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母は異世界でも強し  作者: 神代 澪
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女子会と内緒話

 


 三日後に調査結果を城へ報告することになり、その他のことはトラヴィスに手紙を飛ばすことでちゃぶ台会議は終了した。

 小屋に戻るとリンネットは寝てしまっていたが、シンティアは床に紙を広げて作業をしていた。


「ただいま。リンちゃんは寝ちゃったのね。」

「おかえりなさい。すみません、今片付けます。」

「うーん、作業スペースがあった方が良さそうね。明日また相談してみましょう。きっと男子棟にも必要でしょうから。」

「ありがとうございます。なんだか自室より快適で帰りたくなくなっちゃいますね。」


 シンティアは笑顔でそう言うが、ここの方が快適って自室はどうなっているんだろう?


「シンティアさんの部屋ってどんな感じ?」


 ――はぁ、遠慮の欠片もない質問をしちゃって。もうちょっと気を使おうよ。


 エレインの不躾な質問にシンティアは嫌な顔もせず答えてくれた。


「私たち庶民出の魔導師の部屋はベッドが一つあるくらいですよ。あまり日が当たらない場所なのでちょっとカビ臭いんです。でもここは乾いた木のいい匂いがします。」


 魔導師団では部屋割りにも出身別になるらしい。マルセロの部屋は大きな机やクローゼットがあり、窓も大きかったはずだ。まあ、足の踏み場もないぐらい散らかっていたので高級感はなかった。


「ねえ、調査が終わったら館に来ない?もちろんリアムとジェイドにも来てもらいたいんだけど。専属で研究してもらうことは可能かしら?」


 私の突然の勧誘にシンティアはしばらく動かなかった。驚いている感じでもなく、困っているようにも見えないが、沈黙が長くなるとちょっと不安になる。


「魔導師団長様の許可があれば行けると思いますが、館ではどのような研究をするのでしょうか?」

「確かにそこは重要よね。第一にリンネットの教育。第二にシンティアの研究を続けてもらって。その上で私の頼む研究もしてもらいたいの。リアムとジェイドにも肥料の研究は続けて欲しいと思っているし、今日佐平次が狩ってきた魔獣は見たことのないものだったから、私のために魔獣の図鑑を作るっていうのはどうかしら?」


「魔獣の図鑑……。作りたいです!」


 シンティアは即決しそうな勢いで食いついてきた。目が輝いて見えるのは気のせいじゃなさそうだ。


 ――魔導師団長の許可なら強引にでも取ってみせましょう。


 私は勝利を確信し、上機嫌でお茶とおやつの準備をする。気分的には前祝いだが、とりあえず調査団初の女子会と称してティーパーティーを開催した。

 ユーリスとシンティアは私とレニーが準備をする様子を見ながら戸惑い気味に座っている。


「ボスがアイテムボックスから取り出すときは手伝い無いから座って待ってればいいんだよ。」


 エレインが親指をグっと立てて見せるが、なぜどや顔なのか理解できなかった。


「ねえ、女子会って何なの?」

「女だけで食っちゃべる会だよ。」

「クッチャベル?」

「食べたりしゃべったりってこと。」


 エレインの雑な説明でも伝わったらしく、ちびちゃんズを起こさないように静かな女子会が始まった。

 新メンバーが入って話題になるのはやっぱり私たちのいた世界だった。

 ユーリスとシンティアもお披露目の舞踏会に参加していたらしく、ドレスを見て驚いたと言った。


「リンネットさんもすごく可愛かったです。ルビーとお揃いでしたね。」

「そうだにぃ。あたいとリンが可愛さでは一番だったにぃ。」

「口を開いたら残念なところもそっくりだ。」

「むぅ!ウルフは失礼だにぃ。」


 ――いやいや、同感です。


「あー!何してんの?」

「ちょっ、静かにして!ちびちゃんズが起きちゃうでしょ。」

「ずるいよ。そういうことするときは起こしてよね。」


 リンネットが膨れっ面で起き出してきた。喜怒哀楽がハッキリしているところもこの主従はそっくりだ。


「ユーリスさんとシンティアの歓迎女子会だよ。」

「お母さん自分で女子って言って恥ずかしくないの?」


 おやつを摘まみながらリンネットが鼻で笑う。


「しわしわのお婆ちゃんになったって女だけで集まれば女子会だよ。」

「そんなの敬老会じゃん。」


 ああ言えばこう言う。我が子ながらホントめんどくさいわ。


「なんだか懐かしいな。こうやって集まってお茶するの。」

「あんときはかなぶんと直樹がいたね。」

「何それ、ボク知らない。かなぶんと直樹かぁ、会いたいなぁ。」

「元の世界のお友だちですか?」


 うつむいたリンネットにシンティアが優しく問いかける。


「かなぶんはお母さんの友だちだけど、直樹はみんなの友だちだったの。レニーやユーリスさんみたいに心が乙女なんだよ。」

「名前が変わってるわよね。異世界だから聞き慣れないせいかしら?」


 そう呟いたレニーにシンティアとユーリスも同意してコクコクと頷いた。


「かなぶんっていうのは名前じゃないのよ。本当の名前はカナミなんだけどね。」


 あれはエレインが映画にはまりだした頃だった。突然私のことをボスと呼び始めたのだ。

 それを聞いた佳南が「あんたがボスであたしが佳南おばちゃんっておかしくない?露里、今日からあたしのことは佳南親分って呼びな。」と言い。エレインは言われた通り佳南親分と呼ぶようになった。

 ボスに対抗したのが親分なのもどうかと思うが、本人が満足しているようなので突っ込みはしなかった。だが、その頃二歳になったリンネットには長くて難しかったようで、結局は最初と最後だけを覚えてかなぶんと呼ぶようになり、大ウケしたエレインも真似をしだした。

 佳南は親分になるつもりがおばちゃんどころか虫になってしまったのだ。


 そんな昔話をしているとリンネットが久しぶりに思い出上映会をしたいと言った。


「お母さんのケータイ貸して。アルバム見ながらじゃないと、記憶が薄れてきてんだよね。」


 そう言われて最近元の世界を思い出すことがなかったと気づく。あんなに帰りたかったはずなのに。


 リンネットにケータイを渡すとアルバムを見ながら魔力を放出していく。周囲にうっすら霧がかかったようになると、それがスクリーンになって保存されている写真が写し出された。

 かなぶんと直樹が一緒に写っている写真はホントに多い。大切な家族を置いて来てしまったんだと今さらながらに思う。私たちが懐かしく見ているのに対してこの世界の三人の目はスクリーンに釘付けだった。


「レニー。初めて見る異世界はどう?」

「すごいわね。皆違ったデザインの服を着てるわ。」


 レニーが目を引かれたのはファッションだったし、シンティアは動物に反応していた。

 途中レニーとユーリスが興味を持ったのは直樹がお店のショーで着る服を作って欲しいと言い、同僚を連れて来て試着したときの写真だった。


「リオーネの世界にはあたしたちのような人がいっぱいいるのね。」


 パッと見は女性なのにお仲間とわかるところは感心してしまう。そして皆が息を飲んだのは海に行ったときの写真だった。

 水際で遊ぶ私たちの周りに水着を着た人がたくさんいるのだが、水着に衝撃を受けたようだ。


「男も女もいるのに皆下着姿で恥ずかしくないの?」

「これは水遊び用の服で下着じゃないの。下着で歩いてたら捕まっちゃうよ。」

「だいたいリオーネも露出が多すぎだわ。だからいつも自室であんな格好をしてるのね。」


 レニーの発言だとまるで私が変態のように聞こえるが、私は普段ハーフパンツにTシャツを着ているだけだ。

 成人女性が腕や足を出すのははしたないというのがこちらの常識なので部屋から出るときにはちゃんと着替えている。


 ――自室にいるときぐらい楽な格好をしたいんだよ。


「それにしてもリオーネの世界の魔法はすごいのね。魔力量が多いのも納得だわ。」

「いや、向こうの世界は魔法も魔力もなくて、これは科学と技術でできてるの。説明はできないからこれ以上は聞かないで。」

「よくわからないけど、すごいことはわかったわ。」


 その後も私たちはリンネットが眠たくなるまで上映会を楽しんでいた。もちろんリンネットと手を繋ぎ、魔力の充電をしながら。



 皆が寝静まった後も懐かしい思い出に浸り、脳内映画館で思い出上映会をしていた私はシュルシュルという小さな音を聞いて身体を起こした。

 真っ暗なはずなのに目の前に二つの淡い光を見て、心拍数が跳ね上がった。


「リオーネ、少し話せるかのぅ。」

「オスロ!ビックリした。その出方怖いよ。」


 私とオスロがそっと小屋を抜け出すと、エレインが仁王立ちで待っていた。


「オスロ。何こそこそしてんの?」

「内緒話をするからじゃ。」

「あたしは除け者?」

「聞いてもいいが、聞くなら最後まで真剣に聞くことが条件じゃ。興味がないと思うて除け者にしたのはワシの心遣いなんじゃがのぅ。」


 オスロは小さなため息をついてそれでも聞くというエレインの頭の上に戻っていった。

 野営地の中央には常に火が焚かれていてそこだけ明るくなっている。

 私とエレインが並んで座り、オスロはエレインから降りて私たちの正面のテーブルの上にとぐろを巻いた。そして話しが漏れないように周りに結界魔術を施した。


「話しっていうのは何?」

「どこから話したもんかのぅ。ワシの前の主が知識の番人だったことは知っておるじゃろう?」

「ええ、聞いたわ。」

「知識の番人とは、世界の均衡が崩れたときに現れる者でのぅ。前の主が死んでからは現れてはおらぬようじゃ。」


 ――ん?……。突然出てくるの?召喚みたいに?……召喚……。


「そうだ!タカさんの持ってるスキルが知識の番人よ。」


 召喚から記憶が繋がってやっと思い出した。


「なるほど、知識の番人とはジョブではなくスキルであったか。ではタカをソルマの館へ連れていかねばならんのぅ。」

「ソルマの館っていうのは?」

「この世界の理の全てがわかるところだ。」

「じゃあ、そこへ行けば世界の均衡を保つ方法もわかるのね?」


 ――ソルマの館へ行けば私がこの世界へ来た理由とこの世界でやるべきことがわかるんだ。もしかしたら帰る方法もわかるかもしれない。


「全てわかる。じゃがタカでなければわからぬ。」

「どういうこと?」

「ソルマの館には知識の番人しか入れんのじゃ。そして知識の番人だけが全てを知ることができるのじゃ。」


 すぐ、即、タカを連れて行きたい。そんな逸る気持ちを察したのかオスロはスッと頭を近づける。


「リオーネ、このことが世間に知れたらタカはその知識を得ようとするものたちから狙われることになるんじゃ。慎重にことを進めなければならぬ。前の主も苦労しておった。」


 オスロの蛇眼を間近で見るとスーっと血の気が引くようにさっきまでの興奮が覚めていく。

 ヒューマンの国にはパルド王国を始め好戦的な国がいくつかあると聞いているし、パルド王国で私たちは奴隷として手配書が出回っているのを見ている。

 だが、世界の均衡を保つために聖女を召喚する話しは何度も聞いたが、知識の番人の話しは聞いたことがない。


「ねえ、オスロ。世界の均衡を保つために知識の番人や聖母が必要なのよね?でもこの国の文献にも聖母についての記述がほとんど残っていないって聞いたわ。知識の番人については全くよ。五百年前に知識の番人と聖母がしたことを誰も知らないのは何故?」

「それはワシの前の主が死ぬ前に全ての知識を消したからじゃ。」

「どうしてそんなことをしたの?知識が残っていたらもっと早く対処できていたはずでしょ?」

「そう急ぐでない。ワシも全てを知っているわけではないんじゃ。」


 そう言ってオスロは記憶を遡り話し始めた。



 オスロが産まれた頃は世界の八割をグレンドーラの森が占めていて、各部族はその中に点在し、お互いに存在は知っていても関わることはなかったという。

 そのうちヒューマンがグレンドーラの森を開拓して領土を拡大し、他の部族を見つけては捕らえて奴隷にしたことにより、部族間の争いが始まった。

 これまで保たれてきた平和のバランスが崩れたことにより神獣たちがグレンドーラの樹に集められ、オスロたちウィズダム・スネークは知識の番人を見つけソルマの館に導く任を得た。


 ウィズダム・スネークが世界中に散り知識の番人を探している間にヒューマン族は意見の違いから同族間でも争うようになっていた。

 そしてオスロが前の主である知識の番人に出会い従属契約を結び、ソルマの館に案内した。

 ソルマの館で世界の理を知った知識の番人は各部族の長を各国のちょうど真ん中にある遺跡に集めた。ここで第一回目の中央会議が開かれたのだが、問題はヒューマン族から代表が六人来たことだ。

 本来各部族から代表を一名出すよう伝えていたのだが、その頃ヒューマン族は七つに別れて争い、知識の番人からの召集を受けて一人は拒否し残りの六人が自分が代表だと名乗って参加した。

 当然他の部族が納得するはずもなく、ヒューマン族の代表を一人にするように求めたが、知識の番人は世界の均衡を保つための方法を教えるために呼んだので、自国の争いを持ち込まないことと、ヒューマン族としての意見は一つだけにすることで参加を認めた。



 ここまで一気に話したオスロは私から視線を横に移した。私もつられて横を向くと頬杖をつきながら明らかに寝ているエレインがいた。

 オスロは「まだまだ幼いのぅ。」と言い、私の方に向き直った。


「そうね。私にとってはいつまで経っても可愛い子どもよ。」

「ワシにとっては百年も生きてないヒューマンなぞ皆子どもじゃ。」


 ――いや、うん、まあそうよね。


「それで、知識の番人はどんな話しをしたの?」

「おお、そうじゃ。話しを戻すとするかのぅ。」



 この世界を作ったのはグレンドーラの樹であり、このまま争いを続けて一つでも部族が絶えれば全ての部族が消え去ると言った。そして各部族の領土に境界線を引き、今後は世界の均衡を保つことを義務づけた。


「その世界の均衡を保つってのがよくわからないんだけど。」

「そうじゃのぅ。部族間で争わない。グレンドーラの森をこれ以上減らさない。この二つを守っていればよいのじゃが、均衡が崩れているということは守られていないのであろう。」


 確かにエルフ族や獣人族が誘拐されて奴隷にされている話しも聞いたし、竜人族も捕獲されている。


「知識の番人が均衡を保つための知識を残していたら守られていたんじゃないの?」


 私の質問にオスロはしばらく無言だったが、ゆっくりと続きを話してくれた。



 知識の番人が境界線を引く方法を伝え、数年後聖母によって境界が引かれ、同時にグレンドーラの森も結界で囲まれた。

 引かれたばかりの境界はハッキリと見ることができたという。そして四つだけ穴を開けることが許され、だいたいどこの国でも東西南北に国境門を作った。

 ただ、ヒューマン族だけは他の部族とは違って境界が引かれ六つに別れた。

 ヒューマン族の代表として中央会議に参加した六人はそれぞれ拠点を構えていた場所に境界ができたのでそこで王になり建国した。

 それぞれが争いを止め国作りをするなか、中央会議に参加しなかった一人、ロムドは納得しなかった。突然境界ができて六つの国ができたのだ。

 領土を奪おうにも境界に阻まれて侵攻もできない上に会議に参加しなかったので自分だけ国がない。その怒りはいつしか聖母に向けられた。

 聖母を殺せば境界が消えるのではないかと考えたロムドは執拗に追いかけついには聖母を殺してしまった。だが境界が消えることはなかった。そして次に狙われたのは知識の番人だった。

 境界を消す方法が解れば一度境界を消して、自分も含めて境界を引き直そうと考え、あわよくば他国を侵略して大国を作ろうとした。

 その頃知識の番人は中央の遺跡で各部族の動向を見ていた。

 グレンドーラの樹から遣わされた神獣たちが各地から情報をもたらすので、聖母が殺されたことはすぐに耳に入り、ロムドが自身を狙っていることも分かり、知識の番人はソルマの館に移った。

 ソルマの館は協力な結界と防御の魔術によりウィズダム・スネークの案内無しには辿り着けないようになっているため知識の番人は安全だったが、知識の番人を見つけられないロムドは均衡を崩すことで境界を無くそうとしたのだ。

 他国へアサシンを送り込み水源に毒を撒いた。この時ヒューマン族の半分がその毒によって命を奪われたという。

 グレンドーラの樹は自分勝手な野望のためにやり過ぎたロムドを許さなかった。ロムドに従っていた者も一人残らず突然その人生を終えたのだ。

 再びロムドのような考えを持つ者を出さぬよう、知識の番人は境界に関する知識を消した。



「それから程なくして知識の番人は人生を終えたんじゃ。今もソルマの館で眠っておる。」

「なんだか壮大な物語ね。容量が多過ぎて一晩寝たら忘れそうだけど、疑問の大半は解消されたわ。」


 私は冷たくなったお茶を一気に飲み干しふぅっと息を吐いた。


「オスロはどうして覚えてるの?」

「ワシらウィズダム・スネークはソルマの館を守っておる。再び知識の番人が現れたときに案内できるよう記憶が残されたんじゃ。」

「主が眠っている場所を離れてもよかったの?」

「死んだ瞬間主従契約は消えるんじゃ。五百年亡骸の側におったが知識の番人はもう何も聞かせてはくれぬ。」


 そう言ったオスロの声はどこか悲し気だった。

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