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母は異世界でも強し  作者: 神代 澪
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レニーの過去と味見

 


 館に戻るまでの道程で、私は延々と文句を言っていた。威張っている修道館にも、いい加減な聖女にも、それを鵜呑みにして未完成な獣人族に酷い仕打ちをする街の人にも怒っていた。


「リアナとゾーイには危なすぎてお使いも頼めませんね。」

「今はリオーネを街に出す方が危険な気がするが……。」


 クラウスの呟きが聞こえたが、右から左で私の文句は止まらない。


「市場の人たちにもがっかりですよ。あんなあからさまに態度を変えるなんて。もういっそのこと領地内で自給自足生活目指そうかな。それともノアの方舟作っちゃう?」


 私が自分の思考の海にどっぷり浸かって怒りを発散させる方法を考えていると、不意に両肩をガッシリと捕まれた。

「何を言っているのかわからないが、もう館に着くぞ。この後はどうするんだ?」

「えっ?ああ、早かったですね。じゃあ部屋に荷物を置いて調理場に行きましょう。」


 クラウスの声で現実に引き戻された私は、リアナとゾーイを連れて館の右から回り込んで従業員棟へ向かった。

 荷物を置いた二人を連れて次は従業員用の出入り口へと案内する。


「今後はここから館に出入りしてくださいね。」

「「はい。」」


 調理場にはリゼルダとレニーがいて、クラウスも玄関から直接調理場に来ていた。


「研修は明日からになります。今日は何をしましょうか?」

「その前に渡すものがあるでしょう。」


 レニーの言葉でエプロンのことを思い出して、私はアイテムボックスから二人用のエプロンと三角巾を取り出した。


「レニーと一緒にあなたたち専用のエプロンと三角巾を作ったんですよ。着けてみてください。」


 リアナとゾーイは受け取ったエプロンをギュッと抱きしめて「ありがとうございます。」と言った。

 喜んでもらえて私も嬉しい。

 このエプロンは特別製だ。パッと見はベストに後ろ向きのエプロンがくっついているような形で、エプロンの中央にしっぽカバーが付いている。

 まずはベストを着てしっぽをカバーに入れる。そしてエプロンは前で着物のように交差させひもを後ろで結ぶ。

 三角巾には耳カバーが付いている。

 これで調理中に耳やしっぽが動いても衛生面は大丈夫だろう。

 そしてエプロンと三角巾に付いているネームを見てリアナが泣きだした。

 獣人族も竜人族と同じように五歳ぐらいで変化を覚えるのだが、上手く変化ができないことで今まで優しかった家族の態度が一変し、生活もガラリと変わってしまったという。

 自分用の物を贈られたことに感激して泣く姿を見ると、再び怒りがわいてきた。

 私はリゼルダに向かって街で起こったことを一気に捲し立てた。そして話し終わると蒸気が抜けたように少し落ち着くのだった。


「リアナもゾーイも大変だったね。ここにはあんたらに酷いことをする人はいないから安心していいんだよ。それからリオーネ。あんたの怒りもわかるけど、植え付けられた考えはそう簡単に変えられないんだ。修道館や聖女を攻撃するのは悪手だよ。」

「じゃあ、私の怒りはどこにぶつければいいんですか?」

「だいたい怒るのは酷い仕打ちを受けてきたこの子たちだろう?あんたの怒りは一旦収めな。」


 収めなと言われてもどう収めるのかわからない。私がムゥっと頬を膨らませていると、レニーが一通の手紙を私に差し出した。


「この手紙で収まらないかしら?」

「何が書いてあるんですか?」

「それは読まないとわからないけど、差出人はジグセロ様よ。怒りが喜びに変わるでしょ?」


 ジグセロから手紙を貰って喜ぶのはレニーだけだと思う。まあ、それはおいといて手紙を受け取り開封して読んでみる。

 手紙を読み進めると、確かに怒りが喜びに変わった。


「竜人族の保育士候補を連れて来たいんですって。それから整経台ができたので、いつ搬入するか教えて欲しいと書いてあります。これは今すぐにでも持ってきて欲しいですね。」


 私が手紙を握りしめ万歳していると、リゼルダが呆れた顔でバッサリ切り捨てた。


「馬鹿をお言いでないよ。三日後には出発なんだからどのみち使えないんだ。あたしが受け取っておくからいつでもいいって返事しておきな。」


 喜びから今度は一気に悲しみに変わってしまった。

 ガックリと項垂れる私にレニーがそっと背中を擦り「大丈夫よ。」と慰めてくれた。


「そんなに落ち込まなくても、整経台と織り機は私が試しておいてあげるから。」

「何を言ってるんですか!ダメに決まってます。一番に使うのは私です。これは絶対に譲れません!」


 レニーのとんでもない発言にそれまでの感情が全て吹っ飛んだ。


「あら、残念ね。でもリアナとゾーイが調理場に入ったらあたしやることがないのよね。リオーネに付いて行こうかしら?ミランダとイレーヌの遊び相手ぐらいならできるわよ。」


 またしてもとんでもないことを言い出したレニーにリゼルダは賛成し、クラウスは反対した。


「館に居たって調理場では役に立たないし、ただ飯食らいになるよりは子守りでもして働いた方がいいじゃないか。」

「だが、今回は魔獣調査だ。危険度が高い。」


 どちらの言っていることも理解できる。


「リゼルダさんたら、相変わらず酷い言い方。でも間違ってないわ。これでもあたし織物工房の親方に拾ってもらうまで冒険者やってたのよ。」


 レニーは男らしくなれと幼少期から鍛えられ、見習い期間が始まると直ぐに冒険者ギルドに登録させられたという。


「隣のカーヴェランジット王国に行く商隊の護衛をしたときに親方に出会ったの。野族の襲撃を受けた後、荷が無事か確認するために箱を開けたんだけど、親方の織った布を見たときの衝撃は今でも忘れないわ。何ヵ月も通って弟子にしてもらったの。」


 レニーは思い出に浸りながら親方の織った布の素晴らしさを語っているが、拾ってもらったではなく押し掛けたというのが正しいと思うのは私だけだろうか。


「国境越えの護衛任務につくということは最低でもBランクだな。」

「ランクのレベルは良くわかりませんが、野族とはなんでしょう?」

「野族というのは国境間の森などで略奪行為をするヤツらのことだ。人数も多いことから戦闘経験の少ない低ランクではクエスト受注できない。」


――ああ、山賊や海賊みたいなものね。


「あたしはもう期限切れで登録抹消されてるけど、十八歳でBランクまでいったわ。」


 これにはリゼルダとクラウスも驚いていた。いまいち理解できずに取り残されている私たちにクラウスが説明してくれる。


 十歳で登録してFランクから始めても、成人するまでの五年間は冒険者ギルドで基礎を教えてもらいながら鍛練をしたり、合間にクエスト受注をしてランク上げをするのだが、ほとんどがEランクで成人を迎えるという。

 例えDランクで成人しても、そこから三年でBランクになるのは相当な努力と才能が必要だという。


「何の問題もないじゃないか。しっかり働いてきな。」

「騎士団の方に参加してもらいたいぐらいだな。」


 こうして二人の賛同を得てレニーの参加が決まった。


「時間もないし、明日は買い物に行って準備をするわね。」

「じゃあ、保育士候補の方には明日会いましょう。ついでに……」

「整経台はあんたが出発してからでいいよ。」


 ついでに持ってきてもらおうと思ったのに、言う前にリゼルダに遮られた。ずっと楽しみに待ってたんだよ。更に二ヶ月もお預けなんて酷すぎる。



 翌日、レニーに支度金を渡すと上機嫌で買い物に出掛けて行った。

 午前中にはジグセロが保育士候補を二人連れてやってきた。

 こちらはジグセロが紹介するだけあって調査済みだったので、鑑定で敵ではないと確認して、勤務時間と給料に関する話しだけで終わった。

 保育に関してはシノとアリシアに任せているので大丈夫だろう。


 昼食の時間には魔導師コンビがやってきて、魔導師団でも出発の準備が整ったと言っていた。


「食糧はいつ積み込むのですか?」

「アイテムボックスに入れるだけですから、当日集合してからでいいと思いますよ。それより魔導師団から調査に参加するのはどんな方なんですか?」


 今回参加する三人についてはダルフォードとマルセロが選んでいるのだが、立候補したのは一人だけで、誰もが参加を渋ったようだ。

 結局は中級魔導師から庶民出身者が選ばれたという。


「本当にヤル気のない方が多いようですね。まあ、おいおい改善させていただきますけど。」


 私のわざとらしい作り笑いに魔導師コンビが顔をひきつらせていた。 リンネットが所属するまで三年はあるのだ、安心して仕事ができる環境を整えなければならない。

 過保護だと思うかもしれないが、今の魔導師団は好きなことを研究するだけで国益のない集団なのだ。

 国が平和なうちはいいが、世界の均衡が崩れ始め、隣国との関係も怪しくなっている今、魔導師団が戦力にならないなんて本当に笑えない。


「調査に参加するのも渋るようなインドア集団の中にリンネットのような好戦的な子を入れたら間違いなく魔導師団は終わると思いますよ。今あの子のしている研究は攻撃魔術に特化してますから。」

「だが、貴族たちを敵に回すような改革の仕方はわしらにはできんのじゃ。」


 ダルフォードの魔導師団長の肩書きはいまいち権力がなさそうだ。おまけにマルセロも好き勝手な研究ばかりしている代表格なのだ。


――私設魔導師団作った方が早いかな?いや、国を作る方がいいか。


 いつもは食後のお茶もゆっくり楽しむ二人だが、今日はマルセロの準備があると言って、早々に帰っていった。



 調理場ではリアナとゾーイが食後の片付けをしていた。普段は私が食器や調理器具をまとめて洗浄してしまうのだが、洗浄の魔術を使うには魔力が大量に必要なので、私のいない間は地道に洗わなくてはならない。

 だが二人は「食器洗いはお任せください。」と言い、慣れた手つきで片付けていった。


「あんたがいない間もリアナとゾーイがいれば問題無さそうだね。これだけの洗い物、一人でしようと思ったら大変だよ。」

「人数が多いですからね。そうだ、リゼルダさん。今日のおやつは何にするか決めてますか?」

「まだだよ。何か作りたいものがあればお任せするよ。」

「スピグナスのお肉を食べてみたいんで、クレープを作りたいんです。でもクラウスさんがいないから持って行く分は無理ですね。」


 昨日思いつけばクレープ生地を作ってアイテムボックスに入れておくこともできたのに、タイミングが合わなかった。


「私たちにお手伝いできることはありますか?」


 洗い終わった食器を拭きながらゾーイが声をかけてくれる。


「クレープ生地を作るのに力がいるんですよね。それさえできれば後は簡単なんですけど。」


「私、力仕事なら得意です。」


 そう言ったのは熊人族のリアナだった。


「リアナは本当に力持ちなんですよ。水ダルを二ついっぺんに持ち上げたときにはビックリしました。あっ、レニーさんが帰って来たみたいです。いつもの鼻歌が聞こえます。」

「助さん。レニーの荷物運ぶの手伝ってあげて。」

「わかった。」



「水ダルって一つでもかなり重いはずですよね、クラウスさんでも一つ持ち上げるのがやっとだった記憶があるんですけど、それは熊人族だからですか?」

「いえ、ヒューマンに比べれば獣人族の方が力はありますが、種族の違いは特にないと思います。私は小さい頃から力だけはあるんです。」


 リアナはちょっと恥ずかしそうに笑った。そこへ荷物を咥えた助さんが「おやつは残っているか?」と駆け込んできた。


「まだ作ってもいないよ。あれ?レニーは?」

「レニーはまだ南門を出たところにいた。」

「えっ?そんなに遠くにいたの?ゾーイ。よく鼻歌が聞こえたね。」

「私も耳だけはいいんです。でもそのせいで聞きたくないこともいっぱい聞いちゃうんですけどね。」


 こちらはちょっと悲しそうに笑った。


「じゃあ、ゾーイは常にたくさんの話し声をや物音が聞こえてるってこと?」

「いえ、小さい頃はそういう時期もありましたけど、今はコントロールできますから。」


 トーマは隠密のスキル持ち、リアナは力持ち、ゾーイは耳がいい。どれも獣人族の中でも特別能力が高いとしたら耳としっぽが残るのは能力の高さが関係しているかもしれない。

 口に出す前にクラウスとウォルフに相談しようと思い、私はリアナに手伝ってもらってクレープの生地を作り始めた。生地作りと平行してリゼルダとゾーイが野菜や肉の準備をしてくれる。力持ちだと言うだけあってリアナも安定したスピードで混ぜていく。

 ゾーイはリゼルダから野菜や肉の切り方など教えてもらっている。


「お料理って楽しいですね。」


 五年間も掃除と洗い物しかさせてもらえなかったからだろう。二人は食材や調理器具に触るのも嬉しいという。


――毎日、毎食作ってるとめんどくさくなってくるんだよね。自分の好きな物を作るときだけは楽しいって思えるけど。



「リゼルダさん。スピグナスのお肉は初めて食べるんで、クレープに入れる前にちょっと試食してみたいんですけど、何枚か焼いてもらえますか?」

「ああ、いいよ。味付けはするかい?」

「そうですね。お塩だけで食べてみましょうか。」


 魔獣のお肉は基本美味しいという認識だが、やっぱり初めて使うものは味見が必要だ。

 リゼルダが少し厚めにスライスしたお肉に塩を振りかけ焼き始めると調理場に美味しそうな匂いが広がった。

 気がつけばリゼルダの直ぐ後ろでヨダレを垂らしそうなウルフたちがお肉に釘付けになっている。


「あんたたちにはもう少し大きいのを焼いてやるからちょっと待ってな。」

「我らは待てる。」


 ウルフたちもリゼルダの言うことには素直に従う。たぶんこの国で一番強いのはリゼルダだ。


 試食分が焼き上がるとリゼルダはステーキのように分厚く切ったお肉を味付けせずにフライパンにのせた。焼くのに少し時間がかかるので、先に試食しようとしたとき、バン!と勢いよく扉を開けてレニーが帰って来た。


「荷物だけさっさと持って帰ったのはこういう訳だったのね。おいてけぼりなんて酷いじゃない。」

「肉が優先。」


 お迎えを喜んだレニーに助さんは何も言わず荷物だけを持って帰ったようで、置き去りにされたレニーは怒りながら帰ってきたのだ。


「帰って早々騒がしいね。先に手を洗ってきな。」


 レニーは手を洗いながら質問してくる。


「そのお肉は何?こんな時間に食べるなんて珍しいわね。」

「今日のおやつはクレープにしたんですけど、スピグナスのお肉は初めて食べるんで味見してみようと思ったんですよ。」

「幻の魔獣のお肉をおやつに出すなんて贅沢ね。」

「たくさん作って魔獣調査にも持って行くつもりなんですよ。」

「いいわね。さっ、食べてみましょ。」


 レニーに促されて一切れとって口に入れる。その瞬間衝撃が走った。焼いているのに溶けるように柔らかく、苦手な脂身も甘味があって美味しい。


「これは想像以上に美味しいですね。こんなお肉初めてです。」


 皆言葉もなく私の感想に頷いて食べている。ウルフたちの我慢も限界のようで、黙って待っていてもしっぽが床に打ち付けられている。


「今出すからしっぽを止めな。毛が舞うだろ。」


 出されたお肉を口に放り込むと今度は喜びにしっぽが高速で揺れ始める。無意識に動いてしまうことはリゼルダもわかっているので怒りはしないが、クレープを作り始めるからとウルフたちは調理場から追い出された。

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