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母は異世界でも強し  作者: 神代 澪
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魔導師団の研究と問題児

 


「庶民の中でも格差が大きいんですね。」

「リオーネの世界はどうだったの?」


 レニーに聞かれて私は考えみた。

 確かに経済格差はあった気がする。テレビやネットでは現実の、ドラマや映画では非現実の経済格差を見たが、画面越しの世界はどこか自分とは関係ないもののように思っていた。


「私の世界でもありましたね。ただ身近に感じたことはあまりなかったですけど。」


 正直に言えば格差を感じるほど家から出てないのだ。


「工房ができて従業員を雇うようになれば少しは皆の暮らしが良くなりますよね?」

「それは無理ね。仕事につけるのはたぶん庶民でも中から上の人たちの中のほんの一部よ。」

「うーん、王都にどれだけの人がいて、どのぐらい仕事が足りていないか、一度リュシアン陛下に聞いてみましょうか。」

「それがいいわね。国王陛下も対策を考えていらっしゃるでしょうし。」


 レニーはそう言うが、本当なら臣下の文官たちが調査し、対策を立てて奏上し、リュシアン陛下が決定するものだ。

 私利私欲にまみれた王宮で国民のために働いている文官がどれだけいるのだろう。文官長があれだから期待はできない。


「まあ、王宮のことを考えても私たちにはどうにもできないですね。それよりシンティアたちは魔導師団でずっと研究をしていくつもりなんでしょう?」

「はい、私たちは他にできることもないですから。」

「シンティア様と違って僕らはずっとお手伝いで終わるかもしれませんけど。」


 シンティアは魔獣の研究を続けると言い、リアムとジェイドは少し悲しそうに笑い合った。

 自分の研究をするためにはそれなりの資金が必要で、貴族の支援を受けられなければ、貴族出の上級魔導師のお手伝いで人生を終えることもあるという。


「貴族の支援を受けている人の研究ってどんな物なんですか?」

「そうですね。魔石と同じような物を作り出すとか、若返り……中には不老不死について研究している人もいます。」


――欲望丸出しじゃない。国益が欠片もないよ。


「シンティアは魔道具についても詳しいのよね?」

「はい、子どもの頃から塵の山に捨てられたものを集めて分解したり直したりしているうちに身に付いた知識です。魔道具はその道具の性質に合う魔獣の素材が使われていますが、皮でも爪でも魔獣が強くなれば品質が上がり道具の性能も上がることがわかっています。私は新しい魔道具も作ってみたいのですが、魔獣の素材は高いので、今は修理や改良を主にしています。」


 普段は落ち着いている印象の強いシンティアが少し早口にしゃべる様子は新鮮だった。本当に好きなのがよく分かる。きっと興奮しているのだろうが、マルセロやレニーに比べると可愛いものだ。


「リアムとジェイドはどういう研究がしたいの?」

「僕らは休みの日には一緒に王都から出て魔獣の排泄物を拾って歩いてるんです。家畜の排泄物は肥料として農地に使うのですが、魔獣だったらどうなんだろうと思って。」

「僕らは魔獣討伐ができないんで、本当に王都の周辺で小さな魔獣の排泄物を集めることしかできないんですが、それでも家畜より魔力含有量が多いことはわかりました。この遠征でいろんな魔獣の排泄物を集められるんじゃないかって思ったんですけど、臭いがあるので荷物として持ち運ぶことはできそうにないですね。」


 リアムとジェイドは農家の子らしい研究を始めていたが、確かに排泄物を二ヶ月も持ち歩くといろいろ問題が起きそうだ。

 シンティアの魔道具はリンネットが興味を持っているし、リアムとジェイドの研究はこれから領地内の農地を復活させようとしている私には必要だと思う。

 何より半獣の研究もしたいし、彼らの真面目な働きぶりを見て私の欲望も大きくなっていく。


――この三人、なんとしてでもうちに欲しい!


 魔導師団を辞めてうちに専属で来て欲しいが、何事も最初が肝心。報連相を怠ると怒られるのは身を持って覚えたので、まずは相談からしようと決め、勧誘したい気持ちを押さえ込んだ。


「魔獣の排泄物が肥料になるなら神獣のも使えたりしますか?」


 本当に何気なく言った言葉に二人の顔つきが変わった。


――あー、なんかスイッチ押しちゃったみたいだね。


 リアムとジェイドは二人でワールドに入ってしまった。ああでもない、こうでもないと熱く議論する二人をよそに三人でお茶を飲みながらおしゃべりをする。


「せっかく魔法の世界に来て魔力を手に入れたんだから、もっと使いこなしたいんですよね。」

「十分使いこなしてるじゃない。これ以上何をやらかしたいの?」


――やらかすって……。自覚があるから反論はしないけどさ。


「例えば風に乗って優雅に空を飛ぶとか。」


 私の頭の中では箒に乗って空を飛ぶという魔法使いの王道が展開されていた。


「風に乗るんですか?それは風属性の魔術を使って下から風を起こしてそれに乗るということですか?」


 シンティアの言葉で私の頭の中は一瞬でスカイダイビングに変わった。


――落ちるだけでもあれだけ風を受けるんだよね。上昇したり高度を維持するにはそれ以上の風が必要ってことでしょう?…………。ダメだ。全然優雅じゃない。


「うん、無理そうです。忘れてください。」

「風に乗ることはできなくてもウルフたちに乗れば風を切って走ることはできるじゃない。」


 レニーは慰めているつもりなのなろうが、ウルフたちの全速力は優雅ではなく恐怖なのだ。


 気づけばこんなに落ち着いた気分でお茶を飲んで話しをするのも久しぶりだった。

 カップがからになるとシンティアは作業に戻ると言い立ち上がった。


「ジェイド、リアム。準備を終わらせてしまいましょう。」


 そう二人に声をかけ、魔導師団の三人は挨拶をして作業に戻った。


「レニー、ちょっと聞いて欲しいこともあるし、小屋に戻りましょう。」

「ええ、そうね。今夜は気持ち良く眠れそうだわ。」


 私たちが小屋の前に着くと、大きくなったオスロの上にエレインが寝そべっていた。


「あら、いつもと逆になってるのね。」

「うん、外で寝るときはいっつもこうやって寝てるんだ。それよりトーマが困ってるから助けてあげて。」


 それを聞いてレニーと小屋の中に入ると寝袋を抱えたトーマが入り口に座っていた。


「トーマ、どうしたの?」

「オレのクッション……。」


 トーマがそれ以上言わないので仕切りの奥を覗くと、そこにはトーマのクッションで眠るマルセロがいた。


「どういうこと?」


 トーマに聞くと、マルセロがここで一緒に寝ると言い出し、トーマに自分の寝袋を渡し早々に寝てしまったと言う。身分的にも断ることができず、トーマは途方にくれていた。


「本当にわがままな子どものようね。トーマはあたしたちと一緒に寝る?」

「いや、オレは男だから。」


 レニーの誘いにトーマは更に困ったように俯いた。すると横から格さんがのっそりと現れてトーマの隣に立った。


「主、我がトーマと共にあちらで寝る。心配ない。」

「そう?じゃあ格さんに任せるよ。」


 格さんとトーマが仕切りの向こうへ行き、佐平次が入り口付近に寝そべった。


「あら、今日は皆中で寝るのね。」

「あれでも一応男だからな。我らは主を守る。」


 一応というところが気になるが、マルセロが男と認められたことを喜んであげるべきだろうか。



 次の日起きて仕切りの向こうを覗くと、トーマは格さんにくるまるようにして寝ていた。格さんが大きいこともあり獣形のトーマが赤ちゃんのように見えた。

 レニーも「可愛いわね。」と言いながら隣を見て、「マルセロ様……。子どもっぽい言動でせっかくの美貌が台無しね。」と言ってため息をついた。

 マルセロを起こして説教するつもりだったが、トーマを起こすのもかわいそうだったので私たちは朝食の準備のために調理場へ向かった。


「リオーネ様。レニー。おはようございます。」


 今朝もキレイに整えたユーリスが声をかけてきた。


「おはようございます。クラウスさんとは話しがつきましたか?」


 私の問いにユーリスは眉間にシワを寄せ、その表情で結果がわかった。


「リオーネ様の護衛も必要だということで、あいつは狩に行くことになりました。」


――あー、やっぱりね。


 私の護衛ならウルフたちで十分だと思うが、また話し合いが始まっても面倒なので黙っておくことにした。

 そこへ実に晴れやかな顔をしたクラウスとウォルフがやってきた。


「おはよう。今日はどの辺りに行くか決まっているのか?」

「おはようございます。ウルフたちが昨日から大きな気配を感じているようなので、そちらに向かってみようと思っています。」


 ウルフたちはこの野営地に着いてからずっとそわそわしている。グレンドーラの森に近づいたことで魔獣の気配を強く感じているようだ。


 調理場では朝食とお弁当が同時進行で作られるため大忙しだ。クラウスとウォルフも朝食を受けとると食事エリアに向かって行った。

 朝食とお弁当の調理が終わると詰める作業は騎士団と魔導師団の食事当番に任せ、私も朝食を持って食事エリアに移動する。

 朝食を食べ始めるとすぐにちびちゃんズを乗せた助さんとリンネットとトーマがやってきて、残るはいつもギリギリまで寝ているエレインとマルセロだけだった。


「おはよう皆。マルセロさんはまだ寝てるの?」

「うん。起こしてきた方がいい?」

「いや、トーマは朝食を食べちゃって。エレインも起こさないといけないから私が行ってくるよ。レニー、ちびちゃんズをお願いね。」

「ええ、こっちは大丈夫よ。いってらっしゃい。」


 レニーに笑顔で見送られて、私はウルフたちを連れて小屋へ向かった。

 小屋の前にはオスロの上で寝ているエレインがいる。オスロに守られているとはいえ警戒心ゼロの寝姿にため息が出た。


――成人した女性の姿じゃないよね。これは。


 中に入ればマルセロがクッションに埋もれて寝ていた。


「マルセロさん。早く起きて朝食を食べてください。出発の時間に遅れますよ。」

「もう少しだけ……。」

「わかりました。待てないので朝食は片付けますからね!」

「ああっ、起きます。食べます。」


 マルセロは一度大きく伸びをすると、ゆっくり身体を起こした。


「マルセロさん。トーマのクッションを取り上げるような大人げないことをしないでください。」

「ちゃんと寝袋と交換しました。」

「トーマが断れないとわかっていて交換を申し入れるのは強要と変わりませんが。」


 マルセロは「そんなつもりでは……。」と言ってうなだれている。

 マルセロも私と同じで地位や権力に頓着しないタイプなのでわからなくはないが、まだ館の生活にも慣れていないトーマは対応できないのだ。


「とにかくクッションはトーマに返してあげてくださいね。」

「では私のクッションも作ってください。」

「材料がないのでお断りします。」

「だったらせめてここで寝かせてください。土の上で寝るのは耐えられません。」


――あれだけ散らかった部屋で寝てるのに外はダメなの?


「失礼を承知で言えばマルセロさんの部屋もけっこう汚いですよね?」

「キレイとか汚いの話ではないんです。土の上で寝ていると魔力が動くような感じがして落ち着かないですし、それに自分の魔力がつられるように動くので気持ち悪いんです。夕べは床とクッションのお陰で久しぶりに安心して眠れました。」


 どうやら貴族出のお坊ちゃん思考ではなく、別の理由があったようだ。だがそれを説明しないので私たちにはただの我が儘にしか聞こえない。


「マルセロさん。報連相が大事だっていつも私が怒られているの見てますよね?自分が怒られるまでわかりませんか?」

「ですが、男が弱音を吐くのはカッコ悪いと言われていますし……。」

「大人の男が子どもみたいな我が儘を言う方がもっとカッコ悪いですよ。それに身体に支障が出ていることを相談するのは弱音を吐くとは言わないです。とにかく詳しい話しは夕食後にしましょう。皆出発準備ができているのでマルセロさんも早く朝食を食べてください。」


 頷くマルセロを連れて食事エリアへ行き、朝食を持ってくると、マルセロがトーマに謝っているのが見えた。


――素直に謝れるのはマルセロさんのいいとこだよね。


「さあ、急いで食べてくださいね。皆待ってますよ。」

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