を集めているのか潜入して目的を調べていると言った。
だが、買い集められた奴隷も誘拐されたと思われる人も見つからないため、調査が行き詰まっているらしい。
そして私たちは突然召喚され、目障りだと追い出されたことを話した。今思い出しても本当に腹が立つ。
私たちの話を聞いて、トラヴィスは今回の任務と私たちの召喚に関係があるのではないかと話し始めた。
「本来召喚の魔術を使うとき、一人召喚するのに上級魔導師が十人は必要だ。それを十五人も一度に召喚している。問題はその魔力をどうやって集めたか。上級魔導師は一つの国でも十人いるかどうかというくらいだ、中級や下級の魔導師総出でも十五人の召喚は無理だろう。」
その言葉にクラウスが反応する。
「奴隷や誘拐してきた市民を使ったのか。」
「確証はないが、奴隷たちが生きている場合、食事を与えないといけない。たとえ少なくても人数が多ければそれなりの量が必要になる。」
「確かに先週までは城に大量の食糧が運ばれていたが、今週に入ってからは普段と同じ量に戻っている。」
マルセロは商業ギルドに潜入して物資の流れを調べていたが、今回の食糧の増減は、パーティー好きな国王がまた重鎮たちを集めて宴を開いているのだと認識されているらしい。
ここで私はちょっとした疑問を口にする。
「食糧がいつもの量に戻っているならパーティーの可能性が高くないですか?奴隷を召喚に使ったとしても、食事は必要ですよね?」
トラヴィスが険しい顔をして頭を横に振った。
「魔力が高ければ使い切ることもなく、回復薬があれば問題ないが、魔力が枯渇すると人は消し炭のように崩れてしまうんだ。」
私は召喚されたときのことを思い出す。カラフルなローブの人たちがたくさん倒れていた。その向こうでたくさんの奴隷や誘拐されてきた人たちが、無理やり魔力を奪われて消えていったかもしれない。
皆が悲痛な面持ちで俯く。沈黙を破ったのはエレインだった。
「あいつら聖女を召喚してた。目的は?」
その問いにマルセロが答える。
「そもそも異世界から召喚される人は能力がかなり高いとされています。召喚に必要な魔力が多すぎるため私たちの国でもここ百年は行われていません。その中でも聖女は特に魔力が豊富な上、世界の均衡を保ち平和をもたらすそうです。」
「ふうん、世界平和規模の魔力を館の大掃除に使っていいの?」
リンネットの突っ込みに重かった空気が吹き飛んだ。
――空気……読めないどころか吹っ飛ばしたよ。
マルセロは微笑んで先を続ける。
「この世界にはドワーフ族、エルフ族、竜人族、ヒューマン族、獣人族が存在しています。昔はそれぞれの種族が住んでいる場所が世界樹の力で守られていました。たぶんこれが世界の均衡を保つということだと思われます。今はどこの国でも魔獣が多く出没し、均衡が崩れていると言えます。」
「パルド王国が聖女を召喚して、平和な世界を取り戻すってこと?でも仙人さんは王国を救って欲しいって言ったよね?あの魔王が世界を平和にするっていうのも信じられないんだけど。」
私の言葉にロベルトが笑う。仙人や魔王という例えがおかしいらしい。でも名前がわかんないからしょうがない。
「パルド王国はエルフ族や獣人族の領地に侵攻して彼らを捕まえては奴隷や捧げ物にしているらしい。」
トラヴィスの言葉に怒りが沸いてくる。聖女の魔力を侵略に使うつもりなんだ。やっぱりあいつは魔王だった。
トラヴィスは詰んでいた調査が私たちの情報を得て進展を見せたので、一度国へ戻り今後のことを相談した方がいいと言う。
パルド王国が聖女の魔力を得たことで隣国に攻め込む可能性も考えなくてはならないらしい。
「帰る前に一度聖女たちの情報を集めるために城へ潜入したい。」
ウォルフがトラヴィスに許可を求めると、横から突然「あたしも行きたい。」とエレインが言った。
――なんですと?