新素材と焼き印
「ちょっと露ちゃん笑いすぎ。」
「だって、石油堀当てたみたいだったよ。リアルで血の雨とか笑える。」
「全然笑えないから!とにかく洗浄して皆を呼びましょう。はいはい、まとめてやっちゃいますから集まってください。」
私は嫌がるウルフたちもまとめて洗浄して、助さんに待機している人たちを呼びに行ってもらった。
その間に雷を落とすために集めた雨雲を利用して雨を降らせ火を消していく。
――うん、ノアの方舟計画実行可能かも。
私は佐平次に乗り、獣形になったクラウスと消火確認をしながらタイガルンの通った場所を見て回った。
「かなり移動してきてますね。」
「ああ、調査にも時間がかかりそうだな。火も消えたようだし、そろそろマルセロたちも来ているだろう。タイガルンの所へ戻ろう。」
「ええ、そうですね。」
私たちがタイガルンの元へ戻ると、マルセロとシンティアがタイガルンに張り付いて記録を取っていた。騎士団はタイガルンの気配が消えたことで、別の魔獣が現れる危険性を考慮して、周囲の警戒をしている。
「皆さんお疲れ様です。消火は終わりましたが、タイガルンはかなりの距離を移動してきたようですよ。」
私はマルセロとユーリスに見てきた状況を報告した。
「どのみち国境までは行く予定だったので、調査をしながら進むことになります。」
「こちらもいろいろ発見がありましたよ。ところでリオーネ様。リアムとジェイドを連れて来ていただくことは可能ですか?記録係が必要です。」
「ええ、できますけど。二人だけで大丈夫ですか?」
「はい、よろしくお願いします。」
私はアイテムボックスから折り畳んだ布を取り出し、助さんに野営地に持っていって二人に布の上で待機するよう伝えてもらう。
「リオーネ、あれはなんだ?」
「転移陣ですよ。布に刺繍してあるので、どこでも広げればすぐに使えます。描くのが面倒なので作りました。」
「刺繍の方が面倒だと思うのだが……。」
「刺繍は私の趣味ですからね。覚えてその都度描くより楽ですよ。場所も選びませんし。」
私はクラウスに説明しながらもう一枚取り出して広げていく。
「ずいぶんと大きいですね。」
ユーリスも近づいてきて様子を見ている。調査に関しては魔導師団の領分なので暇らしい。
布を広げたら四隅に石を置いて固定する。あとは助さんの帰りを待つだけなのだが、さすが神獣。ほとんど待つこともなく戻ってきた。
「お帰り。早かったね。」
「すぐ近くだからな。二人とも転移陣に乗って待っている。」
「ありがとう。じゃあ、起動するね。」
私はしゃがんで魔方陣に触れ、魔力を流していく。刺繍に魔力が行き渡ると次の瞬間目映い光と共に転移陣の上に二人の姿が……。
――二人じゃないんですけど。
転移陣の上に現れたのはリアムとジェイド、それにリンネットとウォルフだった。
「リンちゃんは呼ばれてもいないのに何故来たんでしょうか?」
「そんなに怒んないでよ。ボクだって魔導師団として参加してるんだよ?あの役立たずと二人で留守番なんてヤだよ。屈辱的。」
「ウォルフさんはどうしたんですか?」
「皆がリンネットを止めたんだがどうしても行くって聞かなくてな。俺が一緒ならってレニーが許可したんだ。」
ウォルフは「止められなくてすまない。」と謝ったが、悪いのはわがままを通したリンネットだ。
「そうですか。ご迷惑をおかけしてすみません。野営地は大丈夫ですか?」
「今のところ問題はない。ミランダとイレーヌもトーマに遊んでもらっている。」
騎士団の半数がいるので大丈夫だとは思うが、念のため佐平次を野営地に向かわせた。
「こりゃまたすごいことになってるな。」
「師匠!血の雨が降ったんだよ。皆真っ赤になって面白かったよ。」
ウォルフはエレインの話しに苦笑いだった。血の雨が面白いのはやっぱりエレインだけだと思う。
リアムとジェイドは持ってきた鞄から紙を取り出し、それぞれマルセロとシンティアの元で記録し始めた。リンネットはルビーを抱いているだけで何をするわけでもなく立っている。
「リンちゃんは何をしてるの?」
「あー、することないね。でもあいつと一緒は嫌だったんだよ。見習いの子たちにお茶を持ってこさせたり、文句ばっかりでサイアク。」
「ここらが限界かもね。」
「そんなのとっくに超えてるよ!」
そうは言ってもまだ二日目だ。だが明日には見習いたちが運ぶのを拒否しそうなので、この先行動を共にするためには自分の足で歩いてもらわないと無理そうだ。
「ねえ、リンちゃん。せっかく来たんだから調査の見学でもしたら?マルセロさんの所に行ってみようよ。」
「あの血なんとかならないの?気持ち悪いよ。」
私はタイガルンの周囲の血の海を掃除してもいいのか聞くために、マルセロの元へ向かった。
「マルセロさん。この周辺の血って掃除してもいいですか?」
「はい。どうせならタイガルンに着いているものも洗い流していただけると助かります。」
私は洗浄の魔術を使って洗い流そうと思っていたが、範囲が広いので集めた方が早いのか、他に効率的な方法がないかと考えていた。
――魔獣の血って使い道ないのかな?素材としてはどうなの?まあ、わからないことは鑑定だよね。
私はタイガルンの血を鑑定してみた。そして鑑定結果に思わず顔がニヤけてしまった。
――これは一滴残らず回収しなくちゃ。
鑑定でわかったのは、タイガルンの血は結晶化するとかなり強度の高い鉱石になるというものだ。装飾品にも使えそうなので、ありがたくいただくことにした。
私はリュシアン陛下から毒素だけを取り出したときのように、タイガルンの血だけを集めるようイメージした。
血の海と表現しただけあってかなり広範囲に広がっているが、貴重な素材なので不純物が混ざらないように慎重に集めていく。
集めた血はそのままアイテムボックスの中に流し込んでいくが、それを見たリンネットがとても嫌そうな顔をしていた。
「お母さん、そんなもの集めて何にするの?」
「何にするかはまだ考えてないけど、貴重な素材だからね。ほら、だんだんキレイになってきたよ。」
タイガルンの周囲はもちろん、タイガルンの身体に着いていた血も流れるように私のアイテムボックスに吸い込まれていく。その光景を見ていたマルセロが「貴重な素材」という言葉に反応した。
「タイガルンの血が素材になるのですか?」
「えー、聞いてたんですか?もう回収したんで私の物ですよ。」
「私はどんな素材か知りたいのです。もしかしたら、それがタイガルンの目を潰した者たちの目的かもしれませんから。」
マルセロはタイガルンの潰された左目を調べていたが、何のために目を狙ったのかがわからないと言っていた。
ユーリスとウォルフとクラウスも一緒に考えていたが答えは出ていなかった。
「鑑定結果ではタイガルンの血を結晶化させれば強度の高い鉱石になるみたいです。」
「鉱石ならば武器を作るためか?」
「私は装飾品に使おうと思ってますけど。」
「強度が高いのなら、剣だな。」
「ボス、ナイフ作って。」
――ちょっと、私の言葉はスルーですか?
どうやら騎士団は武器しか思いつかないようだ。こんなとき、レニーならきっとわかってくれるのに。
周囲から血の海が消え、タイガルンの身体もキレイになったので、リンネットとマルセロの元へ行く。
「マルセロさん。リンちゃんに見学させてもいいですか?」
「もちろんですよ。こちらへどうぞ。」
マルセロはリンネットと私にもタイガルンの左目の状態を説明してくれた。
「実際に刺さっているのは三本です。矢じりに塗った毒によって目が変色しているのがわかります。目を潰した目的を調査しなければなりません。」
「素材採集のためじゃないですか?この皮膚最強ですよね。それに血も鉱石になりますし。」
タイガルンの皮膚は普通の剣では傷がつかないほど硬く、魔術も通用しない。これで鎧を作れば無敵ではないか。
「それはないでしょう。どちらも素材としては最高でも加工ができない時点で使えません。」
それほど硬いとは思わなかった。だが、もしかしたらできるかもしれないと思い提案してみた。
「タイガルンの血を結晶化した物でなら切れたりしないですかね?」
ダイヤモンドはダイヤモンドで削ると何かで見たことがある気がする。だからタイガルンの皮膚はタイガルンの血で切ってみようという単純な考えだ。鑑定で結晶化させる方法を調べると、水分と空気を完全に取り除くことで硬度の高い鉱石になると書いてあった。
「露ちゃんのナイフちょっと貸してくれる?」
「えっ、これじゃ切れないよ?」
「わかってるよ。タイガルンの血をただ結晶化しても加工ができないでしょ?だったら最初からナイフの形に結晶化させればいいと思うんだよね。実物見た方がイメージしやすいでしょ?」
「なーるー。じゃあ、できたらちょうだいね。」
エレインは愛用のナイフを取り出し貸してくれた。そして「イエーイ、最強のナイフ。ゲットー。」と変な節をつけて歌っている。
「喜ぶのは成功してからにして。」
私はアイテムボックスからかなり多めにタイガルンの血を取り出し、球体にして浮かせた。そこに手をかざして魔力を流して最初に空気を抜いていく。
液体なので空気が入っているようには見えなかったが、次第に炭酸水のように小さな泡が上がり始めた。
「結構入ってるもんですね。一回り小さくなっちゃいましたよ。」
空気を抜いてもまだ液体に変わりはない。ここからは水分を除去して結晶化させていく。
タイガルンの血が半分ぐらいの量になると、水あめのようになってきたので、球体からナイフの形にイメージを変えて更に水分を抜いていく。
結晶化が進むとだんだんと鉱石らしい光沢が出てきた。最終的にできあがったナイフはエレインの物よりも少し大きく、刃先は透き通っていてとてもキレイだった。
「ふぅ、完成したと思います。まずは鑑定ですよね。」
できあがったナイフは「ブラッドストーン(タイガルン)」と表示されていた。硬度は世界一らしい。こっちの世界のダイヤモンドだ。
「露ちゃん。これでタイガルンの皮膚が切れるか試してみて。」
「ほーい、お任せー。」
エレインはナイフをタイガルンに向けると、勢いよく縦に振り下ろす。するとタイガルンの皮膚に縦線入った。
「切るには相当力がいるよ。」
「それでも傷が入っただけでもすごいことだぞ。」
「これで剣と鎧を作れば軍事力が上がりますね。」
騎士団チームは盛り上がっているが、私は国の軍事力強化のために働く気はない。館には織り機が待っているのだ。
「ボス、これにも攻撃力アップ付与して。」
「お前、それ以上強化してどうするんだ?」
「師匠。装備は常に最高を揃えたいじゃない?」
エレインの発言に皆が感心しているようだが、エレインはガーディアンとしてではなく、趣味として最強の武器を揃えたいのだ。
「私も解剖用のナイフが欲しいですね。」
「後程交渉いたしましょう。」
隣でマルセロが笑顔で呟いたので、私も笑顔で返した。
そこへシンティアがやってきた。
「リオーネ様。今朝魔導師団の荷物をアイテムボックスに入れてらっしゃいましたよね?梯子があったと思うのですが、出していただけますか?」
「ああ、ありましたね。ちょっと待ってください。」
私がアイテムボックスから梯子を出すと、リアムがそれを受け取りタイガルンに立て掛けた。
シンティアはタイガルンの大きさを計っていて、鎧のない部分の大きさを計るために梯子を使ってタイガルンに登っていった。
首元でリアムが計測用のロープの端を抑え、シンティアが腹部に向かって歩いていく。そして突然大きな声でマルセロを呼んだ。
マルセロが急いで梯子を登って行き、皆が後に続く。
「ここに焼き印の跡があります。」
シンティアの示した場所には丸い焼き印の跡があったが、円は半分近くが欠けていた。
「これは従属契約の焼き印ですね。タイガルンを従魔にしようとしていたのですか。」
マルセロが焼き印に触れ、いつになく険しい表情を見せた。
「従属契約って一方的にするものなんですか?」
「魔獣に対してはそうなるが、タイガルンを従魔にしてどうするのだ?ペットになる大きさではないぞ。」
普通魔獣と従属契約を結ぶのはペットとして飼う場合が多く、逃げ出したり飼い主に危害を加えるのを防ぐためだという。
ペットのことしか思い浮かばないなんて、はっきり言ってこの国は平和ボケしている。タイガルンを従魔にしてすることは一つしかない。
「戦争、または侵略でしょうね。剣や魔力を弾く鎧。全てを焼き尽くす炎。最強の兵器じゃないですか。」
周りの惨状を見回して、皆が驚愕の表情で立ち尽くしていた。




