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母は異世界でも強し  作者: 神代 澪
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リンネットの怒りと就寝準備

 


 食事ができあがったので、アイテムボックスからローテーブルを取り出して並べていく。魔導師団五人と騎士団三人は予定になかったのでかなり狭くなったが、なんとか皆が座れるように配膳してロドリアにも声をかけた。


「ロドリア先生。食事の用意ができましたよ。」

「リオーネ様。足が痛くて動けないので私の食事をここまで持ってきて頂けます?」


 ロドリアの一言にその場にいた皆が絶句した。それもそのはず、パンディアの称号を持つ聖母に給仕をしろと言っているようなものだ。

 私は一瞬牙を剥いた格さんを視線で抑えてロドリアに笑顔を見せる。

 ここはハッキリ言っておくべきだと思い一呼吸したときに後ろから怒りの気配をいくつか感じた。


――うわぁ、鳥肌が……。


 クラウスの冷気は相変わらずすごいが、中でも我が家の癇癪持ち子、リンネットの怒りが大きかった。

 ゆらりと立ち上がったリンネットがロドリアに向かって怒りをぶつけた。


「動けないなら食べなきゃいいでしょ。だいたい今日だってほとんど歩いてないんだから。」

「まあ、どうしてそんな酷いことを言うのですか?私は怪我人ですよ。」

「酷いのはあんたの態度とそのダサい服でしょ。ああ、怪我の原因の靴もだった。名誉の負傷ならまだしも、ただの自業自得じゃない。ほんの数歩の距離も歩けないわけ?お母さんはあんたの召し使いじゃないの!」


 リンネットの身体から揺らぐように出ている怒りのオーラに圧倒されて魔導師団とトーマが固まっている。そんな中、館の住人たちは食事を始めていた。


「あの……。隊長。止めなくていいんですか?」


――うん?隊長って何?


 突っ込みたいけど突っ込めないでいると、エレインが何食わぬ顔で答える。


「リンちゃんの癇癪なんて気にしなくていいからご飯食べな。怒ったら怖いのはボスとリゼルダさんだけだから大丈夫。」

「あら、そうなの?。リオーネが怒ったところなんて見たことないけど、間違いなくリゼルダさんは怒らせちゃダメね。」


 全く動じることもなく話をしながら食べる毒舌コンビ。そしてなぜかウォルフも「そうだな。」と頷きながら食べている。クラウスは怒りの冷気を放ちながらも少し遠い目をして「リオーネの怒りは知らない方がいいぞ。」と言った。

 トーマはリンネットを気にしながらも食事に手をつけ、次の瞬間には「うまい!」と言って掻き込んで食べていた。


 怒りが収まりそうにないリンちゃんを見て私はそっと助さんにお願いする。助さんは「甘やかしすぎではないか?」と言いながらもリンネットの側へ行き声をかけた。


「リン。明日は我がリンを乗せてやるから機嫌を治せ。」


 助さんの言葉にリンネットが反応した。


「ホント?」

「ああ、だがルビーは自分で歩け。」

「助三郎はケチんぼだにぃ。あたいはそんなに重たくないにぃ。」

「主に抱いて運んでもらうなんておかしいだろう。お前が重いからリンが疲れるのだ。」

「助三郎、レディに対して失礼だにぃ。」

「レディなら主に負担をかけるな。優雅に飛び跳ねろ。」


 ルビーと助さんの言い合いに笑顔を見せたリンネットに安心したのか魔導師団も一人二人と食べ始めた。

 だがロドリアは服や靴をダサいと言われたことに怒っているようで、私が持っていった食事を黙って受け取った。



 夕食が終わると私はいつものように調理器具や食器を洗浄していく。片付けを手伝うつもりだったらしい魔導師団の三人はそれを見て唖然としていた。


「リオーネ様の魔力量が羨ましいです。」


 そう言ったのは、確か今回の調査に立候補した上級魔導師だったはず。


「えーっとごめんなさい。今朝紹介してもらったけど、ロドリア先生の服に気を取られちゃって頭に入ってないの。もう一度自己紹介してもらってもいいかしら?」

「はい、大丈夫です。わかります。私たちも驚きましたから。」


 私はレニーと食後のお茶を入れて皆に配り、魔導師団の三人と向き合って座った。

 そこへまたロドリアから声がかかる。


「リオーネ様。私のお茶はありませんの?」


――お前はどこの女王様だよ。


 瞬間的に冷めきった感情を隠し、私は笑顔で応じる。


「はい、すぐにお持ち致します。」


 私が返事をして立ち上がろうとすると、上級魔導師の女性が「私がやります。」と言って立ち上がり、お茶を入れてロドリアに持っていった。


「ボス、かなりイラついてるね。」

「おかあさん、おこってる。ミーちゃんなんにもしてないよ。」

「イーちゃんも。とってもとってもかわいい。」


 エレインを始め子どもたちにはわかるようで、ちびちゃんズは一生懸命いい子だとアピールする。子どもたちがいなかったらもっと早く怒りを爆発させていたに違いない。


「あたしには怒ってるようには見えないんだけど。」

「ボスが笑顔で殊更丁寧な言葉になったら要注意。」


 エレインが冷静に説明しているとお茶を持っていった上級魔導師の声が聞こえた。


「ロドリア、聖母様に対しての態度を改めなさい。」

「はい、申し訳ございません。」


 謝ってはいるけれど、少し俯いたロドリアは悔しそうに下唇を噛んでいた。


「リオーネ様。魔導師団での教育が足りていないようで大変申し訳ございません。」


 戻ってきた女性が私に詫びる。


「いえ、いいんですよ。」


 私は上級魔導師に笑顔で答え、マルセロに小声で問う。


「マルセロさんはこの後ロドリア先生をずっと連れて行くつもりですか?」

「参加を本人に決めさせると言ったのはリオーネ様ですよ?私としては連れていっても早々に埋めてしまっても構いませんよ。」


 マルセロは既にロドリアの存在が視界に入っていないかのように突き放した言い方をする。


「そうですね。確かに私が言いました。ではもう少し様子をみます。」

「えー!もう埋めちゃおうよ。ボク一緒にいたくないよ。」

「リオーネができないなら俺が殺ってもいいが。」


――クラウスさんも相当お怒りのようですね。冷気が怖いよ。


「殺り食いはなしですよ。それにしても治癒と癒しを与えた後は全く働いてもいないのに痛くて動けないなんてね。笑える。」


 私がフフフッと笑うと、エレインがロドリアを見て「終わったな。」と呟いた。

 皆はエレインの言葉と私の笑いの意味がわからないようで複雑な表情をしていた。


「ボス。ミーちゃんとイーちゃんが寝そうだよ。」


 見るとちびちゃんズがエレインとレニーの膝の上でこっくりこっくりしていた。私は魔導師団の三人に向き直る。


「ごめんなさい、自己紹介は今度でいいかしら?就寝の準備をしないと子どもたちが寝ちゃいそうだから。」

「ええ、もちろんです。お気になさらないでください。」


 上級魔導師の女性が言うと他の二人も頷いた。


「マルセロさん。就寝は自分たちのエリアでお願いしますよ。そこまでは面倒見きれませんからね。」

「ご一緒できませんか。残念です。」


 言っている意味がわからないが、とにかくちびちゃんズが優先だ。

 私は自分のカバンを掴んで皆から少し離れたところに移動した。そしてふと思いついて振り向く。


「トーマもこっちで寝るよね?」


 私の問いかけにトーマが立ち上がって答える。


「はい、お願いします。」

「ボス、あたしはハンモックがいい。」

「はいはい、わかりました。」


 私がカバンをアイテムボックスにして逆さまにすると中からレンガが次々と出てくる。レンガは山のように積まれていくが、私は背が低いので少しずつ横に移動しながら大量のレンガを取り出した。


「この量のレンガをどうするのだ?」

「まさか今から積み上げるのか?」


 すぐ側に来ていたウォルフとクラウスが興味津々で問いかけてきた。


「そうですよ。簡易小屋を作ります。壁があると安心できるので。」


 そう言って私は小屋の大きさをイメージしていく。トーマは完全に区切ると一人で寂しいかもしれないので、間仕切りを作る感じにする。レニーはもちろん女性側だ。

 イメージができると魔力をレンガに向けて放出する。

 レンガが一つずつ魔力を帯びて飛んでいき、イメージ通りに積みあがっていくのは何度やっても楽しい。

 外観ができたら次は中に入ってちびちゃんズ用のベッドを出す。お布団を敷けば完璧だ。

 ちびちゃんズ以外は大きなクッションを置いていく。ダメになっちゃう感じのあれだ。少し丸まって寝るようにはなるが、地べたで寝るよりは快適なはずだ。

 クッションは人数分しか用意していなかったけれど、エレインがハンモックで寝るならトーマも使える。


 準備を整えると皆の元に戻り、エレインとレニーにちびちゃんズを運んでもらった。


「主、我が守りにつく。」


 格さんがちびちゃんズを見ていてくれると言うので、

 ちびちゃんズのベッドの横に格さんのクッションを置いた。


「これはすごいわね。窮屈な寝袋生活を覚悟してたけど、予想外だったわ。」

「レニーは背が高いからクッションも大きめに作ってありますよ。」

「リオーネのそういう優しさ大好きよ。ありがとう。」


 レニーが興奮してはしゃぐ。


「しー!起きちゃう。」

「あら、ごめんなさいね。」


 エレインはハンモックに乗って揺れながら「うん、いいねぇ。」と満足そうに言った。


「そうだ、露ちゃん。隊長って何?」

「うん?ああ、それね。師匠はウォルフさんだから、あたしは隊長になったの。師匠が二人だとややこしいでしょ。」

「なるほど、そういうわけね。」


 実にエレインらしいが、結局師匠はウォルフのようだ。

 騎士団は交代で警備をするらしく、クラウスとウォルフも自分たちの区域へ戻っていった。


「リオーネ様。私たちも就寝の準備に戻らせていただきますね。」


 上級魔導師に続いて男性二人も挨拶をして隣の区域に戻っていった。

 私たちも小屋の前に移動したが、皆が無言で視線を交わす。ロドリアの視線を感じるのだ。

 ロドリアは同じ場所に座ったまま魔導師団の区域に戻るでもなくこっちを見ている。


「あれは察してちゃんで間違いないよね。」


 私がため息混じりに問うとエレインとリンネットが頷く。


「何よ。察してちゃんって。」


 わかっていないレニーの問いにトーマが頷く。


「私を一人にしておくの?私のことは誘わないの?こんなところじゃ寝られないの。言いたいことわかるでしょ?ってな感じで状況や心情を察して欲しいなーという無言のアピールをする種族のことです。」

「無言ならわからないわ。放っておきましょ。」

「「「賛成。」」」


 レニーの言葉に賛成多数で放置が決まった。


「主、我らは入り口を守る。」


 助さんと佐平次が入り口の前で警備をしてくれると言うので、彼らのクッションを入り口の両脇に出した。これで安心して眠れると思ったときエレインの頭上でオスロも警備につくと言った。


「オスロはどこを守る?一緒に警備しよっか?」

「いや、主はゆっくり休むがよい。ワシは小屋の周囲を守るとするかのぅ。」


 そう言ってエレインから降りたオスロが元の大きさに戻り、小屋をぐるっと取り囲んで小屋の上に頭を乗せた。

 確かに周囲を守ってくれているのだが、できれば皆が小屋に入ってから取り囲んで欲しかった。


「オスロを乗り越えないと小屋に入れないよ。」

「おお、すまんのぅ。これでどうじゃ?」


 オスロがゆっくりと身体を持ち上げてくれたので、オスロの身体を潜って小屋に入ることができた。

 トーマはちょっと困ったように小屋に入ってきたが、仕切りがあることに安心したようだった。仕切りの向こう側に入ったトーマがすぐにクッションを抱えて飛び出してきた。


「これ、俺が使っていいのか?あ、いや、いいですか?」

「うふふ、ええ、エレインはハンモックで寝るって言ってるから、トーマが使っていいわよ。」

「ありがとうございます。」


 嬉しそうにクッションを抱えてトーマは仕切りの向こうに戻っていった。


 私たちはそれぞれのクッションに座ってしばらく話しをしていたが、外から話し声が聞こえてきたのでそっと入り口に移動して皆で様子を伺った。


「ロドリア。いつまでそこに座っているつもりなの?もう皆就寝するのよ。」

「でも、誰も私の寝床を準備してくれないし、運んでもくれないんですもの。」

「そんなことは自分でおやりなさい。できなければ私が手伝うわ。寝袋はこのカバンに入っているのよね。」

「いや、そこには入っていません。」

「じゃあ、どこにあるの?あなたこれしか持ってきてないじゃない。」

「持っていません。」

「何を言っているの?この大きなカバンは何が入っているのよ!」

「やめて、触らないで!」


 だんだんと声が大きくなってくると、私たちも気になってしまい、オスロの身体に乗り掛かって二人のやり取りを覗いた。


 上級魔導師がロドリアのカバンを開けると、ロドリアは駆け出し上級魔導師からカバンを奪い取った。


「何なのそれは。服しか入ってないじゃない。あなた何しに来たの?寝袋もなしにどうやって寝るつもり?」

「私を誘ったのはリオーネ様ですよ?当然準備ぐらいしているはずでしょ?なのにさっさと自分だけ寝るなんて。」


――参加するかは聞いたけど、誘ってないし。


「準備は自分でするようにと支度金を貰ったでしょう?それに動けるのね。だったら手伝いも必要ないでしょう。早く寝なさい。」


 そう言い残して上級魔導師は去っていった。私たちも慌ててオスロから降りて身を潜めた。


「救いようがないわね。」

「救う気もないけどね。」

「なんだかどっと疲れが出てきちゃった。癒しのいる人は?」

「今はいいわ。明日残ってたらお願い。」


 私たちはそのまま戻って寝ることにした。トーマの様子を見ようと仕切りの向こう側を覗くと、獣形に戻ったトーマがクッションの上で丸まって寝ていた。


――虎というよりは猫って感じだね。そうだ、獣人族についても話しをするつもりだったんだ。


 この先のことを考えるとため息しか出てこない。早く帰って織り機を試したい。子どもたちの新しい服も作りたい。そんなことを考えながらいつの間にか眠っていた。




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