異世界ネームと魔術練習
ウォルフには潜入中の仕事があるため、その間管理小屋で待つことになった。
城の敷地の隅っこ、誰も足を踏み入れることがないような場所に、つつけば崩れてしまいそうな小屋が建っていた。
ウォルフは小屋の前にタープを張り、石を積み上げて作った簡易かまどで煮炊きをしていると言う。
それを見た凛華のテンションが一気に上がる。
「ソロキャン!ボクもやりたい。」
「最近の女の子はボクと言うのですか……。」
私は貴文の言葉をとりあえず笑ってごまかす。
「思春期なんで、お気になさらず……。」
簡易かまどでお湯を沸かしお茶を入れると、忍が鞄からお饅頭を出してきた。
「明日近所のお友だちに渡そうと思っていたお土産だけど、皆で食べましょう。」
その言葉に、私もあのまま向かうはずだった友人を思い浮かべる。帰る方法はあるかもしれないが、今はそんな期待をするより、『ここで生きる』と腹を括ることが最善に思えた。
お茶を飲みながら、この世界での生活に必要だと思うことについて話をする。
「この世界の常識や理についての知識がない以上、本で読んだ異世界あるあるを基準に決めていきましょう。わかったことがあれば、その都度変更するということで。」
私たちは本やゲームの中の異世界あるあるをひとつずつ試していった。その結果が
・ステータスを見ることができる
・アイテムボックスがある
・基礎能力が高め
というものだった。
基礎能力は比較対象がウォルフしかいないのだが、騎士団に所属しているのだから、一般市民よりは高いだろうという推測上の結果だ。
そして何よりうれしいのがアイテムボックス。
最初はステータスと同様に「アイテムボックス」と言えば現れるんだと思っていたが、実はそれぞれが持っているバッグがアイテムボックスだった。
なぜ気づかなかったのか、それは「アイテムボックス」と言わなければ、普通のバッグと変わらないからだ。
私は自分のバックパックを持って「アイテムボックス」と言ってから開けた。それまで入っていたはずの物が消え、薄い黄色のモヤがかかっているような感じになっている。
とりあえず目の前にあったカップを入れてみる。一度閉めてから開けると、そこには今まで入れていたものがあり、カップは見当たらない。
もう一度閉めて「アイテムボックス」と言って開けるとモヤに変わっている。カップを思い浮かべてその中に手を入れるとそこには確かにカップがあった。
私はすぐに仕事道具を入れていく。山積みの荷物がどんどん入っていくのがなんだか楽しい。最後にキャリーワゴンをどうするか悩んだが、目立つのでしまうことにした。
スッキリ、サッパリ、身が軽くなったところで、もうひとつ思い出した。名前である。
ウォルフの名前からしても日本名はまずないだろう。それに魔法を使う世界なら名を縛る可能性を考えても本名は隠す方がいい。
異世界ネームを最初に決めたのは凛華だった。
「ボクはリンネット。お母さんが凛ちゃんって読んでしまっても大丈夫だからね。」
私の切り替えの鈍さに気を使ってくれているらしい。露里は面倒だからなんでもいいと丸投げしてきた。
「凛ちゃんみたいに元の名前に付け足す感じがいいかなぁ。それだとお母さんはリオーネ? 露ちゃんは……つゆ、ツユ、梅雨、雨、レイン……エレイン。」
――名付けって本来もっと時間をかけて、悩んで、悩んで、悩んで、納得して決めるもんだから!こんな連想ゲームみたいなのと違うから!
自分に言い訳しながらも美都と伊織はミランダとイレーヌに決まった。ええ、そうです。みーちゃんといーちゃんって呼べるように。凛華に負けた気がして悔しいけれど、全く関連性のない名前を付けて間違えずに呼ぶ自信はなかった。それに、美都と伊織がきっと反応しない。
御園夫妻は名前を短くして、タカとシノにするそうだ。元々お互いをたかさん、しのさん、と呼び合っていたので違和感もなくていいと言う。
これから何が起こるのか予測がつかないし、これ以上はあれこれ考えてもしょうがないので、のんびりウォルフの帰りを待つことにした。
美都と伊織は……いや、ミランダとイレーヌはリンネットの魔術練習で遊んでもらっている。さすがに火は危ないので風を使う。二人は空気砲を当てられて大はしゃぎで走り回っていた。
「リンちゃん、それどうやるの?お母さんもやってみたい。」
その声にリンネットは得意そうな顔でやってくる。ミランダとイレーヌもうれしそうについてきた。
「簡単だよ。魔力を手のひらに集める感じで、集まったやつを射つ感じ。」
――感じばっかりだな……。魔力を集めるのはレイキに近いかな……手のひらに集めて……撃つ!
ドン!と飛び出した空気砲は目の前の木にぶつかり、幹が大きくしなって大量の木の実が落ちてきた。
ミランダとイレーヌは「ドングリー!!」と木の実めがけて走って行き、私は発射の衝撃に開いた口が塞がらない。
「魔力集めすぎ。調節できるようにならないとダメだね。わからないことがあったらいつでも教えてあげるよ。」
――なんでそう上からなんだ。ううっ、なんか悔しい。
いつか母の威厳を取り戻してやる!とやる気を出したところに険しい顔をしたウォルフが走ってきた。
「何があった?皆無事か?」
戻ってくる途中でさっきの空気砲で起きた衝撃の余波を感じ、あわてて走ってきたと言う。
あわあわとしながら言い訳を考えていると、リンネットがあっさりばらしてしまい、私はウォルフに怒られた。
母の威厳は当分取り戻せそうにない。