野営地の移動とテーブル作り
翌朝はなんだかスッキリしない気持ちで目が覚めた。転がったまま大きなため息をつくと、隣で伸びをしたレニーが勢いよく身体を起こした。
「おはようリオーネ。昨日は意外な結果になったけど、スッキリしたわ。」
「そう、私はいまいちだわ。」
「あら、まさか同情でもしてるの?」
「違うの。なんだかずっと我慢してた割にあっさり片付いちゃって、消化不良っていうか……。わかる?」
「怒りが発散できてないわけね。」
そう、私は怒りを溜め込んだままなのだ。早く狩に行ってドーンと魔力を使えばスッキリするかもしれないが、しばらくはタイガルンの調査に時間を取られそうだ。
朝食を終えると片付けをして出発準備を整える。先に佐平次とエレインが魔方陣を敷きに国境付近の野営地へ向かった。
私たちは荷車と人員を二つに分けて佐平次からの連絡を待つ。
「リオーネ様。少しお時間よろしいですか?」
声をかけてきたのは騎士団長のユーリスだった。後ろにはクラウスとウォルフもいる。
「ええ、大丈夫ですよ。」
「今後の調査についてですが、タイガルンによって被害の出ている野営地の様子と焼失した範囲を計測しながら進む予定です。それからトーマのことなんですが、未完成の獣人族ということで周囲の者がキツくあたることは解っています。ですがリオーネ様が特別扱いをされると更に反感を買うことになりますが、それについてはどうお考えですか?」
「それは騎士団が差別を放置しているからでしょう?教育が足りないのではないですか?それに私は特別扱いをしているつもりはありませんよ。トーマはエレインの弟子ですから。」
私は自分でもイライラしているのがわかった。怒りを消化できていないことと、繕った態度が崩せないことで、かなりストレスが溜まっている。
物言いがキツくなるのは少し八つ当たりが入っているからだ。
――早々に発散させないとまずいかも。
「そうだ、クラウスさん。国中の未完成な獣人族を集めることはできますか?」
「集めてどうするんだ?」
「今は言いません。あっ、でもちゃんと雇用契約は結びますよ。」
クラウスは「理解できないことを言い出すのは今に始まったことじゃないな。」と言いながら少し考えて、ジグセロに頼んだ方が早いと言った。
ジグセロには保育士候補を探してもらったりしていたが、商人の方が顔が広く適任らしい。
私たちの話しを聞きながら険しい表情を浮かべたウォルフが口を開いた。
「言えないじゃなく、言わないってとこが気になる。」
「ウォルフさんは心配性ですね。」
「そりゃあ、お前のしてきたことを考えれば当たり前だろう。エレイン以上に突拍子もないことをしでかすんだから。」
――露ちゃん程じゃないでしょう。
「では、夕食後に小屋で話します。結界術を使えば声が漏れることもないでしょう。それからリゼルダさんも知ってますけど、怒られることはなかったんで安心してください。」
ウォルフは「そうか。」と頷き、ふぅと息をついた。
「その話し、私も聞かせていただけませんか?」
そう言ったのはユーリスで、隣でマルセロも「私も参加を希望します。」と手をあげている。
「マルセロさんは参加してもらっても構いませんが、ユーリスさんのことはまだよく知らないですし、鑑定させてもらわなければなりませんが、よろしいですか?」
「鑑定ですか?」
ユーリスがよく分からないといった表情で首をかしげる。そこへ佐平次から転移陣の用意ができたと連絡が入った。
「詳しいことはまた後でお話ししましょう。」
私たちは転移陣に移動して第一陣の人員と荷車を魔法陣に乗せた。
「では起動しますね。」
魔法陣に魔力を流せば転移はあっという間で、目映い光と共に目の前の景色が変わった。
「おおっ。」という声が聞こえる。転移を初めて経験する者が多いらしく、皆が興奮しているのがわかった。
「次が待っている。転移陣を空け、野営地の状態を確認して報告しろ。」
ユーリスの指揮に騎士団が素早く動き始める。私は空いた魔法陣で第二陣を運ぶため、再び転移陣に乗った。
――エレベーターみたいに行きたい場所のボタンを押すだけで行けたらもっと便利だよね。これは研究の価値ありかも。
第二陣を国境付近の野営地に送ると、私は広げていた転移陣をたたんでアイテムボックスに入れ、助さんに乗り国境付近の野営地に向かった。
本当なら景色を楽しみたいところだが、タイガルンに焼かれて焦げた臭いが残っていたりと、まるで戦場を走り抜けているような気分だ。
「キレイな景色でも見ながら走ったら、少しは気分が落ち着くんじゃないかと思ったんだけど。これは逆に気分が滅入っちゃうね。焦げ臭いし。」
「ああ、鼻がおかしくなりそうだ。」
ウルフたちは普段鼻が利く分、私たちより何倍も不快な思いをしているようだ。
国境付近の野営地はそんなに高くはないがしっかりとした塀に囲まれていた。
野営地の中では騎士団と魔導師団がそれぞれユーリスとマルセロの指示で活動していて、館組はのんびりお茶を飲んでいた。
「到着ー。」
「お疲れさま。今お茶を入れるわね。」
「ありがとう。ここは塀があるから安心して過ごせそうね。」
レニーがお茶を出してくれたので、私も座って一息ついた。そしてお茶を飲んでいる面々に話しかけた。
「えーっと、ウォルフさんとクラウスさん、それにエレインとトーマは騎士団組ですよね?どうしてここでお茶を飲んでいるんでしょう?」
「何それ?あたしは館組だよ!」
「だってトーマを特別扱いしないようにってユーリスさんが言ってたから。当然皆騎士団組で活動するんだよね?」
「えー。騎士団おやつ出ないから無理。」
エレインは即拒否したがトーマは黙って俯いている。これまでもツラい思いをしてきているのはよくわかっている。無理に騎士団に所属する必要もないのだが、基礎を学ぶのにはいい機会なのも確かだ。
「ウォルフさんとクラウスさんがこっちで食事をしたりお弁当を作るのだって特別扱いだと思うんですけど、トーマだけ言われるのは正直おかしいと思います。トーマがダメなら皆ダメですよね。」
「そもそもどうして組分けされてるのかしら?」
レニーが質問するが誰も答えない。いや、答えられないと言った方が正しい。理由なんてないからだ。
「騎士団と魔導師団が連携して活動したことがないからでしょ。私たちは部外者に近いし。そうだ、リンちゃんは魔導師団組だったわ。」
「えっ、ボクはまだ魔導師団に所属してないから違うよ。」
「あたしだって冒険者登録はしてるけど、騎士団には所属してないよ。ボスだってそうじゃん。」
「確かにそうね。でも冒険者ギルドの見習いたちは騎士団組で活動してるよ。」
「見習いでもないし。」
エレインはウォルフを師としてどこにでもついて行っているから、騎士団に所属しているものだと思っていた。
「組分け。めんどくさいな。」
「やめちゃえばいいじゃん。」
「それだと指揮系統がめちゃくちゃになっちゃうでしょ?」
私とエレインが二人で話していると、レニーがポンっと手を打ち話しに割り込んできた。
「リオーネが指揮を執ればいいんじゃない?」
「それはもっとめんどくさい。」
「あら、いい考えだと思ったのに。」
レニーは「結果だけ教えて。」と言ってちびちゃんズと遊びに行ってしまった。それを見てトーマも「大事な話しだから俺が子守りしてくる。」と言いレニーたちを追いかけて行った。
「食事は一緒に作ることになったし、組分けはあって無いようなものだが、連携する練習もしておいた方がいいだろうな。」
連携した経験がないので当たり前と言ったらそれまでだが、何があるかわからないからこそ連携訓練は必要だと思う。
「今夜指揮者会議を開きましょう。ユーリスさんとマルセロさんに連絡をお願いします。」
二人への連絡を頼んで私はちびちゃんズの元へ行く。昼食の準備まで一緒に遊んだが、普段竜人族の子たちと遊んでいるせいか、体力が無限な気がする。自分に癒しをかけないといけないぐらい疲れた。
――私も鍛える必要があるかも。
昼食の準備をする前に騎士団の食糧を見せてもらったが、干し肉などの保存食が多く野菜がほとんど無かった。そしてまさかの調味料は塩だけだった。
――肉食塩のみの理由がわかったよ。
昼食は干し肉と乾燥キノコでスープを作り、おにぎりには焼き魚をほぐした物にマヨネーズとお醤油を混ぜたものを入れた。
騎士団はその辺に座って食べているが、魔導師団は館組のテーブルで食べている。どうせ長居するなら快適に過ごしたいので、午後からは木材を調達してきてテーブルを作ることにした。
幸い国境付近の野営地はタイガルンの通った場所から少し離れているので木々は無事だったが、風向きによっては焼けた臭いが漂ってくることもあった。
「あまりたくさんの木を切るのもなんですから、一本を育てて切りましょう。」
そう言って私はたくさんの木の中から真っ直ぐに伸びた太めの木を選び、その幹に手を当て木属性の魔力を流し込んでいく。
――大きくなあれ。大きくなあれ。
木は魔力を帯びてガサガサと音をたてながら太く高くなっていった。
「これは切るのに時間がかかりそうですね。」
ユーリスが木を見上げながら呟いたが、私はその言葉に違和感を感じる。
エレインは風の刃で切る気でいたし、私もそのつもりでいたが、騎士団の何人かは斧を持っているのだ。
魔法の世界なのに魔力をあまり使わない。逆に私たちは何でも魔法で片付けようとする。あべこべなのだ。
「露ちゃん一人でいけそう?」
「うーん、どうかな。とりあえず倒す方向決めて。」
「オッケー。じゃあこっちにお願い。」
「りょ。いくよー。」
倒す方向を決め、反対側へ回って見ていると、エレインが手のひらに魔力を集め、大木めがけて放った。
――おおっ。かまいたちみたい。
放たれた魔力が木の幹にあたるとザザっと音がして辺りに風が舞う。
寄って見ると大木には半分ちょっと切れ込みが入っていた。
「あー。残念。一発でいけなかったね。結構魔力使ったからあとはボス、よろ。」
「充電しようか?」
「いや、もういい。飽きた。」
――そんな理由で放棄なの?
しょうがないので私が残りを切ることになった。
私も同じように手のひらに魔力を集めていく。エレインはかまいたちのように切っていたが、私の中ではやっぱり竹を日本刀でスパっといくイメージだ。
大木なのでそれに合わせて魔力は多めにするべきだろう。
私は右手を刀だとイメージして左から右へ思い切り振った。しばらく間を置いて大木は予定通りの方向にゆっくりと倒れていく。
――ちょっとこれ面白いかも。
私は大木からテーブルの天板と足の部分をどんどん切り出していく。縦に横にと手を動かせばキレイに切れるのだ。これはかなり楽しかった。
「十個分もあれば大丈夫ですよね。」
「ああ、数は大丈夫だが、釘がないぞ。」
「釘がないならほぞつぎすればいいじゃん。蟻形包みほぞでいこう。」
エレインの提案に皆が無言で固まる。
「あー。わからないみたいよ。お母さんが天板にほぞ穴作るから露ちゃんは脚に加工お願い。」
「りょ。」
エレインが脚に凸を作っていき、その大きさに合わせて私が天板に凹を作る。
エレインは風の刃でスパンスパンと切っていくだけなのですぐに終わったが、私はチマチマ削るので時間がかかる。
「終わったんなら手伝ってくれてもいいんだよ?」
「いやぁ、そういう細かいのはお任せする。」
言い出しっぺなのに丸投げしてくる相変わらずなエレインを横目に、私は削るのに集中する。こうやって細かい作業に集中すると心が落ち着く。
私が最後の一枚を削り終わったときには他のテーブルは完成していた。
「釘も使わず組み立てるなんて、すごい技術ですね。」
ユーリスや騎士団の人たちが感心して見ている。結局私とエレインで全部やってしまったので、騎士団は何もすることがなかった。
これではいけないとわかってはいるが、どうしても効率重視で動いてしまう。
テーブルは騎士団が運んでくれたので、私はそのまま子守りをしているレニーのところへ戻った。
「おかえりなさい。思ったより早かったわね。」
「エレインと二人でやったからね。騎士団に任せることもできたんだけど、自分でやった方が早いんだよね。」
「リオーネの言い分もわかるけど、それじゃあ訓練にならないわよね。育てるって案外難しいのよ。でもここで教育することを覚えないと工房を立ち上げてから苦労するわよ。誰もリオーネ程魔力があるわけじゃないの。手仕事なら尚更時間をかけて育てる必要があるでしょう?」
レニーの言っていることはよくわかる。これは私の性格の問題でもあるのだ。
私は人と共同で作業をすることが苦手だ。自分のペースや段取りが狂うとイライラしてしまう。
――連携って私が一番向かないかも。
「ねえ、狩に行きましょう。」
レニーの突然の提案にすぐには反応できなかった。言葉もなく見つめる私にレニーは笑顔で話しを続けた。
「このままリオーネが居たんじゃ騎士団も魔導師団も訓練にならないわ。まずは自分たちでやってみてどうしてもリオーネじゃなきゃできないことだけ協力すればいいのよ。だってハッキリ言って今回の調査、リオーネとエレインとリンネットがいれば二ヶ月もかからず終わると思うの。リオーネが先回りしてやっちゃうのは性格だからすぐには治らないし、お互いのために距離を置きましょう。」
私はただただレニーの言葉が嬉しかった。優しいだけじゃなくダメなところも指摘してくれる。かなぶんのようだ。
「ありがとう、レニー。大好きよ。」
「あら、愛の告白?悪いけどリオーネはあたしのタイプじゃないわ。うふふ。でもあたしもリオーネが好きよ。もちろん子供たちも皆大切な家族よ。」
私がレニーにハグしていると、ちびちゃんズが駆け寄ってきた。
「お母さん何してるの?」
「レニーが大好きだからハグハグしてるの。」
「ミーちゃんもレニー大好き。ハグハグするー。」
「イーちゃんもだいつちー。アグアグー。」
私とちびちゃんズにハグされたレニーは「ありがとうね。」と言ってまとめてぎゅっと抱きしめてくれた。
「皆の気持ちは嬉しいけど、できれば素敵な男性にハグされたいわ。」
「お母さんはレニーさんの乙女心を少し分けてもらえばいいと思う。」
近くで見ていたリンネットが一言呟いて去っていった。
――乙女心?もう必要ないよね。




