オスロの知識と宿舎建設
回収が終わり皆がいるところまで戻ると、エレインとトーマがお腹が減ったの大合唱をしていた。
「アイテムボックスに食べ物いっぱい入れてるよね?」
「あれは非常食。お弁当はボスが持ってる。」
「ボス、お腹ペコペコ……です。」
いつの間にかトーマまでボスと呼ぶようになっている。エレインの影響が大きいのは良いことなのか悪いことなのか……。
私がため息をつきながらアイテムボックスを開けると、その手をウォルフが止めた。
「ここで食い物を出すのは危険だ。とりあえず森から出よう。」
グレンドーラの森の中ではいつ魔獣に遭遇するかわからないので、安全なところで食べた方がいいと言うウォルフに従い、私たちは国境まで戻ることにした。
帰りもお腹を空かせたウルフたちは全力で走る。私は空腹と恐怖で気が遠くなりそうだったが、なんとか格さんにしがみついていた。
「リオーネ。境界の綻びはどの辺りだ?」
クラウスに声をかけられて顔を上げると少し速度を落として走る格さんの横を獣形のクラウスが並走していた。
「鑑定するので一度止まってください。」
私の言葉でクラウスが停止するよう言う前にウルフたちは止まった。
「そっか、格さんたちは私の声が聞こえるんだったね。……だったらゆっくり走ってっていうのも聞こえてるはずよね?」
「ゆっくり走っていたではないか。」
――うーん、速さの基準が違うのかな。
鑑定をするために格さんから降りると、身体がふわふわしている感覚があった。
私はそのまま横になりたいのを堪えて境界に向かって鑑定したが、目の前にある境界には拳大の穴がいくつか空いているだけだった。
「ここから見える範囲に通り抜けられそうな穴は無いですね。少し境界に沿って進みましょう。どっちに行けばいいですか?」
私が境界の前に立ち両手で左右を指差すと、エレインが間髪を入れずに「こっち。」と私の左手の方向を示した。
「わかるの?」
「マップ。穴の場所も大体わかるよ。」
私が境界を見ながら行くよりエレインについていった方がはるかに早そうだ。
「じゃあ、ついていくからよろしく。」
「オッケー。ビューンと行っちゃうよ!」
――いや、そこはゆっくりでいいから!
境界の綻びが思いの外近かったので、全速力の恐怖からは逃れることができた。
境界の穴の大きさを示そうと穴に近づくと、私は何かに躓いて転びそうになった。よく見るとそれは高さ十五センチぐらいに積まれた石だった。
「誰よこんなところに石なんか積んだの。」
「お墓じゃない?」
エレインの意見に賛同する者はいなかった。そもそも境界ギリギリにお墓とかあり得ないし、こんな目立たない積み石じゃ意味がない。
私は積み石を蹴飛ばし境界の穴の高さを示した。今回はクラウスも無事一度で越えることができてふうっと小さく息を吐いた。
エレインを始めウルフたちも限界のようで早く食べたいと急かしてくるので、木々の間の少し広い場所で食べることにした。
「いっただっきまーす。」
「いただきます。」
エレインとトーマが競うようにお弁当を掻き込んでいく。その姿は部活終わりの高校生のようだ。
ウルフたちとオスロに肉を出して私もお弁当を食べる。アイテムボックスのおかげで野菜が新鮮なまま持ち歩けるので、かなり健康的な食生活を送ることができる。ただ肉食のクラウスは物足りないようで、肉を食べるウルフたちに釘付けになっていた。
「お肉まだありますよ。出しましょうか?」
肉という言葉に反応したクラウスが満面の笑みを浮かべて頷いた。
「我らの肉だぞ。」
「それとはまた別だよ。おかわり欲しいの?」
「まだ足りぬ。おかわりだ。」
相変わらず肉食たちはただひたすら肉をたいらげていく。そう、まるで飲み物のように。
お弁当を食べながら午後の行動について相談すると、クラウスは境界の綻びについて城へ情報を飛ばす前にちゃぶ台会議を開きたいと言い。ウルフたちは狩を続けたいと言った。
私は食べてすぐウルフに乗ることは避けたかったので、ウルフたちだけで狩に行ってもらうことにした。ただし自分たちで狩れるものだけという条件で。
「大物を四体も狩ったんだから近くにはもういないんじゃない?」
「グレンドーラの森にはいくらでもいる。そこら中魔獣だらけだ。」
気配を感じることができるウルフたちが言うのだからそうなのだろう。だが、ふと疑問が浮かぶ。
「そんなにいるなら、普段当たり前に魔獣を見ると思うんだけど……。」
境界が神獣や魔獣に影響しないのならば、もっとウジャウジャ湧き出していてもおかしくないのに、希少で情報の少ない魔獣が多いというところが不思議でならない。
私がうーんと考えていると、エレインの頭上から低音の穏やかな声が聞こえてきた。
「リオーネ。ヒューマンや他の部族が境界という理に縛られるように、グレンドーラの森には神獣、魔獣の理があるのじゃ。魔獣にもランクがあってのぅ。ランクの高いものはグレンドーラの森から出ることはほとんどないんじゃ。」
「じゃあ、オルドラ王国内にいたスピグナスはどうしてグレンドーラの森から出てきたの?」
「何かに釣られて出て来たか、もしくはグレンドーラの森の結界にも綻びができているかじゃな。」
オスロは六百年以上も生きていると言っていたし、前の主がおじいちゃんだったからなのか、知識の塊と言っていいほどいろんなことを知っている。
「オスロはどこでそんなに知識を得たの?」
「ワシの最初の主は知識の番人じゃったからのぅ。共にした年月は二十年程じゃったが、実に多くのことを教えてもらったわい。」
――知識の番人……。どこかで聞いたことがあるような、無いような……。
「じゃあ、今はその知識をエレインに伝授してるわけね。」
「いや、エレインは興味の無いことはすぐに忘れてしまうでの。知識の伝授など時間の無駄じゃわい。」
「さすがオスロ、よくわかってんね。」
エレインは笑いながらオスロの身体を撫でる。私も納得して頷く中、ウォルフが「笑うところか?」と呟いた。
「グレンドーラの森の結界に綻びがあるのなら、そちらも調査すべきだろうか?」
「いや、国境が先だろう。だが結界の綻びから大型の魔獣が出て来るのであれば、警備の強化が必要だな。」
ウォルフとクラウスの話に首を突っ込むと仕事が増える気がしたので、そっと目を反らしてエレインたちと話しを続けた。
「オスロはタカさんと話しが合いそうよね。」
「おお、タカとはよく話しをするが、なかなか面白いぞ。」
オスロとタカが交流していることにも驚いたが、それより気になるのはエレインだ。
「えーっと、その間露ちゃんは何してるの?まさかずっと聞いてるとか?」
「まさか。眠たくなっちゃうよ。オスロがタカさんと話してるときはロフティと遊んでるよ。ねっ、トーマ。」
「うん。難しい話しはわからないから。」
――ですよね~。うん、納得。
「ロフティは空から攻撃してくるから面白いんだよ。飛ぶの速いし。でもね、うるさいからどこから攻撃してくるかすぐにわかっちゃうんだよ。」
「そうそう、オレの攻撃を受けてみろー!とか言うんだよね。」
「あやつは気位は高いが、ちとアホなのが残念なところじゃのぅ。」
――そんなにハッキリ言っちゃうの?でも、わかるー。
私たちが盛り上がる中、ウォルフとクラウスは険しい表情で話しをしている。
「ねえオスロ、均衡が崩れてるって皆言うけど、結局のところこの世界はどうなっちゃうの?」
「どうなるかはワシにもわからんが、境界や結界が無くなれば魔獣による被害は増えるじゃろうな。それよりもまた戦の時代が始まるのではないか?」
「戦の時代?」
「五百年程前に戦の時代があってのぅ。そのときの聖母によって結界と境界で世界が分けられたんじゃ。境界ができたことで戦の時代は終わり、ヒューマンの国は六つに分かれたんじゃが、中には六つに分かれた国を統一して治めたいという野心を持った者がおってのぅ。聖母を殺せば境界が無くなると思ったんじゃろう。結局聖母は殺され、ワシの主だった男も追われる身となってしまったんじゃ。」
「そのときも聖女の召喚をしたの?」
「国を治めたいと思っていた権力者がこぞって聖女召喚をしたようじゃな。」
オスロは聖女召喚や、聖母としての役目などを知っているようだ。聞きたいことがいっぱいある。もしかしたら帰る方法も知っているのかもしれない。
私の中で感情と思考がぐちゃぐちゃに絡まり言葉が出てこない。無言で見つめる私にオスロが一言「時が来たようじゃ。」と言った。
意味がわからず続きを聞こうとしたのだが、話しを終えたらしいウォルフとクラウスが早めに野営地に戻りたいと言うので、私はウルフたちを呼び戻した。
戻ってきたウルフたちを見て私たちは更に頭を抱えることになった。
助さんはイグレットバードを三体、格さんはバッセレイを二体、佐平次は見たことない魔獣を一体、それぞれ引きずって来たのだ。
当然ウルフたちの通ってきたところは木がなぎ倒され、魔獣の血で赤く染まっている。
「次からは一緒に行くよ。」
他に言葉が見つからず、とりあえず狩ってきた獲物をアイテムボックスにしまってからウルフたちをキレイに洗浄して帰路についた。
野営地ではちびちゃんズが冒険者ギルドの見習いたちと走り回って遊んでいた。そして少し離れたところでレニーが見守っている。
「レニー、ただいま。」
「あら、ずいぶんと早いお帰りね。」
「ええ、でも収穫は十分過ぎるぐらいあったのよ。」
私は子供たちのおやつを用意しながら今日の出来事をレニーに報告する。
「たった半日でそれだけ狩るなんて、さすが神獣ね。」
「レニーはグレンドーラの森に入ったことある?」
「ええ、何度か入ったことはあるけど、薬草採取が目的だから奥の方には行ってないわ。大型の魔獣に遭遇しても手に負えないもの。」
レニーの話しでは、冒険者ギルドのクエストにはグレンドーラの森にしかない薬草の採取が時々あるらしい。報酬は多いが危険度も高いので受注する人は少ないそうだ。レニーも頼まれて仕方なく行ったと言っていた。
「じゃあ、狩のついでに薬草採取もしたら一石二鳥ね。」
「そんなことができるのはリオーネぐらいよ。ねえ、朝貰ったおやつもっとある?見習いの子たちにも出したいんだけど。」
「ええ、あるわよ。あの子たちはお留守番なのね。」
「荷物運びと野営の訓練のために来てるから調査には参加できないみたい。でも子守りを手伝ってくれるからあたしは助かってるけどね。」
「だったら子守りとして報酬を出そうかな?後でユーリスさんに聞いてみるわ。」
「そうね。エレインは狩を楽しんでるんでしょう?」
「それもあるけど、こっちも調査が必要になりそうだからきっと夕食後に会議ね。そうだ。小屋の改装をしたいの。手伝ってくれる?」
「いいわよ。今度はどうするの?」
「マルセロさんが小屋で寝るなら仕切りじゃなくて完全に分けないといけないでしょう?」
「そうね。ウルフたちが警戒してたもの。それじゃあ、おやつを食べたら作業を始めましょ。」
おやつを食べ終わった後はおやつに釣られたクラウスとトーマが子守りを引き受けてくれた。
小屋の改装を手伝ってくれるのはウォルフ、エレイン、レニーだ。
今ある小屋の仕切りを取っ払い、そのまま女子棟にする。そして真ん中に会議室を挟んで男子棟を作りたいとエレインに伝えて設計して貰うのだが、レンガは残りが少なくて到底足りない。
「木材はいくらでもあるからログハウスみたいにする?」
「いや、今そんなに寒くないし、簡単に犬小屋みたいなのでいいんじゃね?」
そう言ってエレインが地面に描いたのは正方形に入り口らしき長方形がちょこんとついた物だった。
「屋根はちょっと傾斜つけるよ。」
――犬小屋なのに三角屋根じゃないんだ。
「なあ、リオーネ。これなら皆が寝る場所もできるんじゃないか?」
ウォルフが少し遠慮がちに言う。まあ、誰だって建物の中で落ち着いて寝たいはずだ。
「木材は十分あるんでできますよ。宿舎を作るとして、一棟当たり何人になりますか?」
「今は三交代だから十人だな。」
「では騎士団が三棟ですね。魔導師団は……シンティアを私たちのところに入れて、リアムとジェイドはマルセロさんとトーマと一緒で……。ユーリスさんは私たちのところに来てもらいましょうか?」
「そうだな。それがいいだろう。俺とクラウスはマルセロと一緒で頼む。騎士団の宿舎では話せないことも多いからな。」
「リアムとジェイドは一緒でも大丈夫なんですか?」
「お前はあの二人を引き入れるつもりなんだろう?」
「ええ、なんとしても手に入れますよ!」
私は地面にメモしていくが、問題は見習いたちだ。騎士団の中に振り分けた方がいいのかウォルフに聞いてみる。
「ウォルフさん。見習いたちはどうしましょう?」
「うん?ああ、どうしたもんか……。騎士団長に相談した方がいいんだがな。」
ユーリスは調査に行っているため不在だ。それに夕食準備や会議をすることを考えると帰って来る前に終わらせたい。
「ボスどうしたの?」
「見習いたちはどうしようかなって思って。」
「騎士団棟は大きく作って仕切ればいいじゃん。時間がないんだから急いで!」
エレインに急かされて野営地の外に出て、アイテムボックスから木を取り出し、指示通りに切っていく。それが終わると切ったものをアイテムボックスに入れて野営地に戻り再び取り出す。
グレンドーラの森の木はとにかく大きいので、壁板は二枚で足りるのだ。その分重いので組み立てるときは野営地に残っている騎士団に手伝って貰った。
エレインの指揮でパズルのように組み立てられていく小屋に皆が驚いていた。そして皆嬉しそうだった。
「いやー。露ちゃんはホントすごいね。こんなに早くできるなんて思わなかったよ。」
「ステータス画面あるじゃん?あれで計算したり図面描いたりできるから楽なんだよ。」
――なんですと?そんな機能があるの?
「そういうの教えてよ。PCみたいじゃん。」
「そう!なんかねぇ、こんな機能欲しいなぁとか思うとできるようになるんだよ。自分用にカスタマイズする感じ。」
ステータスを見るだけだと思っていたが、なかなかどうして多機能らしい。
私は新しい機種を買ったときのようにワクワクしながらステータス画面を開いてみた。
私の異世界ネームとレベル、属性、能力値、スキル……。ここに今まで鑑定した魔獣や薬草などの情報が欲しい。
そう思った瞬間スキルの項目の下に図鑑という項目が増えた。
――おおおお!めっちゃ便利。
一人で感動する私に周りは不思議そうな顔をしている。次は何をしようか考えていると、レニーが声をかけてきた。
「リオーネ、あなたちょっと不気味よ。」
どうやら一人で空中を見ながらニヤニヤしていたらしい。確かにステータス画面が見えない人が見たら不気味だろう。私はわざとらしく咳払いをしてステータス画面を消した。
「ボス、ポーカーフェイスを習得しなきゃね。」
エレインが笑いながらアドバイスしてくれた。




