グレイとソフィ
クラウスは応接室に入ると、佐平次に睨まれている中級聖女を見て一瞬立ち止まったが、すぐに私とグレイに駆け寄ってきた。
「リオーネ、グレイは?」
「治癒と癒しの魔術を使ったので、今は落ち着いて眠っています。部屋へ連れて行って少し寝かせてあげてください。」
「わかった。ソフィも安心するだろう。すぐに戻るから無茶をするなよ。」
そう言ってグレイを抱えてクラウスが応接室を出ると、私はゆっくりと立ち上がり中級聖女に向かって歩く。そして佐平次の隣に立ち中級聖女に問いかけた。
「そこのサンドイッチと唐揚げは私がグレイとソフィに食べてもらおうと思って届けた物よ。どうしてあなたが食べているのかしら?」
「あの子達が朝食に出してくれたのよ。」
中級聖女は震えながら小さな声で答えるが、威嚇する佐平次から目が離せないようだ。
「朝食?もうとっくにお昼過ぎてるんだけど、こんな時間まで寝ているの?あなた子どもたちのお世話をするために派遣されたのよね?どうして子どもたちがあなたのお世話をしているのかしら?」
「そんなことはありません。きちんとお世話はしています。」
今度はハッキリと否定してきた。でも視線はずっと佐平次に向いている。
私は佐平次の身体を撫でながら問う。
「佐平次、本当なの?」
「この女は何もしない。全てを子どもたちにさせて、気に入らないと怒鳴りつける。我はずっと見ていた。」
佐平次の言葉を聞いた中級聖女は僅かに呼吸が早くなった。「いや、あの……。」と言ったあとは言葉が続かない。
「グレイがあんなに酷い怪我をしているのに横でのんびり食事をしていたのはなぜ?聖女って治癒と癒しを与えるのが仕事でしょう?」
何も答えない中級聖女に佐平次が苛立ったように言葉をかけた。
「代わりに我が答えてやろう。グレイとソフィが取り上げた食べ物を返してくれと言ったことに腹を立てて攻撃したのだ。孤児だから死んでも誰も気づかないと笑っていたであろう。」
中級聖女の顔色が悪くなっていく。そして応接室のドアが開きクラウスが入ってくると、中級聖女はクラウスに向かって叫んだ。
「お願いです。助けてください。……殺される。」
中級聖女はクラウスを見つめて懇願している。
――ああ、いつかもそうだった。自分のしたことを棚にあげて被害者ぶる。本当にめんどくさい。
「リオーネ、グレイとソフィの養子縁組の書類にサインをしてもらいたいんだ。ウルフをちょっと下げてくれないか?」
クラウスは中級聖女を一瞥し、私にも下がるように言った。
話しを進めようと書類を取り出すが、応接室のテーブルは食事が散乱していて広げられない。
私が佐平次と一緒に後ろに下がると、中級聖女はクラウスに駆け寄った。そしていかに恐ろしい目にあったか訴えている。
「テーブルを片付ける気はないのか?」
クラウスは中級聖女の訴えを聞き流し、冷ややかな目を向けている。それを見た私は一瞬で身体中に鳥肌が立ち、逃げ出したくなった。やっぱりクラウスが怒ると怖い。
トラヴィスは怒りがそのまま顔に出ていて長いお説教が始まるのでうんざりするが、クラウスは表情は変わらず一見いつも通りでも、すうっと冷気が広がってくる感じがする。そう、子どもの頃にホラー映画や心霊番組を見たときに寒気がして鳥肌が立つあの感じ。いつも逃げて一番怖い場面を見たことはないが、大人になっても変わらない。怖いものは怖いのだ。
この聖女はアイーシャと違ってクラウスの怒りを感じ取れたらしく慌ててソフィを呼んだ。
「食事の後片づけを子どもにさせるのか?」
「いえ、これは躾ですわ。見習いになったときに困らないように教えています。」
「グレイとソフィは養子縁組をしてここを出るんだ、あなたの躾は必要ない。いいからさっさとここを片付けてくれ。」
クラウスに言われて中級聖女はテーブルの上にある物をワゴンに積み重ねる。だが、大きさも高さも考えず積み上げられた食器は今にも崩れそうだ。
そして食器をワゴンに積んだあとはそのままソファーに座ってしまった。
――いやいや、テーブルは拭かないの?ねえ、そんなこともできないの?
クラウスも大きなため息をつき、私に視線を向けた。
「リオーネ、悪いがテーブルをキレイにしてくれないか。」
「はいよ。お任せあれ。」
私が洗浄魔術でテーブルをキレイにすると、クラウスが書類を広げてサインを求める。だが中級聖女は修道館に相談しないとサインはできないと言った。
「養子縁組に修道館は関係ないが?」
「そういうわけにはいきません。修道館の許可が必要です。」
「そう言って時間を稼いで修道館と嫌がらせでも考えるつもりですか?」
「なんですって?私は仕事をしているだけよ。」
「告げ口しかできないなんて、使えないわね。」
「リオーネ、止めないか。例え本当のことでもあまりハッキリと言うのはよくない。」
クラウスは私を諌めているつもりで中級聖女にとどめを刺した。中級聖女は顔を真っ赤にしている。
「私はグレイとソフィを連れて早く帰りたいんですよ。サインならリュシアン陛下に書いてもらえばいいじゃないですか。彼女にはいっそのこと消えていただきましょう。」
「何の力も無いくせに、何を言っているの?陛下に頼むなんてことできるはずないわ。」
中級聖女はバカにしたように言うが私は至って本気だ。こうやって中級聖女と向かい合っている時間がもったいない。
「リオーネ、消すのは簡単だがそれでは解決にならない。」
「でも、なんの役にも立たない聖女が一人消えても誰も困りませんよ?それどころか今、まさにこの瞬間、存在に迷惑しています。」
中級聖女は私たちの会話から冗談ではないことを悟ったようで急に態度を変えてきた。
「勝手にサインなんてしたら修道館へ戻って罰を受けることになるのよ。お願い助けて。」
コロコロと態度が変わりすぎて信用の欠片もない。
「サインしなければ修道館に戻っても問題ないでしょう?だったらサインせずに帰ればいいですよ。クラウスさん、リュシアン陛下に面会予約をお願いします。グレイとソフィはこのまま連れて行きます。」
「それではまた修道館が面倒を起こすのではないか?」
「そのときは修道館ごと消してしまいましょう。めんどくさくて付き合いきれません。」
「それでは……。まあいい、帰ってから話そう。」
私たちはすがってくる中級聖女を無視して、グレイとソフィを連れて孤児院を出た。
南門に向かおうとしたが、グレイもソフィも昼食を食べていないと言う。それなら屋台で何か食べて、ついでに市場で買い物をして帰ることにした。
館で皆が心配しているので、助さんに先に帰って報告してもらうように頼む。
クラウスはすぐにリュシアン陛下と面会できるようにトラヴィスに手紙を飛ばしていた。
屋台が建ち並ぶ通りに着くとグレイとソフィは周りをキョロキョロと見回し「何でもいいの?」と聞いてきた。
「何でも好きな物を選んで、お腹いっぱい食べましょう。」
そう言うと二人は嬉しそうに何にするか二人で相談し始めた。
私はいつもの串焼き屋さんに行き三十本頼むと、後ろから「四十で。」と訂正が入った。
――おぅ、もう一人肉食がいたでござる。
グレイとソフィは相当お腹が減っていたのか、あれもこれもと買っていく。空いているテーブルを見つけて座り、買った物を並べていくと二人は急に悲しそうな顔になり「ごめんなさい、食べきれないかも。」と言って俯いてしまった。
「残ったら俺が食べるから問題ない。」
クラウスがそう言って串焼きに手を伸ばすと、グレイとソフィも安心したように食べ始めた。
私がアイテムボックスからウルフたちのお皿を出して串焼きのお肉を外していると、タカとシノが小走りに近づいてくるが見えた。
「グレイ!ソフィ!」
名前を呼ばれた二人は振り向いてタカとシノを見つけると、手にしていた食べ物を置いて二人に向かって走り出した。
その光景を微笑ましく見ていると、助さんが戻ってきた。
「南門で待っていたからここにいると教えた。館の者たちにも報告してきた。我の肉は残っているか?」
「心配しなくても助さんのお肉も買ってあるよ。道理で早いわけだ。」
私は助さんのお皿も出してお肉を外していく。クラウスは御園夫妻とグレイとソフィが戻ってくるのを見て、隣のテーブルと椅子を引き寄せた。
皆が席に着くと子どもたちは食事を再開し、タカが二人に向かって話しをする。
「私たちがグレイとソフィを養子に向かえようと思っているが、二人はどう思う?」
タカの問いにグレイとソフィは目を瞬かせていたが、次の瞬間ソフィがガタッと立ち上がって身を乗り出した。
「本当に?タカさんとシノさんが私たちのお父さんとお母さんになってくれるの?」
「ああ、だが私たちはもう高齢だ。それでもいいかい?」
「私、嬉しい。クラウスさんから養子縁組の話しは聞いたけど、知らない人のお家に行ってまた辛い目にあったらどうしようって不安だったの。」
「僕も嬉しいです。」
ソフィは安心したと涙を流し、グレイは少し照れたように答えた。
二人の答えに御園夫妻も安心したようだった。
養子縁組がまだ成立してないことを簡単に説明すると、タカも修道館が今後どう出てくるのか心配だと言った。
「子どもたちはしばらく館から出ない方がいいかもしれませんね。でも裏庭から丘までは防御魔術で守られていますし、ちょっとした外遊びなら問題ないですよ。修道館については皆さんが集まったときに相談しましょう。」
ここまで黙々と食べていたクラウスが私を見て口を開いた。
「最近リオーネも物騒なことを言うようになってきて、こっちはヒヤヒヤしているんだが。」
「そうは見えませんけどね。まあ、本気で思ってますけど、そう簡単に実行はしませんよ。人を消すのは元の世界では犯罪でしたからね。でもうちの子に何かしたら瞬殺は間違いないです。言い訳を聞く余地なんてありませんから。」
クラウスもそこは「わかっている。」と言い頷いた。
市場で買い物をして、館に帰ると皆が大歓迎で向かえてくれた。特にアリシアは突然離されてしまってお互いに心配していたので、涙の再開となった。
そんなことは知らない子どもたちは「早く遊ぼう。」と大騒ぎしている。グレイとソフィはもちろん、シノとアリシアも手を引かれて行ってしまった。
私は調理場へ行き、買った物を出しながら孤児院であったことを報告した。リゼルダはお茶を入れながら、いつものように憤慨していたが、ここにレニーが加わり勢いが増した。
――この二人に比べたら私なんてまだまだ大人しい方じゃんか。
その日の夕食時、グレイとソフィが御園夫妻の養子になる予定だと話すと、竜人族の子どもたちから「ズルい」という声が上がった。
ちっちゃい子たちはよくわかっていなかったが、ガルーより上の子たちは自分も御園夫妻の子になりたいと言うのだ。
異種族間での養子縁組が成立するかもわからないし、今日のところは調べてみるからと宥めて落ち着いたが、やっぱり皆寂しさを我慢して生活しているとわかった。
――リュシアン陛下と面会するときに聞いてみよう。それが一番早いよね。
就寝前に私はリュシアン陛下との面会時に話すことをメモしていく、養子縁組について、修道館と聖女のこと、スピグナスの解体。なんだか問題が増えている気がする。
このままでは絶対にスピグナスを忘れてしまう自信がある。




