魔導師団の自己紹介とタイガルン討伐
「それは危険過ぎないか?」
ウォルフが少し険しい表情を見せる。
「私とエレインなら遠隔攻撃できますし、リンネットは見ていれば記憶して後で見ることができます。それにウルフたちに乗れば移動も早いですから。」
「それなら俺も一緒に行こう。獣形になればついていけるはずだ。」
そう言ってクラウスが同行を申し出た。さっきトーマが一緒に偵察に行ったので、クラウスも獣形ならば大丈夫だろう。
「俺も隊長についていく。」
トーマも一緒に行きたいと言ったが、これは騎士団長であるユーリスから却下された。悔しそうに俯くトーマの肩をウォルフが掴む。
「トーマ。一年だ。一年で見習いの仕事を全部覚えろ。そうすればどこにでもついていけるようになる。」
ウォルフの言葉にトーマは黙って頷いた。本当ならエレインが言うべき言葉のはずだが、当のエレインは「トーマ、あたしの代わりに子守りよろしく。」と言っていた。
「とにかく昼食を食べてしまいましょう。」
私たちはお弁当を食べながらも今後の予定を話し合う。
「私たちはこのまま湖で調査を行い、今日の野営地に向かいます。しばらくは湖の周辺で魔獣の行動を観察する予定です。」
「リオーネ様、タイガルンを狩終わった後で合流して調査することは可能ですか?」
ユーリスの説明を聞いていると、マルセロが質問してきた。
「できれば新鮮なうちにアイテムボックスに入れたいんですけど。」
「では湖の調査とタイガルンの調査に分かれましょう。湖に集まっている魔獣は普段からよく見られる魔獣ですが、タイガルンは本来の生息地から外れています。どちらかと言うと今回の調査はタイガルンやスピグナスなどの本来いるはずのない魔獣が国内に出没している理由を調べるべきだと思います。」
なんだかマルセロがまともな発言をしたことに驚いてしまった。ダメダメだと思ってたけど、ナンバーツーと言われるだけのことはあるかもしれない。
「確かに、マルセロ様のおっしゃる通りですね。では騎士団と魔導師団を半分に分けて、半分をタイガルン討伐へ。残りの半分は野営地に向かわせましょう。湖の周辺は魔獣の数が多いので、半数では危険ですから。」
ユーリスの判断で急遽調査団を半分に分けることになった。
騎士団からはユーリス、クラウスを始め戦闘経験者が、魔導師団からはマルセロと上級魔導師がタイガルン討伐へ向かう。
ウォルフは残りの騎士団の指揮とレニーとちびちゃんズを守るために野営地に向かう。ウォルフがいるのでトーマも納得してちびちゃんズを守ると言ってくれた。
とりあえずは全員で湖に向かい、エレインと格さんがタイガルンの位置を確認するために駆けて行った。
私はレニーとちびちゃんズを乗せたキャリーワゴンの後ろを歩く。レニーは押していたが、見習いたちは引く方が楽だと言い、二人で引いている。これだとちびちゃんズの様子を見ながら歩けるので私もレニーも安心だ。
私はちょっと振り返りすぐ後ろを歩いている魔導師団の三人に話しかけた。
「歩きながらで悪いんだけど、あなたたちのことを教えてもらえる?」
「あっ、はい、私は上級魔導師のシンティアと言います。庶民出なので、普段は魔道具の修理や改造で稼ぎながら魔獣の素材についての研究をしています。」
魔獣の研究をしているなら立候補したのにも納得できる。後の二人は男性で若いと言うより幼いと言う方が正しい気がした。
「僕は中級魔導師のリアムです。あ、僕も庶民出です。まだ成人したばかりなので自分の研究はしていません。普段は上級魔導師の手伝いをしています。」
「僕も庶民出の中級魔導師でジェイドと言います。リアムと同じく普段は上級魔導師の手伝いをしています。」
「今回はずいぶんと若い方を選んだんですね。期待の星ですか?」
私がマルセロに訪ねると意外な答えが返ってきた。
「私が選んだのは上級魔導師の方だったのですが、行きたくないからと代わりに寄越したのが彼らですよ。」
「えっ!そんなんでいいんですか?」
「いいんじゃないですか。もちろん上級魔導師たちの評価は下げますけど、記録ができれば特に問題はありませんよ。」
普通だったら考えられないが、今の魔導師団ならわかる気がする。ジェイドとリアムも「記録とまとめることは得意なのでお役に立てると思います。」と言った。
魔導師団の生活や研究などの話しを聞きながら歩いていると、いつの間にか湖が見えるところまできていた。
エレインの報告と違って魔獣の姿は見えなかった。
「魔獣がいませんね。」
「タイガルンの気配に気づいて逃げたのではないでしょうか。」
「そうだな。まだ遠いが、タイガルンの怒りが伝わってくる。」
マルセロの予測を助さんが肯定する。ウルフたちやルビーには空気が重く振動するように感じられるそうだ。
タイガルン討伐へ向かう班はここで待機して、野営地に向かう班はそのまま進むことになる。
私はちびちゃんズにおやつを渡して見送った。
「レニー、ちびちゃんズをお願いね。」
「ええ、リオーネも気を付けてね。」
野営地班が見えなくなった頃、助さんが何かに反応した。空を見上げて耳を動かしている。
「主、タイガルンがいるのは南の方角だ。」
私の隣で聞いていたユーリスが一つ頷いて号令をかけると、騎士団は湖に沿って南へと進む。野営地と反対方向なのでひとまずちびちゃんズは安全だろう。
しばらく行くと風に乗って焼ける臭いが漂ってくるようになってきた。タイガルンが近いのかもしれない。
「主、戻ってきたぞ。」
助さんが言った通り、前からエレインを乗せた格さんが走ってきた。
「ボス、大変だよ!大火事。山火事。」
「わかった。オスロ、報告をお願い。」
私はさっき見たウォルフのようにオスロに報告を求めた。
「だいぶ近付いてきておる。じゃが誰かと戦闘しているわけではなさそうじゃ。左目が潰れておるから攻撃を受けて、そのまま移動してきたとも考えられるのぅ。」
疑問点はいくつもあるが、今はタイガルンを止めることが重要だとユーリスが言った。タイガルンが火を吹いて移動すれば、その分木々が焼かれ国の資源が失われるのだ。
ユーリスは私とエレイン、そしてクラウスと自身でタイガルンを止めに行き、残りの者にはタイガルンを避けて待機するよう命じた。
私とユーリスが助さんと佐平次に乗り、クラウスは獣形なってエレインを乗せた格さんを追う。
空に黒煙が見えた頃、少し道を外れて小高い崖の上に出るとタイガルンと周囲の惨状が目の前に広がった。
タイガルンはとても大きかった。オスロはスピグナスぐらいと言っていたが、タイガルンは大トカゲのような魔獣なので、荒廃した範囲が思った以上に広かった。
「これは酷いな。早急に片付けないと野営地も危なくなるぞ。」
クラウスの言葉に焦りが生まれる。私はオスロにタイガルンについて聞いた。
「タイガルンの鱗は見た通り鎧じゃ。あれは魔力を通さんし、普通の武器では傷一つつかんじゃろう。」
「それじゃあどうやって狩るんですか?魔力が通らなければ私の攻撃も効かないじゃないですか。」
皆の顔色が変わる。そこからは焦りと絶望が見てとれた。そしてオスロが話しを続ける。
「弱点がないこともないんじゃが。」
「どこですか?」
皆の視線がオスロに集中し、耳を澄ます。
「タイガルンは首元から腹にかけては鱗がないんじゃ。」
希望が見えた気がした、だが首元から腹ということはタイガルンの下から攻撃しないといけないということだ。
「スピグナスのときは上から勢いよく叩きつけましたけど、タイガルンの下からだと勢いをつけるほどの距離がないですよ?あの巨体をひっくり返すのも難しそうですね。」
「ボスの魔力が詰まった矢は?まだ持ってるよ。」
エレインの案にオスロが頭を横に振る。。
「主、あれはスピグナスの目を潰すためのものだったであろう?その程度の攻撃では止められはせぬ。タイガルンを止めるには鎧の中の肉を絶たねばならん。」
「そんな大きな武器ありませんよ!」
話し合っている間にもタイガルンはじわりじわりと湖に近付いている。
「なんとか足止めだけでもできませんかね?」
皆が頭をフル回転させて考えていると、エレインが顔を上げてポンっと手を打った。
「あれは?」
「どれよ?」
「あれあれ、あのビリビリーって電気で気絶するヤツ。えーっと。」
「スタンガン?」
「そう、それ!」
私にはわかったけど、クラウスとユーリスは理解できていない。簡単に説明してオスロに判断を仰ぐも、電気がよくわからないようだ。
「雷に撃たれたら気絶したりしないかなって話しです。」
「雷か。時々丸焦げになっておる魔獣は見たが、タイガルン程の大きさじゃとどこまで効くかわからんのぅ。」
「他に方法が思いつかないんです。とりあえずやってみましょう。」
雷を作ることはできないので、目一杯の魔力を流すことになった。そして鎧のない部分にそのまま魔力を流すより、エレインの矢を刺し、それを通じて鎧の中に流す方がいいのではないかという結論に至った。
――雷って呼べないのかな?
ふとそんなことを思って、雲がわいて薄暗くなって雷鳴が轟いて、とイメージすると思い描いた通りに雲が出てきた。
「皆さん。雷呼べるかもしれません。」
私の声に皆が空を見上げ、早送りのように変化していく様を見ている。
「露ちゃん棒を鉄に替えて!」
「わかった!ボス、魔王みたい。カッコいい!」
エレインは楽しそうだが、魔王みたいと言われた私はちょっと複雑な気分だった。
――魔王ってカッコいいの?
周囲が次第に暗くなり雷鳴が轟く。エレインは確実に鎧のない部分に矢を刺すために格さんに乗ってタイガルンの下に潜ると言い出した。
皆がよい顔をしなかったが、イメージで飛ばすのに的が正確に思い浮かべられないと無理だと言うので、すり抜けで射つという約束で許可した。
矢が刺さったと確認できたら助さんの合図で雷を落とす予定だ。
短時間一発勝負に緊張が高まる中、エレインだけは嬉しそうに駆け出していった。
私はイメージを膨らませ、どんどん雷を集めていく。真上で雷鳴が轟くのでお腹に響く程の音がする。
上から見ていると木々の間から格さんに乗ったエレインがタイガルンの下に入っていくのが見えた。
それから助さんの合図までがとても長く感じられた。今か今かと助さんを見つめていると、「主、今だ!」と言う声と「すり抜けたぞ!」と言う声が重なって聞こえた。
私はエレインの矢を避雷針に雷が落ちるイメージで魔力を動かした。すると空から何本もの稲妻が走った。
タイガルンの下に光が集まり、その瞬間辺りにタイガルンの咆哮が響き渡った。
早く身体を断ち切る必要があったため、私たちはウルフに乗ってタイガルンの元へ急いだ。だがタイガルンのお腹は地面についてしまっている。
近づくと肉の焼けた臭いが充満していたが、命を絶つ程の傷ではなかったらしく、タイガルンが呼吸しているのがわかった。
「どうしましょう。」
「なんとかひっくり返すことができないか?」
ひっくり返すといってもとんでもなく大きいのだ。
「右半身の下を掘って落とす感じ?いや、土を盛り上げればいいかも。やってみるので皆さんこちら側へ来てください。衝撃で目覚めると厄介なので、ひっくり返ったらすぐに剣を刺せるように準備をお願いします。」
「わかった。」
「あっ、一応剣に攻撃力アップを付与しておきましょう。」
私はクラウスとユーリスの剣に攻撃力アップの魔術を付与する。
「試してないので保証はできませんけど。」
「大丈夫。クロスボウは威力が上がってたよ。」
エレインが効力を保証してくれたので、計画通りに位置に着いた。
「では、いきますよ!」
私は両手を大地につけてタイガルンの右半身の下の土地を山のように隆起させる。するとタイガルンの身体が持ち上がって傾いていく。
途中で身体が滑り落ちそうになったので、そこから勢いをつけて一気に持ち上げると、大きな音と砂埃を巻き上げてタイガルンは見事にひっくり返った。
思った通りひっくり返った衝撃にタイガルンが目を開けた。だが身体を動かす前にクラウスとユーリスがタイガルンの鎧のない部分でも首もとの一番細い所に剣を突き刺し身体の外側に向かって引いた。
――うわぁ、二刀流で切腹したみたい。首だけど。痛そう。
実際痛かったのだろう。タイガルンは再び咆哮を上げ動かなくなった。
だが、それだけでは終わらなかった。
クラウスとユーリスが切り裂いたところから勢いよく血が吹き出し、辺り一面に血の雨が降り注いだのだ。
全身が真っ赤に染まり、タイガルンの討伐を終えた喜びも流されてしまったようで、ただただ皆立ち尽くしていた。
血の海の中でエレインの笑い声だけが響いていた。




