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母は異世界でも強し  作者: 神代 澪
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(閑話) オスロの望み

 


「ジェルバニール、この館とこの国の平和を次の番人に託してほしい。」


 最後の言葉は何度も繰り返した。

 毎日繰り返しているのに、その顔も、その声も思い出せないのは何故だろう。

 聞かせてくれた話しも覚えているのに、大好きだった笑顔は霧がかかったように霞んで上手く思い出せない。

 もっともっとたくさんの話しを聞きたかった。



「ジェルバニール、境界に綻びができ始めたと聞いた。我らは次の番人を探しに行かねばならぬ。」

「その名はもうワシの名ではない。今はただのウィズダム・スネークじゃ。」


 従属契約を結ぶときに貰う名は、主が人生を終えた瞬間塗り替えられていた魔力と共に消えてしまった。

 どんなに大切にしていようが欠片も残さず消えてしまうのだ。

 残ったのは知識だけだった。消えてしまわぬように毎日繰り返していたのに、いつの間にか少しずつ歪んで消えていく。それは悲しみも寂しさも一緒だった。

 名が消えてからどれぐらいの年月が流れたのだろうか。こうして番人の墓の前に居ても語りかけてくれることはない。わかってはいてもここを離れることができなかった。


 いつしか五百年という時が過ぎ、世界中からウィズダム・スネークがソルマの館に集まった。

 ソルマの館の広間に二十体程のウィズダム・スネークが集まっている。神獣は魔獣に比べて寿命が長いので五百年経ってもさほど変わらないように思う。新しく誕生したウィズダム・スネークはソルマの館で約百年を過ごすので知った顔ばかりだった。

 皆が集まったところで年嵩のウィズダム・スネークが話し始めた。


「パルド王国で大規模の召喚魔術が行われたようだ。大量の民が魔力を奪われ消えたことにグレンドーラの樹が嘆いている。早急に知識の番人を見つけて中央会議を開くのだ。」

「エルフ族、竜人族、ドワーフ族、獣人族、ヒューマン族の六王国へ行き知識の番人を探せ。番人を見つけたらソルマの館へ連れて来るのだ。他の者は館を守り、新たな番人を迎える準備を整えよ。」


 ――新たな知識の番人……。見つかれば皆の中からワシの主は消えてしまうかもしれんのぅ。ワシも忘れてしまうんじゃろうか。


 新しい知識の番人を探すことで浮き足立っている彼らの中で、諦めにも似た気持ちを抱えて竜人族の国へ向かった。

 道中も番人との思い出が甦ってくるが、やはりその顔も声もハッキリとしなかった。


 竜人族の国が近づくと、風と共に砂が舞い上がってくる。地面も乾いた砂利道になって日中は熱くなるため、昼間は木の上で休み夜のうちに進んだ。


 その日も強い日差しを避けて木陰で眠っていたワシは複数の足音と話し声に目を覚ました。

 下を見ればヒューマンの団体だった。冒険者のようだが子どもが一人混じっているのに違和感を覚えた。

 この先は竜人族の国だ。異様な集団が気になったということもあるが、何より五百年ぶりに聞くヒューマンの言葉に懐かしさを感じて、距離を取りながらついていった。

 ヒューマンの話しを聞いているうちにあの子どもが竜人族だということがわかった。そして竜人族を狩る者たちがいることも。

 境界に綻びができ始めた原因の一つだろう。ヒューマンはまた同じ過ちを繰り返そうとしているのか?

 だとしたら新たな番人を見つけることは急務である。再び戦の時代を迎え、多くの命が奪われる前に番人を見つけ聖母を誕生させなくてはならない。


 ヒューマンの冒険者たちが野営の準備をしている間も、近くの木の上から少しでも現状を知るために聞き耳をたてていた。


「おい、エレインはどこに行ったんだ?」

「またどこかで遊んでいるか、一人で旨いものを食ってるんじゃないか?」


 男が二人話しているが、冒険者たちにはもう一人同行者がいるようだ。

 魔獣が多く出没するこの地域でヒューマンが一人で行動するなどあり得ないことだ。あやつらは何故あんなに悠長に話しているのだろう?


「あいつが俺らの食糧や水を全部持っているんだぞ。飯はどうするんだ?」

「そうだった。呼ぶしかないようだな。」


 そう言って男が腰に下げているバッグから手のひらに収まるぐらいの細く光る物を取り出した。

 そして口に加えると、辺りに高く澄んだ音が響き渡った。


「なんだそれは?」

「ああ、リオーネに貰ったんだがこれが意外と遠くまで聞こえるんだ。」


 ワシはキレイな音と初めて見る物に引かれて、木の枝から少しでもよく見えるように身体を伸ばした。

 その瞬間不意に視界が真っ暗になり身体が宙に浮いた。


「師匠!蛇捕まえたよ。これ食べれる?」


 なんとも幼く高い声が物騒なことを言っている。それより自分が気配にも気づかず捕まえられたことに驚いた。


「おい、お前。それは……。」


 師匠と呼ばれた男だろうか。戸惑う声を聞いてワシは我に帰り身体を元の大きさに戻した。


「わお!でっかくなったよ。カッコいい!」


 ワシを知らぬ者が居ようとは。番人は我ら神獣の存在も消してしまったのか?


 ――ここは神獣の威厳を見せつけてやらねばなるまい。


 そう思い大きく口を開けワシを捕まえた者に飛びかかったが、その姿は一瞬で視界から消えてしまった。それと同時に頭にずしりとのし掛かる重みと口の中に渡された刃物のヒヤリとした感触に動くことができなかった。


「あたしは美味しくないよ。美味しいお肉持ってるけど食べる?」


 言動が一致していないことがおかしくて思わず笑ってしまった。


「ワシの身体はそんな刃物で切れはせぬ。お主何の肉を持っておるのじゃ?」

「スピグナスの唐揚げ。絶品だよ。」

「ほう、スピグナスを狩るほどの腕か。ワシの敗けじゃのぅ。」


 敗けを認めると小さき冒険者はさっとワシの上から飛び降りた。よく見ればまだ幼い少女だった。


「この五百年の間にヒューマン族はなんと強くなったことか。」

「スピグナスを狩ったのはボスだよ。あたしは食べる専門。」

「お主より強い者がおるのか?」

「ボスは最強だよ。怒ると怖い。」


 ヒューマン族がこれ程強いとなると他の部族を支配しようと考える者が出てきてもおかしくないのかもしれない。とにかくヒューマン族の強さを確かめる必要がありそうだ。


「話しはそれぐらいにして俺たちの飯を出してくれないか?」


 背の高い男がそう言って話しを遮ると、少女は野営地の焚き火の側に座りバッグを開けて水樽や食糧を出し始めた。

 辺りに旨そうな匂いが漂い、少女は大皿に山のように積まれた肉を出してワシの前にやってきた。


「唐揚げこんだけしかないから、さっきみたいに小さくなってくれる?」


 ワシら神獣は元々の身体に見合った量を食べるので、身体を小さくしたからといって食べる量は変わらないのだが、それすら知らないようだ。


「エレイン。もっと持っているだろう?」

「あれはあたしのだから無理。」


 少女はエレインと呼ばれていた。年齢を聞いてもとても成人した女性には見えなかったが、基礎レベルは高く身体がほんわりと光って見えた。


 身体を小さくすると、エレインは一緒に食べようと言って、自分の食事の隣に大皿を置いた。そして最初に二つ程口に入れてもう二つフォークに突き刺してからワシに食べるように促した。


「ふん、ほいひいお。」


 口がいっぱいで何を言っているかはわからないが、顔を見れば美味しいということはわかった。

 スピグナスの肉は以前にも食べたことがあったが、この唐揚げとやらは思った以上に美味しかった。その上バッグから取り出したのに熱々で驚いた。


 食事を終えるとワシは情報収集するべくエレインに質問した。だがエレインの話しはわからない言葉が多く、要領を得なかった。その度にエレインの師匠が補足する。


「エレインは何故これ程までに物を知らんのじゃ?それに言っていることがさっぱりわからん。」

「ああ、それはパルド王国で行われた聖女召喚で異世界からきたからだ。常識は全くない。」


 ――パルド王国……。たくさんの民が魔力を奪われたというヤツか。


「ひどいよ師匠。こっちと違うだけで常識はあるよ。」

「神獣に刃物向けるヤツのどこに常識があるんだ。」

「殺られる前に殺る。これ常識。」


 なるほど、幼い容姿に似つかわしくない物騒な物言い。異世界とはどんなところだろうか。

 知らない世界に対する興味が掻き立てられる。もっとたくさん聞きたいと思う、だがエレインとずっと一緒にいることは契約を結ばない限り不可能だ。

 知識の番人を見つけないと遠からず戦の時代に入ってしまう気がする。パルド王国で行われた召喚魔術が聖女召喚だったのだ。多くの命を軽く扱うパルド王国が聖母を得て平和が訪れるのかも疑わしい。

 そして何よりエレインと契約を結ぶことで番人との思い出が消えてしまうことも、再び主を喪い一人になることも怖かった。


 ――新たな契約を結ぶことは番人を裏切ることにならないだろうか。


 その夜エレインはいろんな話しを聞かせてくれた。スマホという小さな物にはたくさんの写真というものが入っていた。異世界が鮮明に見えることに驚き、思い出をいつまでも残しておけることが羨ましかった。

 そしてエレインはワシと一緒に写真を撮った。見せてくれたスマホには確かにワシとエレインがいた。


「ワシは五百年前に主を亡くしたんじゃ。今は顔も声もハッキリと思い出すことができぬ。」

「五百年も大切に想って貰えて主は幸せだね。だいたいそんなに長い間のできごとを全部鮮明に覚えてるなんて無理でしょ。頭爆発しちゃうよ?あのね、ボスが言ってた、今が一番大切だって。」


 エレインの言葉を聞いてこれまで悩んでいたことが少々バカらしく思えた。

 番人と共にした歳月は楽しかった。幸せだった。亡くなってからは寂しかった。五百年亡骸の側にいたが、話しを聞かせてくれることも、我が名を呼んでくれることもなかった。そしてこれからも決してない。


 ――番人のことはこの先も忘れたりせぬ。例え顔や声は思い出せなくても、共に過ごした事実が消えるこはないじゃろう。番人。ワシはエレインと共に行こうと思う。


 エレインは突然の召喚で大切な物をほとんど置いてきてしまったらしい。今は家族とこの世界で知り合った人たちが大切で、ワシもその中に加えてくれると言った。


「エレイン。ワシに名をくれぬか?」

「えっ、それってずっと一緒に居られるってこと?」


 目を瞬かせてワシを見た顔が笑顔に変わる。


「そうじゃ。名をくれるか?」

「いいよ。えーっとじゃあ、オスロ!」

「それはどういう意味じゃ?」

「ノルウェーの首都の名前だよ。行ってみたい国。もう行けないけど。」


 大切なものを失ったのはワシだけではない。そしてそれは幸せを諦める理由にはならない。


「我が名はオスロ。契約を交わし、忠誠を誓う。」


 こうしてワシはエレインと共に竜人族の国へ行ったが知識の番人を見つけることはできなかった。

 ソルマの館に報告を飛ばし、新たな主を得たことも伝えた。



 その後は確かに楽しかったが、楽しいだけではなかった。

 エレインは狙いを定めると闇雲に突っ込むのだ。危なっかしくて一人にはできない。

 ワシがエレインの頭に乗り左右と後方を見て指示を出すと前にも増して考えなしに飛び出すようになってしまった。おまけに興味のないことは何度教えてもすぐに忘れてしまう。

 主が決めたことに従属であるワシが従うという根底さえ覆され、めんどくさいという理由から決定権まで丸投げする始末だ。本当に目が離せない可愛い主である。

 エレインのボスであるリオーネは魔力が多くエンシェント・ウルフを三体も従えている。エレイン程考えなしではないが、突拍子もない発想と行動力はよく似ている。

 タカとの話しは実に面白かった。知識の番人ではなく賢者だというのが実に残念だったが、リオーネとの話しで知識の番人がジョブではなくスキルだとわかった。そしてそのスキルを持っているのがタカだということも。

 今夜のうちにソルマの館に知識の番人を見つけたと報告を飛ばし、折を見てタカをソルマの館に連れて行くことになるだろう。

 リオーネがエレインから視線をワシに移し問いかける。


「主が眠っている場所を離れてもよかったの?」

「死んだ瞬間主従契約は消えるんじゃ。五百年亡骸の側におったが、知識の番人はもう何も聞かせてはくれぬ。」


 そう答えたワシにリオーネは小さく頷いた。

 今度ソルマの館に行ったら番人に報告したい。もう寂しくないと。そして手のかかる可愛い主のことを。


 ――ワシが今望むのは少しでも長く主と共にいること、ワシの幸せは名を呼ばれること。

初めての閑話です

ずっと書きたかったエレインとオスロの出会いをオスロ視点で書いてみました

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