今後の予定とロドリアの追放
「タイガルンに焼き印を押そうとした目的はそれで間違いなさそうですね。ただ、目を潰して動きを止めようとしたのなら愚かすぎます。」
マルセロが言うには、タイガルンには魔力も武器も通用しないことはわかっている。だが、グレンドーラの森に生息する大型の魔獣はそもそも森から出ることが無いため、詳しい生態については知らないことの方が多いらしい。
昔は素材を求めてグレンドーラの森へ入る冒険者もいたが、騎士団総出でも討伐が難しいため、今では自然に死んだものを見つけて素材が取れればラッキーだという。
「大体こんな大きな魔獣が目を潰されたぐらいでくたばれば、そこら中で乱獲されていますよ。」
「それもそうだな。この件は早急に城へ知らせた方がいいだろう。」
クラウスが手紙を出してくると言ってタイガルンから降りていった。
私はシンティアが計測や焼き印のスケッチをするのをリンネットと見学したが、リンネットは調査よりもシンティアの持っている魔道具が気になるらしく、楽しそうに質問していた。
シンティアの調査が終わりタイガルンから降りると、マルセロ、ユーリス、ウォルフ、クラウスの四人が今後の調査について話し合っていた。
「タイガルンの調査はまだ続きますか?」
私の質問にマルセロは目を潰した目的がわかったので、特に調べることはないと言う。
「でしたらタイガルンはアイテムボックスに入れますね。現状維持ができますので王都に戻ってから再度調査することも可能ですよ。」
そう言ってアイテムボックスの入り口のモヤモヤをタイガルンにつけると吸い込まれるように入っていき、目の前から巨体が消えた。
「お母さんのアイテムボックスって死骸がいくつ入ってんの?」
リンネットが顔を歪めて聞いてくる。
「死骸じゃないよ。素材と食糧。言い方一つで大違いだからね。リンちゃんだって美味しく食べてるでしょ?」
「そうだった。訂正する。」
翌日からはタイガルンの通ってきた場所を調査することに決まったが、国境までの野営地がタイガルンによって焼失している可能性が高く、移動が問題になった。
「国境付近までに四つの野営地があるはずですが、使えないとなると、場所を確保するのも大変ですね。」
ユーリスが広げた地図上では野営地の場所が国境門までの道沿いに点在していた。道を逸れると起伏が激しく集団での野営には向かない。特に東門から国境門までは町もないので崖を削り整地して野営地が作られていた。
普段は国境門で働く人たちが交代して通うために使われているので、調査をしながら進むと次の野営地までたどり着けないという問題もあった。
「四つ目の野営地からは国境門への道を外れて真っ直ぐに進む予定です。タイガルンの進路もほぼ真っ直ぐだと聞いています。五つ目の野営地は使えると思いますが、私たちの進路からかなり外れてしまいます。」
「拠点を決めて調査に出た方がいいのではないですか?」
ユーリスの説明にマルセロが意見を述べる。確かにその方が効率はいい。
「ですが、移動距離が長いので難しいと思います。」
「そこはリオーネ様の転移陣をお借りすれば移動時間はほぼ無くなると思いますよ。」
マルセロから極上の笑顔を向けられ思い出した。確かマルセロが城から館に来るために転移陣をつけたのも移動が面倒だという理由だったはずだ。インドアならではの発想だが、これで移動問題は解決する。あとはどこを拠点にするかだ。
国境付近の野営地は壁で囲ってあるので一番安全だとユーリスが言うので、明日転移陣を使って一気に移動し、拠点を整えてから調査を開始すると決まった。
野営地への帰り道エレインは格さんに、リンネットは助さんに乗っていた。
「露ちゃんは佐平次が空いてからも格さんに乗るのね。」
「だって今日は格さんと交渉したからね。佐平次に乗せてもらったら両方に報酬出さないといけないでしょ?」
「ああ、そういうこと。日雇いシステムなわけだ。」
「まあ、そういうこと。ねえ、今夜のご飯何?」
「まだ考えてない。何か食べたいものある?」
「「「「肉!」」」」
――素材じゃなくてメニューを聞いてるんだけど。って返事も多いよ。
私は何故かいつも当たり前のように返事をする人に質問してみた。
「クラウスさんは騎士団で食べるんじゃないんですか?」
「いや、俺は旨い肉が食いたい。」
「騎士団で美味しいお肉を食べればいいじゃないですか。それと昨日から思ってたんですけど、騎士団と魔導師団と私たちでそれぞれに煮炊きするのは何故ですか?まあ、魔導師団はうちで引き受けましたけど。」
同じ調査団なのに別々に行動するのにすごく違和感があった。
「何故と言われても、騎士団はいつもの遠征と同じだが。魔導師団は初めての遠征だし、リオーネたちは自分たちで用意したからじゃないか?」
――納得できるお答えありがとうございます。つまり一緒でも何ら問題はないわけですね。
「面倒なので食事はまとめて作っちゃいましょう。不穏な動きのある今こそ団結しなくてはいけません。」
「ボス、面倒って最初に言っちゃってるし。」
私の意見に突っ込みはあったが反論はなかった。
「夕食はカレーにしましょう。キャンプと言ったらカレーでしょう。」
「賛成!唐揚げも食べたい。」
ウォルフとクラウスは館でカレーを食べたことがあるが、それ以外の人はたぶんカレーを知らない。この国はスパイスも調味料もたくさんある割に、混ぜて使うことがないので、美味しいけれど味が単調なのだ。
館で初めてカレーを作ったときもスパイスを何種類も混ぜることにリゼルダが驚いていた。
「カレーのお肉は何がいいですかね?」
「主、唐揚げはスピグナスだ。」
――カレーのお肉を聞いてるのに……。皆まずは質問にきちんと答えようよ。
「じゃあ、カレーはサウラドラゴンにします。」
夕食の話しをしながら楽しく帰っていたのだが、野営地に着くと状況は一変した。
私たちは雰囲気の悪い野営地に入り、とりあえず自分たちの区域へと向かった。
「レニー、ただいま。これはどういう状況なのかしら?」
「どうもこうもないわよ。見習いたちは我慢の限界超えて騎士団区域に戻っちゃうし、あの女が怒鳴り散らした上にリオーネの名前を出してわがままを通そうとするから騎士団も怒っちゃってるのよ。」
「私の名前……。勝手に使わないで欲しい。」
「あたしもあれしろ、これしろって散々言われたわよ。」
「それで?どうしたの?」
「あたしはリオーネの子どもたちの子守りで来てるの。リオーネの子どもたちよりあんたを優先するわけないでしょ!って言ってあとは無視してるわ。」
レニーは大きなため息をつきながら説明してくれたが、ここまできたらもうどうしようもない。
私もため息をつきながらロドリアの元へ向かった。
ロドリアは今日もド派手な服にヒールを履いて座っていた。私が近づいていくと、あいさつも無しに見習いたちに対する苦情を言い始めた。
「とにかく、本当に役立たずなんです。騎士団ではどういう教育をしているんでしょう?」
私は怒りを抑えとりあえず最後まで聞いた。
――あんたもどういう教育を受けたんだよ。もうこの時点で誉めて欲しい。私よく我慢したよ。
「ロドリア先生。いや、私魔術学院退学になったからもう先生と言わなくてもいいですよね。ロドリア、態度を改めるか、王都に帰るか選んでください。」
「何故ですか?」
「本当にわからないの?この二日間歩きもしないし、働きもしないで、わがままと文句しか言ってないでしょう?はっきり言ってあなたが役立たずです。見習いたちはよく頑張っていますよ。」
私が話している間、ロドリアの顔が怒りに歪んでいく。歯を食い縛り睨みつけてくるが、まず何故怒るのか私には理解できない。間違ったことは言っていないはずだ。
だがロドリアは噴火したような勢いでヒステリックに叫んだ。
「なによ、あんただって庶民出のクセに。偉そうなこと言わないで!」
「私は庶民出ではなく、異世界出です。それに称号をいただいたんで実際地位は高いです。」
「なっ……。領地をもらっていい気になってるようだけど、すぐに取り上げられるに決まってるわ。」
ロドリアはなんとか言い負かしたいようで、全く関係のないことを言い出した。
「今の領地は買ったものなので、売ることはあっても取り上げられることはありません。それにいい気になっているのはあなたでしょう?勝手に人の名前を使わないでください。」
ロドリアは顔を真っ赤にして怒っているが、言葉が出てこないようだ。私はまだ言うことがあるので先を続けた。
「どこの女王様か知りませんけど、わがままが過ぎます。もう誰も運んではくれませんよ。それと働かない以上食事は出ないと思ってください。皆が納得しませんから。」
「何の権限があってそんなこと言うのかしら?あんたの言うことなんて誰が聞くと思うの?」
――ホントめんどくさいわ。さっさとおさらばしたい。
私は夕食準備のためにやってきた魔導師団を見つけ、マルセロに呼びかけた。
「マルセロさん。権限が必要らしいですよ。」
「何の権限ですか?大体リオーネ様は陛下の次に高い地位を持っているんですから、さっさと埋めてしまえばよいではないですか。誰も文句は言いませんよ。」
「マルセロ様までそんな酷いことをおっしゃるんですか?」
「酷い?そうでしょうか。ジグセロに聞きましたがずいぶんと無茶苦茶な発注をしているそうじゃないですか。契約違反の転売もしているし、今回の支度金もその服や靴に使ったらしいですね。私の権限を使うなら追放です。魔導師団にあなたは必要ありません。」
――何?そこまではっきり言っちゃっていいもんなの?私我慢する必要なかった?
「マルセロ様。私は転売などしていません。支度金も調査の準備に使いました。」
ロドリアは否定するが、マルセロは「はぁ。」とため息をつき話しを続ける。
「ロドリア。リオーネ様がパトロンになった時点であなたの言動には皆が注目することぐらいわかるでしょう。それを自分の名声と勘違いして気が大きくなっているようですが、皆が注目するということは監視が付くのと同じことですよ。どこで何を買ったのか、誰に何を売ったのか、こちらは全て把握しています。」
顔色の変わったロドリアにマルセロは笑顔で止めを刺した。
「契約違反ですから支援の打ち切りは決定です。既に魔導師団長にも報告済みですから。」
「そんな……。リオーネ様。お願いです。支援の打ちきりを撤回してください。」
――いや、撤回って言われても私何も言ってないし。
「それは無理です。私は研究バカには支援を惜しみませんが、ただのバカに使うようなムダなお金は持っていないので。」
言葉もなく項垂れているロドリアをどうするか話し合い、王都まで助さんに送ってもらうことにした。
助さんなら東門が閉まる前に着けるはずだ。
ロドリアは素直に助さんに乗り最後ににっこり笑った。なんだか気持ち悪い笑みで引っ掛かったが、正直いなくなることで皆が喜んでいるし、私も煩わしさから解放されたのですぐに気にならなくなった。
夕食のカレーは思った以上に好評で、あっという間に食べ尽くされてしまった。
私は神獣たちのお肉をお皿に入れて持っていくが、食事を待っていたのはオスロとルビー、そして格さんだけだった。
「あれ?佐平次はどこに行ったの?」
「佐平次なら助三郎と一緒だ。」
「えっ、一緒に行ったの?なんで?」
「もうじき帰ってくる。報告は肉のあとだ。」
よく分からないが、すぐに帰ってくるなら助さんの分も用意しておこうと焼き場に戻って助さんのお肉を焼き始めた。
ちょうどお肉が焼けた頃に助さんと佐平次が戻ってきたが、その姿に皆が驚いて、一時騒然となった。
佐平次は黒くてあまりわからなかったが、助さんは口元から前足にかけて真っ赤に染まっていたのだ。
「主、洗浄を頼む。」
タイガルンの血を浴びて全身真っ赤に染まっていても洗浄を嫌がったのに、ウルフたちの方から洗浄を頼むことに驚きながらもすぐに洗浄の魔術でキレイにして夕食を進めた。
ウルフたちが食べている間に片付けを済ませ、ユーリスを呼んで助さんと佐平次からの報告を聞いた。
「何があったか教えてもらえるかしら。」
「我らはあの女を殺った。」
皆、助さんの姿を見てもしかしてと思っていたのだろう。助さんの言葉に驚きはなかった。
「詳細を希望します。報告書に書かなくてはいけませんから。」
マルセロに詳細を聞かれ、助さんと佐平次が経緯を説明する。
野営地から出てすぐにロドリアは助さんの上で魔術を使ったという。魔方陣の描かれた紙を助さんの身体に押し付け発動のための呪文を唱えたが、呪文の詠唱に気づいた助さんが止まったときには魔方陣は展開され魔術が発動した。しかし発動したはずの魔術は弾かれ怒った助さんと佐平次によってロドリアは人生を終えたのだという。
「何の魔術を使ったのですか?」
ユーリスの質問にマルセロ以外の皆が助さんに注目する。
「従属契約の魔術だ。」
従属契約の魔術は紙に描いた魔方陣を身体に押し付け呪文を詠唱すると発動するらしい。発動すると魔方陣は身体に浮き出るそうだ。
ただ、他にもやり方があって今回のタイガルンのように直接焼き印を押して詠唱を省く場合もあるらしい。
「発動前に止められたってことじゃない?」
私が安堵して助さんの毛並みを撫でると助さんは首を横に降った。
「術は間違いなく発動した。だが弾かれたのだ。」
佐平次も従属契約の魔術が発動したことに焦ったが、弾かれたことに驚いたと言う。間近で見ていた佐平次にも何故弾かれたかはわからないそうだ。そこへマルセロが「教えて差し上げましょう。」と言った。
「ウルフたちは今現在リオーネ様と契約を交わされています。この契約はヒューマンの方法と違うため契約の魔方陣が身体に浮き出たりはしていませんが、ウルフたちは契約により、常にリオーネ様の魔力に包まれた状態だと言えます。そこへロドリアが契約を結ぼうとしたみたいですが、契約魔術のかけ替えは元の契約者より上位の者が魔力で上書きするか、一度解除してかけ直すかになります。リオーネ様より上位、つまりはレベルが高くなければ書き換えなどできないということです。ロドリアの魔術が弾かれたのはそういうわけです。ご理解いただけましたか?」
私は解りやすい説明に思わず拍手した。そのあとは聞かなくてもわかるし、できれば想像したくない。
だが、佐平次は得意顔で報告した。
「主が言っていた通りちゃんと埋めておいたぞ。」
こうして実際にロドリアが埋めて帰る第一号になった。




