ポックフィートと来訪者
「ボス、巣穴見つけて。」
「ほいよ。」
アシワラを頑張って集めてくれたのだから、次は私がお手伝いする番だ。
私は鑑定スキルを使ってポックフィートの巣穴を探した。
近くには二つの巣穴があり、一つには一匹のポックフィートが。もう一つには五匹のポックフィートがいたが、そのうち三匹はとても小さかった。
エレインに伝えると一匹の方でいくと言い。ユーリスとトーマが作ったカゴを巣穴の出入り口にセットしていった。
「あとは煙玉を巣穴に入れたらすぐに出てきますよ。」
そう言ってユーリスが腰に下げている袋からピンポン玉サイズの煙玉を取り出した。
「ユーリスさんは常に持ち歩いているんですか?」
「ええ、大型の魔獣などに遭遇したときなど、退避するときにも使いますから。騎士団なら誰でも持っていますよ。」
――ああ、忍者が逃げるときにボフってやるヤツか。
「それは必要ですね。後で私にも作り方を教えてください。」
「リオーネは逃げる前に狩った方が早いだろう?」
「主、我らが居るのだ。必要ないだろう?」
「…………。それもそうですね。」
――私はただボフってやりたいだけなのに。みんなして真顔で突っ込むことないじゃん。
私の膨れっ面などお構い無しに狩は進んでいく。
ユーリスから煙玉を受け取ったエレインはそれを手のひらに乗せ火属性魔法で炎を出す。すると煙玉の端がチリチリ音を立てたと思ったら、突然勢いよく煙が吹き出した。
エレインが出入り口の一つに煙玉を投げ入れ、再びカゴをセットする。
四つある巣穴の出入り口にはエレイン、トーマ、ウォルフ、ユーリスがカゴを押さえて待機している。
ポックフィートがカゴに入ったら蓋をするだけなので簡単だ。
思えば小さい魔獣を狩のは初めてだった。いつもウルフたちは食料としての魔獣しか目に入らないし、その大きさはどんどん大きくなっている。
素材を売れば生活に困ることはないし、美味しいからみんな喜ぶけれど、私が忙しくなることが問題なのだ。大物が美味なのはわかるけど、こんな感じで私が居なくてもできる狩をしてもらいたい。
「入ったー!」
そう言ってカゴを掲げたのはトーマだ。そしてカゴに入っている魔獣は確かに細長かった。
「これなんだっけ。イタチ?オコジョ?」
「フェレットじゃん。」
――え?そうなの?……うーん、違いがわからん。
まあ、なんであれ捕まえることができて良かった。
エレインは早速マルセロに従属契約の方法を聞いているが、ポックフィートはカゴに入っているのだから、戻ってからでもできる。まずは腹ペコで死にそうだと言うロッタトールにアシワラを食べさせないといけない。
「格さんはみんなが転移した後、転移陣を回収して戻ってね。」
「わかった。」
「じゃあ、ロッタトールのところに戻りましょう。」
転移陣で戻りエレインのアイテムボックスからアシワラを取り出してロッタトールの前に山積みにすると、右の頭が突然空に向かって炎を吐き出した。そして驚いて固まっている私たちに頭を下げ「嬉しくてつい……。ごめんよ。」と言った。
私たちの大きさから運べるアシワラはそんなに多くないと思っていたのだが、アイテムボックスから次々と出てくるアシワラを見て興奮してしまったと言う。
反対に左の頭は「水の中に入りたかった。」とため息をついた。
「こんなにたくさんのアシワラがあるのにため息なんて……。嫌なら食べなくていいよ。オレだけ食べても腹は膨れるんだ。」
「食べないとは言ってない。オレは水に入って自分で取って食べたかったんだ。」
二つの頭が言い合っているのを聞いて私の頭の中にパッと言葉が浮かんだ。
「あなたたちの名前を決めたわ。炎を吐く方がポジ、冷気を吐く方がネガよ。」
そう、ポジティブとネガティブ。分かりやすくて覚えやすい。意味は敢えて説明する必要もないだろう。
そんなことをしている間にエレインはポックフィートと従属契約を結んだらしい。
アシワラを食べ始めたロッタトールから離れ、皆が集まっている方に行くとキーキー鳴くポックフィートとそれに向かってしゃべるエレインが目に入った。
――うん、端から見ると変な人だね。
「どうやら従属契約が翻訳の鍵だったようね。で、ポックフィートはなんて言ってるの?」
私がエレインに問いかけると、こちらを向いたエレインが通訳してくれた。
「初めて作った巣に煙玉入れたことにめっちゃ怒ってんの。」
「あー、新居に煙玉かぁ。そりゃ怒るわ。」
「それと、ごはん食べ損なったって。」
「ポックフィートの主食って何なの?」
私の言葉をそのまま繰り返してエレインが通訳すれば、それに対してポックフィートがキーキーと鳴く。
「何でも食べるけど、お肉が一番好きだって。」
――肉食が増えたな……。
「バッセレイのお肉があるけど、食べる?」
私が聞けばエレインが通訳して返事を返す。
ポックフィートは自分より大きな魔獣の肉は初めてだと、喜んでいるらしい。
私はアイテムボックスからバッセレイの肉を取り出し、小さく切り取ってお皿に乗せてエレインに渡した。
ポックフィートは身体が小さい分、拳大のお肉で満腹になるので助かる。それに比べてウルフたちは、身体が大きくなって更に食べるようになった上に、焼いて味付けしたお肉の味を知ったため、量も手間も増えたのだ。
――めんどくさいことこの上なし。
日が傾きそろそろ野営地に戻ろうという話しになると、ロッタトールをどうするかが問題になった。
ポックフィートはエレインが連れて帰るのだが、ロッタトールは大きすぎるし、グレンドーラの森から出すわけにもいかない。
ポジとネガは湖の近くでアシワラを食べてのんびりしていると言った。
「ここから湖までこの道ができるんですよね?大丈夫なんでしょうか。」
「この程度でグレンドーラの森は失くなりゃせんよ。ここの植物は森の外より成長が早いんじゃ。ロッタトールとて元々この森で動き回っておったんじゃ、我らが案ずることでもなかろう。」
オスロの言葉に納得し、ポジとネガにグレンドーラの森から出ないようにとだけ言って、私たちは帰路についた。
ウルフたちがロッタトールに時間を取られて結局狩ができなかったと文句を言っていたが、私は十分すぎる程働いた。
野営地に戻るといつも一番にチビちゃんズが駆け寄ってくるのだが、この日はそれより早く走り寄る人物がいた。
「リオーネさん、待ってましたよ。緊急事態です。すぐにお戻りください。」
「ロベルトさん、お久しぶりですね。」
――やっと仕事が終わったと思ったのに……。なんてブラックな世界なの。
感情が顔に出ていたらしく、ロベルトが「すみません。」と言いながら頭をポリポリと掻き、そのまま一緒に帰ってきたユーリスの元へ行き話しを始めた。
「お帰りなさい。ずいぶん急いでいるようだけど、これから王都に戻るの?」
お帰りのハグをしてくれるチビちゃんズの後ろからレニーが小声で問いかけてくる。
「そうみたいね。緊急事態って何かしらね。イヤな予感しかしないんだけど。あっ、でも戻るのは簡単よ。館にも転移陣敷いてあるから。」
「あら!じゃあもう織機は試してみたの?」
「まさか。館の転移陣は一度も使ってないわ。途中で帰って織機に触ってるところをリゼルダさんに見つかったら間違いなく怒られるでしょ。だいたいそんな時間もなかったし。」
「確かにそうね。」
私がレニーと話している間に、チビちゃんズはエレインの従属となったポックフィートを見つけて駆け出していった。
ポックフィートはチビちゃんズの勢いに驚き、エレインの腕をかけ上ったが、オスロに睨まれ慌てて折り返し結局チビちゃんズに捕まってしまった。
エレインが間に入って通訳しながらお互いを紹介している。
――うん、うちの子皆可愛い。
子どもたちの様子を見ていると、視界にロベルトと騎士団組が入ってくるが、皆表情が険しい。どうやら間違いなく緊急事態のようだ。
「お話はまとまりましたか?」
私の問いにクラウスが頷いて答える。
「ああ、俺たちは先に王都に帰ることにした。子どもたちはウルフに乗せられるか?」
「ウルフたちに乗せなくても、転移陣が館に置いてあるのですぐに帰れますよ。」
「……そうか。じゃあ、全員で帰った方がいいのか?」
クラウスが呟いて騎士団組と顔を見合わせるが、問題が一つあった。
「館は防御魔術に守られていますから、認証石を持っていない人は転移できませんよ。」
「そうだったな。ではさっき話した通り、俺たちは先に戻る。騎士団と魔導師団はユーリスが率いて戻ってくれ。」
「私は転移陣で帰ります。」
そう言って首を突っ込んでくるのは、誰もが予測していたが、本当に空気が読めないというか、自分勝手というか、我が道を往きすぎではないだろうか。
「マルセロさんは魔導師団ですよね?」
「歩いて帰りたくないのです。」
――皆そう思ってるよ。この人協調性が欠片もないね。
「シンティアとリアムとジェイドはどうするんですか?」
「歩いて帰るもよし、リオーネさんが認証石を渡すもよし。どうぞお好きなように。」
――また丸投げしたよ。この人。
「わかりました。どうせ専属で来てもらうんですから認証石をお渡しします。では皆さん帰る準備をしてください。」
帰る準備と言っても私とエレインは普段からアイテムボックスで全ての荷物を持ち歩いているので、そのままでも帰ることができる。
大変なのは魔導師団で、マルセロから突然帰還すると聞き、広げていた紙を慌てて片付けていた。
「荷物をまとめるのにもう少し時間がかかりそうですね。私たちは先に帰ってリゼルダさんと夕食の相談でもしましょう。これだけの人数が増えるとなると、買い物も必要になるでしょうから。」
「そうね。じゃあ、子どもたちを呼んでくるわ。」
そう言ってレニーがポックフィートと遊んでいるちびちゃんズを呼びに行くと、入れ替わりでリンネットがやってきた。
「お母さん、ボクはシンティアさんと一緒に後から帰ってもいい?」
「いいけど、お邪魔しないようにね。」
「邪魔なんかしないよ!誰かさんのわがままで集めた薬草とかいっぱいあって荷造りが大変だからお手伝いするんだよ。」
――あー、わがままな誰かさんね。うん、わかるよ。
「じゃあ、準備ができたら連絡して。格さんに残ってもらうから。」
「わかった。じゃあね。」
私は嬉しそうに走っていくリンネットを見送ってユーリスを探した。
ユーリスは騎士団に王都への帰還を告げ、帰りの行程などの計画を話し合っていた。
「ユーリスさん、少しお時間よろしいですか?」
「はい、なんでしょう。」
ユーリスは話の輪から抜け出し、私と一緒に女子棟へ入った。
「忙しいのにごめんなさいね。トーマなんだけど、私たちと一緒に帰っても大丈夫かしら?」
「ええ、私もその方がいいと思います。」
「それと、魔導師団とリンちゃんが転移したあと、転移陣を回収してもらえるかしら。」
「ええ、お任せください。後日お届けに参ります。」
「ありがとう、助かるわ。あとこれを持っておいて。館の認証石よ。」
「私が頂いていいのですか?」
ユーリスは少し驚いたように手のひらに乗せた認証石を見つめている。
認証石を渡すということはそれだけ信用しているということだ。ユーリスはレニーと同じように他者と距離を取っているように見えることが時々あったが、女子棟にいるときには感じなかったし、信用できない人と同じ部屋で寝るなんていくらウルフたちがいてもできるわけがない。
「もちろんよ。あなたを家族に迎えたいの。嫌かしら?」
「とんでもない。嬉しいです。ありがとうございます。」
そう言ってもう一度認証石に視線を移したユーリスが柔らかな笑みを浮かべた。
――ああ、可愛い。早く帰って採寸したい!着飾りたい!
私の頭の中は織機と服や装飾品を作ることでいっぱいになっていて、緊急事態なんてすっかり忘れていた。
ユーリスと共に女子棟から出ると、館組は準備を整えて待っていた。
「では、お先に失礼しますね。」
そう言って転移陣を起動すると、次の瞬間には懐かしい我が家へ戻っていた。