マルセロの鑑定とちゃぶ台会議
調査から戻ってきたメンバーの驚き様は想像以上だった。ちょっとしたお祭りのように盛り上がっていたが、これはさすがにアイテムボックスに入れて持ち運べるような物じゃないので、期間限定の宿舎になる。
あまり環境を良くすると後々困らないか心配になったが、それこそもう後の祭だ。
そしてエレインが余った木材でブランコと滑り台を作って、ちびちゃんズが大喜びなのは良かったが、エンドレスあと一回に疲れて早々に後悔したのはいつものこと。
夕食後に部屋割りを発表をして各自荷物を移動した。
「私は男だがここでいいのだろうか?」
荷物を持って女子棟に来たユーリスは、至極真面目な顔で問いかけてきた。だが既にレニーがいるのだ。何の不思議もない。
「あたしもいるんだからいいに決まってるじゃない。」
レニーの言葉にユーリスがちょっとはにかんだように笑って頷いた。
「女性として扱って貰ったのは初めてで少し気恥ずかしいな。」
そう呟いたユーリスはどこからどう見ても女性だった。
「ボクはシンティアさんの隣がいい!」
リンネットはすっかりシンティアに懐いたようで自分のクッションを持って行き、シンティアの隣に陣取った。
「はいはい、好きなところで寝てください。それより大きな声を出さないで!」
「はーい。」
返事はいいが、シンティアに話しかける声は小さいとは言えなかった。
ちびちゃんズは遊び疲れて既に寝てしまっていたので、格さんに見守りを頼んで私たちは会議室へ移動した。
会議室ではマルセロがいつにも増して極上の笑顔で迎えてくれた。それもそのはず、マルセロの寝る場所は皆より一段高くしてあるのだ。
「リオーネさん。ありがとうございます。今夜からはゆっくり寝ることができそうです。」
「それは良かったです。それで鑑定はどうしますか?」
「原因が知りたいので是非お願いします。」
私はマルセロの正面に座り鑑定する。なんだか占い師になった気分だ。
ステータス画面と同様に鑑定結果も私にしか見えない。真剣な顔のマルセロと興味津々で身を乗り出すレニーとユーリスにちょっと身体を引いてしまう。
マルセロの鑑定結果はハッキリ言えばよくわからなかった。特に持病があるわけでもないし、レベルも魔力量も目立つような数値ではない。ただ、スキルに土の魔導師という言葉があった。
「土の魔導師ってなんでしょう?」
「聞いたことがありませんね。土属性は持っているのですが……。」
わかったのはそれだけで、それだけでは何もわからなかった。そんな私たちのやり取りを見ていたレニーがずいっと顔を寄せて言った。
「もしかしたら他の属性の魔導師もいるかも知れないわね。」
確かにあり得る。そしてオスロなら何か知っているかもしれない。
オスロには聞きたいことがいっぱいあるのだが、今日は話し合うことも多い。ウォルフとクラウスが入ってきたことで、私は一旦考えるのをやめてちゃぶ台会議に集中した。
まず始めに調査団の報告を聞いた。
タイガルンに焼かれた範囲はかなり広大だが、計測だけなら数日で終わりそうだという。問題は国境の外側の調査をするかどうかだ。
タイガルンはグレンドーラの森から出ないランクの魔獣らしく、名前と姿以外はほとんど情報がない。
従属契約を結ぼうとした者が誘い出したのではないかという意見も出たが、従属契約を結ぶのならグレンドーラの森の中でも良かったはずだ。
オルドラ王国に行くように仕向けたということも考えられるが、そうなると誰が何のためにやったのか調査が必要になってくる。
ハッキリしているのは、たまたまやってきたわけではないということだ。
頭の中でいろいろ考えていても、答えは出てこない。ここは異世界で本や映画とは違うのだ。何も考えずに物語を楽しんでいた頃が懐かしい。
あの頃はどんな危機が訪れても命の危険はなかった。だが今は常に危険と隣り合わせなのだ。
私は自分の頭の中を整理したいこともあり、皆に向けて質問を投げかけた。
「今回は私たちが調査のために近くにいたから討伐できたわけですよね?もしも私たちが普段通りの生活をしていた場合はどうなっていたと思いますか?」
私の質問にしばらく皆が考え込む。そして一番先に口を開いたのはユーリスだった。
「あの辺りは地形が悪く途中に街や村も無いですから、そのまま進んでいれば東門から煙が見えるまで気づかなかったでしょう。」
「東門の兵士たちが気づいてからはどのように行動しますか?」
「東門から城へ報告されて、騎士団に要請がきてから冒険者ギルドに連絡して騎士団の召集。それから討伐に出発します。」
「その間にタイガルンはどのくらい進むのでしょう?そして今回はオスロの知識のお陰で素早く討伐できましたが、騎士団だけならどうだったでしょう?」
私とユーリスのやり取りを聞いている誰もが険しい表情になっている。これはもしもの話だが、タイミングが違えば王都に被害が出ていてもおかしくないのだ。
「最悪の方向で考えた方がいいと思います。そうすれば思い違いだったときに笑い話で終わりますから。」
私はこのときオスロの「戦の時代が始まる」という言葉が頭を過った。
「私たちはのんびり調査をしていていいんでしょうか?」
「調査は必要だろう。境界の綻びも見つけたのだ。」
「それはそうですけど……。これももしもの話しですけど、調査に出た私たちを狙ってタイガルンが放たれたとしたら?狙われたのが王都ではなく私たちだったら?っとまあそんな憶測がいくらでも沸いてくるんですよ。そうなると敵が他の国なのか、それとも国内に……はいっぱいいるのはわかってますけど。とにかく今は情報が足りませんね。」
「それでは情報の共有のためにも境界の綻びについて教えていただけますか?」
マルセロの問いにクラウスが報告を始めた。
境界はヒューマンや他の部族の理であり神獣、魔獣には適用されないこと、逆にグレンドーラの森には結界があり神獣、魔獣の理があること、境界に大小様々な穴が空いていること。
クラウスが順を追って話していると、ここで助さんからグレンドーラの森の魔獣が異常に増えているという報告が入った。
「境界に綻びができていて、魔獣の数が増えている。これが均衡の崩れなのでしょうか。」
いつも飄々としているマルセロの険しい表情を見ると、状況が深刻だと嫌でもわかる。
クラウスはどこまでを城に報告するか迷っていると言った。城への報告は間違いなく文官が目を通してからリュシアン陛下に渡るのだ。
報告の義務は果たさないといけないが、敵とわかっている者に情報を渡したくないという気持ちもあるのだ。
「ねえ、お城への報告はタイガルン討伐後の調査だけでいいんじゃない?だって狩に行ってるなんて言う必要ないでしょう?狩に行ってわかったことはトラヴィス様に報告すれば陛下に伝わるんじゃないかしら。」
――ああ、レニー。さすがだわ。
「では、城への報告は焼失した範囲の計測が終わってからにしましょう。三日程で終わる予定です。」
「俺たちはその間に境界の綻びがどのくらいあるか調べればいいのか?」
「そうですね。人が通り抜けられるものがどのくらいあるのか知りたいです。範囲はとりあえず東の国境から南の国境まででお願いします。」
「それなら一日もあれば余裕だ。」
私はマルセロとクラウスの話しをフムフムと聞いていたが助さんの発言に思わず立ち上がった。
「それは無理!調査団が三日かけるならこちらも三日でやります。」
「主、そんなにのんびりしていたら狩をする時間がないではないか。」
「速いのは怖いからダメです。」
毎日絶叫マシンに乗るなんてどんな拷問なの?私も転移陣で移動したいよ。
「さすがに俺も一日でそれだけ移動するのはキツイし、トーマがついていけないから三日は妥当なところだな。」
クラウスの賛同を得て三日で境界の綻びを調査することになった。
「はぁ。館の皆が心配になってきました。」
「館の方は問題ない。リゼルダの手紙には、ジグセロがなにやら道具を持ってきて、会議室とタカの家の建設が始まったと書いてあった。」
「整経台が届いたのに使えないなんて……。」
今の現状を考えると帰ってからもどんどん先伸ばしにされそうだ。もうホント全てを破壊して再構築したい。私は平穏な日々を送りたいだけなのに。




