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母は異世界でも強し  作者: 神代 澪
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レニーの距離とトーマの事情

 


「レニーさん。二人のエプロンと三角巾を作りたいんですけど、手伝ってもらえます?」

「いいわよ。裁縫なら任せて!」


 私はどんな物を作りたいのか描いた紙をレニーに見せて意見を聞きながらまとめていった。

 私の考えたエプロンと三角巾はリアナとゾーイのための物だ。毎日洗えるように二枚ずつ作ることにした。

 型紙を作り、布を裁断したら後は縫っていくだけ。レニーも手際が良くあっという間に出来上がった。


「個人の物なんで、名前を刺繍しておきましょうか。」

「そうね。間違えようがないけど、ネーム入りって嬉しいわね。」


 名前の他にもワンポイントの刺繍を入れようと色やデザインを決めていると、レニーが身を乗り出して真剣な顔で私を見つめているのに気づいた。


「ねえ。あたしたち家族なんだからもう少し距離を縮めない?」

「距離ですか?そんなに離れてるとは思いませんけど。どちらかというと近すぎませんか?」

「言葉よ!いつまでもさん付けだし、身分的には上なのにいつも敬語じゃない。」

「ああ、そういう距離ですか。人によって使い分けるとかめんどくさいんですよね。リオーネ語だと思ってください。」

「じゃあ、せめてレニーって呼んで。」

「じゃあ、私のことはリオーネと呼んでください。」


 身分で言えば私が敬語を使うのはリュシアン陛下だけになる。だからといって私が意識して言葉遣いを変えるのは面倒だ。気にしないでくれるのが一番ありがたい。


 レニーが手伝ってくれたので思った以上に早く完成した。調理場にいるリゼルダに見せると「いいじゃないか。」と言ってくれた。

 出来上がった物をアイテムボックスにしまって、私はそのまま夕食の準備に取りかかる。レニーはカウンターの向こうでお茶を飲みながら話しに参加する。


「リオーネの発想はすごいわね。」

「あたしもあのノートを見たときは驚いたよ。異世界って最初に聞いたときは外国みたいなもんだと思ってたけど。あれを見たら世界が違うって意味がわかったよ。」

「ノートって何?あたしも見たいわ。」

「いいですよ。服飾系なら楽しめると思います。」


 私がアイテムボックスからノートを取り出し、レニーの好きそうな物をいくつか渡すと、レニーがノートを広げる前に「いいかい、黙って見るんだよ!」とリゼルダから釘を刺された。

 それでもノートを広げたレニーは「あら。」「まあ。」と声が漏れている。だんだんテンションが上がっているのがわかる。


「すごいわ!ティオーラが自慢していたのはこのノートのことだったのね。あのときは本当に悔しかったのよ。あたしもっと凄いの作って見返すわ。」


 突然立ち上がって拳を握りしめるレニーにリゼルダの雷が落ちた。


「黙って見ろって言っただろ!」

「だって凄いのよ。黙ってなんかいられないわ!」


 少し前まで時々元の世界を思い出して帰りたいと思うこともあったけど、この賑やかな家族のいる日常も既に手放したくないぐらい大切になっていることに気づいた。


――ここにかなぶんがいればもっと幸せなんだけどな。


 私の心残りはかなぶんだけだ。今頃どうしているのかな?



 次の朝、早くに玄関のチャイムが鳴った。

朝食の準備を始めようと調理場に集まっていた館の女性陣は顔を見合せ、調理に参加しないレニーが玄関へと向かった。


「リオーネ!早く来て!」


 レニーの叫び声に皆で玄関に行くと、そこにはトーマが立っていた。

 顔は腫れ上がり、鼻と口の周りは血が固まっていた。

 レニーの叫び声に驚いてタカとウォルフも部屋から飛び出してきた。


「トーマ。何があったんだ?」


 ウォルフが声をかけるとトーマは泣き出してしまった。

 とりあえず女性陣は調理場に戻り、タカとウォルフがトーマを応接室に連れて行った。

 私はレニーにホットミルクを入れてもらうように頼んでトーマに着せる服を探しに部屋へ戻った。

 エレインの服の中から適当に選んで応接室に行き、治癒と癒しを施した。

 傷やアザは直ぐに消え、痛みが無くなったことで少し落ち着きを取り戻したトーマがゆっくりと経緯を話してくれた。


 ウォルフとエレインと一緒に遠征のための買い物をしたトーマは、それを持って家に帰りエレインに弟子入りしたことと、魔獣調査に参加することを家族に話したと言う。

 だが家族は変化もできないトーマにそんなことができるわけないと信じてもらえない上に、遠征のために買った物を盗んできたと決めつけ、暴力を振るった。

 そして兄たちはトーマが持っていても役に立たないと買ってきたものを取り上げ、トーマは耐えられず家を飛び出した。

 城門が閉まっている時間だったため南門の近くで朝になるのを待って、門が開くと同時に王都を出て館にやってきたのだ。


「ごめんなさい。買って貰ったもの、全部取られちゃったんだ。」

「そんなの気にしなくていい。お前が悪いわけじゃない。だが、強くなるための努力が必要なのはわかるか?」

「うん、強くなってやり返してやる。」

「違う。そうじゃない。やり返したらお前も家族と同じになってしまうぞ。やり返すんじゃなくて、自分の大切な物を守るために強くなるんだ。お前は家族のようになりたいのか?」


 ウォルフの言葉にトーマは頭を横に降った。


「あんな風にはなりたくない。」

「いいか、騎士団に入れば例え嫌いなヤツでも守ってやらなきゃいけない。それは強くないとできないことだ。お前は見習い期間の五年を取り戻すためにも人一倍努力しなくちゃいけない。できるか?」

「頑張るよ。でも俺あの家には帰りたくない。」

「リオーネ。どうする?」


ウォルフはトーマの気持ちに理解を示し、私に判断を求めてきた。


「成人していますから従業員棟で暮らすのはどうですか?今は女子棟しか掃除してないですけど、男子棟も掃除したら使えるはずです。但し従業員棟ですからタダでってわけにはいかないですね。リアナとゾーイも住み込みで働くので、トーマにも住み込みの形が取れるように働いてもらう必要があります。」


 私の提案にウォルフが考え込む。


「トーマは訓練に集中しないと遅れを取り戻すことができないんだが。」

「そうですね。リアナとゾーイは給料の中から住居費と食費を天引きするんですけど、それと同額を払えばいいんじゃないですか?」

「じゃあ、まずは冒険者ギルドで登録をして、クエストを受注して稼ぐか?」

「何でもやるよ。だからここにいさせてくれ。」


 ウォルフは一つため息をつき、トーマに向き合った。


「トーマ。まずは言葉遣いを直せ。リオーネはここの主だ。そして助けてもらった恩を忘れるな。」

「はい。師匠。」

「お前の師匠はエレインだろ。」

「あの子なら部屋で爆睡してますよ。早々に諦めた方がいいんじゃないですか?」


 笑う私を横目で見ながらウォルフはまた一つ大きなため息をついた。



 朝食の後男子棟の洗浄をしてトーマの部屋を決めた。洗浄の魔術を見たトーマが尊敬の眼差しで「リオーネさんは強いんだ……ですね。」と言ったので、私は正直に返す。


「魔力は多いですけど、強くはないですよ。」


 この国では魔力量イコール強さと認識しているようで、私の言っていることが理解できないでいるようだ。


「スピグナスを一撃で倒すんだ。強いで間違ってないだろう?」


 ウォルフの言葉に私は反論する。


「ウォルフさん。さっき嫌いなヤツでも守れるのが強さだって言いましたよね?私、嫌いな人は切り捨てますんで。」

「おいおい、俺の話しが台無しじゃないか。」

「そんなことはないですよ。正論でした。 トーマ。嫌いな人を守るのが強い人。嫌いな人を切り捨てるのが異世界人。やり返すのは弱い人ですよ。」


「わかった。いや、わかりました。」


 トーマは素直に返事をして言葉遣いも直そうと努力している。


――なかなか素直な言い子じゃない。ところで師匠の露ちゃんはいつになったら起きるんだ?



 調理場に戻るとエレインがずいぶん遅い朝食を食べていた。


「あっ、師匠。トーマ。遅ようございます。」


 遅いことはわかっているようだが、エレインのマイペースにはブレがない。

 今朝の出来事を簡単に説明して、トーマが従業員棟で暮らすことを伝えると、エレインは敷地内に訓練場が欲しいと言い出した。


「それより遠征の買い物が先だ。今日は武器屋にも寄るぞ。」


 武器屋と聞いてエレインは急いで朝食を終え、市場で待ち合わせをしている私も一緒に館を出た。


 市場の入り口ではリアナとゾーイが待っていた。

 二人とも小さなバッグを一つ持っているだけだった。クラウスに聞いた話しでは二人ともそこそこ裕福な家庭らしいが、トーマと同じく扱いは酷いようだ。

 出会って早々ゾーイが早口で話し始めた。


「リオーネさん。私、もし調理がダメでも、掃除でも何でもやるのでどうか館に置いてください。」

「いきなりどうしたの?」

「住み込みで働くと言ったら、もう帰ってこなくていいって言われたんです。」

「私も言われました。」


 リアナもゾーイも帰る場所が無くなったことで不安になっているようだ。でも調理場の仕事はリゼルダが教育するので、レニーのように壊滅的でない限り大丈夫だと思う。レニーだって料理はできなくても織物や仕立ては国でもトップクラスなのだ。きっと向いてる仕事があるはず。


「そんなに心配しなくても大丈夫よ。リゼルダさんに教えてもらったことをしっかり覚えていけば問題ないわ。さあ、買い物に付き合ってちょうだい。」


 私は二人を連れて買い物をして回ったが、店や周りの人の態度が気になってしょうがない。変化が未完成で一人前として見られないことはしょうがないとしても、こんなに悪意を向けられるのはなぜだろう?

 そんな疑問の答えは帰りに会った酔っぱらいが教えてくれた。


「おいおい、成り損ないが昼間っから歩いてんじゃねーよ。悪魔の呪いが降りかかったらどうしてくれるんだ。」


――なんだそれ?


「失礼ですが、悪魔の呪いとはなんでしょう?」

「なんだお前、そんなことも知らねーのか。修道館の偉い聖女様が獣人族の成り損ないは悪魔の呪いのせいだって言ったんだよ。」


――また聖女か。いい加減なこと言い過ぎ。


「そうなんですか。貴重な情報ありがとうございます。」


 私がお礼を言っても立ち去ろうとすると、酔っぱらいはゾーイの腕を掴んで引っ張った。


「俺は呪いなんか怖くないんだ。お前を特別に捧げ物にしてやってもいいぞ。」


――さっき呪いが降りかかったらどうしてくれるんだって言ってたよね?怖くないとか矛盾してない?


 私は酔っぱらいの腕を掴んでゾーイを引き離した。足がもつれて尻餅をついた酔っぱらいは今度は大袈裟に騒ぎ始めた。


「いってー。骨が折れてるよ。明日から仕事にいけねーじゃねーか。生活費払ってくれよ。」


――弱すぎる。ってか見てて恥ずかしい。


「あら。大変ですね。治癒と癒しを施しましょう。」


 私が治癒と癒しの魔術をかけると、痛みはもちろん酔いも覚めてしまう。素面に戻った男性は今度は酔いが覚めたことに怒り出した。


――めんどくさいことこの上なし。


 そろそろ私の我慢も限界かなっと思ったときに、衛兵が走ってきた。その後ろにクラウスの姿もあった。


「リオーネ。大丈夫か?」

「ええ、限界ギリギリでした。」

「間に合って良かった。」


 クラウスと一緒に来た衛兵たちも限界を越えたらどうなるか知っているので、皆安堵したようだった。


「そこの男性から聞いたんですけど、獣人族の変化が未完成な人は悪魔の呪いのせいだって聖女が言ったらしいです。クラウスさんは知っていましたか?」

「なんだそれは。初めて聞いたな。」

「聖女がいい加減なこと言いすぎですよね。」


 ここで私の発言に周りにいた野次馬たちがざわめいた。


「おい、あんた。聖女様を悪く言うと修道館から罰せられるぞ。」


 近くにいた男性が私に忠告する。


「修道館はそんな権限を持っているんですか?本当に困ったものですね。さっさと潰した方が国のためですよ。」

「リオーネ。止めないか。今は他に優先すべきことがあるだろう?」

「そうでしたね。さあ、帰りましょう。」


 私たちが歩き始めると野次馬が道を開けていく。ざわめきの中から「命知らず」「聖女様を馬鹿にするなんて」という声が聞こえてくる。


――その言葉、そのままそっくり修道館と聖女に言ってやって。


 リアナとゾーイはこんな肩身の狭い思いをずっとしてきたのだろうか。それを考えると修道館への怒りがわいてくる。


「クラウスさん。他にも未完成な人がいたらいつでも面接しますからね。」

「ああ、頼む。」



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