出発準備と面接
うどんに満足したエレインがノリノリで描いた設計図はそのままジグセロに渡して建築工房に持って行ってもらうことになった。
建築工房では、織物と仕立ての工房や保育園の建設を共同でやると決まったところだったのだが、会議室が優先になってしまった。
もちろん会議室も調理場もタカとシノの家も必要で重要なのはわかっているので、織物工房が後回しになってもしょうがないと思っている。
本音を言えば貴族たちの争いに参加するのは、「めんどくさいことこの上なし」なのだが、未来の平穏のためにもここは協力しておいた方がいいような気がしたのだ。
アルフレッドとジグセロが帰った後は魔導師コンビと騎士団で魔獣調査の準備について話し合いが始まった。
「今回は二ヶ月の予定で物資を準備しているが、リオーネのアイテムボックスで運んでもらえるか?」
「はい?何故私が運ぶんですか?今回は私の都合で出かけるわけじゃないですよね?」
「ダメか?」
「ダメです。今回は王族の要請ですよ。いつも私が運んでいたら訓練にもならないですし、楽することを覚えたらこの先困ることになりますよ。」
「確かに、それもそうだな。自分たちで運ぶか。」
クラウスとウォルフはすんなり納得して、騎士団を班分けして荷を割り振っていく。
その隣で同じくアイテムボックスをあてにしていたらしいマルセロが慌てて発言する。
「魔導師団ではとても二ヶ月分の物資を運ぶなんて無理ですよ。」
「だったら運んでくれる人を雇うとかすればいいんじゃないですか?」
マルセロの場合お金で解決できるんだから、そんなに慌てなくてもいいと思う。
「機密が多いので他者に荷物を預けるのは心配です。」
「だったら頑張るしかないですね。」
「リンネットさんもたくさんの荷物を持つことになるんですよ。かわいそうじゃないですか。」
「リンネットは自分のアイテムボックスを使えばいいので、別にかわいそうじゃないです。」
「えー、私の荷物も入れさせてください。」
マルセロはなんとか荷物をアイテムボックスで運んでもらおうと必死に訴えてくるが、私たちのいないときはどうするつもりなんだろう。まさか他の人に丸投げしちゃうとか?マルセロならやりかねない。
――まあ、ヒョロヒョロのインドア集団が大きな荷車を引いて歩くのは無理だろうね。
「わかりました。今回に限り食糧だけは私が運びます。」
「食糧だけですか……。」
「ジグセロさんに荷運びを手配してもらったらどうですか?」
「ああ、その手がありましたか。」
マルセロがポンと手を打ち納得したところに、クラウスが割って入った。
「いや、今回は魔獣調査だから危険度が高い。自衛できない庶民を連れて行くのは気が進まない。冒険者ギルドから見習いを何人か連れて行って、荷運びや夜営の経験をさせよう。」
クラウスの提案にマルセロが笑顔で賛同した。
「私は狩が終わったらお先に帰らせてもらうので、リンちゃんはクラウスさんとウォルフさんにお任せしますね。」
「何を言ってるんですか!リオーネさんには鑑定していただきたいことが多々あるので、同行してもらわないと困ります。」
困ると言われても私が困る。
「ちびちゃんズを二ヶ月も留守番させるなんて無理ですよ。」
「だったら連れて行きましょう。」
――はい?庶民が行くのも危険なところに子どもを連れて行けるわけないじゃん。
「言っている意味がわかりません。危険なんですよね?」
「リオーネさんと一緒にいれば大丈夫でしょう。」
マルセロは簡単に言うが、子守りしてたら他のことなんて何もできない。
「ちびちゃんズから目が離せないので鑑定なんてできませんよ。」
クラウスとウォルフはガルーに出会った経緯を知っているので、私の言葉に黙って頷いた。
「エンシェント・ウルフたちがいるではありませんか。」
「我らは狩に出る。」
「肉を取ってくるのは重要な任務だ。」
助さんと格さんは狩を楽しみにしているのだ。マルセロの提案で狩を諦めて子守りをする気はないらしい。
そこへ佐平次が影から出てきて「我は主を守る。」と言った。
佐平次は私の側にはいるが、ちびちゃんズを一人で見るのは無理だと言う。確かに同じところでじっとしているなんてことはなく、正反対の方向に駆け出していくような子たちだ。
「子守りが二人必要ですね。」
「一緒に行こうか?」
ここで子守りに立候補したのはエレインだった。
「仕事は大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。今わりと暇だし。そっちの方が楽しそう。オスロも戦力になるよ。」
エレインが一緒ならちびちゃんズに振り回されることもないだろう。実はエレインは私より厳しい。
私が怒っても何食わぬ顔をしているちびちゃんズもエレインが「こらー!」と言うと、「はい、ごめんなさい。」といっておとなしくなるのだ。
まあ、このごめんなさいはただの条件反射で実際に反省しているわけではないのだが……。
「それなら安心して連れて行けるよ。でも一人で大丈夫?」
「オスロいるから一人じゃない。それからおやつはいっぱい作っといて。」
エレインは私が調理場でせっせと料理を作ってアイテムボックスに入れているときに、ちょこちょこ現れては摘まみ食いしている。しかも怒られるからと隠密スキルを使ってこっそりやってくるのだ。
一口ぐらいならバレないのに、調子に乗って食べるから減り具合ですぐバレる。
最近はエレインアラームとして佐平次を配置して摘まみ食い防止をしているが、懲りずに挑んでくるのでちょっとした訓練のようになっている。
エレインはおやつの希望を述べてから「師匠と一緒に遠征、楽しみー。」と言って騎士団の話しをしているウォルフのもとへ行ってしまった。
――楽しみー。って言うけど子守り要員だってこと忘れてない?
準備についての話し合いが終わるとその日はお開きとなった。
魔導師コンビは転移陣で帰って行ったが、城門が閉まる時間が過ぎていたのでクラウスは館に泊まることになった。
「私は調理場に行きますけど、クラウスさんはお部屋に戻りますか?」
「うん?何か手伝えることがあれば手伝うが。」
「では、マヨネーズをお願いします。持って行く分を作りたいと思ってたんですよね。」
調理場ではウォルフ夫妻とエレインとレニーがお茶を飲みながら話しをしていた。
私はマヨネーズを作るための材料を用意しながら話しに加わった。
「あんた本当に子どもたちを連れて行くのかい?」
「だって二ヶ月ですよ。そんなに離れるなんて無理です。リゼルダさんには負担をかけるので申し訳ないと思いますけど。」
「こっちは問題ないさ。シノさんとアリシアもいるし、大きい子たちはお手伝いもできるから。それからレニーもいるしね。」
「なんかあたしおまけみたいね。」
レニーが頬を膨らませて憤慨していると、リゼルダの容赦ない言葉が降りかかる。
「あんたの料理は壊滅的で戦力にならないんだよ。」
レニーも自覚があるようで「失礼ね。でも自分でもわかってるわ。」と料理に関しては戦力外だと認めた。
いつものように安定したスピードで卵を混ぜながら、そんなやり取りを聞いていたクラウスが口を開く。
「調理場で雇ってもらいたい者がいるんだが、連れて来てもいいか?」
突然の申し出に私は少し考える。
調理場で働く人の面接は、本当なら新しい調理場ができてからでもいいのだが、私が狩に行っている間にリゼルダのお手伝いをしてもらえるのは正直助かる。ついでに教育も任せれば完璧である。
食事の準備はレニーも手伝ってくれるのだが、乙女の心を持っているわりに料理は男らしさ全開で、肉も野菜も豪快に切っていく。そこにレニーの織った布のような繊細さはかけらもなかった。リゼルダの言う通り壊滅的なのだ。
「リゼルダさんはどう思いますか?」
「そうだね。調理場ができるまでに人材を確保するのも悪くないんじゃないかい。」
「わかりました面接しましょう。いつがいいですか?」
「時間もないことだし明後日でどうだ?」
「大丈夫です。ではお願いしますね。」
二日後、約束の時間にクラウスが三人の獣人族の子を連れてきた。どの子も耳としっぽがピコピコ、プラプラ動いていた。
「忙しいときにすまないが、今日はこの三人の面接を頼みたい。右から熊人族のリアナ。兎人族のゾーイ。虎人族のトーマ。皆十五歳で成人したばかりだ。」
「見習い期間は終わってるんですね。調理の経験があるということでいいですか?」
「いや、経験は正直無いに等しい。」
「えっ?では見習い期間は何をしていたんですか?」
私の質問に三人が視線を落とした。そしてゾーイが小さな声で答える。
「私たちは掃除や皿洗いしかしたことがないです。変化が上手くできないのでちゃんとした仕事はさせてもらえないんです。」
「変化と仕事にどういう関係があるんですか?」
「変化が未完成だと一人前と認めてもらえないんです。」
「それは練習してなんとかなるものですか?」
「それができたら苦労はしないよ。俺たちをバカにしてるのか?」
トーマは私の質問にイラついたようで、怒りを態度に出しているが、隣のリアナは黙って俯いたままだった。
「バカにしているつもりはないのですが、私は異世界人なのでヒューマン以外の種族のことがわからないんです。気に障ったのならごめんなさいね。」
「異界ってことは、外国人か?」
――どっちも違うし。
「とりあえず鑑定させてもらってもいいかしら?」
私は敵認定だけではなく、変化が未完成になる理由がわからないものか鑑定してみることにした。
三人は頷いたものの、何が起こるのかと身構えている。
私は一人ずつ鑑定して読んでいく。敵認定はされなかったので、雇用は問題ない。リアナとゾーイは調理場で働くのに問題はなかったが、トーマは違った。
「リアナとゾーイは調理場でリゼルダさんから教育を受けてもらえばいいでしょう。」
そこでトーマが目を見開き「俺はダメなのか?」と呟いた。
「ダメというわけではないんですよ。トーマは隠密スキルを持っているので、調理場で働くのはもったいないと思います。」
トーマは「えっ?」と言ったまま固まっている。身分証を発行するときの鑑定では自分で決めた職業が記載されるだけで、スキルは出てこないので知らないのも無理はない。
普通は訓練を受けて習得するものだが、最初からスキル持ちということは能力が高いことを示す。
クラウスとウォルフはお互いの顔を見て一つ頷くと、トーマに声をかけた。
「トーマ、冒険者ギルドで見習いから始める気はあるか?」
トーマは無言で考え込む。
皆十歳から見習いを始めて十五歳で成人して働くのだ。ろくな仕事をさせてもらえなかったといっても見習い期間の五年が無駄になる。それに、変化が未完成だということで一人前と認めてもらえない上に、成人してから見習いをするのは精神的にキツいと思う。
「調理場で働きたいと言えばこのまま雇うこともできますよ。」
私は選択肢として調理場で働くこともできると話した。
「あたしは見習いやってないよ。」
エレインがいつの間にか調理場にいて、お茶菓子のクッキーを摘まみながら口を挟んできた。
「それはお前の能力が高いからだ。普通は見習いの五年間に覚えることがたくさんあるんだ。」
「ふーん。短期間で覚えるのは無理?」
エレインが見習いをしていないのはウォルフが師匠として教えているからで、個人授業を受けているようなものだ。
「俺はこれ以上弟子は取らないぞ。」
ウォルフの言葉にエレインの視線がクラウスに移る。
「俺はギルド長だ。立場上一人だけに目をかけることはできない。」
「しょうがない。じゃあ、あたしの弟子にするよ。」
――それって結局ウォルフさんが教えることになるんじゃないの?
皆が同じことを考えたようで、ため息がキレイに揃った。
「トーマ、あたしの弟子になる?」
トーマは目をキラキラさせて立ち上がり「よろしくお願いします。」と言った。
「トーマ、最初に一番大事なことを教えるから忘れないでね。こっちがあたしの師匠のウォルフさん。師匠の言うことは絶対だから。きちんと聞いて、絶対に守ること!」
――露ちゃん。人はそれを丸投げと言うんだよ。
最初の指導でウォルフに丸投げして、ドヤ顔しているエレインにウォルフも言葉がないようで、はぁ。と大きなため息をついた。
トーマは魔獣調査に参加することになり、ウォルフとエレインと一緒に遠征のための買い物に出た。魔導師と同じように支度金を出したので、準備はすぐにできると思う。
残ったリアナとゾーイはリゼルダから調理場での仕事について説明を受けたり、勤務時間や給料について話し合う。
私たちは通いで考えていたのだが、二人は住み込みを希望していた。変化が未完成で辛く当たるのは他者だけでなく家族も同じだと言った。
「裏に従業員用の住居があるじゃないか。」
「中を確認してみないと、使えるかわからないですね。」
ダメなら修繕を終えるまで館の空き部屋を二人で使ってもらうとして、確認のため皆で行ってみることにした。
調理場の裏口を出てすぐのところに建っている従業員棟は特に壊れているところもなく、館と同じように掃除をすればすぐにでも使えそうだった。
「問題無さそうですね。ちゃちゃっとキレイにしちゃいましょうか。」
私は建物ごと洗浄魔術で洗い流した。リアナとゾーイは初めて見る大規模な洗浄魔術に唖然としていたが、レニーはいつものように大はしゃぎだった。
「何これ、すごーい!こんなの初めて見たわ。キレイになったじゃない。」
「あんたもこっちに引っ越したらどうだい?」
うるさいと言いながらリゼルダがレニーに提案する。
「嫌よ。私は給料をもらってる従業員じゃないし、家族だから館でいいの。」
確かにレニーは家族としてすっかり馴染んでいる。リゼルダとの掛け合いも見慣れた光景だ。
調理場に戻って改めて住み込みとしての勤務時間や給料について話し合う。
二人はすぐにでも働きたいと言うので、明日市場に行くついでに荷物をアイテムボックスで運ぶか聞いてみたが、自分の荷物などほとんどないから大丈夫だと言った。
その後私はリアナとゾーイの耳やしっぽを含め全身の採寸をした。そして市場で待ち合わせをして二人は帰っていった。
 




