積み石と報告会
「リオーネ、この話しはタカをソルマの館へ連れて行くまで他言無用じゃ。」
「ええ、わかったわ。……ねえ、オスロ。私たちが元の世界へ帰る方法を知ってる?」
「ワシは知らぬ。召喚されて来た者は多いが、帰った話しは聞いたことがないのぅ。」
オスロが知らなくても、タカがソルマの館で知識を得れば解るかもしれない。そんな淡い期待を抱いて小屋に戻る。寝ていたエレインは頭の上でお説教するオスロに「はーい。」とあくび混じりの返事をしながらフラフラ歩いていた。
次の日から境界の調査が始まった。私たちは一度東の国境門を通ってオルドラ王国から出て、境界に沿って南の国境門へ向かう。
境界を見ながら進むので速すぎず風が気持ちいいぐらいだ。当然境界が見えるのは私だけなので、先頭を走りながら境界に触れないよう少し距離を取って進む。
最初に大きな綻びを見つけたところで止まり、穴の大きさを計ろうと近づいたとき、私は何かに躓いた。見ればそこには以前と同じような積み石があった。
「誰なの、石を積むのは!」
腹立ち紛れに蹴飛ばした瞬間、皆が顔を見合わせた。よく見ると少し先にも同じような積み石がある。
私にしか見えていないが綻びの穴より気持ち狭いぐらいの間隔で……。
誰も言葉を発することはなかったが、間違いなく綻びの場所を示す物だということはわかったようだ。
「何者かが侵入している可能性があるな。」
ウォルフがもう一つの積み石を蹴飛ばしながら言った。
そこから先も大柄な男性が四つん這いで通れる大きさ以上の綻びで積み石が見つかった。
「積み石が置いてあるということは綻びが見えているわけではなさそうですね。大きさも実際の穴より小さめで左右のバランスも悪いですから。それに地面から少し上に空いている穴は大きくても積み石は無いです。」
「全く、手のかかることをするもんだ。」
同感である。四つん這いになって少しずつ移動しながら何度も境界を越えていったのだろう。鑑定の便利さを実感する。
一日目は午前中に三つ、午後は五つ綻びを見つけた。そのうち積み石が置いてあったのは四つだった。
「予想よりは少ないな。だがもう半分近く進んだんじゃないか?」
「本当ですか?じゃあ、明日で終わらせて三日目は薬草採取にでも行きましょう。」
私はレニーから聞いた高額の薬草をメモしている。一石二鳥で少しでも稼いでおきたいものだ。
「主、狩に行く約束だぞ。」
「あー、うん、まあそのついでに薬草も取っちゃおうかなって……。」
狩に行く日数が減ったことでウルフたちがご機嫌斜めになったのを忘れていた。
いつもと変わらない態度でも身体が大きくなると圧を感じる。
――私が主だよね?
二日目はウルフたちが少しスピードアップしたことと、綻びが少なかったことで本当に南の国境門に着いてしまった。
南の国境門は荒野にあるためか常に風が強くオルドラ王国の国旗がパタパタと音を立てていた。
国境門から入ってしばらくは荒野が続く。初めての狩でスピグナスを討伐した場所には今でも大穴が空いていた。
魔術学院に通ったことで属性や攻撃の仕方はわかったが、魔力の調節は感覚なのでなかなか上手くいかなかった。魔力は無限にあるのだからちょっとぐらい多くても問題無さそうなものなのに、皆が無駄遣いをするなと口をそろえて言うのだった。
荒野を抜け森に入る頃私はふと気づいた。
「ここからだと野営地より館の方が近いですよね。ちょこっと寄って行きませんか?整経台を見たいんです!触りたいんです!なんならアイテムボックスに入れて持って行きましょう!」
「何言ってんだ。真っ直ぐ野営地に戻らないと調査団が帰ってこられないだろ。」
ウォルフの言葉に今朝も調査団を転移陣で送り出したことを思い出した。
「ああああ、そうでした。」
ガックリと肩を落とす暇もなく野営地に向かって全力で走るウルフに声にならない声をあげる。
普通に走るならまだしも、ウルフたちは南の国境門から野営地まで直線上を走るのだ。速いだけでも怖いのに高いところから飛び降りればお腹に風穴が空いたような、なんとも言えない不快感が襲ってくる。
――自力で高速移動する方法を考えなきゃ。うー、気持ち悪い。
さすがエンシェント・ウルフ、東の国境門から南の国境門まで一日で行けると言うだけあって、日が傾き始める前に野営地に戻ってきた。
当然私は乗り物酔いで精も根も尽きていた。治癒と癒しで動くことはできたが、ふわっとした気持ち悪さは忘れることができなかった。
その夜の報告会では南の国境門までの綻びの数と積み石について報告した。そして何者かがオルドラ王国内に侵入している可能性があるということも……。だが、その話しを聞いても調査に行っていたマルセロとユーリスが驚くことはなかった。
それどころかマルセロからの報告を聞いて私たちが驚くことになった。
調査団の方は焼失した範囲の計測は終わったと言った。当初境界線まで続いていると思われたタイガルンの被害はずいぶん手前で終っていた。そしてタイガルンに従属契約の魔術を使おうとして争ったであろう痕跡を見つけたという。
「周囲には魔力の枯渇で消えたと思われる者の衣服が三人分、そしてタイガルンに潰されたと思われる者の死体が二体ありました。近くから焼き印の道具、所持していた荷物も見つかっています。そして身分証も五人分ありました。証拠となる荷物がそのまま残っているということは逃げた者はいないと思っていいでしょう。」
ユーリスの報告にクラウスが誰が仕掛けたことかと問いただす。
ユーリスは頷き腰に下げているバッグから五枚の身分証を取り出しちゃぶ台の上に並べた。
「フェルディオッド王国……。」
「どこですか?」
「オルドラ王国とパルド王国に隣接している国だ。ここも好戦的な国で、確か騎士団より魔導師団が強い国だ。」
「強い魔導師団ですか……。想像がつきませんね。」
私の知っている魔導師団はもやしの集まりだ。マルセロを見ながら首を傾げていると、ウォルフが呆れたようにため息をついた。
「お前とエレインがいっぱいいるようなもんだ。」
「それは……なんというか返答に困りますね。」
強いと言われても嬉しくないし、ウォルフのため息から良い例えでもなさそうだ。
「フェルディオッド王国が魔獣を兵器として使おうとしているんですね。」
「残されていた身分証は中級魔導師の物です。従属契約を軽く見ていたか、タイガルンに対する知識不足か。どちらにしても失敗したことには変わりありません。」
「そうですけど、成功していたら相当な脅威になりますよね?」
私の質問に皆が沈黙していると、突然オスロが笑いだした。
「リオーネ、そう心配せずとも、タイガルン程の魔獣と従属契約を結ぶなんてそうそうできることではない。」
そう言って従属契約について説明してくれた。
普段従属契約を結ぶのは家畜やペットになる魔獣で元々の魔力量がそう多くないので庶民でも契約できるが、強く、大きくなるとそれだけ魔力量も多くなる。
従属契約は結んだ瞬間に魔獣の魔力を主の魔力で塗り替えるため、契約対象の魔獣よりも魔力量が多いことが前提で行われるものだ。
そのため中級魔導師ではタイガルンの魔力を塗り替えることができず、消えてしまったようだ。
「これは神獣と従属契約を結ぶときも同じじゃ。まあ、自分より魔力量の少ない者と契約を結ぼうなんて思うものはおらんがな。焼き印で無理やり契約を結べば当然契約時の魔力の塗り替えも強制的に行われる。魔力が足りなければ消えてしまうのも致し方ないのぅ。」
「でも焼き印は一部が欠けていました。契約は成立していないのでは?」
マルセロの疑問にオスロはゆっくりと答える。
「魔力が完全に塗り替えられて初めて印がつくんじゃ。欠けておったということは消えた三人分の魔力で塗り替えられたところまでは印がついているということじゃ。じゃが足りなかった部分は印がつかず失敗に終わったんじゃのぅ。」
私はフムフムと聞いていたが、不意にロドリアが助さんと従属契約を結ぼうとしたことを思い出した。
「ねえ、オスロ。ロドリアが助さんと従属契約を結ぼうとしたとき、ロドリアは消えなかったわ。どうして?」
「それは助三郎が既にリオーネと契約を結んでおったからじゃ。この場合助三郎の魔力はリオーネの魔力で塗り替えられておる。契約を上書きするならロドリアはリオーネの魔力を塗り替える必要があるんじゃ。元の主より魔力量が多ければ契約が上書きされ、少なければ弾かれる。」
「じゃあ、ウルフたちが誰かに取られることはないと思っていいのね?」
「ないじゃろうなぁ。」
私はオスロの言葉安心して胸を撫で下ろすと同時に閃いた。
「もし魔獣の兵器に襲撃されても契約を上書きしちゃえばこっちの兵器になっちゃうってことよね?」
「ボス!サイコー」
笑顔で誉めてくれたエレインと違って他のメンバーは目を瞬かせている。
「そういうの簡単に言えちゃうリオーネも好きよ。だけど普通はできないってことも覚えておいてね。」
レニーが優しく微笑む。
――普通じゃないのはわかってるよ。異世界人だもん。
「それで、明日はどうするんだ?」
クラウスの質問にマルセロが答える。
「調査は終了でいいと思います。明日は狩に同行したいのですが、よろしいですか?グレンドーラの森で薬草採取されるとお聞きしました。」
「私も狩に参加したいです。」
マルセロに続いてユーリスも狩に行きたいと言う。だが、いくらウルフたちが大きくなったとは言え二人乗せるのは無理がある。
「誰かと交代しますか?」
「いえ、その必要はありません。調査が終わったのですから転移陣を使えばいいんです。」
――なるほど!その手があったか。
「では境界線に一度転移して国境を越えてからグレンドーラの森に転移しましょう。明日は私も転移陣で行きます。」
――ウルフに乗らずに移動できるならどこまでだって行けちゃうよ。