お話し合い2
「出発は二週間後だ。それまでに準備しておいてくれ。クラウス、リオーネの護衛はそなたに任せる。」
リュシアン陛下の言葉で中央会議への出席が確定してしまった。
――この国で二番目の地位を持ってるのに権力が無いのは何故なんだ?
詳細はクラウスが館に戻ってから説明してくれるらしいので、食後に解散となった。
ずいぶん先まで予定を入れられてご機嫌ナナメの私に追い打ちをかけたのは、城の文官だった。
来たときの牛歩と違って足早に進む文官に私のイライラが限界点を超えそうになったとき、隣を歩くクラウスがそっと囁く。
「久しぶりにクレープが食べたいんだが、市場で買い物をして帰らないか?」
この言葉にイライラに八つ当たりも乗っけて文官にぶつけてやろうと考えていた私の頭の中が、一気にクレープへと変わってしまった。
「じゃあ、クラウスさんはマヨネーズをいっぱい作ってくださいね。中身は何が好きですか?子どもたちのおやつはフルーツとクリームたっぷりにしようかな。」
上機嫌で話す私にクラウスが笑顔で頷く。
「私チョロすぎだろ!」と自分に突っ込むのはその夜ベッドに入ってからのこと……。
久しぶりの市場はどこかホッとするような賑わいで、苦手だった人混みもなぜかうれしく感じた。
――はぁ、この何気ない日常こそが私の求めていた生活。討伐とか陰謀とかそっちのジャンルは好みではないのだよ。
そんなことを思いながら、先ずはクレープに必要な材料を選んでいく。
「ねぇクラウスさん。アイテムボックスに入れれば傷むこともないですし、遠征に必要な物も買っちゃいましょうか?」
「そうだな。どのみち買うものだから思いつくものだけでも買っておくか。」
私の提案にクラウスが同意したので、私たちは何が必要か相談しながら歩みを進めた。
片道二カ月でその大半がグレンドーラの森である。街もなければ店もない。その上今回はリュシアン陛下とアデライド王妃がいるため、従者や護衛の数も増えるはずだとクラウスは言う。
「食事はもちろん別に作るんですよね?」
「今のところその予定だ。」
――今のところって何?怖いんですけど。
先の遠征では結局みんなまとめて作ることになって給食のおばさんと化したのも記憶に新しい。人数によって荷物の量が違うのだから、その辺りははっきりしてもらわないと困る。
「調味料は袋単位で買っちゃいましょう。あとはお米と小麦粉とお野菜でしょうか。」
「肉は買わないのか?」
クラウスの質問に彼の主食が肉だということを思い出した。でもグレンドーラの森を行くならお肉は現地調達で良いのでは?と思うのは私だけだろうか。肉好き、狩好きな珍じゅ……いや、神獣たちもいるので、毎日新鮮なお肉が手に入ることは間違いない。
「お肉はわざわざ買わなくても、うちの子たちに任せていいと思います」
「狩か。それもいいな。」
クラウスがポツリと呟くのを私は聞き逃さなかった。
「まさか一緒に行こうなんて思ってませんよね?」
「うん?食料調達は大事なことだ。リオーネも行くだろう?楽しいぞ。」
――狩りが楽しいのはあなたたちだけです。
「できることなら私の代わりに転移陣を持って行っていただきたいぐらいです。到着してから合流で良くないですか?」
「俺はリオーネと一緒にいたいと思っている。」
――まぁ、荷物持ちに給食のおばさん、魔力充電までこなせますからね。まったく……楽することを覚えると衰退しちゃいますよ。
「わかりました。転移陣は諦めます。とりあえず今日のところはこのぐらいにして、帰ってクレープを作りながら会議をしましょう。」
私の言葉にクラウスが何かを言いたそうだったが、「そうだな。」とつぶやくように返事をしてクラウスは歩き出した。
――あっ、護衛を任されたから私が行かないと狩に行けない?そんなの気にしなくてもいいのに……。いや、リュシアン陛下がいるならそうもいかないのか。この遠征、既に面倒な予感しかしないね。
館に戻るとウォルフ、リゼルダ、レニー、エレインに声をかけ、クレープを作りながらの厨房会議が始まった。
最初に城での出来事を話し、今後の予定についてもザックリと報告した。
「遠征準備をするにしても、人数がハッキリしないと準備も進まないんですよね。」
「今回子どもたちはどうするの?」
最初に質問したのはレニーだった。レニーはちびちゃんズ次第で決めると言い、今回も子守を買って出てくれた。
「今回ちびちゃんズはお留守番です。でも私は途中転移陣で何度か戻ってくるつもりでいますよ。」
「そう。じゃあ、あたしも留守番ね。」
レニーの選択は納得できるが、私の不安はグンと大きくなった。給食センタースタッフや相談相手として頼れる存在がいないのだ。
――レニーがいなくて私、大丈夫?だったらちびちゃんズを連れて行く方がいいかなぁ。
大人ばかりの遠征に連れて行くより、館の子どもたちと一緒にいる方がいいと思い今回は留守番と決めたのに、決心が揺らぐ。
「じゃあ、今回はあたしが一緒に行くよ。」
悩んでクレープ作りの手が止まっていた私の隣でリゼルダがそう宣言した。驚いたのは私だけではない。
「おいっ。何言ってるんだ。」
「あら、あたしが一緒なのが不満かい?」
「いや、そうじゃなくて。二か月の道程のほとんどがグレンドーラの森だぞ。馬車も使えないし、馬に乗るのも陛下と王妃様ぐらいだ。現役の冒険者にだってキツい遠征になることは間違いない。俺はお前の身体の心配をしてるんだ。」
――ラブラブですなぁ。でもウォルフさんの気持ちもわかる。……待って、馬車がダメってことは当然荷車もダメよね?私もずっと歩くの?いやいや、私だってこの国で二番目の地位をいただいてるわけだから馬に乗ってもいいのよね?でもでも、リゼルダさんを差し置いて私だけ馬に乗るなんてそんなのできないし……。転移陣は諦めるって言ったけど、今なら撤回できるかなぁ。
ウォルフとリゼルダの掛け合いを微笑ましく見ていたはずが、一気に現実に引き戻される。魔力なら無限にあるけれど、体力はちびちゃんズにも負ける自信がある。
「心配はいらない。リゼルダなら我らが乗せて行く。」
そう言ったのはリゼルダの隣で並んでお座りしている助格コンビだった。
クレープ生地を焼く私の隣でお肉を焼いているリゼルダをじっと見つめ、時々おこぼれを頂いているのだ。完全に餌付けされている。
――リゼルダさんの前に私を乗せると何故言わないのか……私、主だよね……。
「あら、ありがたいねぇ。じゃぁ遠慮なく乗せてもらうよ。」
そんなわけでリゼルダの参加も決定し、私は不安を一つ解放した。
「それじゃあ、うちから遠征に参加するのはリゼルダさん、私、エレイン、でいいですか?」
「ちょっと待ったー!ボクも行くんだからね!仲間外れなんて酷いよ。」




