従属契約の末路
「わたくしが何をしたと言うのです。これは陰謀ですわ。あの女がわたくしの地位を狙っているのです。」
私を指差してソルアがわめき散らしている。
――えーと、どこから突っ込めばいいの?何をしたって……仕事はしていないよね。それにこの国で二番目の地位にいる私が自分より下位を狙うっておかしくない?
私が呆れている間に近衛騎士たちによって二人の付き人と共にソルアは部屋から連れ出された。少しずつ遠ざかっていくソルアの声を聞きながら皆がため息をついた。
しばらくして容態の落ち着いたリュシアン陛下がアデライド王妃に支えられゆっくりと身体を起こした。
「陛下、わたくし生きた心地がいたしませんでした。」
「ああ、今回ばかりは死を覚悟した。そなたの身体は大丈夫なのか?」
「はい、リオーネ様に治癒していただきましたので、痛みも傷跡もございません。」
手を取りお互いを気遣い合う二人を見て、本来あるべき光景にほっこりする。
「この水がぶ飲みしてたら間違いなく瞬殺でしたね。ホント間に合ってよかったです。」
リュシアン陛下とアデライド王妃の治癒が終わり、私としては大満足だ。さっさと帰って織り機を動かしたい。
「何を呑気なことを言っているんだ。まだ何も解決していないんだぞ。お前が時間通りに来ていれば王室付きの聖女など必要無かったのだ。」
任務を終えて帰る気満々の私にトラヴィスの言葉が矢のように突き刺さる。
――朝からめっちゃ頑張ったのに、何故怒られる?
「そんなことを言われても、牛歩の文官と文官長というトラップがあったのですよ。だから転移陣を使えば良かったのに。」
「それではあの役立たずの功績になってしまうではないか。これ以上助長すれば一日中居座るようになるぞ。」
私も負けじと言い返すがトラヴィスには口で勝てそうな気がしない。
「二人ともやめるんだ、まずは誰が水に毒を入れたのかを調べるべきだ。」
クラウスの仲裁に、私とトラヴィスはクラウスや両陛下と向き合った。
「このお水はいつからあったのでしょう?」
「それは私が今朝給仕室から持ってきたものです。」
私の問いに対する答えは後方の壁際に並んで立っている両陛下の付き人から帰ってきた。
「城には各階に調理場から食事などを運んでくる専用の部屋があります。水やお茶などもそこで私たちが受取り、部屋まで運んできます。」
「給仕室まで持ってきた人が誰だかわかりますか?」
「いえ、給仕室に届くとベルが鳴るのでそれから取に行くのですが、持ってきた者と顔を合わせたことはございません。ですが給仕室には毒の混入などを検査する道具が置いてあり、もちろん今朝も検査をして異常がないことを確認して持ってきました。」
現在両陛下の付き人はリュシアン陛下に男性が六人、アデライド王妃に女性が六人。
シフト制で常時二人ずつ付いているという。
ベルが鳴ってから給仕室へ行く人は決まっているわけではなく、手の空いている者が取りに行く。そして毒に対する検査は方法や手順が決まっているので誰がやっても同じようだ。
「ということは、検査をした後に毒を入れられたということになりますよね?給仕室で検査をしたときはお一人でしたか?」
「いえ、本日は文官長が王都の貴族たちと会合を行うということで、その準備のため十人ほどいたと思います。」
給仕場へ水を取りに行った付き人の話の途中で突然部屋の扉が開いた。一つは先ほどソルアたちが連れ出された扉で、怒りを爆発させそうな文官長が、もう一つは反対側の扉で、付き人たちと同じ服を着た女性を咥えた左平次だった。
――ちょっと佐平次。何咥えてんの!
ソルアが部屋を出た後も騒いでいたので文官長が来た理由は一つしかない。だが左平次の咥えている女性が誰なのか皆気になってそちらを見ている。
「聖女を軟禁するとはどういうことですか!」
開口一番に叫んだジェラールの声に咥えられている女性が反応した。
「文官長、お助けくださいませ。」
恐怖からか顔色の悪い女性が文官長に手を伸ばして助けを求めると、私と目があった左平次がペイっと女性を放り投げた。
床に転がった女性は腰が抜けたのか、ずるずると身体を引きずるように文官長に向かって行く。
「陛下、いったい何をしているのですか?」
女性を咥えた佐平次を目にして上擦った声でジェラールが問う。だが、何をしているのかはここにいる皆が聞きたいと思っている。
「この者が厨房の裏で穴を掘っていたのだ。埋めたものはエレインが持っている。」
左平次はそう言うが辺りを見回してもエレインの姿はない。
「そのエレインはどこにいるの?」
そう左平次に聞いたとき、左足の踝にコツコツと固いものが当たった。
何だろう?と視線を下に向けた私は「うひゃぁ!」と言って隣に立っていたクラウスの腕にしがみついた。
リュシアン陛下のベッドの下から小瓶を掴んだ腕がにゅうっと出ていたのだ。
私の足元に小瓶を置いて腕はスッとベッドの下に消え、トラヴィスが素早く剣を抜き「誰だ!」とベッドの下を覗いた。
驚きと恐怖で心臓がバクバクしてイヤな汗が出る。
――怖すぎる、心臓が止まるかと思った。
「この周辺を封鎖し、探せ!」
トラヴィスは扉の前にいた騎士に命じると、小瓶を持って立ち上がり、剣を鞘に納めた。
「文官長様、お助けください。私は……。」
文官長に向かって手を伸ばした女性の言葉はそこで止まった。
次の瞬間女性の身体が黒くなりドロリと溶けて、床に落ちた。
スライムと言うよりタールのようだった。
――うわっ、気持ち悪。何なの?これ。
状況を理解できずに固まっている私を置き去りに、周囲の人たちは話を進めていく。
「これでお分かりいただけたでしょう。聖女は利用されただけなのです。近衛騎士団は早急に対応するように。私はこれで失礼します。」
そう言って文官長は部屋を出ていく。文官長はソルアが無実であれば満足のようだが、私としては疑問だらけでスッキリしない。けれども文官長が部屋を出て行ったことだけは良かったと思う。
「はぁ、文官長が溶けてしまえばいいいのに。」
ため息と共に本音が漏れたところで周囲からクスっと笑いがこぼれる。
「笑い事ではありませんよ。この状況で平然としているなんて、もしかしてこの世界ではよくあることなんですか?」
「いや、希ではあるが初めて見たわけではない。それより食事が先だ。」
邪魔者が居なくなったので、状況を整理しながら話をすることになったのだが、食べながらするような話ではないと思うのは私だけだろうか。
リュシアン陛下が着替えのために部屋を出ている間に私は朝食の準備に取りかかった。
アイテムボックスから館で作った料理を取り出し、両陛下の付き人に手伝ってもらいながら並べていく。
食事をしながら話をするため、準備を終えたら付き人たちには部屋から出てもらい。盗聴防止の魔術を部屋にかけた。
両陛下が戻って来るのと同時にエレインもどこからともなく現れた。
「ちょっと、露ちゃん!ああいうのやめてよね。心臓に悪いから。」
「ごめんごめーん。でも顔を晒すわけにはいかないから、しょうがないじゃん。」
「それにしたってもうちょっと違うやり方があるでしょ!露ちゃんの手だってわかっても、動悸が治まるには時間がかかるんだよ。」
私のお説教をエレインはいつも道理に右から左へと流していく。それに憤慨しているとトラヴィスからストップがかかった。
「説教を聞き流すのはお前にそっくりではないか。さほど珍しくもない。それより早く席に着け。」
間違っていないので反論できない私は「はぁい。」と返事をして食事の席に着いた。
「トラヴィスさん。エレインを探すように言った騎士たちは放っておいて良いのですか?」
「エレインだということは俺もすぐにわかった。だが文官長がいたからな。」
形だけの指示だとトラヴィスは言った。どうやら騎士たちの間でフェイクの指示だとわかる秘密の動きがあるらしい。あの文官長と毎日対峙するのは苦労が多そうだ。
「率直に聞きます。犯人は文官長ですか?」
私の問いに皆黙り込む。疑いはあっても断言するほどの確証はないようだ。
「めんどくさいから消去でいいんじゃない?あいつクソ親父に似てて嫌い。」
「それだ!どっかで会ったことがある感じがしてずっと引っかかってたんだよ。あースッキリした。あっ、露ちゃん若い女の子がクソ親父なんて言っちゃダメよ。その通りだけど。」
エレインの一言でモヤモヤしていた気分が吹き飛んだ。自分が絶対に正しいと思っているところといい、若い子にデレデレする様子といい、間違いなく同系統の人間である。
今後文官長を見るたびに思い出すことになるのかと思うと、思い出ごと消してしまいたい衝動に駆られるが、そんなことが許されるわけもない。