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母は異世界でも強し  作者: 神代 澪
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思いつきとチャンス到来

 


 私が近くに倒れている大木を切ると、ウォルフとクラウスが慣れたように簡易テーブルを作っていく。そしてエレインは直径が五十センチぐらいの幹の枝を打ち払い、スライスする。そうやってできた丸太のイスをトーマとユーリスと運んできた。

 マルセロだけがロッタトールを眺めている。

 即席にしてはいい感じのテーブルとイスが完成すると、私はアイテムボックスに入っている料理を適当に並べていく。こんな場所でもできたて熱々が食べられるのがアイテムボックスのいいところだ。


「こうやって食べると館の庭でのパーティーを思い出しますね。帰ったらまたやりましょうか?」

「バーベキューやりたーい。」


 私とエレインが盛り上がっていると、ウォルフが大きなため息をついた。


「それよりも今はロッタトールをどうするか考えないといけないだろう。あの首をどうやって落とすつもりだ?」


 蚊帳から出ようと体当たりを繰り返すロッタトールを横目にウォルフに続いてクラウスもお肉を食べながら聞いてくる。


「何か方法は思いついたのか?」


 たった今足止めに成功して昼食の準備をしていたのに、思いつくわけがない。


「まだ何も考えていませんけど、絶滅危惧種を狩るのは気が引けますよね。」

「だがこのままにしておくわけにはいかないだろう?残りの三体の封印が解かれたらどうするんだ?」


 ――どうすると言われても、正直知ったこっちゃないんだけどなぁ。


「戦をする武力があるなら、自分たちでどうにかすればいいじゃないですか。私は自分の大切な人たちは自分で守りますよ。」

「お前はそれでいいかもしれんが、被害が大きければ陛下が困ることになるんだぞ。」

「それこそ国王の務めであって私には関係のないことでしょう?私はちっとも困りません。もし私に丸投げするなら王座を譲ってもらいますよ。それなら国を守ることが義務になりますからね。」


 めんどくさい仕事と責任だけ押し付けられるのは御免だが、城の中で孤立している王族を放っておくこともできないので、リュシアン陛下の努力次第では手伝いぐらいはしないでもない。


 私とウォルフとクラウスは館でいつも話しているように思ったことをポンポン口に出しているが、ここまで黙っていたユーリスが不意に口を開いた。


「リオーネさんは国王の座を狙っているのですか?」


 見れば眉間にシワが寄っている。間違いなく本気にしている顔だ。


「まさかそんなもの要りませんよ。私が望むのは工房で物作りをする楽しくて平穏な生活です。間違っても政をするような無駄な時間はありません。」

「無駄……ですか?」

「ええ、私にとって大切なのは国ではなく家族ですから。家族のためなら我慢も努力もできますけど、国民のために趣味の時間を減らすなんて無理です。」


 今でさえ完成した織り機に触ることもできずにいるのだ。私の我慢は限界に近い。


「そのお気持ちよくわかります。」


 そう言って頷くのはマルセロだった。


「マルセロさんは国から給料を貰っているんですから、もう少し趣味の時間を減らしてお仕事をした方がいいんじゃないですか?」

「今しているではありませんか。この情報は国のために記録しています。」

「探している薬草は誰のためですか?」

「……いつか国の役に立つ日がきます。」


 ――遠い話しだなぁ。


 ロッタトールが蚊帳に体当たりする度に地面が揺れるので、ゆっくり食事を楽しむ雰囲気ではないのだが、出した料理はあっという間に消えていく。

 私は空いたお皿を洗浄してアイテムボックスに放り込み、お茶を片手にロッタトールの通ってきた道を眺めていた。

 山が一つ動いているようなものなので、はるか先まで倒木だらけだった。ロッタトールに踏まれたところは倒木が潰れてキレイな更地になっていた。

 倒木は元々が大きいので、多少割れや欠けがあっても十分使えそうだった。


「倒れた木はもったいないので回収しましょう。それにこの道をずっと行ったらロッタトールの封印されていた場所がわかるんですよね?」

「行ってどうするんだ?」

「どうもしませんけど、木を回収したらどのみちたどり着くんですよね。」


 何かをしたいわけではなく、封印というファンタジーワードにちょっと興味があるのだ。私の脳内にあらゆる映画のワンシーンが甦る。だが、それはロッタトールの振動ですぐにかき消されてしまった。


「木の回収は好きにすればいいが、とにかくコイツを何とかしてくれ。」


 ウォルフがロッタトールを見上げて言った。確かにずっと地面が揺れるのは気持ちの良いものではない。


「どうしても討伐しないといけないとして、あの首どのぐらい固いんでしょうね?斬首するならギロチン?いや、刃物が壊れるか……。」


 見た感じは岩なのだ、岩なら砕く方が良さそうだが、それだと皮膚に傷をつける程度で斬首はできそうにない。


 ――どっかに弱点ないかな?タイガルンはお腹側が薄かったんだよね。だからそこを狙われたわけだし……。そーだ!あれだ。


「皆さん、いいことを思いつきました。」


 私が手を挙げて宣言すると、ウォルフとクラウスが眉間にシワをよせた。


「お前はいつも子供たちに、あんたたちのいいこと思いついたは大概ろくなことがない。って言ってるが、俺も正に今、そう思ってる。」


 ウォルフがさらりと言う。


「えっ、一緒にしないでくださいよ。私のは名案ですから。」

「まあ、とりあえず聞いてみよう。」


 クラウスに促され私はうん、と一つ頷き思いついた考えを皆に披露した。


「ロッタトールと従属契約を結ぶんです。タイガルンにあった刻印の従属契約はどうやるんですか?」


 ――さあどうだ!これ以上の名案はないでしょう。絶滅危惧種を守れる上に討伐方法を考える手間も省けるんですよ。


 私が自信満々で返事を待っているのに、エレインとトーマ以外は時が止まったかのように微動だにしなかった。


「あれ仲間にしちゃうの?いいねぇ。」

「オレ登ってみたい!」


 はしゃぐ子供たちと違って大人たちは処理速度が遅いようだ。


「えーっと、聞こえてました?最高だと思いません?」

「ちょっと待て。従属契約を結んでどうするんだ?」


 クラウスは眉間に手を当てて、考え込むように聞いてきた。


「とりあえず大人しくしてもらって……元の場所に戻ってもらうとか……。それに戦になったら相手国まで散歩に行ってもらえば更地にする手間がかからないんですよ!いいと思いませんか?タイガルンを仕向けようと画策していたらロッタトールが来ちゃったみたいな。」

「それウケる。最高!」


 エレイン以外の反応は薄い。ファンタジーな世界の住人なのに想像力が乏しいのか?魔法戦争って派手なイメージがあるのに。


「リオーネさんなら可能でしょう。私が方法をお教えします。薬草の対価でどうですか?」


 笑顔のマルセロを見る限り対価としては釣り合いが取れないと思う。


「等価ではない気がしますけど、今回だけはそれで手を打ちましょう。」


 交渉が成立したのでマルセロは上機嫌で持っていた紙に魔方陣を描き始めた。


「焼き印って鉄を熱して押し付けるんですよね?誰か持ってます?」

「それは初めて聞く方法ですね。この魔方陣を身体につけて契約魔術を発動すると、魔方陣が燃えてその跡が身体に現れるんです。私たちは魔方陣を焼き付けると言うので、焼き印なんです。」


 ――うんうん、ファンタジーっぽい。


「じゃあ、その紙をロッタトールに押し当てないといけないってことですか?」

「そうなりますね。」

「ずいぶん簡単に言ってくれますね。踏み潰されちゃったらどうするんですか。」

「あたしが引っ付けてこようか?」


 エレインが隠密スキルを使えば簡単だと言ったが、それはマルセロに却下された。


「魔方陣を押し当てた者が契約者になるので、リオーネさんでなければなりません。」


 そう言いながら違う紙に長い文章を書き始めた。従属契約の呪文だと言うが、唱えている間に間違いなく気づかれそうだ。


 ――早口は苦手なのに。


 そう思いながらマルセロから受け取った紙を見ると、そこには「我に従え。」と一言書いてあるだけだった。


 ――異世界翻訳。感謝します。要約って大事よね。だるまさんが転んだ方式で、タッチして呪文唱えてダッシュで逃げれば何とかなるかな?


 私が頭の中でシミュレーションしているとマルセロが契約魔術の説明を始めた。


「魔法陣をロッタトールの身体に貼り付けて呪文を唱えると従属契約の魔術が発動しますが、魔力が塗り替えられるまで離さないでくださいね。離れると近くにいる私たちからも強制的に魔力が吸い出されてしまいますから。」


 ――えー!だるまさんが転んだ方式使えないじゃん。間違いなく潰されちゃうよ。


「魔力が塗り替えられるのにどのくらいの時間がかかりますか?」

「それはわかりません。魔力が多いほど時間はかかります。それと、当然抵抗して暴れますから気をつけてください。」

「気をつけてどうにかなるものですか?私、踏み潰されるか蹴飛ばされる姿しか思い浮かばないんですけど。」


 誰もが想像したようで顔色が悪い。クラウスが討伐した方がいいのではないかと提案したが、討伐はやっぱり気が進まない。


「私、カメ好きなんですよね……。」


 そう、カメの中でもリクガメが好きなのだ。子どもの頃ホームセンター内を散歩しているゾウガメをよく見に行っていた。もちろん飼いたいという訴えは却下されたが、大人になった今なら問題ない……と思う。

 だが、皆の顔を見れば言いたいことはわかった。「何言ってんだコイツ。」である。

 驚くでもなく、呆れるでもなく、ただ遠い目になっている。


 ――私もいつもこんな顔してんだろうな。うん、間抜けだ。


「それで、魔方陣を貼り付けるなら、死角になるところですよね。どの辺りがいいんでしょう?」


 気を取り直した私の問いに、遠くから戻ってきた騎士団組が意見を出し合う。

 足や腹は潰される可能性が高いと早々に却下され、思いの外伸びる首を考えると範囲は限られる。

 よく見るとロッタトールはしっぽが短く、バタつかせても甲羅には届かないので、しっぽの上辺りの甲羅がいいと言う結論に至った。


 そしてそれを聞いた私は疑問点を述べる。


「それでは二つほど質問です。まずロッタトールの甲羅には土や苔が乗っていますけど、そのまま魔方陣を貼り付けて魔術が発動するのでしょうか。それとあの角度にどうやって留まればいいんでしょう?」


 ロッタトールはゾウガメのような甲羅なので、断崖絶壁に貼り付けるようなものなのだ。

 私の問いに再び考え込んだ騎士団組の隣でマルセロが手を挙げた。


「甲羅は洗浄の魔術でキレイにしてはどうでしょう。試す余裕はないので確実に甲羅に貼り付けた方が良いと思います。」

「では、先に洗浄しちゃいましょう。その間に答えが出るかもしれませんし。」


 私は蚊帳の中で抵抗を続けているロッタトールに向けて魔力を放出しながら「洗浄。」と唱えた。

 身体が大きいため、魔力がどんどん出ていく。私の放出した魔力は蚊帳をすり抜けロッタトールを包み込み突然水に変わった。そして蚊帳という洗濯槽の中でロッタトールが回っている。

 その奇妙な光景を見ながらふと思う。魔方陣を貼り付ける所だけキレイにすればよかったんじゃないかと……。何故先に思い付かないのか……不思議である。


 水流が消えると次は風だ。転がされるようにロッタトールが空中でクルクル回る様はなかなかシュールだった。


 洗浄が終わり、ロッタトールが元の位置に戻ると辺りが静寂に包まれた。そして暫しの沈黙の後皆が一斉に気づき、顔を見合わせた。


「目を回してやがる。今がチャンスだ!」


 ウォルフの言葉にクラウスも反応した。


「リオーネ、魔方陣を持ってウルフに乗るんだ。俺が支えるから甲羅の上まで来い。」


 そう言ってクラウスは瞬時に獣形になり走り出した。

 私は近くにいた佐平次に乗って跡を追う。甲羅の上ではクラウスが甲羅の模様に爪を掛けて待っていた。佐平次はロッタトールのしっぽに飛び乗り次にクラウスへ向かって飛んだ。

 佐平次はクラウスの横をすり抜け、私は広げられたクラウスの腕に捕まった。信頼はしていても地に足がつかないというのは妙な感じがする。今の私はクラウスに抱えられてぶら下がっているような状態なのだ。


「いつ目を覚ますかわからん。急げ。」

「はい。では、いっきまーす。」


 クラウスに急かされ、私は魔方陣をロッタトールの甲羅に貼り付け、呪文を唱えた。


「我に従え!」


 呪文を唱えると魔方陣が光り、炎に包まれ消えていく。不思議だったのは魔方陣が燃えたのに全く熱くなかったことだ。

 その後はロッタトールの魔力を塗り替えるために身体からどんどん魔力が吸い出されていく。そして燃えた魔方陣が甲羅の上に現れ始めた。

 いつもの魔力の放出が蛇口全開だとしたら、今の魔力の流れはダムの放水ぐらいの勢いだ。魔方陣がみるみる完成に近付いていくのを見ていると、頭の上から声が降ってきた。


「もうじき完成だ、完成したらウルフを呼べ。」


 クラウスを見上げコクコクと頷いた私は、間近で見るヴィンセントバージョンについ頬が緩む。


 ――眼福ですなぁ。


「おい、リオーネ。ウルフを呼ぶんだ。」

「ほぇ?あー、はい!」


 推しに見とれている間に契約の魔方陣はキレイに焼き付いていた。

 私が佐平次を呼ぶとさっきのようにクラウスのスレスレをすり抜ける。そこへクラウスが私をそっと置くように佐平次に乗せてくれる。

 時間の流れがゆっくりに感じたのはほんの一瞬で、クラウスの手を離れると、ふわっと内蔵が浮く感じに現実へ引き戻された。


 ――油断してたよ。お腹いっぱい食べた昼食が出てきそう。


 そのまま蚊帳を抜けて皆のいる場所へ戻った。


「ロッタトールの目が覚めるまで防衛の魔術は維持した方が良いと思います。」


 ユーリスの意見には皆が同意したが、いつ目覚めるか検討もつかない。


「じゃあ、私は倒木でも回収ようかな?」

「それなら同時進行で薬草も探してください。」


 約束なので一つぐらいは見つけないといけないだろう。私は「はいはい。」と返事をして倒木の回収を始めた。


「ボス、あたしも回収するから佐平次貸して。」

「オッケー。佐平次お願い。」

「わかった。」


 エレインは佐平次に乗って私と反対方向の端から木材の回収をすると言った。アイテムボックスのモヤをくっつければ吸い込まれるように入っていくので簡単なのだ。

 倒木はエレインに任せても良さそうなので、私はゆっくり回収しながら薬草を探すことにした。


 ――えーっと、スベニエ草とカルコ草とゾウタン草……。なんかめんどくさいなぁ。薬草を片っ端から摘んで後で分けた方が早いかも……。よし、そうしよう。


「鑑定、薬草。」


 そう呟いた瞬間目の前に大量の矢印が現れた。そして近くで見ると、矢印の下に薬草の名前も見える。


 ――ホント鑑定って便利。それにグレンドーラの森って薬草の宝庫ね。


 私は手近な物から摘んでアイテムボックスに放り込んでいき、進行の邪魔になる倒木を回収する。

 グレンドーラの森の木は大きいので、一つ回収するだけでかなり視界が開ける。私が目の前の倒木を回収すると、その先には広大な更地が出来上がっていた。



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