魔術付与と魔獣調査へ出発
おやつのクレープは好評で、魔獣調査に持って行く分も大量に作ることができた。
おやつの後は夕食準備までリアナとゾーイには休憩してもらい、リゼルダと一緒にお茶を飲みながらレニーの買ってきた物を見せてもらった。
服や装備などリゼルダとレニーは元冒険者同士話しが弾んでいるが、私には使い道の分からないものもあった。
「リオーネが支度金を出してくれたお陰で質のいいものが買えたわ。ありがとうね。」
「この簡易鎧ってずいぶん軽いですけど、役に立つんですか?」
「まあ、ないよりはマシって程度ね。あたしは子守りだもの戦うのは騎士団の仕事よ。」
レニーはそういうが、子守りだからこそうちのちびちゃんズを守ってもらわなくてはならない。
「この簡易鎧に防御魔術を付与したら強度が増したりしないですかね?」
私の呟きにリゼルダとレニーが目を瞬かせている。
「そんなこと考えたこともなかったわ。」
「大体あたしら庶民は元々そんなに魔力を持ってないんだ。思いつくわけないだろ。」
「それもそうね。でもできたらすごいじゃない。試してみましょ!」
レニーは買ってきた簡易鎧を差し出したが、もし失敗してせっかく買ったものが台無しになってもいけないので、先に別の物で試すことにした。
「このクッションに防御魔術を付与しますね。」
私は館にかけているようにして防御魔術をクッションに付与してみた。
「では、外に出て試してみましょう。」
私たちは館から少し離れたところに立っている木にクッションを括りつけた。
「じゃあ、いくわね。」
そう言ってレニーはロングソードでクッションを切りつけた。クッションに剣が当たった瞬間火花が散って大きく弾かれた。
吹き飛ばされたレニーは起き上がると私を見てニカっと笑った。
「すごいわ!リオーネ。早速あたしの鎧にも付与してちょうだい!」
「待ってください。魔術攻撃も試してみましょう。」
「楽しそうなことやってるね。仲間にいーれーてー。」
振り向くと佐平次に乗ったエレインが満面の笑みを浮かべていた。
エレインは火球、風の刃、クロスボウと次々攻撃を仕掛けるが、見事に弾かれてクッションは無傷だった。だがクッションを括りつけている木はボロボロになっている。
「ボスの攻撃でも弾く?」
「やってみる?じゃあ、ちょっと強めでいくよ。」
私は大きめの火球をクッションめがけて放った。火球は弾かれることなく木ごとクッションを燃やしてしまった。
「化け物だね。」
「リゼルダさん。それは酷いですよ。」
「あたしも同感よ。」
「やっぱりボスは最高だね。」
エレインだけが誉めてくれた。結果レニーの鎧にはクッションより少し強めの防御魔術を付与した。当然エレインとウォルフの鎧にも付与したのだが、実験の話しを聞いたウォルフも「化け物だな。」と呟いた。
私はちびちゃんズを乗せるキャリーワゴンにもガッチリ付与しておいた。これで少しは安心できるだろう。
「他に付与しておくものがあれば出してくださいね。」
私の言葉にエレインがクロスボウの矢に使う棒を大量に出してきた。そしてその棒に攻撃力アップの付与をして欲しいと言う。
「攻撃力アップの魔術なんて知らないよ?」
「思えばできるんだって!」
確かにイメージ次第で何でもできることは実証されているのでダメ元でやってみた。
「使うの楽しみ~。」
「楽しみにしているようだけど、露ちゃん子守り要員だって忘れてないよね?与えられた仕事をしなかったらおやつはないよ。」
「えー!そんなぁ。」
エレインが崩れ落ちるのを見ながら「あたしは子守りしかしないわよ。戦うの嫌いなの。」とレニーが笑顔で呟いた。
いよいよ魔獣調査に出発する日が来た。
館からは佐山家の五人とウォルフ、レニー、トーマが参加する。
荷物はアイテムボックスに入れているのでウォルフとトーマ以外は長旅をするようには見えない。
時間通りにマルセロが迎えにきて、転移陣を使って魔導師団の寮へ向かった。
城壁前の集合場所には多くの人が集まっていた。騎士団から三十人、魔導師団から五人、冒険者ギルドから見習いが六人参加していた。その中にはトーマも入っている。
私が魔導師団の食糧をアイテムボックスに入れていると、それに気づいた騎士団が次々と膝をついていく。
めんどくさいと思いながらも挨拶を受け、作業を続けるように言葉をかける。
クラウスも館に居るときとは違って膝をついて挨拶をする。そして一緒に挨拶をした女性を紹介してくれた。
「リオーネ様、こちらが今回騎士団を率いる騎士団長のユーリスです。」
紹介されたユーリスは長い髪をひとまとめにしたキレイな女性だった。
ユーリスは私の後ろを見て「あら。」と小さな声をあげ、驚きの表情をしていた。
何に対して驚いていたのか聞こうとしたが、マルセロに呼ばれ、魔導師団の参加者を紹介されたりとバタバタしているうちに忘れてしまっていた。
魔導師団の参加者を紹介されたがはっきり言ってあまり、いや、ほとんど覚えてない。ロドリアの姿が衝撃的過ぎて少々フリーズしてしまったのだ。
ロドリアに会うのは支度金を渡したとき以来だが、まるでトリーデのような派手な服を着ていたのだ。
「ダッサ。」
エレインの呟きにレニーが頷く。
「あれは酷すぎるわ。恥ずかしくないのかしら?」
「恥ずかしかったら着ないでしょ。センスが悪いんだよ。」
「あんたたちの言い方も酷いから!ちょっと黙ってて。」
――エレインとレニーの毒舌コンビには要注意だね。
調査団は出発して東門を抜けてグレンドーラの森に向かった。
元々グレンドーラの森はどこの国でもなくこの世界の三分の二を占める広大な森で、魔獣が多く人が住めるような場所ではないらしい。
スピグナスの出没した場所もグレンドーラの森の直ぐ近くだったようで、今回は東門から出てグレンドーラの森に沿って南側から西門に向かって調査する予定だと聞いた。
そして問題が起こったのは出発して一時間も経っていない頃だった。
ロドリアが足が痛いと言い出したのだ。見ればロドリアは真新しい、五センチもあるチャンキーヒールの靴を履いていた。慣れない靴で靴擦れを起こしたか、ヒールで悪路を歩いて痛めたのかは知らないが、治癒と癒しを与えるものの靴を替えない限り直ぐに痛みが出るのだ。
その度に魔導師団が止まるので騎士団との距離が少しずつ離れてしまう。
これ以上離れると魔獣が出たときに危険だということで、私は格さんを呼んでロドリアを乗せてもらい、早足で歩いてなんとか騎士団に追いつくことができた
「あの靴どうよ。バカの極み。」
「ないわー。お出かけ先間違えてんじゃない?」
毒舌コンビの会話も弾んでいる。すぐ近くを歩いていたマルセロも苦笑いしていたが、お昼が近付く頃にはウンウンと頷き同意するようになっていた。
昼食はお弁当が配られ、一時間程休んでその後は野営地まで一気に進むらしい。
私は魔導師団のお弁当をアイテムボックスから出して配ったが、マルセロは私たちのお弁当をジッと見ている。
「早く食べないと休憩時間が終わっちゃいますよ。」
「私もそっちのお弁当がいいです。」
子供みたいなわがままを言ってくるが、理由はわかっている。魔導師団のお弁当は魔導師団の寮の食堂で作られているのだ。
それを知らないレニーがマルセロとお弁当を交換した。マルセロの嬉しそうな顔を見てレニーもご満悦だったが、お弁当を食べた瞬間眉間に深いシワが入った。
「とっても不思議な味がするわ。これって本当に口に入れていいものなの?」
マルセロの手前不味いとは言わないが、そこそこ酷い感想だ。
私も一口もらって食べてみたが、原因はすぐにわかった。
「素材自体は栄養も多いですし、健康的なお弁当ですけど灰汁抜きをしていないんでしょうね。苦味というかエグ味というか……とにかく美味しくはないです。」
素材の栄養ばかりでなく味にもこだわって欲しい。これじゃあリンネットは寮で暮らせないだろう。
昼休憩が終わり出発時刻になるとロドリアが格さんを呼んだ。格さんが私を見て判断を仰いだので、私は一つ頷いて午後もロドリアを乗せてもらった。
「ボクも疲れた。助さん乗せてー。」
「主の命令がないので断る。ルビーに乗せてもらえ。」
「ボクが乗ったらルビー潰れちゃうよ。お母さん、助さんに命令して。」
「格さんは命令じゃなく、お願いして乗せてもらってるの。リンちゃんはまだまだ元気でしょ。疲れたのなら癒しをかけるけど?」
「はあ、まだいいよ。歩ける。」
リンネットはため息をつきながらも歩き続けた。そしてまた毒舌コンビの会話が始まる。
「当たり前のように格さんを呼ぶなんて、なんか勘違いしてない?あたし知ってるのよ。ウルフたちが命令なしに自分から乗るか?って聞くのはリゼルダさんだけだって。」
「だね。あたしも佐平次に乗せてって頼むと報酬は?って聞いてくるもん。タダでは乗せてくれない。でもそれが正しい。」
「リオーネはどうなの?このまま二ヶ月も格さんに乗せて行くつもり?」
レニーが私に尋ねると、辺りが静かになる。私はロドリアのパトロンでもあるので魔導師団でもその辺が気になるようだ。
「そうですね。態度によっては途中で埋めて帰る第一号になるかもですね。」
私の返事に息を飲む音がいくつか聞こえた。
初日の野営地はまだ王都からそれ程離れていないので、魔獣が出ることもなく予定通りに到着した。
騎士団、魔導師団、私たち、と場所が決められて食事の準備が始まる。
冒険者ギルドの見習いたちは魔導師団の区域に荷車を置いて騎士団の区域に駆けていった。
私たちの区域ではアイテムボックスから道具を出してレニーが火を起こして煮炊きの準備を進め、エレインとリンネットが覗き込んで教えてもらっていた。ちびちゃんズはキャリーワゴンの中で寝ていたので、佐平次に見ていてもらうように頼んだ。
「私は魔導師団に食材を持っていってきますね。」
私たちの区域の隣が魔導師団の区域で、その先に騎士団の区域がある。魔導師団が真ん中なのは魔獣が現れたときに一番安全だからだ。
私たちには神獣の守りがあるが、魔導師団は戦力ゼロだ。魔力は多いのに戦闘に使えないってどうなの?
「マルセロさん。食材持ってきましたよ。」
私が声をかけると魔導師団の面々が焚き火を囲んでいた。
「何をしてるんですか?皆食事の準備を始めてますよ。」
「それが……火を点けることはできるんですが、どうやって煮炊きをすればいいのかわからないんです。」
なんというか、呆れて言葉もでないってこういうことなんだ。戦闘どころか煮炊きもできないなんて。
「はあ、では食事は一緒に作りましょう。その代わり食材は使わせてもらいますし、手伝いぐらいはしてくださいね。」
私が魔導師団を引き連れて帰って来たのを見てレニーたちは一瞬で全てを理解したようだった。
マルセロがいるのでレニーの機嫌は良かったが、エレインとリンネットが爆発寸前になっていた。
原因はそう、ロドリアだ。
ちょっとの移動にも格さんを呼び、足が痛いからと手伝うわけでもなく、ずっと座って格さんを傍らに置いて毛並みを撫でている。
「ボクあいつ嫌いだ。マルセロさん、なんとかしてよ。」
「なんとかと言われましても。」
マルセロなら立場上どうにでもできるのだが、できないと言うよりロドリアに対して関心がないので動きたくないようだ。マルセロの興味は今、間違いなく全力で夕食に向かっている。
「なんだか空気が張り詰めているようだな。」
「あ!師匠。」
ウォルフの登場でエレインに笑顔が戻る。一緒に来たクラウスとトーマは見えていないようだ。
「魔導師団はリオーネたちと一緒に食事をとるのか?」
「師匠も一緒に食べる?」
「エレイン。トーマはお前の弟子だろ!ちゃんと面倒をみてやれ。」
「はい!じゃあ、トーマも一緒に食べよう。」
やっぱりウォルフに丸投げしているようで、トーマの師匠という自覚がない。
「トーマは騎士団では風当たりがキツくて可哀想だ。こっちで一緒に過ごさせてやってくれ。」
クラウスはトーマを気遣って連れて来たようだが、ウォルフとトーマが一緒に食べるなら自分の分も頼むと言って便乗してきた。
「いいですけど、しっかりお手伝いしてくださいね。」
私はウォルフとクラウスに神獣たちのお肉を焼いてもらうことにした。
「主。我らはスピグナスが食べたい。」
ちょこっと味見をしただけだが、確かにあれは美味しかった。ウルフたちが味を占めるのもわかる。
「スピグナスを食べたのか?俺も食べたい。」
「私もぜひ食べてみたいです。」
「はいはい、じゃあたくさん焼いてくださいね。」
私はアイテムボックスから大きな肉を取り出して後はウォルフとクラウスに任せた。
「マルセロさんも見てるだけでは食べられませんよ。魔導師団の荷車から食器を取ってきてください。」
「わかりました。リオーネ様の仰せの通りに。」
ロドリア以外の魔導師団は文句も言わずに動くので特に問題は起きなかった。だがロドリアの一言でリンネットの堪忍袋の緒が切れてしまった。