新しい転移陣と中毒症
召集をかけた日、朝イチでにマルセロがやってきた。
「おはようございます。今日はまたずいぶんと早いですね。」
「おはようございます。叩き起こされたのですよ。空いている部屋はありますか?」
「……寝ぼけてます?言っている意味がわからないんですけど。」
「大丈夫です。ちゃんと起きていますよ。空いている、部屋、ありますか?」
――いやいや、聞こえてるよ。なぜ空き部屋が必要かが知りたいんだよ。
話しが通じそうにないので、とりあえず空いている部屋に案内した。
「ありがとうございます。すぐに繋ぎますから。」
――何を?
頭の中が?だらけの私の前でマルセロは見たことある魔方陣を展開した。それを見てやっと繋げるの意味がわかった私はマルセロに問う。
「今度は何処と繋げたんですか?繋げるんなら私が王都に簡単に行ける道を繋げてくださいよ。」
私はついでに希望を述べてみる。
「結構魔力を使うので、お教えしますから自分で繋げてください。ついでに魔力を補充してもらえると助かります。」
「じゃあ、教えてもらう対価は魔力で払いますね。それより何処と繋いだんですか?」
「すぐにわかります。」
マルセロが言った通りすぐにわかった。転移魔方陣から出てきたのはトラヴィスとリュシアン陛下だった。
「お城に繋げたんですね……。」
――これはもしかしてお説教が増えるということ?イーヤー。
「おはようございます陛下。と、トラヴィスさん。」
「おはようリオーネ。急にすまないね。だがこうしないと面会できないのだ。」
リュシアン陛下は威張った感じがなく、とても好感の持てる王様だ。下級貴族や修道館の人たちの方が何倍も偉そうにしている。
そんなことを思いながらリュシアン陛下を見ると顔色が悪い。
「邪魔が入るんですね。それより陛下。顔色が悪いですけど体調はどうですか?」
「正直あまり良くない。修道館から派遣されてくる聖女に治癒と癒しをもらったが一向に良くならないので、リオーネに頼みたいと思ってね。」
治癒と癒しは私も他の聖女も一緒だと思うが、治癒をする前に体調不良の原因を鑑定してみることにした。
応接室に移動してお茶を出し、まずはいつ頃からどんな不調が出てきたのかを聞いていく。
リュシアン陛下が不調を感じ始めたのは、お披露目が終わって二週間ぐらいしてからで、ダルさが続き頭痛やめまいもするらしい。
私はリュシアン陛下の前に立ち「鑑定」と言って目の前に映し出される情報を読んでいく。
最近知ったのだがこの鑑定、ステータス以外にもいろんなことがわかるのだ。例えば家系図や既往歴。
「では、陛下の既往歴と現状について読みます。」
「待て、既往歴とはなんだ?」
トラヴィスからの質問にどう答えていいのかちょっと考える。普段何気なく使っている言葉でも、いざ説明するとなると結構難しかったりする。間違ってたらごめんなさいね。
「簡単に言うと、今までに罹ったことのある病気や怪我、あとは薬や食べ物のアレルギー反応とかですね。身体の歴史とでも言いましょうか。」
「そんなことまでわかるのか。」
リュシアン陛下が感心したように頷く後ろに興味津々で目を輝かせている人がいた。
「ええ、その既往歴を見ると陛下は七歳の頃に一度毒を大量摂取したことがありますね。ロフィレア草(猛毒)による中毒症と書いてあります。」
「本当か?あれは毒を盛られたのか。修道館の聖女は魚に当たったと言っていた気がするが。」
――なんてユルいの?それよりも聖女の診断がいい加減すぎる。
「危機感が無さすぎませんか?現に今回の不調も中毒症ですよ。カンガニ草(毒)による中毒症だそうです。」
毒を盛られたとわかって顔色を変えた二人と違って、マルセロはカンガニ草について質問してきた。
「それはどんな植物なんでしょう。解毒の方法は?」
「マルセロさん。後で教えるので今は落ち着いて、静かに座っててください。」
私はマルセロに待ったをかけ、更にカンガニ草について鑑定する。
「カンガニ草の毒は水に溶けやすいと書いてあるので、料理に入れるのは簡単ですね。そして身体に入ると排出されずに蓄積していくみたいです。既にいくつか症状が出ているということは結構貯まっているかもしれませんね。」
「解毒はできないのか?」
トラヴィスが険しい顔で迫ってくるが、私は医者ではない。
「治癒だとダルさや頭痛の症状は緩和できるかもしれませんが、身体に毒が残ったままなので気休め程度にしかならないと思います。」
それを聞いてリュシアン陛下は人生が終わったかのように落ち込んでいる。そして隣で誰だかわからない犯人に対して怒っている人もいる。その怒りのとばっちりを食らう前に解決策を提示しなければならない。
――さてどうしたものか……。毒を集めて取り出す?
私は頭の中で(集める)と(取り出す)の方法をいろいろ思い浮かべる。顔を上げて前に座っている二人を見ると、なんだかとても真剣な顔をしていた。
「どうしたんですか?」
「私はもうダメなんだろうか。」
「はい?なぜいきなりそんな話しになるんですか?」
どうやら考え込む私の顔が険しくなったので、最悪の状況を思い浮かべたらしい。
「とにかく解毒に挑戦してみましょう。」
私は思い浮かんだ方法を紙に書いて説明していく。リュシアン陛下とトラヴィスはいまいちわかっていなさそうだったが、真剣に聞いている。ただ一人マルセロだけは違う意味で真剣に見ていた。ぶつぶつと言いながらなので説明を聞いているかはわからないが……。
「体内の毒を集めても固めてしまったら出すのが大変なので、水に溶かした状態で出したいんですよね。」
「どうやって出すんだ?」
「えーっと、皮膚から?」
リュシアン陛下とトラヴィスはフリーズしているように見える。
「皮膚からとはどういうことですか?切り裂いて血のように流れ出るのでしょうか?」
一人楽しそうなマルセロがずいっと前に出てきた。切り裂いたらそっちが原因で死にそうだが、本気でわからないのだろうか。
「えっ、もしかして皆さん汗をかかない種族ですか?」
私の突っ込みを聞いて三人が「ああ、そういうことか。」と声を揃えた。
「話し合いに参加するなら、急いでやってみましょう。でも期待はしないでくださいよ。初めて挑戦するんですから。」
私は前もって宣言して身体の中の魔力を動かし、リュシアン陛下の右の手のひらから水属性の魔力を流し込み体内を巡るようイメージしていく。そして体内に蓄積しているカンガニ草の毒素が私の魔力に溶けて左の手のひらに集まるようにイメージしていった。
水属性の魔力が体内に行き渡った感じがしたので、次は左の手のひらに集まってくる毒素が汗のようにじんわりと出てくるようイメージする。
するとリュシアン陛下の左の手のひらと、その上にかざしている私の手のひらの間に水滴が溜まり始めた。
「これがカンガニ草の毒素ですか?色も臭いもありませんね。」
「これなら口に入れるものならなんにでも入れられるな。気づく者はまずいないだろう。」
私はうるさいと突っ込みを入れることもできず、イメージに集中する。
最終的にピンポン玉サイズの水滴が集まった。マルセロが差し出した小瓶に入れて、確認のため鑑定する。
「ふう、カンガニ草の毒で間違いないですね。かなり濃縮された状態です。」
その後の鑑定でリュシアン陛下の身体からは中毒症が消えているのも確認できた。倦怠感などは治癒と癒しの魔術で回復し顔色も良くなったように思う。
「ありがとう。さっきまでの不調が嘘のようだ。」
「この毒は私が預かりますね。」
「えっ?それは私がいただこうと思って瓶を渡したのですよ?」
「マルセロさんは実験に使いそうなのでダメです。危険すぎます。」
私がキッパリ断ると、「そんなぁ」と言いながらも引き下がった。
「お前が持っているのは危険ではないのか?」
トラヴィスの顔が怖い。だが私は引かない。
「アイテムボックスに入れておけば私以外に出すことはできませんし、私なら時間をかけて毒を盛るなんてめんどくさい方法は使いません。瞬殺で消し炭にしますから。」
「それもどうかと思うが、それが一番安全かもしれん。」
トラヴィスが簡単に納得するとは思わなかったが、お説教にならなくてよかった。
「リュシアン陛下はしばらく体調不良のままでいてくださいね。なんなら徐々に悪化している風を装ってください。」
「元気なのに寝込むのか?それはちょっと大変そうだな。」
「転移陣を使えば良いのですよ、陛下。」
マルセロの言葉にリュシアン陛下はぱぁっと顔を輝かせた。そしてトラヴィスの眉間のシワが深くなった。
「ここならば誰にも見つからないし、自由にできるな。」
「皆忙しいので、遊びで来てもらっては困ります。それに来るなら子どもたちには身分を隠してくださいね。」
「なぜ隠さなければならないのだ?陛下に対して無礼を働いたらどうするつもりだ。」
「それを気にするならお城に居てください。ここは子どもたちの家でもあるんですからね。」
身分の高い人なんて迷惑で面倒な客でしかない。来る度に気を使うなんて御免だ。
「リオーネの言うことが正しい。こちらに来るときは近衛騎士団の服を着てこよう。」
話しが早くて助かります。私は小瓶を入れるためにアイテムボックスを開いて思い出した。
「そうだ!リュシアン陛下、スピグナスの解体は私がしてもいいのですよね?」
「ああ、それなのだが譲ってもらうわけにはいかないか?」
「何か欲しい素材でもあるんですか?」
私がリュシアン陛下に聞くと、項垂れていたはずのマルセロが勢い良く手を上げた。
――復活、早っ。
「私も欲しい素材があります。」
「言うと思っていました。聞くだけならいいですよ。」
マルセロはスピグナスの目が欲しいと言った。古い文献の中にスピグナスの目は入手不可能と書いてあったらしい。
スピグナスとの戦いでオスロに教えてもらった方法は両目を潰して視界を奪ってから脳天に槍を突き刺すというものだった。昔からその方法で討伐していたとすれば、目が無傷で残ることはまずないだろう。
私は目を潰す前にアルマゲ・ドーンを落としたので両目はキレイに残っている。
「私が解体権を得られたらジグセロさんと交渉してください。リュシアン陛下は何をお望みですか?」
「私はスピグナスの魔石が欲しいと思っている。」
「魔石とは何でしょう?」
私はスピグナスの姿を思い出してみたが、魔石と言われるようなキラキラしたパーツは無かったように思う。
「魔石とは心臓のことですよ。魔獣は死ぬと心臓が石のように硬くなるのです。ドラゴンのように強く大きい魔獣ならそれに見合った大きさや硬度をしていますし、魔力の量で透明度が違います。」
マルセロは歩く百科事典のようだ。魔導師団のナンバーツーの地位にも納得だが、自分の好きなことに知識が偏るのが残念なところだ。
「魔石だけ譲れば問題ないですか?うちのウルフたちがお肉を楽しみにしているんですよ。」
「それは私も楽しみにしています。」
マルセロはいつものように全く空気を読む気が無いようで、ちょこちょこと口を挟んでくる。
「魔石を譲ってもらえるのか?」
「ええ、構いませんよ。対価は……そうですね……修道館の改革に協力していただくというのはどうですか?」
修道館と聞いてマルセロがまたしても口を挟む。
「そういえば、うちの聖女が一度リオーネさんにお会いしたいと言っておりますが、面会していただけますか?」
私はマルセロの家に専属になった聖女がいることに驚いた。




