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母は異世界でも強し  作者: 神代 澪
68/80

足止めと鑑定結果

 

 たぶん朝方まだ暗いうちから、テンションの高いウルフたちに起こされてしまった。


「まだ夜じゃん。真っ暗だよ?」

「主、夜明けは近い。狩に行くぞ。」

「朝ごはんとお弁当作らないといけないからすぐには無理だよ。」

「大物の気配がするのだ。急がないと取り逃がすぞ。」


 佐平次はちびちゃんズのベッドの横に寝そべって見ているが、助格コンビは大きなしっぽを全力で振って部屋の中をうろついている。

 部屋中に毛が舞っているし、しっぽで叩かれてユーリスとレニーも起き出した。


「何事ですか?」


 叩き起こされたユーリスが慌てて剣を握り、レニーはあきらかに不機嫌だった。


「まだ日も昇らないうちに叩き起こすなんて、どんな緊急事態なのかしら?」

「大物の気配だ。」

「あら、そう。あたしは子守りで留守番なんだから早く起きる必要ないじゃない!はしゃぐなら外でやってちょうだい。」


 レニーの怒りはもっともで、ちびちゃんズを起こすと更に面倒なことになりそうなため、ユーリスとウルフたちを連れて外に出た。


「ユーリスさんは男子棟に声をかけてきてもらえますか?私は朝食の用意をします。あっ、起きない人は置いて行きます。」

「わかりました。」


 ユーリスと別れて私は調理場へ向かう。辺りは真っ暗なので気分的には夜中だ。野営地内も静まりかえっていて夜警の当番が数人立っているだけだった。


 食事エリアの焚き火から火をもらって調理場のかまどに火を入れるのだが、いつもここで火属性の魔術で火がつけられることを思い出す。


 ――何でいつもやる前に思い出せないんだろう?


 まだまだ魔法の世界に馴染んでないと思いながら、私はそのまま朝食の用意を始めた。

 お湯を沸かしてお茶を入れ、卵と肉を焼いてパンに挟んでいく。お弁当はアイテムボックスに入っている物を食べることにした。

 なんと言っても今日はウルフに乗らずに移動するのだ。朝食をお腹いっぱい食べても問題ない。

 朝食が出来上がった頃、ウォルフたちがユーリスと一緒に食事エリアにやってきた。


「皆さんおはようございます。あら、マルセロさんも起きられたんですね。」

「おはようございます。私は興奮のあまり寝られませんでした。グレンドーラの森には普段見られない薬草がたくさんあるんですよ。」


 マルセロはウルフたちより興奮しているようだ。目がギラギラしているのがちょっと怖い。

 エレインとトーマは眠そうに目をこすりながらポテポテと歩いてきたが、朝食を見るなり競うように食べ始めた。


「リオーネ、大物の気配がすると聞いたがスピグナスか?」


 クラウスが朝食を食べながら問いかけてくる。ウォルフとユーリスも気になるようで、視線をこちらに向けた。


「スピグナスかどうかはわかりませんけど、とにかくウルフたちが落ち着かないので食事が終わり次第出発する予定です。」

「リオーネが転移陣で移動するなら誰がウルフに乗るんだ?」

「転移陣を敷くだけなので乗って行くのは一人でいいと思います。無駄に体力を使う必要はないじゃないですか。」

「それならエレインだな。綻びの場所も知っているし一番早く行けるだろう。」


 誰もが納得の人選だった。転移陣の準備ができたことを知らせるために佐平次を残し、エレインを乗せた助さんと格さんが野営地から飛び出していった。


 連絡がくるまで私たちはお茶を飲みながらおしゃべりをして待った。


「リオーネさんは何の薬草を採集する予定ですか?」


 マルセロが楽しそうに話しかけてくる。


「レニーから聞いているのはスベニエ草とカルコ草です。」

「それは貴重な薬草ですね。いい値がつきますよ。ついでにゾウタン草もお願いします。」

「マルセロさんはご自分で探すためについて行くんですよね?」

「自分でも探しますが、そう簡単には見つからないと思うので頼んでいるんですよ。相当なレア種ですから。」

「いいですけど、しっかり対価は請求させていただきますからね。」


 私の言葉にマルセロは「もちろんです。」と笑顔で答えた。


 助さんからの連絡を受けて境界まで移動し、境界線を越えてから再びウルフたちはグレンドーラの森にある大物の気配に向かって走って行った。

 ちゃぶ台会議で話しはしていたが、実際に境界の綻びを越えたユーリスは表情を曇らせた。


「国境の警備を見直すべきですね。これでは国境門の意味がない。」

「警報器でもつけますか?境界を越えたらアラームがなるとか。」


 私の提案にウォルフがぼやく。


「簡単に言うがそんな魔力がどこにあるんだ。」


 ――そうだ。ここは電気の世界じゃないんだった。


「省エネ化も研究した方がいいですね。それより私はもっと転移陣を改良したいです。敷いたり畳んだりがめんどくさいんですよね。」

「敷くだけでどこにでも行けるのですよ。素晴らしいではないですか。ところで省エネ化とは何でしょう?」


 マルセロが刺繍の転移陣を絶賛しながら新しい言葉に反応した。


「エネっていうのはエネルギー……こちらでは魔力のことですね。うーん、どう言ったらわかりやすいのかなぁ。今当たり前に使っている魔力を減らす様に工夫するっていう感じですかね。」

「なるほど省エネ化……。ぜひ研究していただきたいです。」


 ――いただきたいですって……。そこ丸投げなんだ。


「私は別に省エネ化しなくても困らないので研究する時間があったら工房の仕事がしたいんですけど。」

「では、誰か探してみましょう。」


 笑顔でそう言ってのけるあたり、自分で研究する気は全く無さそうだ。何の研究をしているかは知らないが、魔導師団のナンバーツーが自分の研究だけに没頭しているのもどうかと思う。


「主、転移だ。」


 佐平次の呼び掛けに私たちは広げた転移陣に乗った。


「では出発します。」


 私が転移陣の刺繍に魔力を流すと、閃光と共に視界に映る景色が変わる。


 ――何なの?これ……。


 目の前に現れたのはゴツゴツとした岩肌の断崖絶壁……。に見える魔獣だった。ゆっくりではあるが、間違いなく動いている。

 スピグナスとは比べ物にならない程大きい。その身体はゾウガメのようだが、甲羅と呼ぶべき物は山のようだ。そして長く伸ばした首は二つあった。


 ――この大きさって恐竜超えてるよね?特撮の怪獣レベルじゃん。


 皆が呆気にとられて大物を見上げていると、エレインを乗せた助さんが足の間をすり抜けて走ってきた。


「ボス大物だよ!」

「見ればわかるよ。それより何でこんな至近距離に転移陣置いたの!」

「置いたときはもうちょっと離れてたんだけどさ、予想以上に動きが速かったんだよ。あー、いや遅いんだけど一歩が大きいんだよ。」


 エレインは笑いながら話しているが笑いごとではない。


「離れたところに転移陣置き直してるから、四番に転移して。ここの転移陣は回収してくから。」


 私たちは転移陣に乗ったままだったので、そのまま魔力を流してもう一度転移した。

 次に見えた景色はさっき見た大物が通りすぎた跡になぎ倒された木が重なり合ってできた隙間だった。

 視界に魔獣が入ってはいるものの、大きすぎてどのぐらい離れているのか見当がつかない。

 魔獣の一歩は遅く、地面が揺れるのを感じたが間隔が長い。それよりも魔獣によってなぎ倒される木の軋む音や倒れたときの振動の方が多かった。


「グレンドーラの森ってあんなのがいっぱいいるの?」


 誰にともなく話しかけたが答えが返ってくることはなく、皆がただ呆然と魔獣を見ていた。

 今日はウルフたちが狩をしている間に薬草を採集するつもりでいたが、どう考えても簡単に狩れるような魔獣ではなさそうだ。


 ――これは参戦必須なパターンではなかろうか……。


 ともかく魔獣についての情報が必要だ。私は佐平次に助格コンビを呼ぶよう頼んだ。


「見ました?あの岩山のような足。」

「ああ、剣は役に立ちそうにないな。」


 私の呟きに隣で魔獣を見つめるクラウスが答えた。


「魔力で行くしかなさそうですよね。正直さっさと終わらせて普通の狩をして欲しいんですよ。私、今日は薬草採集がメインなんで。」

「だが、あんなにデカイ魔獣は見たことないぞ。」

「露ちゃんが戻るのを待って、オスロに聞いてみましょう。」


 スピグナスのときにもオスロの知識が役に立った。その知識をシンティアと一緒にまとめて私だけの魔獣図鑑を作ってくれるのを期待しているのだが、こんな大物がいるとは思わなかった。


 ――魔獣図鑑を作るのってけっこう難易度高くない?


 私が一人で思案していると、助格コンビとエレインが戻ってきた。


「攻撃が全然効かない!」


 エレインが助さんから飛び降りてまずはウォルフに報告する。そして私は助格コンビに状況を聞いた。

 岩山のような身体は魔術攻撃も物理攻撃も効かず、二つある頭の右側は炎を吐き、左側は冷気を吐くと言う。


「オスロ、あの魔獣は何?」

「似ている魔獣は知っておるが、あれは初めて見る魔獣じゃ。悪いが教えられることはないのぅ。」

「じゃあ、弱点も何もわからないってこと?あんなに大きいのに見たことないなんて……。」


 六百年生きてきたオスロが知らないと言うなら、他に知っているものはいないだろう。

 例え新種だとしても大きすぎる。成長速度が早いのか、それともいきなりあの大きさで出現するのか……。

 しばしの沈黙の後ユーリスが口を開いた。


「あれだけ大きな魔獣が動けばグレンドーラの森どころかこの世界が破壊されてしまいます。とにかく止めないと。」


 確かに通り過ぎただけのこの場所も木々が倒れ、広大な空が見えていた。例えて言うなら山が移動している感じだ。


「まずは足止めして討伐方法はその後考えるしかないだろう。」

「タイガルンのときのようにひっくり返すか?」

「あの巨体をですか?」

「それは無理があると思います。」


 私が騎士団組と相談している間、エレインとトーマはどう攻撃するか楽しそうに話している。そしてマルセロは紙になにやら書きなぐっていた。


「マルセロさんも参加してください。」

「私は無理です。初めて見る魔獣ですから記録しなければいけません。」


 確かに記録は必要だ。でもやっぱりマルセロが魔導師らしいことを真面目にすると違和感がある。


「動きを止めるような魔術はないんですか?」

「殺す以外に思いつきませんね。」

「それが簡単にできないから困ってるんですよ。」


 とりあえず策がないことはわかった。こちらの世界に方法がないならあちらの世界の方法を探すしかない。


「露ちゃん、映画とか本に捕獲する方法なかった?」

「えーとねー。恐竜は普通に檻だったけど……。山は捕まえられない。」


 檻を作るにしても大きさや強度を試す余裕はない。魔力でできることを考えるならここは特撮よりSFやファンタジーを参考にする方が良い気がする。


「足止めするなら麻酔銃みたいなのは?」

「治癒と癒しの魔術で治る世界に麻酔があるかなぁ?」

「あー、なーるー。」


 私は頭をフル回転させて過去に観た映画や本の記憶を探した。そして思い浮かんだのはシャボン玉のような膜の中では魔法も物理攻撃も効かないというものだった。それが再現できないかマルセロに聞いてみる。


「防御魔術で応用できるのではないですか?リオーネさんは発想が素晴らしいですね。」


 口では誉めているが、目は魔獣に釘付けで一心不乱に書いている。

 私は他の皆とオスロに魔獣を防御魔術で包み込むことを説明した。


「それなら俺は援護しよう。何が起こるかわからないからな。」


 そうクラウスが言うと、ウォルフとユーリスも一緒に行くと言った。


「あたしも!」

「オレも!」


 当然エレインとトーマも行きたがったが、早い者勝ちで二人はマルセロの護衛に残ることになった。

 ブーたれていた二人もウォルフから「護衛も立派な仕事だ。何をしでかすかわからんからしっかり見てろよ。」と言われると、素直に従った。


 ――やっぱ師匠ってすごい。マルセロさんは護衛対象じゃなくて警戒対象になってるけど、まあ間違ってはいないね。


「じゃあ、オスロ。二人をよろしくね。」


 護衛の見守りをオスロに頼んで私は佐平次に乗った。助さん格さんにウォルフとユーリスが乗り、クラウスは獣形に変形して、なぎ倒された木々を飛び越えながら魔獣の元へ走る。

 遠くから見るとゾウガメでも、近づくと山にしか見えない。

 前方に回ると攻撃を受けるかもしれないと助さんが言うので、後方から防御魔術をかけることにした。

 私はいつものように魔力を手のひらに集めながらイメージしていく。魔獣の形状を考えるとシャボン玉ではなく蚊帳を被せる感じだ。

 動きが遅いとはいえ左右の口から出される炎と冷気は威力が強いらしいので、時間はかけず一気にやってしまいたいところだ。

 私は全力で魔力を放出する。だが予定の七割程集まった頃に魔獣の動きが止まり、大きな山の左右に頭が見えた。魔獣の頭は辺りを探るように動いている。


「これは気づかれちゃった感じですかね?」

「ああ、魔力を集めてるからな。」

「今思い出しました。スピグナスのときもそうでしたね。」


 あのときは気づいたスピグナスが向かってきても、距離があったので問題無かったが、今回は真後ろとはいえ見つかれば攻撃が届く距離だ。


「ヤツは魔力を感じているから、俺たちが視界に入ったところで気を逸らすことはできないだろうな。」

「リオーネ魔力は今どのくらい集まったんだ?」

「そろそろ目標の八割です。」

「いつも魔力が多すぎるんだ。それでいけるんじゃないか?」


 ウォルフは簡単に言うが、私は元々何でも多めに用意するタイプだ。そう、ストックが常にないと安心できないあれである。だが時間が無いのも確かなので魔力を放出しながら次の段階に移った。


「じゃあ、ウォルフさん責任でやっちゃいますからね!」

「おう!やっちまえ!」


 ウォルフの号令を聞いて私は集めた魔力を魔獣の真上に飛ばし、魔獣から見えない位置に移動した。そして魔獣の上に蚊帳を被せるようイメージに集中する。

 傘のように広がっていく魔力の蚊帳を見上げていると、中央の魔力の塊に向けて炎の柱が伸びる。だが防御魔術がかけてあるので蚊帳は壊れること無く魔獣を包み込んでいく。

 魔獣は何度も炎と冷気の柱を放つが、防御魔術に阻まれた。攻撃が効いてないことがわかったのか、今度は体当たりを始めたが蚊帳から出ることは不可能だった。


「とりあえず足止めはできましたけど、この地響きはなんとかならないもんですかね?」

「命の危機を感じているだろうから、体力の続く限り抵抗はするだろうな。」

「それよりも討伐方法を考えた方が早いと思います。」


 ユーリスの意見に皆が頷き、助格コンビにマルセロたちを迎えに行ってもらった。その間に魔獣を鑑定して弱点を探ろうとしたのだが、鑑定結果は思わぬものだった。


「ロッタトールという魔獣だそうですよ。」

「はぁ?ロッタトールなら見たことがあるが、こんなバカデカイ魔獣じゃないぞ。大きいものでも俺たちぐらいだし、頭も一つのはずだ。」


 ウォルフが驚きを隠せないといった表情で声をあげた。

 私が鑑定結果を読み進めようとしたとき、マルセロたちがやってきた。

 何度も読むのは面倒なので、マルセロの書記準備ができてから音読を始めた。


 ロッタトールはこの世界ができた頃からいる古代種で、世界に境界ができるまではどこにでもいたようだ。

 だが、あらゆる種族が誕生し、定住するようになるとロッタトールの移動は災害でしかない。

 どの部族もロッタトールを退けるために国境や武力を強化していった。

 千年程前にヒューマン族の魔導師が封印に成功し、そのときこの世界にいた四体のロッタトールがその魔導師によって封印された。

 今現在見られるロッタトールは姿が似ているためそう呼ばれているが、種族としては別物である。

 ざっと読み終わり、顔を上げると皆が険しい表情をしていた。マルセロだけが笑顔で筆記しているのはいつものことだったが……。


「誰が封印を解いたのでしょう?もし意図的に封印が解かれたのであれば、残りの三体も動き出す可能性が高いのではないですか?」


 ユーリスの言葉は皆が考えていることと同じだったようで、それぞれが頷いた。


「貴重な古代種を討伐するのはなんだか悪い気がしますよね。」


 そして私の意見には誰も頷いてはくれなかった。


「何をバカなこと言ってんだ。通りすぎただけでこれだぞ!世界が更地になっちまう。」

「私がやる手間が省けるんでそれもいいかと思うんですけど。」

「お前は世界の均衡を保つために召喚されたんだろう?」

「でも戦とか始まったら面倒だし、更地にして作り直した方が早いじゃないですか。」


 皆は国を守ることが一番だが、私は家族を守れたらそれでいいのだ。元々パルド王国は更地にする気満々だったのだから。


「ボス、弱点は書いてないの?」

「ああ、それね。首を落とせばいいらしいけど、どうやって?って話よね。まあ、お腹も空いたことだし、食べながら考えよう。」


そう言って私は昼食の準備を始めた。

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